第二十話 器
翌朝、バルガスに呼ばれた。
「狼を狩れ。森の縁。奥には入るな。許可は出す」
「はい」
「夕方、訓練場に来い。お前一人でな」
「……訓練場に、何を」
「稽古だ」
それだけ言って、バルガスは紙に判を押した。
出ていこうとしたとき、背中に声がかかった。
「ドルクが昨日から酒を飲んでねえ」
「……」
「あいつが飲まねえのは、でかい仕事の前だけだ。気をつけろ」
森の縁は、四日ぶりだった。
狼の気配は、前より分かった。
草の向こうに二つ。右の木の陰に、もう一つ。
「三匹」
「……あんた、私より先に言った」
ミアが弓を構えた。
一匹目はミアの矢。二匹目は俺の剣。
三匹目が横から来た。牙が、腕の横を抜けた。
避けた。狙って避けたわけじゃない。体が勝手に半歩ずれた。
その半歩の分だけ、剣が入った。
【灰狼を討伐しました】
【灰狼を討伐しました】
【経験値 +80】
【レベルアップ】Lv6 → Lv7
【SP +1】(所持SP:1)
【スキル『回避』Lv1 → Lv2】
「回避が勝手に上がった」
「使ったから。スキルは使えば、たまに勝手に上がる。SPを使わなくても」
「……そうなの?」
「Lv3くらいまではね。その先はSPがないと無理」
SP:1。
剣術のところに指が行きかけて、止めた。
散らす。
身体強化を押した。
【スキル『身体強化』Lv1 → Lv2】(消費SP:1/残りSP:0)
腕が、少しだけ重くなった。いや、剣が軽くなった。
「これで、Lv7。剣術Lv6、身体強化Lv2、気配察知Lv1、回避Lv2、応急手当Lv1」
「散ってきた」
「まだ足りない」
ミアは三匹目の牙を、剥ぎ取った。
夕方の訓練場に、バルガスは一人で立っていた。
右手に木の斧。左袖は、肩の下で結んである。
「抜け」
木剣を渡された。
「俺は斧術Lv6だ。お前の剣術は」
「……6です」
「同じだな」
バルガスは笑わなかった。
「同じスキルで、器が違うとどうなるか。教えてやる」
斧が来た。
見えた。剣術Lv6の目には、見えた。
受けた。
腕が、消えた。
そう思った。痺れたんじゃない。腕があるかどうか、一瞬分からなくなった。
木剣が、地面に転がっていた。
HP:67 → 40。
「受けるな」
「……」
「同じ技で、器が倍なら、受けた瞬間に負ける。監察官に斬られたとき、それを覚えたはずだ」
覚えていた。あのときは、SPが一つ残っていた。
今日は、ない。
「拾え」
拾った。
二本目。
受けなかった。流そうとした。流れなかった。ガイの木剣は流れた。バルガスの斧は、流れる前に押し潰してきた。
HP:40 → 21。
「流すな。流せる相手じゃねえ」
「じゃあ、どうすれば」
「当たらねえ場所にいろ」
三本目。
避けた。
半歩。狼のときと同じ半歩。
斧が、肩の横を抜けた。
バルガスの斧が、初めて空を切った。
「……それだ」
バルガスは斧を下ろした。
「剣術を上げても、器が違う相手には届かねえ。届かねえ相手から生き残る技は、剣術じゃねえ。回避だ」
「回避」
「お前は剣術が高すぎる。目が良すぎて、受けられると思っちまう。その癖を、今のうちに殺しとけ」
それは、ミアの「散らす」と同じことを、別の言葉で言っていた。
「……マスター」
「なんだ」
「俺の剣術、誰に習ったのか、聞かないんですね」
バルガスは、しばらく黙った。
「聞いたら答えるのか」
「……答えられません」
「なら聞かねえ」
バルガスは木の斧を、肩に担いだ。
「答えられねえもんを抱えて、それでも生きてる奴は、大体いい冒険者になる」
訓練場を出たところに、ドルクが立っていた。
酒の匂いがしなかった。
「明日の昼。広場だ」
一枚の紙を、俺の胸に押しつけた。
『名誉の決闘 申込:ドルク(B) 受:レン(E) 立会:階梯教会トリム支部』
「ギルド公認じゃない。教会の立会だ。断れば、ギフトなしが逃げたと街中に言う。教会もそう言う」
バルガスが後ろから出てきた。
「レン。断れ」
「断ったら、この街にいられなくなる」
「いられなくても生きてる」
「……ミアは」
バルガスが黙った。
ドルクは笑った。
「賢いな、ギフトなし。お前が逃げたら、あの弓使いも一緒に笑われる。一生な」
胸の紙を、握った。
「……受ける」




