第八十三話 一太刀
今回は十六層から二十層の主まで、Bランクを目指す潜りです!
長いですが、一気に行きます。
地底湖、罠を仕掛ける側、岩の体。
それぞれの層で、二人がどう捌くか見てもらえたら嬉しいです!
休みは一日にした。
腕の赤黒い所は薄くなって、肩は上まで上がる。外套の裾はミアが宿の針で繕ったが、燃えて無くなった分は戻らず、膝の上で切り揃える事になった。
「短くなったわね」
「走りやすくはなった」
「雨が降ったら膝から下がびしょ濡れよ」
「穴の中に雨は降らない」
ミアは針を置いて、それもそうね、と言った。
道具屋で矢を五束、弓の弦を二本、干し肉と固いパンを十日分、油をもう一瓶。前の潜りで水袋の一つが岩で擦れて漏れていたので、それも買い替えた。スライムに縁を溶かされた左の靴は、店の親父が底を見て首を振ったので、新しい物を買った。
「Cの札で、靴の縁を溶かして来る客は久しぶりだ」
「次は溶かさない」
「溶かすのは靴だけにしとけ」
マルタは物置の前で、毛布を一枚余計に俺の荷に押し込んだ。
「十六層から下は湖がある。濡れた体で寝ると、三枚でも足りないよ」
「湖の事は帳面で読んだ」
「帳面は湖の冷たさまでは書いてないだろ」
門の番は帳面を開いて、俺たちの札を見てから、何日だ、と聞いた。
「二十日だ」
「二十日。前は十二日で五日だったな」
「今度は十日の予定だ」
「十日の予定で二十日か。それでいい」
番は、空欄、二名、二十日、と書いた。
入口の台に乗ると、足の下が揺れて、次の瞬間には十五層の谷の奥に立っていた。
火は消えていた。七匹のオークはどこにもいない。谷の道を少し戻ると、壁の下に矢が何本か落ちていて、ミアはそれを一本ずつ拾って反りを確かめ、使える物だけ矢筒に戻した。
「九本。これで五束と九本」
ミアは腰に新しい紐を結んで、最初の結び目を作った。
十六層へ下りる階段は、谷の奥の岩の裏にあった。
十六層は、水の匂いがした。
階段を降りきると、目の前が湖だった。岸は岩で、水は黒くて底が見えない。空の星が水面に映っていて、どこまでが水でどこからが空なのか、岸の線を目で追わないと分からない。
「下り口は湖の向こう。真っ直ぐ渡れれば近いけど、渡る物が無いわ」
「岸を回るのか」
「右回り。左は岸が崖になってる」
岸の岩を歩いた。水際は濡れていて、苔のように滑る。ミアが半歩前を歩き、時々足を止めて水面を見る。
「水の中にいるわ。岸に沿って、こっちと同じ速さで動いてる」
「数は」
「四つ。それと、岸の岩の上に動かないのが二つ」
鑑定を向けた。
リザードマン Lv32
HP:780/780
スキル:槍術 Lv3/水泳 Lv3
大蛙 Lv30
HP:900/900
スキル:舌 Lv2/跳躍 Lv2
「水の中の四つが三十二。岩の上の二つが三十で、舌を持ってる」
「帳面の通りね。蛙が足を取って、水の中から槍」
ミアは弓に矢を番えて、岩の上の二つを見た。
「蛙を先に。舌が伸びる前に目を射るわ。あんたは水に入らないで。岸に上がってきた分だけ斬って」
「水の中へは追わない」
「追えないわよ。水の中で勝てる相手じゃないわ」
矢が飛んだ。
岩の上の塊が一つ、跳ねた。蛙だった。荷車ほどの体に矢が一本、目に立っている。もう一匹が俺を見て、口を開けた。
舌が来た。
見えてはいた。見えていても、速い。横へ跳んだ足首に、舌の先が巻き付いた。引かれる。水の方へ。岩の上を引きずられながら、刀を舌に当てた。舌は切れたが、切れた先は足首に巻いたまま離れず、湖の縁で足が止まった。
止まった所に、水の中から槍が来た。
二本。左右から。しゃがんで一本目を頭の上に通し、二本目を刀で払う。払った先で、水面から灰色の頭が二つ上がった。鱗の体に、人の腕。手には槍。目は横に裂けていて、瞬きをしない。
水の中から岸へ、一匹が上がってきた。
