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第七十八話 隠し部屋

六層の続きからです!


今回は隠し部屋を見つけます。

ただ、中にいたのは箱だけじゃなくて……という回。


無茶をしたがるレンと、ちゃんと止めるミア。

二人の違いも見てもらえたら嬉しいです!


 裂けた外套の胸を一度だけ指で押さえてから、俺はミアの半歩後ろに戻った。


 狼の群れはその後も二度来た。二度とも六匹で囲んで、二度とも一匹が途中で背を向けて逃げた。一度目は足が前に出かけた所でミアが「止まって」と言い、床が抜けた。二度目は言われる前に足が止まって、壁から杭が出た。


 逃げた一匹に鑑定を向けると、Lv12と出た。六層に下りてから何匹か見て、狼はどれもその辺りの数字だった。


「覚えたじゃない」


「杭で脇腹を抉られかけたからな」


 六層の奥へ進むにつれて、壁の様子が変わってきた。


 濡れた岩に、青白い苔が点々と付き始めている。初めは灯りの光を返しているだけに見えたが、ミアが試しに灯りを外套で覆うと、苔はそれ自体で光っていた。進むほど苔は増えて、しばらくすると灯りを下げても通路の先の曲がり角まで形で分かるようになった。


「もう灯りは要らないわね」


「色までは分からないが、動く物は見える」


 ミアは灯りの火を小さくして腰に下げた。両手が空いた分、弓を構えるのが一拍早くなった。


 七層への下り口は、苔の光の中で黒い穴になって口を開けていた。



 七層は六層の後半とよく似ていた。天井まで苔に覆われて、灯りが無くても歩ける。狼の群れと罠の場所の組み合わせも同じで、俺はもう前へ出なかった。


 魔石と毛皮を拾いながら歩くうちに、袋の重さが肩に馴染んできた頃、八層への下り口に着いた。



 八層へ降りてしばらく歩いた所で、ミアが足を止めた。


 罠の時の止まり方ではなかった。片手を上げる代わりに、首を傾けて右の壁を見ている。


「レン、あれ。三層のと同じよ」


 苔に覆われた、何の変哲もない岩の壁だった。


「風が吸われてるのか」


「ええ。しかも三層のよりずっと強く吸ってる。向こうの空いてる所、かなり広いわ」


 マルタは、近くに押せば動く石があると言っていた。二人で壁の前を行ったり来たりして、苔の下の岩を一つずつ手で押していく。


「待って。それじゃなくて、あんたの右足の横」


 ミアが指したのは、壁の一番下に半分埋まった、拳二つ分ほどの丸い石だった。


「そこだけ風が避けて通ってるの。周りの岩と繋がってないのよ」


 爪先で押すと、石は思ったより軽く奥へ沈んだ。


 岩の擦れる低い音がして、目の前の壁が横へ滑った。



 中は丸い部屋だった。通路より苔が濃くて、天井まで青白い。奥の壁際に、膝の高さほどの石の箱が一つ置いてあるのが入口からでも見えた。


「当たりね」


 ミアの声が弾んだ。


 箱の手前に、岩が一つ転がっていた。苔の生えていないごつごつした灰色の岩で、大きさは荷車ほどある。部屋の真ん中にそれだけがあるのは妙だったが、俺は箱の方を見ていた。


 二人が部屋に入った所で、後ろの壁が閉まった。


 同時に、岩が動いた。


 岩だと思っていた物の下から太い四本の脚が伸びて、丸まっていた背中が持ち上がる。熊だった。ただ、背中と肩と前脚の外側が、毛ではなく岩の板で覆われている。熊は四つ足のままこちらを向いて、鼻から長く息を吐いた。


