第四十七話「秘密」
第四十七話「秘密」
丘を下りきった所で街道を外れた。
道の上を歩けば松明に見つかる。草の中なら黒い外套は闇と変わらない。ミアが先に立って草を分け俺は足元を見ずについていく。膝が笑って二度転びかけたが止まらなかった。
王都の方で松明が動いた。四つ。街道を西へ来る。
二人で草に伏せた。松明は道の上を通り過ぎて西の暗がりに消えた。追手なのか夜回りなのか分からない。どちらでも同じだ。
「行こう」
ミアが立つ。俺も立つ。
月が出て草の影が長くなった頃に林が見えた。街道から離れた低い林で、入ると地面が窪んでいて風が来ない。ミアが足を引きずりながら一周して戻ってくる。
「王都からは見えない。火は小さくしよう」
枯れ枝を集めて火を起こした。手のひら二つ分の火で、それでも王都の側には土を盛って隠す。俺は外套のまま座り込んで刀を膝に置いた。ミアが向かいに座って弓を脇に置く。
しばらく二人とも何も言わなかった。
火が爆ぜる。ミアの足首に巻いた布が汚れている。俺の外套の肩は裂けたままで裂け目から胸当ての鱗が見えていた。
「あのさ」
「なあ」
同時だった。
「ミアから言っていい」
ミアが少し笑って頷いた。
「一人で王都に来る道中、毎晩引いてた。あの弓。最初は線を張るだけで矢はまともに飛ばなかった。三日目に狼が出て、撃ったら曲がって当たった。それで分かった。風がもっと要るって」
ミアは火を見たまま話す。
「風魔法を1から3にした。SPが3要るから狼を狩って上げた。レベルも上げた。王都であんたに見ないでって言ったのはそれ」
「……そうか」
「3になった夜に窓が鳴った。【統合スキル『風矢術』Lv8】って。弓術の5と風の3が一つになって8。武器と魔法が一つになるなんて聞いたことがない」
中庭で石畳が割れた。門の扉が押し戻された。あれがそれだ。
「ついでにもう一つ。私のギフト、言ってなかったでしょ」
言われてみれば聞いたことがなかった。ギフトは自分から言わない人も多い、と最初の頃に言われてそれきりだった。
「鷹風。遠くが見えて、風の筋が見える目。塔の上の白いの、あんたより先に見えたでしょ。あれ」
丘で振り返った時のことだ。俺が見つける前にミアの指が上がっていた。
「だから矢が当たる。風の適性と目のギフト。両方あって、あの弓が引ける」
「だから言っとく」
ミアが顔を上げた。
「これからもあんたと一緒にいる。父さんのことはまだ確かめてない。あんたが死ぬのも見たくない。前に言った理由は二つとも今も変わってない。それに、あの中庭で分かった。私の弓はあんたの道を作れる。だから支えられる」
火が小さくなって顔の半分が影になる。
「秘密はなしにしよう。お互いに。それでいい?」
俺は少し考えた。考えて、頷いた。
「ああ、いい」
窓を開いた。
儀式のあと自分の窓を全部見たことがなかった。HPの行だけ見て閉じていた。見る暇がなかった。
【ステータス】
名前:レン
Lv:13
HP:44/91
ギフト:―
【スキル】
剣術 Lv8
身体強化 Lv2
気配察知 Lv1
回避 Lv2
応急手当 Lv1
鑑定 Lv1
???
所持SP:3
「……どうしたの」
窓をミアの方へ向けた。ミアが火の向こうから覗き込む。
「鑑定の下。一行増えてる」
「……???」
ミアが読んだ。名前がない。数字もない。必要SPの行もない。???とだけあって、それが何なのか窓は何も言わない。
「いつから?」
「分からん。儀式の時は名前とレベルとギフトしか見なかった」
「儀式の光?」
「たぶん。光が胸で止まって黒くなって床に流れた。それから剣が滑る。光の矢が消えた。全部それかどうかは分からん」
ミアは何も言わずに火に枝を足した。
「まだあるんだ」
俺は刀を膝の上で握った。
「俺は一度死んでる」
ミアの手が止まった。
「ここじゃない所で。荷を積んだ車に潰されて死んだ。目を開けたら白い所で女神がいた。リセと名乗った」
火の音だけになる。
「箱を回された。ギフトはそれで決まると言われて回したら横線が一本出た。女神は稀にありますとだけ言った。常識を急いで知ろうとしないでくださいとも言った。それだけだ。他は何も教えてくれなかった。気がついたら丘の上に寝てた」
「……リセ」
ミアの声が低くなった。
「北の帝国が拝んでる神の名前。リセリア。山の向こうの、教会を嫌ってる国。国の名前がその女神の名前だって聞いたことがある」
俺は北を向いた。林の向こうは暗くて何も見えない。
「ユーリも北って言ってた」
「そうね」
ミアはそれ以上続けなかった。俺は続けた。
「言葉が分かるのもそれだ。ここに来た時から読めた。門の字は神代の字だった。扉の奥の壁は違う。俺のいた所の字だった」
ミアの目が大きくなる。
「あの壁の字?」
「同郷の者へ、と書いてあった。声に出さなかった。俺と同じ所から来た奴が書いた。刀もそいつのだ。俺のいた所の刀だ」
ミアがゆっくり息を吐いた。
「だからあんた、刀を持った時に」
「手が知ってた」
「……そういうこと」
ミアは弓を膝に引き寄せた。弦のない黒い弓を火の光にかざして、それから俺の刀を見た。
「こっちも同じね。あの人の相棒の物だった。私の手も知ってた」
火が落ちかけて、ミアが土をかけた。
「先に寝て。見張りは私がやる。足が痛くて眠れないし」
断る理由が見つからなかった。俺は外套を巻いて横になった。黒い布は夜気を通さない。ミアが弓を膝に置いたまま王都の方を向いている背中が最後に見えた。
目を開けると空が白かった。
ミアは同じ所に同じ姿勢で座っていた。俺が起きたのを見て立つ。足首を庇っている。
窓を見るとHPは51に戻っていた。
林を出て街道沿いの畑の中を西へ歩く。道には出ない。荷車が一台通り過ぎるのを畑の畝に伏せてやり過ごした。腹が減っていた。昨日の朝から何も食べていない。ミアも同じで水だけを回して飲んだ。
日が高くなって傾いて、畑の向こうに屋根が見えた。
低い屋根が十ほど。煙が二本。畑の脇に柵があって、柵の中で馬が二頭草を食んでいる。
「村ね」
ミアが言った。
「馬がいる」
俺は柵の馬を見た。ミアは村の煙を見ていた。
「馬は後。先にご飯」
それだけ言って歩き出した。