上がってきた分だけ、斬れる。岸の岩の上で、鱗の腕が槍を突き出す。槍の内側へ入って、首を払った。鱗は固くて、刃が一度止まり、二度目で通った。
もう一匹は上がってこなかった。水の中から槍だけを出して、岸の俺を狙う。届く所まで寄れば、水に引き込まれる。寄らなければ、槍は届かない。
「ミア、水の中は」
「射てる所まで上がってこないわ。……いい、放っておきましょ。湖の向こうまで、岸を離れて歩く」
足首の舌を外した。舌の跡が、足首にぐるりと赤く残っていた。
残った蛙は、ミアの二本目の矢で跳ねるのをやめた。
【大蛙を討伐しました】
【経験値 +200】
岸から離れて、岩の高い所を歩いた。水の中の影は岸に沿って付いてきたが、岩の上までは来なかった。
高い岩が途切れる所が、一か所だけあった。
岸の岩が崩れて、道が水際まで下がっている。向こうの高い岩まで、水の縁を歩く他に道が無い。
「ここだけ、水のすぐ横を通る事になるわ」
「付いてきてる影は」
「二つ。ちょうどこの下にいる。待ってるのよ」
ミアは矢筒から矢を三本抜いて、左手に握った。
「私が先に射る。上がってきた所を、あんたが斬る。水の中にいる間は、射っても鱗に弾かれるから」
「分かった」
「それと、足首をもう一度取られないで。二度目は舌じゃなくて、手で掴みに来るわ」
水際へ下りた。
水面が、動いた。
灰色の腕が二本、岸の岩を掴んだ。上がってくる。その頭に、矢が刺さった。一匹は岩を掴んだまま水に沈んで、もう一匹は矢を肩に受けたまま岸に乗り上げた。槍が来る。内側へ入る。首を払った。
三匹目がいた。
ミアが二つと言った影の、どちらでもない。水の中から、俺の足首へ真っ直ぐ、鱗の手が伸びた。掴まれた。引かれる。岩の上で足が滑って、片膝が水に入った。
膝まで入った水は、骨が痛むほど冷たかった。
「レン!」
掴んだ手の、手首。刀を落とした。水の中で、鱗の手が離れる。岩の上へ転がって、水から離れた。水面に灰色の背中が一つ浮かんで、沈んだ。
「三匹目がいた。三つ目の影は見えなかったのか」
「水の底にいたのよ。岸の影の下じゃなくて、底の岩の陰。……ごめん。風は水の中まで読めないの」
「膝まで濡れた。マルタさんの言った通りになりそうだ」
ミアは何も言わずに、俺の濡れた靴を一度見た。
下り口は、湖の水が壁の下へ流れ出していく所にあった。十一層の川と同じ形で、水の脇に階段が口を開けている。水の中の影は、流れの手前で止まって、それ以上は付いてこなかった。
湖の向こうの下り口に着いた時、空は一度暗くなって、また白み始めていた。ミアが結び目を二つ足した。三つ目。
「十六層で、昼と夜と昼。帳面の通り、一層に一日ね」
十七層への階段の脇で、濡れた靴を脱いで岩の上に並べた。朝までに乾くとは思えなかった。
毛布を三枚重ねて横になると、ミアが自分の一枚を、俺の濡れた膝の上に足した。
「二枚で足りるのか」
「私は濡れてないもの。あんたが明日、足が動かないと困るのは私よ」
マルタの言った通り、三枚でちょうどだった。四枚目は、膝の冷えが抜けるまでの分だった。
十七層は、岩の裂け目だらけの層だった。
床のあちこちに割れ目が走って、割れ目の上に板を渡した所と渡していない所がある。渡した板は古い物と新しい物が混ざっていて、新しい板の方が多かった。
「誰かが渡してるのね、これ」
「潜る者がか」
「違うわ。あれ」
ミアが指した先の岩の陰で、小さい影が板を抱えて走った。犬の頭に、人の体。腰に縄と小さな槌を提げている。
鑑定を向ける前に、ミアが言った。
「コボルト。帳面にあった、罠を仕掛ける側」
窓は開いた。
コボルト Lv28
HP:400/400
スキル:罠作 Lv3/隠密 Lv2
「罠作、と出てる」
「六層からずっと踏みかけてた罠は、こいつらの物だったのね」
板の渡っていない割れ目の前で、ミアが足を止めた。
「この板、渡ってはだめ。板の下で風が抜けてる。真ん中が切ってあるわ」
