第五十八話「三十歩」
五本が膝へ来た。
俺は横の幹の裏へ体を投げた。幹は俺の腿ほどの太さしかなく、三本を受けた所で抉れて傾き頭の上から枝ごと倒れてくる。転がって次の幹へ移る間にも足元の落ち葉が二度弾けた。
くそっ。見えてるのに避けられない。貯めてるSPを振るべきなのか。
矢の筋は全部見えている。足りないのは目でも剣でもなかった。剣術をもう一つ上げても三十歩先には届かないし、届く所まで行く足がない。王都を出てからずっと決められずに持っていた3の使い道が今決まった。
幹に背を付けたまま窓を開いて三度振る。
身体強化 Lv3
身体強化 Lv4
身体強化 Lv5
所持SP:0
振るたびに脚の奥で何かが締まっていった。
背中の幹が削れ始めている。俺は裏から飛び出した。
五本が足へ来る。左へ一歩踏んだつもりの体が三歩先まで飛んで、止まろうとした足が落ち葉の上を滑り肩から隣の幹に突っ込んだ。五本は誰もいない所に刺さっている。避けたのではなく俺がそこにいなかっただけだ。
「ハハハッ! 何やってンだテメェッ!」
立ち上がる前に次が来た。跳ぼうとして蹴りすぎ、今度は体が浮いて着く場所を選べない。着いた先に低い枝があって顔を打った。矢は外套の背で二本消えて残りは外れていく。
さっきまでと逆だった。頭より先に体が行ってしまう。これくらいと思って蹴ると倍より遠くへ出る。
一つずつ上げていれば一つ分ずつ慣れたはずの物を三ついっぺんに入れた。馴染むまで待ってくれる相手ではないから撃たれながら合わせるしかない。
蹴る力を半分にした。それでも行きすぎる。もっと弱くして止まる足を先に決めてから踏む。五本が来て右へ出た足は思った所の半歩先に着き、次の五本ではそのずれが指一本分になった。その次は思った所に着いた。
体が頭に付いてくる。分かった場所から体をどかすのが間に合う。
ヴァルドの目が細くなった。ユーリと同じ物を持っているなら俺の窓は向こうにも見えている。
「身体強化を三つ上げたのかよ。そんなモン三つ上げた所で俺とテメェの差は変わンねェんだよッ!」
笑ったままの顔でそう言った。
俺は前へ走った。幹を盾にするのをやめて矢の間を抜ける。二十五歩。二十歩。指の向きを読んで足を置く場所を選べば矢は当たらないし、当たっても胸なら消える。十五歩まで詰めて刀の鯉口を切った時、ヴァルドの足が初めて動いた。
後ろへ一度跳んだだけだ。
それで三十歩に戻っていた。落ち葉が舞い上がり、その向こうからもう五本が来る。俺が十五歩を詰めるのに使った時間を向こうは一歩で消した。
「分かったかッ! テメェが十歩走る間に俺は一歩で足りンだよッ!」
もう一度詰めた。今度は木の間を斜めに回り込み、ヴァルドの跳ぶ先に幹が来るように追い込んでいく。背中が幹に当たれば下がれない。二十歩。ヴァルドは幹を見もせずに横へ跳び、跳びながら撃ってきた。宙にいる間も指は俺の膝を向いたままだ。
三度目も四度目も同じだった。
詰めた分だけ戻される。矢は避けられるようになったのに刀の届く所には一度も入れない。息が上がってきて、脛と腿の傷が走るたびに開いて靴の中が濡れている。
ミアの方では落ち葉の弾ける音が続いていた。左手の三本は一度も止まっていない。ヴァルドは俺を相手に跳び回りながら片手間でミアを幹の裏に縫い付けている。
「レン、深追いしないで! 開けた所に引っ張られてる!」
ミアの声で気づいた。周りの木が疎らになっている。追っているつもりで幹のない方へ誘われていた。
戻ろうと足を返したその一歩が遅れた。
右の腿を光が抜けた。
HP 56/91
熱いと思った時には膝が落ち葉に着いていた。立とうとして右足に力を入れても腿から下が言うことを聞かない。鞘の先を地面に突いて体を起こしたが片膝のままそこから上がらなかった。
一番近い幹まで五歩ある。這って五歩で、その間に何本来るかは数えなくても分かる。
ヴァルドは近づいてこなかった。三十歩の所に立ったまま右手を上げて指を一本ずつ開いていく。
「持って帰ンのは顔と体だけありゃいいだろッ!」
光が五つ並んだ。
五つとも俺の膝を向いていた。