「……魔物がぎっしり、じゃないわね」


「一匹だ。箱の番か」


 鑑定を向けた。


 岩甲熊 Lv26

 HP:840/840


 二十六。狼の倍以上あって、俺より十二も上だ。層を一つ下りるごとに少しずつ上がってきた数字が、ここだけ一気に跳んでいる。



 熊が走った。


 あの体で、六層の狼より速かった。構える前に目の前まで来ていて、横へ跳んだ俺の肩を前脚の岩が掠める。掠めただけで体が半分回った。


 回った勢いのまま、通り過ぎる脇腹へ刀を叩きつけた。火花が散って、手首まで痺れが上がってくる。刃は岩の板の上を滑っただけだった。


 ミアの矢が続けて二本飛んだ。一本は肩の岩に弾かれ、もう一本は首の横の毛に刺さったが、熊は振り向きもしない。


「硬いし、速い! 八層の相手じゃないわよ、これ!」


「二十六だ! 狼の倍以上ある!」


 熊が向きを変えて、今度は前脚を横に振ってきた。刀で受けたのが間違いだった。受けた刀ごと体が浮いて、背中から壁に叩きつけられる。息が全部出て、苔の光が一瞬暗くなった。


 視界の端で数字が動いた。HP52/91。この穴に入ってから初めてまともに食らった一撃だった。


 床に手を突いて立つ間、ミアが熊の顔の前へ矢を続けて撃って足を止めていた。目を狙った矢を熊は前脚の岩で払っている。払うたびに、岩の板が擦れ合って鳴った。


 俺は熊の横へ回って、もう一度斬りつけた。狙ったのは岩の無い後ろ脚だったが、熊が体を捻ったせいで刃は肩の岩に当たり、また滑った。


 滑った先で、刃が止まった。


 前脚を振り上げた熊の肩と胴の間で、切っ先が何かに噛んでいた。岩ではない柔らかい手応えが、一瞬だけ指に返ってくる。熊が初めて吠えて、俺を振り払うように体を回した。


 跳んで離れながら、今の手応えを考えた。岩の板は一枚ではない。板と板の間に隙間があって、脚を上げた時だけそこが開く。


「ミア! 脚を上げた時、肩の下が開く! そこだけ岩が無い!」


「見えた! 上げさせて!」


 上げさせるには、殴らせるしかなかった。


 俺は正面に立って刀を下げた。熊が走ってきて、右の前脚を振り上げる。その脚が落ちてくる前に左へ抜けた時、頭の後ろで矢の音がした。


 矢は肩の下の隙間に、羽根の近くまで埋まっていた。


 熊の右脚が落ちたまま上がらなくなった。体が右へ傾いて、頭が下がる。首の後ろでも岩の板が二枚に分かれていて、頭が下がった分だけその間が開いていた。


 俺は肩から刀を振り下ろした。今度は滑らなかった。


 熊は前へ二歩進んでから膝を折り、岩の板ごと砂になって崩れた。


【岩甲熊を討伐しました】

【経験値 +1,500】

【Lv13 → Lv14】

【所持SP:1】


 数字を二度見た。五層の主の四倍近い。八層の狼なら二十匹分だ。


「レン、背中」


「折れてはいない。息が出ただけだ」


「嘘。立つ時に顔が歪んでたわよ」


 ミアは俺の背中を外套の上から手で押して、骨の具合を確かめてから離れた。


「……あれが箱の番なら、当たりの部屋も楽じゃないわね」


「マルタさんはそんな話、してなかったな」



 砂の引いた後には、握り拳より大きい魔石と、岩の板が一枚残っていた。


 箱の蓋は石で、二人がかりで横へずらした。


 中には、小指の爪ほどの赤い石が一つ入っていた。


 それだけだった。


「…………熊一頭で、これ?」


 ミアが石を摘んで苔の光にかざした。


「綺麗ではあるけど」


「売れば宿代にはなるだろ」


「あんたの背中と釣り合ってないわよ」


 後ろで岩の擦れる音がして、閉まっていた壁が開いた。



「今日はここまで。戻るわよ」


 ミアが矢筒の口を閉めながら言った。


「十層の主まで行くつもりだったろ。あと二層だ」


「あと二層を、その背中で? さっき立つのに手を突いたの、自分で分かってる?」


