第二十一話 決闘
前の晩、ミアは怒らなかった。
怒られる覚悟で灰猫亭に戻ったら、ミアは食堂の奥の席で、黙って矢の羽根を整えていた。
「聞いた」
「……うん」
「受けたのね」
「受けた」
ミアは羽根を一本、指で弾いた。
「教会の立会。ってことは、教会が見たいのは勝ち負けじゃない」
「じゃあ、何」
「あんたの剣術。Lv6の動きを、人前で出させたい。出せば異端の証拠になる。出さなきゃ、Bランクに斬られて終わり」
「……どっちに転んでも向こうが得か」
「そう。だから、どっちにも転ばない」
ミアは羽根を置いて、俺を見た。
「剣術は使わない。使っていいのはLv4まで。訓練場でガイに見せた分だけ。それ以上の動きは、一つも出さない」
「Lv4で、Bランクに勝てるのか」
「勝たなくていい。倒れなきゃいい。倒れないのは剣術じゃなくて回避。マスターが言ったでしょ」
当たらない場所にいろ。
「……分かった」
「あと」
ミアは、少しだけ声を落とした。
「ドルクは、真剣で来る。名誉の決闘は真剣が普通。立会が止めるまで続く」
「立会は教会」
「だから、止めない」
その夜、俺は初めて、自分の剣を鞘に入れたまま抱えて寝た。
広場には、街の半分が来ていた。
冒険者だけじゃない。屋台の親父も、宿の女将も、子どもも。
(見世物か)
中央に、白い外套。
ヴェルナーだった。右手に布を巻いたまま、立会人の位置に立っている。俺と目が合っても、何も言わなかった。
(あの人が、止めるわけがない)
ドルクは、上半身裸で待っていた。
背中まで毛の生えた胸。肩から腕にかけて、古い傷が何本も走っている。手には大剣。俺の剣の倍の長さ。
「逃げなかったな、ギフトなし」
「逃げないって言った」
「いい心がけだ。すぐ後悔する」
バルガスは群衆の後ろに立っていた。腕を組んで、何も言わない。
ミアは一番前にいた。弓は持っていない。持ってきたら、たぶん撃ってしまうからだろう。
ガイとローナが、その隣。
「始め」
ヴェルナーが言った。
声は、小さかった。
大剣が来た。
見えた。
(見えるな)
剣術Lv6の目は、勝手に見る。大剣の軌道、ドルクの肩の開き、次に足がどこへ出るか。全部見える。
見えても、動かない。
Lv4の体なら、これは見えない。見えない奴の動き方をする。
半歩、遅れて避けた。
大剣が、肩の横を抜けた。風で耳が痛い。
「おお」
群衆から声が上がった。
「まぐれだ」
ドルクが吠えた。二撃目。三撃目。
遅れて避ける。遅れて避ける。四撃目は、避けきれなかった。
刃が、左肩を裂いた。
HP:67 → 45。
血が飛んだ。群衆の声が変わった。
「レン!」
ミアの声。
振り返らなかった。振り返ったら、Lv6の顔になる。
(受けるな。流すな。当たらない場所にいろ)
大剣は重い。重いということは、振ったあとに隙がある。
Lv4の剣術でも、隙が見えないわけじゃない。
五撃目。
ドルクの大剣が地面を叩いた瞬間に、俺は踏み込んだ。
剣は、振らなかった。
肩から、体当たりした。
狼に弾かれた、あのときと同じ。ただし今日は身体強化Lv2で、相手は狼じゃない。
ドルクの巨体が、揺れた。
倒れない。
でも、大剣を握る手が、緩んだ。
そこに、剣の柄を叩き込んだ。
刃じゃない。柄だ。
がん、と鈍い音がして、大剣が地面に落ちた。
広場が、静かになった。
「……剣を落とした」
誰かが言った。
ドルクは、落ちた大剣と、俺の顔と、自分の手を、順番に見た。
それから、腰の短剣に手を伸ばした。
「まだだ。剣を落としたら終わりなんて、教会の決闘には――」
「終わりだ」
ヴェルナーが言った。
ドルクが振り向いた。
「……何だと」
「剣を落とした。決闘の作法だ。教会の立会として、そう判じる」
ヴェルナーは、それだけ言って、外套を翻した。
群衆を割って、東の塔の方へ歩いていく。
その背中を、俺はしばらく見ていた。
(見たかったものが、見られなかった顔だ)
ドルクは短剣から手を離して、大剣も拾わずに、広場を出ていった。
仲間は、ついていかなかった。
「あんた、体当たりで勝ったの?」
ローナが、呆れた声で言った。
「勝ってない。倒してもいない」
「剣落とさせたじゃん。Bランクに」
「回避で勝ったな」
ガイが笑った。
「剣術じゃねえ。逃げて逃げて、疲れたとこに体当たり。あれ、Eランクの戦い方じゃねえよ。Eランクは真正面から行って死ぬんだ」
群衆の中で、同じことを言っている声が、いくつも聞こえた。
逃げ足の新人。剣を振らなかった。体当たりで勝った。
(それでいい)
剣術Lv6の動きは、一つも出していない。
ミアが、俺の肩の傷に回復薬をかけながら、小さく言った。
「……よく我慢した」
「何度か、出そうになった」
「知ってる。顔に出てた」
「……出てた?」
「私だけ分かる顔」
バルガスが、群衆の後ろから消えるのが見えた。
一度だけ、こっちを見て、頷いた気がした。
門の方で、角笛が鳴った。
一度。二度。三度。
群衆が、一斉に振り向いた。
「……あれ、聖騎士団の」
ガイが言った。
「五日後じゃなかったのか」
「二日早い」
ミアの手が、俺の肩から離れた。
門が開く音がした。
白い旗が、見えた。




