第四十二話 器の儀式
地下の聖堂は書庫よりさらに下にあった。
朝、迎えに来た法衣に連れられて東の館を出る。大聖堂の裏の扉から石段を下りて書庫の前を通り過ぎてさらに石段。壁の魔石はほとんどなく法衣の持つ灯りだけが頼りだった。
石段の終わりに鉄の扉。
開けると白い光が溢れた。
部屋は広い。天井は高くて床は白い石。部屋の奥に段が三つあってその上に祭壇のような台がある。台の後ろに白い布が天井から垂れていて、その布の向こうに何かがある。光はそこから来ていた。布越しに白く脈を打つように明るくなったり暗くなったりしている。
段の上にトーカ。
白い衣で杖を持って布越しの光を背に立っている。目元の布はそのままだ。
その右にユーリ。左に司教。段の下に法衣が十人ほど。
壁際に七聖が並んでいた。ハルディスが一番奥で白い長上着で腕を組んでいる。その手前に俺がまだ名前を知らない七聖が一人。イグナスは穏やかに手を組んで、ヴァルドはその隣で俺を睨んでいた。第五聖の場所だけが空いている。
鑑定は向けなかった。向けるなと言われた目を、向けないでいるのに少し力が要った。
「そこへ」
司教が段の下の白い円を指した。床に描かれた人が一人立てるくらいの円。
俺は刀を腰に差したまま円の中に立った。
「始める」
トーカが杖を上げた。
声は聞こえなかった。口元が動いているのは分かる。祈りなのか言葉なのかこの距離では分からない。
布の向こうの光が強くなった。
脈が速くなる。白い布が風もないのに揺れる。
光が布を抜けてこちらへ来た。
熱くはない。ただ目を開けていられない。腕で顔を覆ってそれでも瞼の裏が白い。
光が俺の胸に当たった。
――何も起きなかった。
当たった。それは分かる。胸の真ん中に光が来ている。だが入ってこない。壁に当たった水のように胸の前で止まってそのまま。
窓を開いた。
開いていた。いつの間にか目の前に半透明の窓が出ている。
【ステータス】
名前:レン
Lv:13
ギフト:―
それだけだった。何も出ない。何も言わない。横線一本が光の中でそのままそこにある。
光はまだ来ている。
入らない光が胸の前で行き場をなくして流れ始めた。
下へ。
俺の足元の白い円に光が落ちる。落ちた光は白くなかった。
黒い。
床に触れた瞬間に光が黒に変わって円の外へ広がっていく。水が石の床に染みるように黒が床を這って法衣たちの足元まで届いた。誰かが息を呑む音がした。
「……止めろ」
司教の声だ。
「猊下、光を――」
トーカは止めなかった。
杖を上げたまま口元を動かしたまま。
光はまだ来る。俺の胸で止まって黒になって床へ。黒はもう部屋の半分を覆っていて段の一番下まで這い上がっている。
俺の窓はまだ何も言わない。
ギフト:―
「三百年前と同じだ」
司教が小さく漏らした。
俺には聞こえた。たぶん段の上にいるユーリにも。
昨日の朝の言葉と、同じ口だ。記録にはないと言った口が、三百年前と言う。
司教は自分の言葉に気づいたように口を閉じて俺を見た。それからトーカを見た。
トーカの口元が止まった。
祈りが止まった。
光が途切れた。
布の向こうの脈が弱くなって部屋の光が元に戻る。床の黒だけがそのまま残っている。誰も動かない。
俺は段の上を見た。
トーカはまだこちらを向いていた。
目元の布。その布の下で目が見開かれているのが分かった。布が少しだけ引き攣れている。驚いた顔ではない。もっと別の、たとえば長く待っていた物が違う形で来たというような。
俺にはそう見えた。誰もそれに気づいていない。
ユーリだけが猊下の右に立ったまま剣の柄に触れずに俺を見ていた。
床の黒が動いた。
俺の足元から段の方へ。這うように白い布の方へ。
布の向こうの光の源の方へ。




