第七十六話 主
前回の続きで、今回は三層から五層まで潜ります!
天井から降ってきたり、数で押されたり、穴の中もだんだん騒がしくなってきました。
そして五層には、この穴で最初の主が待ってます。
見つけるのはミア、斬るのはレン。
二人の役割がはっきりしてくる回です!
ミアが言った通り、右の壁に二匹、その奥の天井に三匹いた。
壁の二匹は灯りを近づけると岩の色から剥がれるように動き出して、腰の高さへ跳んできたのを一匹ずつ突いて落とした。天井の三匹は灯りが届く前にミアの矢が順に刺さって、砂と矢と小さな魔石になって降ってくる。
【洞窟蜥蜴を討伐しました】
【経験値 +30】
鼠よりも少ない経験値だった。跳んでくる速さは鼠より上でも、刺せば一度で終わる。
二層はその繰り返しで、ミアが数と場所を先に言い、壁の低い所は俺が、天井と高い所はミアが片づけた。下り口に着く頃には、ミアが「上に二つ」と言うだけで俺は黙って灯りを上げるようになっていた。
三層に降りてすぐ、ミアが後ろで「上」と言った。
俺が顔を上げるより先に、重い物が肩に落ちてきた。二層の蜥蜴なら手で払えたのに、今度のは片膝が落ちかけるほどの重さがある。首筋に爪が掛かる前に体ごと壁に押し付けて剥がし、床で向きを変えた所を突いた。
砂になる前に見えた体は、俺の脚より長かった。
「ねえ、さっきより大きくなってない?」
ミアが灯りを床に近づけた。
「なってる。二層のは腕くらいだったのに、今のは倍はあった」
「魔石もよ。ほら」
ミアが拾って見せた石は、さっきまでの小指の先ほどの物ではなく、親指の関節一つ分はあった。
「下へ行くほど大きくなるのか」
「だとしたら五層の主って、どのくらいあるのよ」
俺は天井を見上げた。灯りの届かない所に、まだ何匹張り付いているのか分からない。
「レン。ここからは私が前に出るわ」
「前は駄目だ。ミアが襲われたら危ない」
「あんた、反応が遅れてるでしょ? 私が言ってから顔を上げるから、今みたいに間に合わないのよ」
言い返せなかった。肩にはまだ蜥蜴の重さが残っている。
「私が前なら、落ちてくる前に撃てるわ。あんたも頭の上を気にしなくて済むでしょ」
「前から鼠が来たらどうする。この狭さじゃ弓は引けないだろ」
「その時は壁に寄るから、あんたが横を抜けて」
やってみると最初は酷かった。角から鼠が走ってきた時、ミアが右へ寄ったのと俺が右から抜けようとしたのが同時で、俺の肘がミアの矢筒に当たり、鼠は二人の脇を抜けて後ろへ回った。振り向いて突くまでに外套の裾を一度噛まれた。
「決めましょ。私は必ず左の壁に寄るから、あんたは右を抜けて」
「分かった。声は要らない。寄ったら出る」
決めてしまえば三度目からは詰まらなくなった。ミアが足を止めて左へ体を預けると、その肩の横を刀が先に通り、俺が前へ出た後ろでミアはもう弓を上げている。天井の蜥蜴は、俺が気づく前に砂になって降ってくるようになった。
三層の中ほどで、ミアが何も無い壁の前で足を止めた。
「ここ、変ね」
「何かいるのか」
「違うわ。風がこの壁に吸われてるの。割れ目も無いのに」
灯りを寄せても濡れた岩があるだけだった。拳で叩くと他の所より少し軽い音がしたが、押しても引いても動かない。
「向こう側に空いた所があるのかもしれないけど、入り方が分からないわ」
「場所だけ覚えておこう。マルタさんなら何か知ってるかもしれない」
ミアは矢尻で壁に小さく傷を付けてから歩き出した。
四層は匂いが変わった。生臭さが濃くなって、灯りの届かない先から爪が岩を掻く音がいくつも重なって聞こえる。
「多いわ。床に四つ、天井に三つ。……その後ろにまだいる」
ミアが左の壁に寄った。俺は灯りを足元の岩の窪みに置くと、右から前へ出て刀を体の前に立てた。
暗がりから出てきた鼠は、もう犬の大きさではなかった。肩の高さが俺の腰近くまであって、狼と言われた方が近い。
ただ、その大きさが狭い通路では仇になっていた。この幅では一匹ずつしか前へ出られず、先頭を突いて引くと、その体が砂になる前に次が跳んでくる。突いて引いて半歩下がるのを繰り返す間、頭の上ではミアの矢が蜥蜴を一匹ずつ天井に縫い付けていった。
一匹だけ、俺の刀が戻るより早く脇を抜けた鼠がいた。振り向こうとした時にはもう、ミアが弓を持ったままの手で腰の短剣を抜いて、跳んだ鼠の喉を下から刺していた。
「後ろは気にしなくていいわ。抜けたのは私が取る」
「助かった」
「全部で十一いたわよ。あんたが七で私が四」
