第四十一話 前夜
儀式の前日の朝、側近の司教が東の館に来た。
腰の曲がった老人は部屋の椅子に座らず扉の前に立ったまま話した。
「明日の朝、地下の聖堂へ下りる。刀は持ってきてよい。猊下のご意向だ」
「儀式は何をする」
「神の光を注ぐ」
司教は同じ言葉を繰り返した。謁見の間で言ったのと一字も違わない。
「猊下が祈り、集めた光がそなたに注がれる。器であれば光はそなたの中に入る。器でなければ何も起こらぬ。痛みはない。時間もかからぬ。手順は変わらぬ。三百年前も――」
口が止まった。
止まってから司教は俺を見た。俺が聞いていたかどうかを確かめる目だった。
「……記録にはない」
「今、三百年前もと言った」
「言っておらぬ」
言った。だが聞いても答えない顔だった。
「集めた光というのは」
「神の光だ」
「どこに集める」
「明日、見れば分かる」
「明日の朝。迎えを寄越す」
司教は扉を閉めて出ていった。
三百年前も、と言った。
記録にはないと言いながら、手順は変わらないと言った。手順が変わらないと分かるのは、前の手順を知っている者だけだ。
昼過ぎにユーリが来た。
顔色が良くなかった。
「第五聖が儀式に戻りません」
「……巡礼の」
「はい。七聖は器の儀式には全員が立ち会う決まりです。三百年前の記録がないので決まりというより教義です。第五聖ガラン様に使いを出したと司教は言いました。北のどこへ出したのかは教えてもらえません」
「北のどこにいるか、教会も知らないんじゃないのか」
「そう思います」
ユーリは寝台の端に座った。鎧を着ている。
鎧の胸当ての内側に手を入れて、中の物を全部出した。寝台の上に並べる。
石の欠片が一つ。トリムの四層で拾った親指の先ほどの物。
割れた石が一つ。王都の遺構の十層で俺が割った拳ほどの物。割れ目の光はもう消えている。
白い胸当ての破片が一つ。裏に四の字。
「明日の儀式で、これと同じ物を見たら教えてください」
ユーリが言った。
「私が見落としても、あなたは見落とさない。あなたはこの三つを、私より先に見つけた」
「……儀式に、これが出るのか」
「分かりません。司教は集めた光と言った。何を集めたのかは言わない。集めるという言い方が、私には引っかかる」
ユーリは三つを一つずつ鎧の内側に戻した。
「もう一つ。師匠に言われました」
「なんて」
「明日、剣を抜かないで、と」
ユーリは俺を見た。
「師匠は何が起きるか知っている。私には言わない。ただ抜くなと言った。私はあの人に一度も逆らったことがありません」
「……明日は」
「分かりません」
ユーリは立ち上がって扉の所で足を止めた。
「私は儀式の間、猊下の右に立ちます。あなたの後ろではなく。それだけ覚えていてください」
「なんで右なんだ」
「七聖が立つ場所が決まっているからです。第二から順に、猊下に近い方から。……第七は一番遠いはずでした。今回は右に、と司教に言われた」
「理由は」
「聞いていません。聞いても答えない顔でした」
扉が閉まった。
右。一番近い場所に一番若い七聖を置く。誰かが何かを見せたいのか、見張らせたいのか、分からなかった。
夕方、俺は荷の一番下から黒い包みを出した。
紐を解く。黒い鱗の胸当てと黒い糸で縫い取りのある外套。あの部屋から持ち出して一度も広げていない。
胸当てを着けてみた。
軽い。革の胸当てより軽くて体に合う。三百年前の男の物が俺の胸に合う。同郷という言葉が浮かんだ。
外套を羽織る。
窓の格子の向こうが暗くなっていて小さな鏡もないから自分の姿は見えない。ただ外套の重さが肩に落ちて、それが妙に馴染んだ。
しばらくそのまま立っていた。
それから脱いで畳んでまた包みに戻した。
明日は着ない。着る理由がない。ユーリの白と並んでこの黒を教会の目の前で広げる理由がまだない。
夜、寝台に座って刀を膝に置いた。
鑑定という言葉を頭に置いて、自分の手を見る。
名前:レン Lv:13
HP:84/91 MP:31/31
筋力:21 体力:22 敏捷:24 魔力:17
次のレベルまで:1,020
千二十。遺構を出てから一匹も倒していないから、数字は動いていない。
所持SP:3。
使う場所は王都で分かる、とユーリは言った。王都に着いて七日。まだ分からない。
剣術を上げれば9。この世界で誰も届いていない段。だが訓練場でハルディスに一本も届かなかったのは剣術の段が足りないからではない。ユーリと同じ段でも、ユーリに三本取られたのと同じだ。段を上げても体が追いつかなければ届かない。
身体強化なら三つ。Lv2が5になる。
あの獣の胸で刃を押し込めなかった腕を思い出す。筋力二十の腕。あの時これを使っていれば押し込めたかもしれない。使わなかった。使わなくても割れた。
次に押し込めない物が出たとき、もう一度同じ手が通るとは限らない。
三は、そのために持っておく。
窓を閉じた。
刀を鞘ごと膝から下ろして、寝台の脇に立てかける。
明日、これを持っていく。司教は持ってきてよいと言った。猊下の意向だと。刀を持った器を見たいのか、刀を持った異端を見たいのか。どちらでもいい。ユーリの光と俺の刀が同じ部屋にある方がいい。それだけだ。
窓の格子の向こうで、七つ目の塔の先が屋根のないまま夜に溶けていた。
三百年前も、と老人は言った。
三百年前の男は、この夜に何を考えていたのか。同郷の者へ、と壁に書き残した男は。
分からない。
分からないまま、俺は横になった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
正直に申し上げますと、毎日の朝、夕3話投稿が追いつきません!
なので朝、夕1話投稿で勘弁して下さい!
完結するまでは毎日投稿頑張ります