「動ける」


「動けるのと跳べるのは違うわ。あの熊より弱い相手でも、跳べなきゃ当たるのよ」


 言い返そうとして、息を吸った拍子に背中が鳴った。ミアはそれを見逃さなかった。


「それに私の矢、もう半分しかない。主の前で矢が尽きたら、あんた一人で戦う事になる。それでも行く?」


「……行かない」


「よろしい。マルタさんも言ってたでしょ。戻るって言える奴は長生きするって」


「ただ、帰るには十層の主を倒すしかないと思ってたんだが」


「五層の台があるじゃない。朝あそこに出たんだから、あそこから帰れるわよ」


 言われてみればその通りだった。来た道を七層、六層と上がる間、狼は一度出ただけで、罠の場所はミアが全部覚えていた。



 三つ樽亭の食堂で、マルタは俺の歩き方を見ただけで眉を上げた。


「背中をやったね。何層だい」


「八層だ。隠し部屋を見つけて開けた」


「へえ、潜って二日で見つけたのかい。で、外れを引いたんだね」


「箱はあったの。その前に熊が一匹いたのよ」


 ミアが赤い石を卓に置いた。


「背中が岩で、速くて、レンの刀が通らなかった。同じ八層の狼とは強さがまるで違ったわ」


 マルタは石を見て、それから俺の顔を見て、片手で自分の額を叩いた。


「……ああ、言い忘れてた」


「何を」


「隠し部屋なんて滅多に見つかる物じゃないからね。あんたらがこんなに早く当てるとは思わなかったんだよ」


 マルタは椅子を引いて座った。


「隠し部屋にはもう一つあるんだ。ボス部屋って呼ばれてる。箱の前にボスが一匹座っていて、入ったら倒すまで戸が開かない」


「それは身をもって知った」


「そのボスはね、その層の魔物じゃないんだ。五層分深い所の強さのボスが座ってる。八層で開けたんなら、あんたらが斬ったのは十三層のボスさ」


 ミアが俺を見た。俺は背中の痛みの理由が分かって、少しだけ気が楽になった。


「Dの札で十三層のボスを倒して帰ってきたのかい。大したもんだ」


 マルタは笑わずに言って、赤い石を指で俺たちの方へ押し返した。


「ただし覚えときな。深い所であの壁を見つけたら、開ける前に五つ足して考えるんだよ。三十層で開ければ、三十五層のボスが座ってる」


「三十層まで行けたらの話ね」


 ミアが石を摘んで袋に戻した。マルタは鼻を鳴らして立ち上がり、鍋の方へ戻っていった。



 部屋に戻ると、俺は寝台にうつ伏せになった。仰向けになると背中が鳴る。


 ミアは窓際で矢の残りを数えていた。十一本。明日、道具屋で足さないと十層までは持たない。


 窓を開くと、Lv14の下に所持SP1の行があった。


 この穴に入って初めて増えた一つだ。五層の主でも、八層の狼二十匹でも増えなかった物が、十三層のボス一匹で入ってきた。


「マルタさんの話が本当なら、十層の主はあの熊より弱いんだよな」


「三層分下だものね」


「なら今日のうちに行けた」


「行けたでしょうね。それで、その背中でもう一回壁に叩きつけられて、明日から三日寝てる方が良かった?」


 返す言葉は無かった。


「明日は矢を足して、明後日に十層。背中は寝てる間に治しなさいよ」


 ミアは数え終わった矢を筒に戻して、灯りを吹き消した。


 暗くなった天井を見ながら、俺はSPの一を握ったまま窓を閉じた。どこに回すかは、背中の痛みが引いてから考える事にした。


読んでくれてありがとうございます!


隠し部屋の正体はボス部屋でした。

その層より五層分強いボスが座っている、という事で、八層で十三層のボスと戦う羽目になったレンでした。


それでも「戻る」と言えたミアは、マルタさんの言う長生きする側ですね。

次回は矢を足して、いよいよ十層の主です!


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