板の端を刀で突くと、板は真ん中から折れて、割れ目の中へ落ちていった。落ちた音は、しばらく聞こえなかった。
ミアが腰の灯りを外して、割れ目の上にかざした。底は見えない。ただ、縁から少し下がった所に、石を削った杭が上を向いて並んでいるのが見えた。板が折れて落ちた者は、底まで行く前にそこで止まる。
「落ちた物を、後で拾いに来るのね」
「拾うのは、荷だけだろうな」
岩の陰で、犬の頭が二つ、こちらを見ていた。
一匹が、足を引きずって走り出した。右の脚を庇って、ゆっくりと。狼と同じ逃げ方で、狼より下手だった。
「追わないわよ」
「追わない。仕掛けてる方を見る」
追わない代わりに、ミアが弓を上げた。足を引きずっていたコボルトは、矢が背中に立った途端、両脚で走った。走って、走りきれずに倒れた。
もう一匹は、岩の陰で板を抱えたまま動かなかった。ミアの矢が板ごと貫いて、それも倒れた。
【コボルトを討伐しました】
【経験値 +150】
割れ目を回り込む道は、ミアが風で読んだ。板の無い所を跳び、板のある所は、ミアが風を見てから渡る。
途中で、ミアがもう一度足を止めた。
「上。岩の上に縄が張ってある。足元の板を踏むと、縄が外れて岩が落ちてくる」
見上げても、俺には岩の影しか見えなかった。ミアが矢を一本、岩の上の縄へ放った。縄が切れて、岩が落ちた。板の上に、ちょうど俺たちが立つはずだった場所に、人の頭より大きい岩が三つ、音を立てて転がった。
「先に落としておけば、ただの岩ね」
「仕掛けた方は、どこにいる」
「岩の陰に三匹。今、逃げたわ」
岩を越えた先に、コボルトの住処があった。
岩の壁の下に横穴があって、中に板と縄と、石を削った杭が束になって積んである。十一層から踏みかけてきた物が、全部ここで作られていた。
「どうする」
「燃やす」
油の瓶を一つ開けて、板の束にかけた。火打ちで火を付けると、乾いた板は音を立てて燃え上がって、横穴の中が明るくなった。奥で犬の頭が三つ、火の光を見てから、穴の裏の割れ目へ消えていった。
「油を一瓶使ったわよ」
「板を十枚仕掛けられるより安い」
火が板を全部灰にするまで、見ていなかった。燃えている間に、十八層への階段を見つけた。半日で着く計算が、横穴の分だけ延びた。
「罠を仕掛ける方を先に倒せば、罠は増えないのね」
「六層からそうしていれば、杭に掠められる事も無かった」
「六層のあんたじゃ、仕掛けてる方まで見えなかったわよ」
十八層は、岩の層だった。
地面も壁も、同じ灰色の岩で、見渡す限り何も生えていない。所々に、岩が積み上がった小山がある。小山は人の背の三倍ほどで、どれも同じ形をしていた。
「あの小山、動くわ。三つ」
「ゴーレムか」
「ええ。中に風が通ってない所が一つだけあって、そこだけ固い」
鑑定を向けた。
ゴーレム Lv36
HP:1,600/1,600
スキル:岩体 Lv3/剛力 Lv2
三十六。キメラと同じ数だ。ただしキメラより遅く、火も吐かず、頭は一つも無い。
小山の一つが立ち上がった。
岩が岩の上に乗って、腕になり、脚になる。顔は無い。胸の真ん中に、他の岩より黒い塊が一つ埋まっていて、動くたびにそこが鈍く光った。
「胸の黒いの。あれが核ね」
「岩の板の隙間と同じだ。あそこだけ斬れる」
腕が来た。
熊より遅い。だが、熊より重い。横へ出た俺の横の岩が、腕で砕けて粉になった。砕けた岩が足に当たって、立っているだけで削られる。
HP90/99。
当たっていないのに、減った。砕けた岩の欠片が脛を打って、そこが青く腫れていく。
二度目の腕は、横からだった。しゃがむ。頭の上を岩の腕が通って、後ろの壁に当たる。壁が欠けて、欠けた岩が肩に落ちた。
HP84/99。
腕そのものは一度も当たっていない。当たらない物に削られる相手は、初めてだった。
