第四十五話 黒
扉が壁に当たって跳ね返り、寝台が一つと机が一つの七日を過ごした部屋が目の前にあった。
荷は寝台の下にある。
扉を閉めても閂はない。
客人の部屋に閂はつけないのだと分かっていたから机を引いて扉の前に倒すと、机の脚が床を削る嫌な音と一緒に鎧の足音が扉の外まで来た。
扉が鳴って机が半分だけ動く。
机の向こうで騎士が肩を当てている。
寝台の下から荷を引き出して一番下の黒い包みを掴み、紐を解く時間がないので刀の先で切った。
中から出てくるのは黒い鱗の胸当てと黒い糸で縫い取りのある外套で、昨日の夕方に一度着けて外した物だ。
着けて外したときに何かが変わったのかは分からなかったし窓は何も言わなかった。今も言わない。
裂けた革の胸当てを外して床に落とし、黒い鱗を胸に当てる。
革より軽い。鱗が一枚一枚動いて胸の形に沿い、三百年前の誰かの胸の形だったものが俺の胸の形になっていく。紐を締めて外套の袖を通すと裾が膝まであって、黒い糸の縫い取りが光を吸うせいで部屋の中で外套の所だけ影が濃かった。
机が倒れて扉が開き、騎士が一人机を跨いで入ってくる。二人目は扉の外で待っている。部屋が狭くて一人ずつしか入れないからだ。
俺は刀を構えた。
狭い部屋で振れる剣は縦だけで、上から来るその一本は剣術Lv8の目にはそれで十分だった。半歩右へ動くと剣が床を叩いて木の板を割り、その騎士の兜の横を刀の柄で打つと鉄の音がして騎士が壁に当たった。倒れはしない。兜が守っている。
二人目が机を跨ぎ、一人目が起きる。二人になれば縦だけでは済まないし壁が近くて逃げ場がない。
二人目の剣が横に来たのは避けられない距離だったから左の肩で受けた。
鉄が鱗に当たって滑った。
斬られていない。剣は黒い鱗の上を横に流れて壁に当たり火花を散らしただけで、肩に残ったのは衝撃だけだった。革ならこの一撃で肩ごと持っていかれていたはずだ。
窓を見るとHPは44のままで減っていなかった。
驚いている暇はない。一人目が起きて二人目と並んだので、俺は二人目の懐へ踏み込んで剣が振れない距離から刀の柄で鎧の顎の下を突き上げた。騎士が仰け反って机に足を取られて倒れ、倒れた鎧の上を一人目が跨げずに足を止める。
その足を刀で払った。膝の裏、鎧の隙間。剣術Lv8が知っている場所で今度は届いて、深くはないが騎士は膝を落とした。
扉が空いたので机と倒れた騎士と膝をついた騎士を跨いで外へ出ると三人目がいて剣が来た。外套の裾が翻って騎士の剣がその裾を裂き、裂けた黒が音もなく落ちる。裾だけで体には届いていない。
三人目の脛を蹴って走った。
中庭に出ると残りの騎士が散っていて、塀の上のミアを見上げる者と東の館を見る者に分かれていた。
「レン! 塀!」
ミアの声が塀の上から落ちてくる。塀の根元にはミアが上から落とした縄が垂れていて、塀の高さは俺の背の二倍ほどだから縄があれば登れる。ただし登る間は背中を晒す。
走った。騎士が追い、矢の音がして石畳が割れ、騎士が止まり、また走る。
縄に手をかけて登り、一つ二つと手を送って塀の半ばまで来たとき背中に剣が来るのが分かった。見えないが分かる。
来なかった。矢の音がして剣の主が石畳に転がる音がしただけだった。
塀の縁に手がかかるとミアの手が俺の手首を掴んで引いた。細い腕の力ではなく風の力で、俺の体が塀の上に転がる。
「……生きてる」
「生きてる」
「じゃあ降りて」
塀の向こうは屋根の低い家が並ぶ通りだ。
降りる前に大聖堂を見た。七つの塔と屋根のない塔、その下の高い窓。
窓が光った。
白い光が一本、窓から真っ直ぐこちらへ来る。光でできた矢で、ユーリの光と同じ色でユーリの光より太い。塀の上に避ける場所はなくミアの腕が俺を引いたが間に合わず、光は俺の背中に来て、当たって、消えた。
熱くも痛くもない。黒い外套の背に光が触れてそこで無くなった。水が砂に消えるように。儀式の光が胸の前で止まったのと同じで、止まった光は今度は床へ落ちなかった。落ちる床がないからだ。
ミアが息を止めている。
「……今の」
「知らない」
嘘ではなかった。誰が撃ったのかも知らない。窓の中は暗くて人影は見えず、二本目は来ないまま窓は光ったきり黙った。
塀から通りへ跳んで着地すると膝が鳴り、ミアが後から落ちてきて足を引きずりながら俺の腕を掴んだ。
「走れる?」
「走れる」
走った。背中で大聖堂の鐘が鳴り始めた。朝の鐘ではない。数が多い。




