第二十三話 木剣
訓練場に、昨日の広場より人が来ていた。
聖騎士が十人ほど、端に並んで立っている。誰も喋らない。
ユーリは、鎧を着たままだった。傷一つない白。兜は置いてある。
木剣を一本、俺に投げてよこした。
「昨日のドルクとの決闘、見ていました」
「……門の外から?」
「街に入ったあと、塔の窓から。あなたは剣術を使わなかった。回避と体当たりだけで、Bランクの剣を落とした」
「……」
「今日は、使ってください。全部」
ユーリは木剣を構えた。
構え、と呼んでいいのか分からなかった。ただ立っているだけに見えた。
「隠す相手が、私ではもういません」
その通りだった。
ミアが、群衆の一番前で頷いた。
全部出せ、の頷きだった。
「始めます」
ユーリが言った。
合図は、それだけだった。
木剣が来た。
見えた。
剣術Lv6の目は、見えた。
避けた。
避けたはずの場所に、木剣があった。
喉元で、止まった。
「……一本」
ユーリの声は、小さかった。
何が起きたのか、分からなかった。
避けた。確かに避けた。避けた先を、読まれていた。
「もう一度」
二本目。
今度は受けた。受けて流した。流れた。
流れた先に、ユーリの木剣がもう一本あるみたいに、戻ってきた。
喉元。
「二本」
(速いんじゃない)
ようやく分かった。
速いんじゃなくて、先に着いている。俺が動く前に、俺が動く場所に、木剣がある。
これがLv8か。
ヴェルナーの剣は、速かった。速さで押し潰してきた。
ユーリの剣は、速くない。ただ、いつも先にいる。
三本目。
俺は、剣術を捨てた。
剣術Lv6の目が見せる「避ける場所」に、行かなかった。
バルガスの言葉。当たらない場所にいろ。
ユーリの木剣が、俺の避ける場所を読んで、そこに来る。
なら、避けない。
半歩、前に出た。
木剣が、肩の横を抜けた。
生まれて初めて、ユーリの木剣が空を切った。
群衆が、息を呑んだ。
俺の木剣が、ユーリの鎧に、触れた。
触れただけだ。傷どころか、音もしなかった。
でも、触れた。
あとで聖騎士の一人が言った。あの鎧に、何かが触れたのを見たのは初めてだと。
ユーリの金色の目が、初めて、動いた。
「……今のは」
「回避だ」
「Lv2の回避では、ない」
「2だよ。ステータスを見ただろ」
ユーリは、しばらく黙っていた。
「マスターの教えか」
「……そうだ」
「片腕のギルドマスターの」
「そうだ」
ユーリは、木剣を下ろした。
「十分です」
「……終わり?」
「あなたはLv6の剣術で、Lv8の剣術に一度触れた。それは剣術ではなく、別のもので触れた。それが分かれば、十分です」
ユーリは、俺に向かって頭を下げた。
本当に、下げた。
「ありがとうございました」
「……こっちが負けたのに」
「勝ち負けを確かめに来たのではありません」
ユーリは、木剣を返しに来た。
返しながら、俺にだけ聞こえる声で言った。
「あなたは、異端には見えない」
「……」
「ただの、剣が好きな冒険者に見える。それを王都に伝えます。伝えたところで、命令は変わらないでしょうが」
それだけ言って、ユーリは聖騎士たちの方へ戻っていった。
十人が、同時に頭を下げた。
「三本、取られたな」
ガイが言った。
「一本、触った」
ローナが言った。
「Lv8に、Lv7が触った。それ、たぶん王都でも誰もやってない」
ミアは、何も言わなかった。
俺の木剣を受け取って、木剣を置く場所に戻して、それから、俺の顔を見た。
「……顔に、出てた」
「何が」
「楽しそうな顔」
「……出てたか」
「三本取られてる間、ずっと」
言い返せなかった。
本当だった。
殺されかけたときとも、狼のときとも、違った。
生まれて初めて、剣を振るのが楽しかった。
(あれが、Lv8)
剣術Lv8。俺なら、Lv9で届く数字。
届いたら、あの「先にいる」が、俺にも来るのか。
そう思って、すぐに、その考えを閉じた。
届いたら、教会は俺を、何だと呼ぶんだろう。




