第三十六話 王都
街道が丘を越えると、下に白い街が広がっていた。
城壁は灰色で、その内側に白い建物が段になって並んでいる。一番奥、街の中で一番高い所に、白い塔のような建物が七つ、高さを変えて並んでいた。低い方から高い方へ、階段のように。
「大聖堂です」
ユーリが馬を寄せて言った。
「七つの塔で階段の七段を表しています。一番高い塔が第七段。その上に屋根はありません」
「なんで」
「八段目から上は人の手で建てられないからです。教義では」
列が丘を下って城門を抜ける。街の人間は白い鎧の列を見ると道を空けて、その真ん中の俺を見て首を傾げた。鎧を着ていない男が一人、血の滲んだ布を腕に巻いて、真ん中で馬に乗っている。囚人にも見えないし客にも見えない。
大通りをまっすぐ、大聖堂へ。
大聖堂の門は、俺が今まで見たどの門より大きかった。
白い石の柱が四本、その間に鉄の扉が開いている。扉の前に女が一人立っていた。
鎧を着ていない。
白い長い上着が足首まであって、その下は黒だ。腰まである銀白の髪がまっすぐ落ちていて、前髪は眉の上で切り揃えてある。手袋だけが黒い。腰に剣が一本。飾りのない長い剣。
列が止まった。
十三騎の馬が一斉に足を止めて、それきり動かない。前の騎士の肩が少しだけ上がったのが見えた。
ユーリが馬を降りる。
俺も降りた。降りた瞬間に膝が落ちた。
押されたわけではない。誰も触れていない。ただその女がこちらを見た。それだけで膝が石畳についていた。息が浅い。心臓の音が耳の中で鳴っている。狼に噛まれたときも獣に押さえつけられたときも、こんなことはなかった。
「威圧です」
ユーリが小声で言った。
「師匠のスキルです。立てますか」
ユーリは立っていた。膝は落ちていない。ただ真っすぐに、女の方を見ないようにしている。
俺は立てなかった。立とうとしても膝が言うことを聞かない。HP十二の体は、立とうとする前に沈んだ。
女が歩いてきた。
足音がしない。石畳の上を靴の音がしないまま近づいてくる。俺の前で止まって、上から見下ろした。
薄い氷の色の目だった。何も映っていない。怒ってもいないし笑ってもいない。ただ見ている。
「――」
女の唇が少しだけ動いた。
鑑定だ。ユーリがトリムでやったのと同じ、相手を見て数値を読む目。昨夜、俺が初めて持った目。
その目が一瞬だけ止まった。
表情は変わらない。何も変わらないのに、目だけが俺の額の辺りで止まって、それから胸の辺りに落ちて、また額に戻った。
小さな声が聞こえた。俺にしか聞こえない距離で。
「……三百年ぶり」
それだけだった。
女は俺から目を離して、ユーリを見た。
「ユーリ」
「はい、師匠」
「これが、そう」
「はい」
「……で? 誰が降ろした」
「私です」
ユーリは即答した。言い訳も理由も足さなかった。
「猊下は気にされない。器に鑑定があっても」
「はい」
「私も気にしない」
女の目が俺に戻った。
「――だが、覚えておく」
それだけだった。
女が俺の腰の刀を見た。氷の色の目が、初めて何かを映した。手袋の指が剣の柄に触れかけて、止まる。
「抜かないでください」
ユーリが言った。俺にではなく、師匠にだ。
女は何も答えず、手を下ろした。踵を返して門の方へ戻っていく。足音はやはりしない。門の脇に立って、それきり動かなかった。
膝がゆっくり戻ってきた。
俺は石畳に手をついて立った。刀の柄には一度も触れていない。触れようという考えすら、途中で消えていた。
「あれが」
「第二聖、ハルディスです」
ユーリの声はいつもどおりだった。ただ鎧の胸当ての内側に、指を一度だけ当てた。石の欠片と、昨夜の石と、胸当ての破片をしまった場所だ。
「歩けますか」
「大丈夫だ」
門をくぐる。ハルディスの横を通るとき目を合わせなかった。合わせたらまた膝が落ちる気がした。
大聖堂の中は、外より寒かった。
白い石の廊下がまっすぐ奥へ伸びていて、天井が高い。壁に窓はなく、天井近くの細い隙間から光が斜めに落ちている。歩くたびに足音が前と後ろから返ってくる。
騎士たちは門で列を解いて、中に入ってきたのはユーリと、灰色の法衣の男が一人だけだった。男は俺を見て、それから俺の腰の刀を見て、何も言わずに先に立って歩いた。
廊下の突き当たりに、扉。
「猊下がお待ちです」
法衣の男が扉に手をかけて、こちらを振り返る。
「刀は」
「預かる理由がありません。客人です」
ユーリが言った。男は少し黙って、それから頷いた。
「では、客人として。ただし見張りはつきます」
扉が開く。
中は廊下より暗かった。