胸の核は、腕を振り下ろした時だけ前に出る。振り上げている間は、腕の岩で隠れる。
「ミア、腕を上げた時、核が隠れる」
「じゃあ、振り下ろした時ね。あんたが避けた後、核が前に出る。そこへ私が射る」
ゴーレムが腕を振り上げた。俺は正面に立って、振り下ろしに合わせて横へ出た。腕が岩を砕く。砕いた腕の付け根、胸の真ん中に、黒い核が出た。
矢が核に当たった。
当たったが、弾かれた。矢は床に落ちて、核の表面に、矢尻の形の浅い穴が一つ残った。ゴーレムはもう一度腕を上げる。
「固いわ。矢じゃ割れない」
「刀でやる。もう一度、振らせてくれ」
腕が落ちてくる。横へ出る。核が前に出る。
踏み込んだ。核に刃を当てて、押した。手応えは岩で、刃は一度弾かれた。弾かれた先で、矢の残した浅い穴が見えた。その穴に、切っ先を入れた。
割れた。
ゴーレムは腕を上げたまま、岩に戻った。腕が落ち、脚が崩れて、ただの小山になって、それから砂になった。
【ゴーレムを討伐しました】
【経験値 +400】
砂の中に、黒い魔石が一つ残った。
「矢の穴に入れたの?」
「入れた。穴が無ければ、三回は弾かれてた」
「じゃあ、私の矢も仕事をしたわね」
ミアは床に落ちた矢を拾って、矢尻を見た。先が潰れて、丸くなっている。
「一本だめになったわ。核に当てる矢は、もう要らないわね」
「次は、穴を開ける所まででいい」
残りの二つの小山は動かなかった。遠くを回って、十九層への下り口を目指した。
下り口まで半分という所で、道が塞がっていた。
岩の壁が崩れて、道の上に岩が積み重なっている。ミアが風を見て、首を振った。
「向こうまで風が通ってない。抜けられないわ」
「崩れたのは、いつだ」
「分からない。でも帳面には無かった」
迂回に半日かかった。崩れた岩の向こうへ回る道を、ミアが風で探し、俺が岩を越えて確かめる。二度行き止まりに当たった。
三度目の道の途中に、小山が一つあった。
道の真ん中に、動かない小山が座っている。回り込む幅は無い。
「動かないわ。眠ってるのか、気づいてないのか」
「起こさずに通れるか」
「風が核に当たってない。……通れると思う。でも、通る間は矢を番えておく」
小山の横を、足音を立てずに抜けた。小山は動かなかった。抜けた後、俺は一度だけ振り返った。黒い核が、岩の間で鈍く光っているのが見えた。
「起きてたわね、あれ」
「見ているだけだった」
「見てるだけの間に、通り過ぎたのよ」
下り口に着いた時には、空が二度目の夜になっていた。
「一日半。帳面の一日は、崩れる前の話ね」
ミアは結び目を数えて、七つ目を作った。
十九層は、岩を組んだ低い壁が、畑の畝のように何列も並ぶ層だった。
階段を降りた先の、一番手前の壁の後ろから、盾が上がった。盾の列。その後ろで、小さい影が弓を引いている。ゴブリンだ。
「十五層の長の、残りね」
「数は」
「盾が八。後ろの弓が六。長はいない。杖もいないわ」
鑑定を向けた。オークはLv24で、十五層と同じ数字だった。ゴブリンは十四。弓を持っている分、十一層より上だ。
「盾の列は、十五層で崩し方を覚えた」
「谷の口が無いわよ、ここは」
「作る」
矢が飛んできた。六本。岩の壁の陰に入って、矢をやり過ごす。壁の陰から、盾の列の端が見えた。端の盾の後ろに、ゴブリンが一匹、矢を番え直している。
「ミア、端の弓を」
矢が一本、壁の向こうへ飛んで、ゴブリンが一匹減った。
端の盾が、仲間の方を見た。見た所へ、俺は走った。端から入る。列の横から入れば、盾は一枚しか向いていない。一枚目の盾の内側へ体を入れて、盾の後ろのオークの腹へ刃を入れる。二枚目が振り向く前に、首。
列が崩れた。崩れた列は、ただのオークだった。
残った盾が、壁の後ろで列を組み直そうとした。組み直す前に、端からもう一度入る。盾は正面にしか向かない。横から入れば、一枚ずつ倒れる。三枚目の盾が落ちた所で、残りは盾を捨てて壁の向こうへ走った。
