第十八話 散らす
その日の夕方。
灰猫亭の食堂で、ミアは肉の煮込みを三皿頼んだ。
「昨日の分と今日の分と、明日の分」
「明日の分は明日食えよ」
「あんたのおごりのうちに食べとくの」
反論できなかった。
ミアは一皿目を食べ終えて、匙を置いて、俺を見た。
「答える。なんで手伝うのか」
「うん」
「父さんのこと。二年、ずっと疑ってた。魔物に殺されたって話が、本当かどうか」
「……さっきの」
「さっき、初めて裏が取れた。教会だけが知ってた魔物。神命依頼。金貨五枚」
ミアの声は平らだった。平らにしようとしているのが、分かった。
「教会は二年、何もしなかった。私が森を調べても、何も出なかった。あんたが来て五日で、教会が動いた。監察官が来て、神命依頼が出て、殺しに来た」
「……」
「あんたの近くにいれば、父さんに何があったのか、分かる。それが理由。優しさじゃない」
「分かった」
「もう一つある」
「何」
「あんたが死ぬのを見たくない。……それだけ。両方本当」
ミアはそれだけ言って、二皿目に手を伸ばした。
二皿目を食べながら、二人で作戦を立てた。
声を落として。
「教会には、水晶より詳しく見る手段がある。噂だけど、七聖クラスは人の中身を数字で見るって」
「中身」
「レベル、ギフト、スキル、全部。それが本当なら、今のあんたは一目でおかしい」
ステータスを思い出した。
Lv6。剣術Lv6。身体強化Lv1。所持SP0。
「Lv6なら、もらったSPは5。剣術Lv6だけで31いる。計算が合わない」
「合わない」
「隠しギフトでSPが倍でも、10。足りない」
「じゃあ、どうする」
「散らす」
ミアは指を一本立てた。
「剣術は、もう上げない。しばらく」
「……上げなくていいのか」
「あんたの剣術Lv6は、王都の剣聖より一つ下なだけ。この街じゃ誰も追いつけない。それより、他を上げる。身体強化、気配察知、回避、応急手当。全部Lv3とか4とか」
「全部そこそこ」
「そう。一つだけ高いのは目立つ。全部そこそこなら、器用貧乏の隠しギフト持ちで通る」
それは、なんだか倉庫の話に似ていた。
一番速いピッカーは目立って、面倒な仕事を全部回される。二番目くらいが一番楽だと、先輩が言っていた。
「分かった。散らす」
「あと、スキルは使わないと生まれない。気配察知は、気配を探す癖をつけないと出ない。回避は避けないと出ない」
「どうやって」
「私が教える」
ミアは、少しだけ嫌な笑い方をした。
三皿目は、話が終わるまで手をつけなかった。
翌日の午後、俺は街の裏の空き地で、五回、ミアに背後を取られた。
「後ろ」
「……」
「後ろ」
「……分かってる」
「分かってないから取られてんの」
六回目。
七回目。
気配なんて、分かるわけがなかった。
音を聞こうとすると、風の音しか聞こえない。目で追おうとすると、ミアはもういない。
(どうやって)
狼のときのことを思い出した。
ミアの死角に、三匹目がいた。あのとき俺は、どうして気づいた。
音じゃなかった。見えたわけでもなかった。ただ、そこに何かいると、思った。
八回目。
ミアが足を止めた。
「……今、振り向いた」
「振り向いた」
「私、まだ動いてない」
【スキル『気配察知』を習得しました】Lv1
「出た」
「見せて」
ステータスを開いた。
スキル:剣術 Lv6 身体強化 Lv1 気配察知 Lv1
「一日で出るの、早いよ」
「そうなの?」
「私は三週間かかった。……まあ、あんたは全部そうだけど」
ミアは弓を肩にかけ直した。
「明日は回避。私が撃つから避けて」
「本気で撃つのか」
「矢じりは抜く。当たっても痣」
「……痣は痛い」
「痛いのは慣れてるって言ったの、あんたでしょ」
言い返せなかった。
それから三日、同じことを繰り返した。
二日目は回避。矢じりを抜いた矢を、ミアは本当に撃った。十本のうち六本が痣になった。
七本目を避けたとき、文字が出た。
【スキル『回避』を習得しました】Lv1
三日目は応急手当。自分の痣に薬草を貼っているうちに、これも出た。
【スキル『応急手当』を習得しました】Lv1
「三日で三つ。……ほんと、なんなのあんた」
「散らしてる」
「散らしすぎ」
ミアは呆れた顔で、四本目の矢を番えた。
三日目の夕方、ギルドに寄った。
ラナがカウンターの向こうで、俺に新しいプレートを差し出した。
銅の板に、線が一本。Eランク。
「特例昇格です。マスターの判が押してあります」
「ありがとうございます」
ラナは少しだけ笑って、それから、声を落とした。
「レンさん。……教会から、貼り紙が来ました」
壁を見た。
依頼板の横。英雄名鑑の隣に、白い紙が一枚。
階段の紋章と、短い文。
『聖騎士団、五日後にトリム到着。街の者は迎える準備をせよ』
「……聖騎士団?」
ミアが、紙を二度読んだ。
「王都の。教会の軍隊。なんでトリムに」
「来たことないのか」
「ない。辺境に来る理由がない。魔物の群れが出たとか、反乱とか、そういうときだけ」
ギルドの中がざわついていた。
誰も理由を知らない顔をしていた。
俺だけが、一つ、心当たりがあった。
「……俺、か」
ミアは何も言わなかった。
否定しない、というのが答えだった。




