第七十七話 六層
穴の二日目です!
今回から六層。通路が広くなって、レンがやっと刀を振れるようになります。
ただ、ここから先は穴の方も黙ってはいません。
朝のマルタさんの話にも、ちょっと気になる事が出てきます。
朝の食堂でDの札を卓に置くと、マルタは鍋を持ったまましばらくそれを見下ろしていた。
「初日でDかい。……あんたら、山の向こうで何を斬ってきたんだい」
「色々だ。それより一つ聞きたい事がある」
三層の壁の話をすると、マルタは鍋を隣の卓に置いて椅子を引いた。
「隠し部屋だね。風が吸われてたんなら間違いないよ」
「入れるの?」
ミアが身を乗り出した。
「入れる。たいていは近くの壁か床に、押せば動く石が一つある。ただし開けて何が出るかは開けるまで分からないよ。当たりなら箱が一つ置いてある。外れなら魔物がぎっしり詰まってる」
「外れだったら?」
「戸が閉まる前に逃げるか、全部片づけるかだね。三層なら外れでも死にはしないだろうけど、深い所の外れは、それで一組まるごと帰って来なくなる」
マルタは自分の言った事を確かめるように一度黙った。
「箱の中身も深さ次第さ。浅い所は薬か小銭みたいな物で、下へ行くほど良い武具が出る。四十より下の箱からは、スキルが丸ごと入った玉が出るって話まである」
「スキルが、玉で?」
「話だよ。見たって奴には、あたしはまだ会った事がない」
マルタは鍋を持ち直して立ち上がった。
「今日はどこまで行く気だい」
「十層の主までは行きたいわね」
ミアが答えると、マルタは鼻で笑った。
「六層からは穴の顔が変わるよ。昨日と同じつもりで歩くんじゃないよ」
入口の台は、昨日とは違っていた。
二人で乗った途端に足の下が青白く滲んで、朝の光が消えた。次に目が慣れた時には、もう湿った岩の匂いの中に立っていた。
後ろに広い空洞の気配がある。振り返って灯りを向けても、届く範囲に動く物は無かった。台のすぐ先に、下へ続く口が黒く開いている。
「便利ね、これ。昨日半日かかった所が一息だもの」
「帰りも主を倒さないと使えないけどな」
六層へ降りる道は、今までのどの下りよりも長かった。
降りきった所で、灯りが壁に届かなくなった。
通路の幅が倍以上になっていた。荷車が二台すれ違えるほどあって、天井も灯りを上げてようやく岩の影が見える高さだ。足音の返り方まで変わって、自分たちが急に小さくなったような気がした。
俺は刀を抜いて、肩から一度振ってみた。切っ先はどこにも当たらなかった。
「嬉しそうね」
「昨日は一日中、肘を畳んでたからな」
「広いって事は、向こうも好きに動けるって事よ」
ミアはそう言って、昨日決めた通りに俺の半歩前へ出た。
いくらも進まないうちに、ミアが片手を横に出して俺を止めた。
「止まって。そこの床、風が上がってきてる」
灯りを下げても、俺の目には他と同じ土の床にしか見えなかった。ミアが拾った石を放ると、石は床に当たらずに土ごと下へ抜けて、しばらくしてからずっと下で乾いた音がした。
「落とし穴か」
「誰かが掘ったんじゃないわね。縁が岩のままだもの」
灯りを穴の上にかざしても底は見えなかった。五層までは一つも無かった物だ。
「マルタさんの言ってた、顔が変わるってこれね」
「ミアが前にいなかったら、今頃あの石と同じ音を立ててた」
「でしょ。昨日あんたを言い負かしておいて良かったわ」
穴の縁を壁伝いに回って先へ進んだ。
次に来たのは鼠でも蜥蜴でもなかった。
灯りの輪の外で、低い唸り声がいくつも重なった。ミアが足を止めて弓を上げる。
「前に三つ。……違う、右と左にも回ってる。六つ、囲まれてるわ」
暗がりから出てきたのは狼に似た獣だった。毛は濡れた岩と同じ色で、目だけが灯りを返して白く光っている。正面の三匹は姿を見せたまま動かず、残りは壁沿いに俺たちの横へ回り込もうとしていた。
昨日の鼠は来た順に突けば済んだ。こいつらは、こっちが動くのを待っている。
「ミア、背中を頼む」
「言われなくても」
背中にミアの肩が当たった。
左から最初の一匹が跳んだ。俺は半歩踏み出して、昨日は一度もできなかった横薙ぎで首を払った。刃が抜けるのと同時に手首を返し、続けて跳んできた二匹目の胴を下から斬り上げる。
壁に当たらない刀は、こんなに軽かったのかと思った。
背中の方で矢が二度鳴って、獣の悲鳴が二つ続いた。正面の三匹が一斉に走ってくる。先頭を肩から斬り下ろし、横をすり抜けようとした一匹の後ろ脚を払うと、転がった所へミアの矢が刺さった。
最後の一匹は、仲間が砂になるのを見て向きを変えた。
【洞窟狼を討伐しました】
【経験値 +70】
「逃げるわ」
「追う。背中を見せてる」
俺は走り出していた。振れる刀が嬉しくて、足が先に出ていた。
「レン、止まって!」
ミアの声で足を止めたが、勢いで体が一歩だけ前へ流れた。
右の壁から、腕ほどの太さの石の杭が横に突き出した。外套の胸を掠めて、目の前の空を貫いて止まる。もう一歩出ていたら、脇腹に入っていた。
杭はゆっくりと壁の中へ戻っていった。その向こうで、逃げたはずの狼が足を止めてこちらを見ていた。目が合うと、今度こそ暗がりの奥へ消えた。
「……誘われたのか」
「壁に穴が並んでたの。そこだけ風が出たり入ったりしてた」
ミアが追いついてきて、俺の外套の胸の裂け目に指を入れた。
「ここの魔物、罠のある場所を知ってるのよ。逃げる時もそこを通るんだわ」
「悪かった。刀が振れるのが嬉しくて、前しか見てなかった」
「知ってる。顔に出てたもの」
ミアは裂け目から指を抜いて、俺の胸を一度軽く叩いた。
「一つ決めさせて。私が止まってって言ったら、斬ってる途中でも止まって。理由は後で言うから」
「分かった。そこは昨日の左と右と同じにする」
床に残った魔石を拾うと、昨日の鼠の物より一回り大きかった。毛皮は二枚出ていて、どちらも昨日の物よりずっと厚い。
ミアはそれを袋に詰めてから、また半歩前に立った。灯りの先には、同じ広さの暗がりがまだ続いている。
読んでくれてありがとうございます!
六層から罠が出てきました。
しかも魔物の方が罠の場所を知っていて、わざとそこへ誘ってきます。
刀が振れて浮かれたレンが、さっそく痛い目を見かけた回でした。
次回も六層から先を進みます!