ゴブリンの弓は、途中からミアを狙い始めていた。岩の壁の上に立ったミアは、矢が来るたびに壁の裏へ沈んで、矢が過ぎた後に顔を出して射る。ゴブリンの矢は壁に当たり、ミアの矢はゴブリンに当たった。六本のうち四本が倒れて、残りの二本は弓を捨てて逃げた。
【オークを討伐しました】
【経験値 +100】
十九層は、それで終わりだった。帳面の通りの相手で、帳面の通りの崩し方が効いた。二十層への階段は、オークの壁の向こうにあった。
階段の脇で、短い夜を過ごした。ミアが八つ目の結び目を作る。
「明日は主。Bよ」
「帳面は、一冊だけだったな」
「ええ。一匹だけ、とだけ書いてあった」
「一匹の相手に、二人で書く事が無かったんだろ」
「それか、書く前に死んだかよ」
ミアは弓を膝に置いて、先に見張りに座った。
二十層へ下りる階段は、短かった。
降りきった先は、部屋だった。
十層の野原でも、十五層の谷でもない。八層の隠し部屋と同じ、岩の壁に囲まれた丸い部屋で、天井も岩だ。空は無い。広さは、三つ樽亭の食堂を二つ並べたほどしかない。
壁のあちこちに、深い傷が斜めに走っていた。斧の跡だ。前にここへ来た組が、受けた跡か、受け損ねた跡か。
二人が部屋に入った所で、後ろで岩の擦れる音がした。階段の口が、岩で塞がっている。八層のボス部屋と同じだ。倒すまで、戸は開かない。
その真ん中に、立っていた。
牛の頭。人の体。肩の高さが俺の頭を越えて、手には斧。角が左右に伸びて、先が俺の方を向いている。
鑑定を向けた。
ミノタウロス Lv40
HP:1,800/1,800
スキル:剛力 Lv4/斧術 Lv5/突進 Lv3
「四十。この穴で一番上だ」
「一匹よ。一匹だけ」
ミアは弓を上げなかった。部屋の入口の岩に背を付けて、腕を組んでいる。
「一対一でしょ。あんたの番」
俺は刀を抜いて、部屋の真ん中へ歩いた。
ミノタウロスが、鼻を鳴らした。
来た。突進。角を前に、床を蹴って、部屋の端から端まで一息で来る。速い。だが、突進は止まれない。止まれない物の横は、空いている。
角が俺のいた場所を通り過ぎる時、俺はもうそこにいなかった。横へ出て、通り過ぎる脚の、膝の裏。刃を入れた。
ミノタウロスの脚が、床に崩れた。
片膝を突いて、斧を床に突いて、立ち上がろうとして、俺を見た。見た時には、俺はもう首の横に立っていた。
一太刀だった。
牛の頭が床に落ちて、体が遅れて倒れ、斧が床で鳴った。砂になるまで、ミアは腕を組んだまま動かなかった。
【ミノタウロスを討伐しました】
【経験値 +1,600】
俺は刀を見た。刃は、通した時のまま曇り一つ無い。窓の数字は、部屋に入った時から一つも減っていなかった。
「……早いわね」
「一匹なら、こんなものだ」
「キメラの時は、あんなに苦しんだのに」
「あれは三匹だった」
部屋の奥の壁が開いて、その向こうに台が出ていた。
砂の中の魔石は、キメラの物より一回り大きかった。ミアは腕を解いて、それを拾い、袋に入れた。
ミアは腰の紐に九つ目の結び目を作って、俺の顔を見た。
「外の五日目の昼。二十日と言って、五日で戻れるわ。前と同じ」
「前と同じで、札は一つ上だ」
二人で台に乗った。
北の門の番は、帳面を開く前に俺たちの袋を見た。それから、俺の新しい靴と、湖の水で色の変わった膝の辺りを見た。
「二十日の申告で、五日目か。早いな。主は」
「二十層の主を倒した」
番は、戻り、と書いた。
管理局の受付は、あの若い女だった。魔石を見て、帳面に二十層の主、と書いて、俺たちの首からCの札を外した。
新しい鉄の板に、名前が刻まれる。その隣に、B。
「Bランクです。二十層の主を、登録から十七日で」
「それと、十八層の道が一つ崩れてる。下り口へ真っ直ぐ行く道だ」
「記録室の綴じに足しておきます。……迂回は、どのくらいでしたか」
「半日。崩れた所の先に、動かないゴーレムが一つ座ってる」
