第八話 幕間
トリムの街の東に石造りの塔が一本。
階梯教会、トリム支部。
夕暮れ。塔の入口に、ギルドの制服を着た少年が一枚の紙を届けに来た。
毎日決まった時間に届く、決まった紙。本日の新規登録者の一覧だ。
受け取った若い司祭はいつものようにそれを読み上げもせず、最上階の書斎へ運んだ。
書斎の主は司祭オルデン。トリム支部を三十年預かっている老人だった。
「本日の登録は三名です」
「置いておきなさい」
若い司祭が去ったあと、オルデンは紙を手に取った。
一人目。Lv5、ギフト『健脚』。
二人目。Lv8、ギフト『火の適性』。
三人目。
――本日登録。氏名、レン。Lv3。ギフト、空欄。
オルデンはその行を三度読み返した。
それから震える手で、書斎の奥の鉄の扉を開けた。
鍵は三つ。錆びた鍵、銀の鍵、そして彼が首から下げていた小さな骨の鍵。
扉の向こうには、本が一冊だけ置かれた台があった。
表紙に焼印で『禁書』。その下に『階梯の外』。
三十年でこの扉を開けたのは、着任の日の一度きりだ。
ページを開く。三百年前の褪せた文字。
――ギフト欄が空欄のまま、祝福を受け付けざる者。記録上、ただ一人。
――その者、階梯の『代価』を持たず。
――その者、Lv40にして剣術を『極』に至らしめる。
――その者を我らは『階梯の外』と呼び、神の秩序の敵として、これを――
そこから先は破り取られていた。
オルデンは本を閉じた。
額に冷や汗が浮いていた。
「……祝福で分かる。三百年ぶりで、なければいい」
『代価』。
神の階梯を登るために人が支払うもの。一段上がるごとに倍に、倍に重くなっていく、あの代価。
それを持たない者。
(Lv40で極)
それがどれほど異常な数字か、この街の冒険者なら誰でも分かる。剣聖ガルドが百年かけて届かなかった場所に四十で届く。
そんな者が、もし今、街の中を歩いているのなら。
(――いや)
オルデンは首を振った。
対象はLv3。登録したてのFランク。
まだ何も知らない。まだ何者でもない。
今なら間に合う。
彼は新しい羊皮紙を取り出してペンを走らせた。
宛先は王都・大聖堂。
――トリムに『空欄』あり。至急、監察官の派遣を乞う。
――対象、Lv3。まだ幼い。
――確保が可能なうちに。不可能ならば――
オルデンはそこで一度ペンを止め、目を閉じ、最後の一行を書いた。
――処分せよ。
封をして鳩の脚にくくりつけた。
鳩は夕焼けの中を王都に向かって飛んでいった。
窓の外では、灰猫亭の二階の窓に灯りがついたところだった。
Fランクの新人は今ごろベッドに倒れ込んでいる頃だろう。
その男はまだ何も知らない。
自分がこの世界でただ一人、スキルの『値上げ』が来ない人間だということを。




