第3章 第三十一話「街道」
王都までの街道は、東へ十日だとユーリは言った。
ミアを見送った野営地を出てから三日目の朝、俺は聖騎士団の列の真ん中で馬に揺られていた。前に七騎、後ろに六騎。白い鎧が朝の光を返して、俺の目には眩しすぎる。俺の馬だけが鞍に荷を括ってあって、その荷の一番下に黒い包みがある。胸当てと外套と、あの部屋で拾った物は全部そこだ。刀だけは腰に差している。ユーリが「預かる理由がありません」と言ったので、預からなかった。
縄も檻もない。約束どおりだ。
だが馬の列から離れられるわけでもない。前後を鎧で挟まれて、街道を進む。捕虜ではない。客でもない。ユーリの言葉を借りれば「私の預かり」で、それがどういう身分なのかは、聖騎士たちも分かっていないようだった。
ミアはいない。
足首はまだ腫れていて、バルガスへの報告もある。二騎に挟まれて西へ戻っていく背中と、その横で揺れていた弦のない弓を思い出す。あれからまだ三日で、もう随分前のことに思える。
昼前に、街道の脇の草むらで魔物が出た。
角のある猪が三頭。聖騎士が槍を構えかけて、ユーリが手で止めた。
「レン」
「……俺が?」
「道中の魔物はあなたが片づけてください。剣術は、Lv4まで」
小さな声で付け足した。前後の騎士には聞こえない声だ。
三日前の朝、ミアの馬が見えなくなったところで、ユーリは同じことを言った。散らすのはもう無理だが、剣術Lv8を十三騎の前で見せる必要もない。「ほどほどに強い新人」でいろ、と。俺は頷いて、それから聞いた。SPはどうする、と。
ユーリは少しだけ考えて、こう言った。
「貯めてください。使う場所は、王都で分かります」
猪は、剣術Lv4の体で相手にすると意外に手こずる。牙を避けて横に回り、首の後ろに一本入れる。二頭目は正面から来たのを鞍の陰に転がってやり過ごし、三頭目はユーリの光が脚を縫い止めたところを刺した。三頭目は俺の手柄ではないが、騎士たちからはそう見えたらしい。
【経験値+450】
【Lv9 → Lv10】
【所持SP:1】
窓が出て、俺は閉じた。
Lv10。
トリムに来たときは剣術Lv6で、それを隠すために右往左往していた。今は隠しているのが剣術Lv8で、隠す相手が十三人いる。状況は悪くなっているはずなのに、馬の背で揺られていると、それほど悪い気がしない。
四日目の夜、野営の火の横でユーリが七聖の話をした。
騎士たちは少し離れた所で寝ていて、見張りが二人、こちらに背を向けている。ユーリは鎧を脱いで、白い下着の上に外套だけ羽織っていた。
「王都に着けば、まず第二聖に会います」
「ハルディス」
「はい。門で待っているでしょう。何もしなければ何もされません。刀の柄に触れないでください。触れただけで、あの人は抜いたと判断します」
「……分かった」
「それから、教皇猊下」
ユーリはそこで火を見た。
「猊下は二十歳の女性です。十五の夜に光が降りて、名を告げたと言われています。それ以来、あの方だけが神の声を聞く」
「神の声」
「私は聞いたことがありません。七聖の誰も。猊下が伝えることを、私たちは信じるだけです」
俺は黙って聞いた。
あの部屋の壁の字が頭の中にある。神は器を求む。代価なき器を。俺は器にならなかった。だから消された。同郷の者へ、俺は名を捨てた。お前も捨てろ。
ユーリはあの壁を見ている。読めなかっただけだ。
俺が日本語を読めることをユーリは知っている。俺があの男と同じ国から来たことは、知らない。言うつもりもなかった。「同郷」の一言だけが、俺の側に残っている。
「……ユーリは、なんで俺にそこまで話す」
「王都に着いてから知るより、今知っていた方が生きて帰れる確率が上がるからです」
ユーリは火から目を離さずに言った。
「私の任務は変わりません。あなたを生きたまま連れていく。連れていった先で何があるかは、私の任務ではない」
「なら、生きて帰れる確率を上げるのは任務の外だろ」
「そうです」
それだけだった。
ユーリが立って、外套を払って、騎士たちの方へ戻っていく。俺は火の前に一人残って、腰の刀に手を置かずに、鞘の重さだけを膝で感じていた。
八日目に、また魔物が出た。今度は狼で、六頭。Lv4の剣では追いつかなくて、鞍から落ちて一頭に腕を噛まれた。腕の肉を持っていかれる前にユーリの光が来て、残りは騎士の槍が片づけた。
【経験値+900】
【Lv10 → Lv11】
【所持SP:2】
十日目の昼、また狼が来た。四頭。今度は鞍から落ちずに済んで、二頭は俺、二頭は槍だった。
【経験値+600】
【Lv11 → Lv12】
【所持SP:3】
窓を閉じる。
3。
剣術を1上げれば9になる。この世界の誰も届いていない段だ。身体強化なら3つ上がる。回避なら3つ。どれも今は上げない。ユーリの言うとおりに、握ったままにしておく。
王都の壁が見えたのは、その日の夕方だった。