女は帳面に、崩落、迂回半日、と書いて、ゴーレムの事はその横に小さく足した。
それから、広間の奥ではなく、窓の外を目で示した。
「Bからは、神殿の書庫をお使いになれます。広場の像の裏の建物です。管理局の札を、入口の司祭にお見せください」
「今日のうちに行けるか」
「行けますが、書庫は日が暮れると閉まります。今から行かれても、戸口で追い返されるかと」
ミアが俺の袖を引いた。
「明日にしましょ。今日は寝る。それに、二十一層からの話も聞いておきたいでしょ」
女は頷いて、帳面の次の行に指を置いた。
「二十一層から下は、一層に六日です。前にお話しした通り、二十五層の主までで、ひと月。それと」
女は少しだけ言葉を選んだ。
「二十一層から下は、組ごとに道が違います。記録室の帳面が薄いのは、そのためです」
「帳面は役に立たない、という事か」
「魔物の顔ぶれは、役に立ちます。道は、役に立ちません」
「もう一つ。二十一層へ入って、途中で引き返す事はできるのか」
女は、できます、とすぐには言わなかった。
「できます。ただし、台は二十五層の主の所にしか出ません。二十三層で引き返せば、二十一層まで三層分を歩いて上がって、二十層の台から帰る事になります。十八日です」
「下りた分だけ、上る」
「はい。ですから皆さん、入る前に決めます。二十五層まで行くか、入らないか」
ミアの指が、札から離れた。
三つ樽亭の食堂で、マルタは俺たちの首の札を見て、何も言わずに粥を二杯よそった。
粥を置いてから、やっと口を開いた。
「Bかい。十七日で」
「二十層の主は、一匹だった」
「一匹なら、あんたの方が速いだろうね」
マルタはそれだけ言って、鍋の方へ戻った。戻る前に、俺の膝の上で切り揃えた外套の裾を一度だけ見た。
部屋の窓から、像の頭が見えた。
ミアは九つの結び目を解いて、紐を丸めた。それから、胸の札を並べた。トリムのC、父親のB、帝国のB。
「父さんと同じ字ね」
「向こうのBじゃない。こっちのBだ」
「分かってるわ。字が同じってだけ」
ミアは三枚を重ねて、外套の下にしまった。
「次はひと月。矢は十束。食べ物は四十日分」
「背負えるか」
「背負えないわ。二人で三十日分が限界。それより持つと、矢が減る」
ミアは荷の口を開けて、中の物を一つずつ床に並べた。毛布が三枚、水袋が三つ、鍋、縄、油、火打ち。並べ終わって、腕を組んだ。
「受付の人の言った通りよ。二十一層に入ったら、二十五層の主を倒すまで帰れない。途中で足りなくなって引き返しても、上るのに六日ずつ。入るなら、三十日分で三十日で抜ける」
「三十日で足りなければ」
「足りなければ、そういう事になるわ。だから入る前に決めるのよ。行くか、行かないか」
ミアは床の物を荷に戻して、寝台に腰を下ろした。
「私は行く。あんたは」
「行く。二十層の主で分かった。一匹なら、下の主でも届く」
「三匹いたら」
「ミアが二匹落とす」
ミアは少しだけ笑って、横になった。
「その前に、明日は書庫」
俺は窓を開いた。Lv15。所持SP1。次のレベルまで、あと少し。
十三層の時は十四で、今は十五。一つしか違わない。
違うのは、相手の数だけだ。
読んでくれてありがとうございます!
Bランクになりました。登録から十八日、局の帳面で三番目に早い記録だそうです。一番目は、もちろんあの人。
十六層の湖、十七層のコボルト、十八層の崩落と迂回。そして二十層の主は、一太刀でした。
一対一ならレンは強い。三対一だと苦しい。その違いが出た潜りでした。
次回からは少し場面を変えて、王都の方へ。
あの峠からハルディスとユーリがどこへ帰って、何をしているのか。しばらくお付き合いください!
今回はちょっと書きすぎて1つにまとめすぎてしまいました。
今日だけはの1話で勘弁してください(›´-`‹ )
明日からまた2話ずつ更新します!