床には魔石と歯と毛皮が散らばっていて、拾い終わる頃には袋の紐が肩に食い込み始めていた。振れない刀にも、もう腕が慣れていた。
五層は通路が一本しか無かった。魔物は一匹も出ず、緩い下りを歩く自分たちの足音だけが続く。
「静かすぎるわね」
「主の縄張りには他のが寄らないんだろう」
急に壁が左右に開けて、灯りが天井に届かなくなった。声が今までと違う響き方で返ってくる。
広い空洞の真ん中で、何かが体を起こした。
蜥蜴だった。ただし荷馬車ほどの長さがあって、背中の鱗は一枚一枚が掌より大きい。灯りに向けて開いた口の中には、短剣ほどの歯が並んでいた。
「……三層で聞いた事の答えが出たわね」
「灯りはそこの岩の上に置く。ミアは壁沿いに離れてくれ。ここなら振れる」
大蜥蜴は吠えもせずに走ってきた。体の割に速かったが、ヴァルドの光に比べれば、来る方向が最初から最後まで見えている。
噛みに来た頭を左へ抜けながら、久しぶりに肩から刀を振った。首の付け根に落とした刃は鱗に当たって一瞬押し返され、その下の肉まで半分ほど入って止まる。
浅かった。大鼠と同じつもりで斬った分だけ足りていない。
蜥蜴が体を捻って尾を薙いできた。跳んで越えた足の下を太い尾が通り過ぎて、そのまま岩の上の灯りを払った。
灯りが転がって、火が糸のように細くなった。
空洞が一息で暗くなった。見えるのは倒れた灯りの周りの床だけで、荷馬車ほどの体がどこにあるのかも分からない。爪が岩を掻く音は四方の壁から返ってきて、当てにならなかった。
「右から来る! 頭が低い!」
ミアの声の通りに左へ跳ぶと、すぐ横を生臭い風が通った。濡れた鱗が一瞬だけ鈍く見えて、俺はそこへ刀を振り下ろした。手応えはあったが、どこを斬ったのかは分からない。
「回ってる。あんたの後ろ、左から!」
振り向きながら身を沈めた頭の上で、歯の噛み合う音がした。
ミアには見えているのだ。灯りが無くても、あの大きさの体が動けば風が割れる。
「ミア、灯りを頼む! 場所だけ言ってくれれば俺は保つ!」
「正面で止まってる。……今、来る!」
真っ直ぐ後ろへ下がりながら刀を前に立てると、突っ込んできた鼻先が刃に当たって逸れた。その間にミアの走る足音がして、空洞に色が戻った。
ミアは起こした灯りを足元に置いたまま、もう弓を引いていた。
矢が蜥蜴の右の目に立った。頭が跳ね上がって喉が開く。俺は今度こそ腰から踏み込んで、下から斬り上げた。鱗の無い所を刃が最後まで通った。
大蜥蜴は二歩だけ前へ出て崩れ、床に着く前に端から砂になっていった。
【大蜥蜴を討伐しました】
【経験値 +400】
鼠八匹分が一度に入った。主の経験値だけは削られていないらしい。
「怪我は?」
「無い。暗くなった時は焦ったけどな」
「でしょうね。あんた、蜥蜴のいない方に向かって構えてたもの」
「……次からは灯りを尾の届かない所に置く」
砂が引いた後には、拳二つ分はある濁った緑の魔石と、掌より大きい鱗が三枚残っていた。ミアが魔石を両手で持ち上げて、重さを確かめるように一度揺らした。
空洞の奥の壁際に、入口で見たのと同じ石の台がいつの間にか出ていた。さっきまでそこは何も無い岩の床だったはずだ。
二人で乗ると足の下が青白く滲んで、次に息を吸った時には外の風の匂いがした。
柵の内側だった。日はもう傾きかけていて、番の男が槍にもたれたままこちらを見て眉を上げた。
「……朝の駆け出しじゃないか。乗れたのか」
「言われた通り、歩いて行ってきた」
管理局の受付には昨日と同じ女が座っていた。俺が主の魔石を台に置くと、彼女は石と俺の顔を二度見比べてから帳面を開いた。
「五層の主の石ですね。確かに。……『空欄』のお二人は、登録されたのが昨日でしたよね?」
「そうだ。潜ったのは今朝が初めてだ」
「初日で五層の主ですか。よそから来られた腕の立つ方だと、たまにいらっしゃるんです」
彼女は奥の棚から札を二枚出してくると、Eの札と引き換えに俺とミアの前へ一枚ずつ置いた。
「そのまま十層の主まで行かれていたら、Cの札をお出しできたんですけど」
「次はそうするわ」
ミアが札を指で弾いて、俺の方を見て笑った。
「それと、Bランクになると神殿の書庫を使えるようになります。穴の古い記録も置いてありますから、頑張ってくださいね」
真新しい札には、Dの字が刻んであった。
読んでくれてありがとうございます!
初日でDランクになりました。
前を歩いて見つけるのはミア、斬るのはレン。穴の中での二人の役割が決まりましたね。
次回もまだまだ潜ります!




