第五十七話「第六聖」
林の中は思ったより明るかった。
幹の細い木が間を空けて立っていて傾いた日が斜めに差し込み、地面は落ち葉で柔らかくゆるい登りが続いている。ミアが親馬の手綱を引いて前を歩き俺は荷を背負ってその後ろを行く。
百歩も登らないうちに後ろで蹄の音が止まった。
ミアが足を止めて木の間から下を見る。
「馬を降りた。一人で歩いてくる。こっちが見えてるみたいに真っ直ぐ」
「撒けそうか」
「無理ね。向こうの方が速い」
ミアは手綱を低い枝に掛けて弦のない弓を握り直した。俺は荷を下ろして刀の柄に手を置く。落ち葉を踏む音が近づいてくる。隠す気のない足音だった。
木の間に白が見えた。
外套も上着も手袋も白く腰の剣の鞘まで白い。三十を少し過ぎたくらいの男で歩きながら笑っている。知っている顔だった。王都の訓練場で壁際に立っていて、儀式の部屋でも壁際にいた。名前と席だけはユーリに聞いている。
第六聖ヴァルド。
男は三十歩ほど手前で足を止めて俺の外套を上から下まで眺めた。それから肩を揺らし、顎を上げて林じゅうに聞こえる声で笑い出した。
「ハッ……ハハハハハッ!」
笑いながら片手で顔を押さえ、指の間からこちらを見ている。
「やっぱり北だったかッ! 馬鹿でも分かンだよ、そんなモンッ! 教会から逃げる奴の行き先なんざ山の向こうしかねェだろうがッ!」
声が林に響く。ミアが俺の斜め後ろの幹に体を寄せた。
「村にいた四騎はどうした」
「置いてきたに決まってンだろ。猊下のお言葉なんか待ってたら他の奴に取られンだろッ! 俺がテメェを持って帰ンだよ。それで席が上がんだろッ! 分かりやすいだろッ!」
ヴァルドは剣を抜かなかった。右手を肩の高さに上げて指を開く。
掌の前に光が五つ並んだ。
ユーリの光より細くて数が多い。指が俺の胸を向いたと思った時にはもう来ていて俺は左へ跳んだ。四本が外れて後ろの幹を抉り木屑が飛ぶ。残りの一本は肩に当たった。
痛みはなかった。
光は外套の肩で音もなく消えて熱も残らない。塀の上で背中に来たあの一本と同じだ。
「……あァ?」
ヴァルドの笑いが一度止まり、すぐに戻った。
「何だそりゃ。消えンのかよ。面白ェもん着てンじゃねェかッ!」
次の五本が並ぶ。指の向きで狙いは分かる。腹だ。分かっていて右へ動いたのに足が半歩遅れ、二本が外套の腹で消えて一本が外套から出ていた左の前腕を焼いた。
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見えてはいる。剣なら相手の肩と肘で次の筋が読めるのと同じで、指と掌の向きを見れば矢がどこへ来るかは撃たれる前に分かる。分かった場所から体をどかすのが間に合わない。
ミアが幹から半身を出して弓を上げかけた瞬間、その幹の縁が光で削れた。ミアが舌打ちして引っ込む。ヴァルドは俺から目を離さずに左手だけをそちらへ向けていた。
「弓の女はそこで見てろッ! 用があンのは黒い方だけだッ!」
ミアが別の幹へ走ろうとすると足元の落ち葉が弾けた。左手の矢は三本ずつで右手より少ないが、顔を出すたびに正確に飛んでくる。
俺は前へ出た。
撃たせ続ければ削られるだけで刀は三十歩先には届かない。木を盾にして幹から幹へ斜めに走る。二本目の幹までは行けた。三本目へ踏み出した足の先に五本が横一列で刺さり、止まった所へ次の五本が来る。胸の三本は消えた。右の脛の一本は消えなかった。
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脛が焼けて膝が落ちかけ、俺は幹の裏に転がり込んだ。ヴァルドは一歩も動いていない。俺が詰めた分だけ下がればいいのに下がりもしなかった。下がる必要がないと思っている顔だ。
「遅ェなァ、テメェ。目だけは付いてきてンのに足が全然じゃねェかッ! そんなんで七聖の前に立つ気だったのかよッ!」
言い返す言葉はなかった。その通りだからだ。
幹から出れば矢が来る。出なければミアの方へ矢が行く。俺は息を一つ吸って反対側から飛び出した。
ヴァルドの指が下を向いていた。
胸でも腹でもなく五本とも膝から下へ来る。跳んで三本を越え、着いた所で一本が左の腿の外側を裂いていった。
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「消えねェ所を撃ちゃいいだけだろッ!」
ヴァルドが笑って右手を振る。掌の前にまた五つ並び、指は下を向いたまま上がらない。
日はまだ沈んでいなかった。




