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第四十四話 風矢


 騎士は動かなかった。

 十人が半円のまま剣に手を置いて、扉から出てきた俺を見ている。兜の下の顔は見えない。見えないから誰が隊長かも分からない。

 法衣の二人が足を止めた。

 止めた足が半歩下がる。俺の両側にいた灰色が、俺の後ろにいた。

「第七聖」

 半円の真ん中の一人が言った。声が低い。兜の中で反響して誰の声とも思えない。

「司教猊下の命により器を塔へ移す。お引き渡しを」

 ユーリが俺の後ろから出てきた。

 俺の左に立って騎士を見る。腰には自分の剣と俺の刀。

「命は私が受けています」

「命は変わりました。器ではないと。器でない者を七聖が預かる理由はない、と」

 ユーリは何も言わなかった。

 言わない間が長かった。騎士は待った。待つ顔をしていた。兜で見えないのに分かる。

 俺は塀の上を見た。

 人影は動いていない。弓を持ったまま立って、こちらを見下ろしている。朝の光が背中にあって顔は影だ。

 それでも分かった。

 肩の線と、弓の持ち方と、足を少し引きずって立っている癖。

 ミアだ。

 外で待つと言った。中には入れないと言った。塀の上は中でも外でもない。

「引き渡しを」

 騎士が繰り返した。

 ユーリの手が腰に落ちた。俺の刀の方だ。

「……刀は」

 言いかけて止まった。

 塀の上で弓が引かれた。

 音がした。弦の音ではない。風が裂ける音だ。

 矢が半円の真ん中の騎士の足元に刺さって、石畳が皿のように割れた。破片が兜に当たって鳴る。騎士たちの手が一斉に柄を握って、視線が塀に上がった。

 その一瞬だった。

 ユーリの腰から俺の刀が抜けた。

 俺が抜いた。

 ユーリは腰を引かなかった。手も出さなかった。刀が離れる重さを腰で受けて、それだけだ。

「……北に行ってください。そこなら……」

 聞こえるか聞こえないかの声だった。

 続きは言わなかった。

 俺は聞いた。

 振り向かなかった。振り向けば騎士が見る。ユーリが何を言ったのか、俺が何を聞いたのか。

 刀を抜いた。鞘は左手に持ったまま。


 騎士が来た。

 十人ではなかった。三人だ。残りは半円のまま塀を見ている。矢を警戒している。

 三人が三方から来る。左右と正面。剣術Lv8の目に三本の剣は見えた。見えたが、見えることと避けられることは違う。影狼のときと同じだ。同時に来る二本は一本しか捌けない。

 正面を弾いた。

 鉄と鉄が鳴って手が痺れる。重い。影狼の脚より重い。人の剣がこんなに重いのを俺は知らなかった。バルガスの剣は重くなかった。当てるつもりのない剣だったからだ。

 右が来た。

 避けた。剣先が肩の革を裂いて皮膚を持っていく。

 HP:91 → 79

 左が来る前に踏み込んだ。左の騎士の懐へ。剣は振れない距離に入って、鞘の側で騎士の膝の裏を打った。膝が落ちる。落ちた騎士を盾にして右の剣を止めた。鉄が鎧に当たる音。

 騎士は斬られなかった。俺は斬っていない。

 斬れない。

 斬る気がなかったのではない。斬れなかった。剣術Lv8の刀は鎧の隙間を知っている。知っていて、そこへ入れる速さがない。入れる前に次の剣が来る。

 正面の騎士が剣を引いて、柄で俺の顔を打った。

 HP:79 → 63

 目の前が一度暗くなって戻った。

 下がった。膝をついた騎士が起きる。三人がまた三方に開く。

 塀の上から風の音。

 二本目の矢が正面の騎士と俺の間の石畳を割った。騎士が一歩退く。三本目が右の騎士の足首の横を抜けて塀の根元に刺さる。四本目。左。

 道ができた。

 三人の間に人一人が抜ける幅の道が、矢で作られていた。

「レン!」

 塀の上からミアの声。

 走った。

 道を抜ける。抜けた先に半円の残りがいる。七人。

 止まらなかった。

 止まれば囲まれる。囲まれれば終わる。七人の中で一番塀に近い騎士の前へ真っ直ぐ行って、剣が振り下ろされる前にその内側へ入った。刀を横に。鎧の胸を打つ。斬れない。音だけだ。騎士が一歩よろけて、その一歩の分だけ道が開いた。

 背中に剣が来た。

 見えなかった。剣術の目は前しか見ない。

 HP:63 → 44

 背中の革が裂けて、熱いものが腰まで流れた。

 倒れなかった。倒れたら終わりだ。振り向いて刀を上げて、来る剣を弾く。弾いた剣が塀の壁に当たって火花が出た。

 塀の上でミアが矢を番えている。

 狙いが俺を追い越して騎士へ向く。

 風の音。

 矢は騎士の兜の横を抜けた。当てていない。当てる気がないのだと分かった。当てれば人を射る。ミアはまだ人を射ていない。

 だが騎士は動きを止めた。兜のすぐ横を風が抜けた感触が、次はどこに来るか分からなくさせている。

「東の館へ!」

 ミアが叫んだ。

 東の館。

 中庭の向こう、塀の手前の小さな建物。荷が置いてある。

 黒い包みが。

 走った。

 騎士が追う。鎧の足音が石畳を叩く。速い。身体強化Lv2の足では引き離せない。

 背中で風の音。

 振り返らなかった。矢が石畳を割る音と、鎧が急に止まる音がして、それでいい。

 東の館の扉が見えた。

 木の扉。閉まっている。

 鉄の格子の窓が朝の光を受けていた。

 あの窓は余計だと思った窓だ。

 扉に体ごと当たって開けた。


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