第二十七話 獣
獣は走らなかった。一歩目で床を蹴ると、そのまま跳んでくる。
剣術Lv7の目には着地点が見えていた。俺のいる場所だ。
横に転がった瞬間、石の床が割れて破片が頬を切る。
(速い)
影狼の倍の体で影狼より速く、しかも重い。
立ち上がる前に前脚が来る。爪が三本、横薙ぎ。
剣で受けたら押し潰される。バルガスの斧と同じだと分かっていたから流した。半分は流れたが、残り半分の爪が胸当てを裂いていく。
HP:70 → 58。
「レン!」
ミアの矢が獣の横っ腹に刺さり、そのまま黒い霧に沈んで床に落ちた。
(……通った)
体が霧だ。矢が刺さらない。
獣が首を振ってミアの方を向く。
「こっちだ!」
剣を首に振ったが、刃は獣の首を通り抜けて手応えがない。裂けた霧がすぐに閉じる。
斬ったのに斬れない。
獣がこちらに向き直り、青白い目がまた俺を捉える。
「ミア、体は駄目だ。矢が通る」
「見えてる!」
牙が来るのを回避Lv2の半歩で外し、返す前脚は避けきれずに爪の先が背中を掠める。
HP:58 → 49。
息を整える間もなく、背中の棘が鞭のようにしなって横から来た。
これは見えなかった。
腹に食らって体ごと吹き飛び、壁に叩きつけられる。
HP:49 → 35。
出ていった息が戻ってこない。
(棘も武器か)
獣は追ってこなかった。
壁際で膝をついた俺を、青白い目がじっと見ている。遊んでいるというより、次にどこを狙えば潰れるか確かめている目だ。
額の石が光った。
バルガスの話が頭をよぎる。石を砕けば消える。
体は霧で、刺さらず、斬れない。石だけがたぶん本物だ。
足の震えを無視して立った。
「ミア。目を撃て。石の横なら、たぶん通る」
ミアが矢を番えるのと同時に獣が跳ぶ。
今度は避けなかった。避けたらまた壁だ。
半歩前に出る。訓練場でユーリに触れた、あの半歩。
牙が肩の横を抜け、獣の顔が目の前に来る。
額に向けて剣を突き上げたが、届く前に前脚に剣ごと腕を弾かれ、床に転がった。
HP:35 → 24。
(届かない)
そこにミアの矢が飛んで、獣の目に刺さり、青白い目が一つ消えた。
獣は矢を見もせず、痛がりもしない。ただ目が一つになった分だけ、動きがわずかに鈍った。
その一瞬に立って剣を拾う。
獣が振り向き、残った目が俺を捉える。
(もう一回)
走った。剣術Lv7の足なら四歩で届く。
三歩目で棘が来るのが今度は見えて、かがんだ頭の上を通り過ぎていく。
四歩目、額が目の前。
振った剣は石に当たる前に止まった。
前脚だった。
獣は俺の剣を前脚で受けていた。霧じゃない。石と同じ硬さだ。
(前脚も本物か)
考える前に押されて、仰向けに倒れる。
前脚が剣ごと体を床に押さえつけ、胸が潰れていく。
HP:24 → 16。
ミアの矢が二本、三本と飛んで、全部霧に沈んだ。
獣の口が開き、牙が近づいてくる。
(死ぬ)
四度目のそれは、今までで一番静かだった。
SPはない。
上げるものが何もない。




