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第1章完 第十五話 代価

朝の鐘が鳴る前に、俺はギルドの前にいた。

ミアはもう来ていた。

中に入ると、ラナがカウンターから出てきた。

何も言わずに、封書を一通、ミアに差し出した。

封蝋に、階段の紋章。

ミアはそれを受け取って、開けて、読んで、俺を見た。

「……来てた」

声は平らだった。

「信じたくなかったけど」

「ごめん」

「あんたが謝ることじゃない」

ラナは何も言わずにカウンターの中に戻った。目は合わなかった。

「ミア。それ、受けなくていいんじゃないのか」

「無理」

「なんで」

「教会の指名は神命依頼。断ったら背教者。この国じゃ死んだのと同じ」

「背教者」

「水晶の記録に残る。どこのギルドも、宿も、店も、相手にしなくなる。断った奴、見たことない」

黙った。

「じゃあ、逃げる。二人で」

「教会は国教なの。どの街にも塔がある。ギルドの記録は教会と共有されてる。どこで登録しても見つかる」

「登録しなければ」

「冒険者じゃなくなって、森で暮らす? 私はやだ」

それに、と言いかけて、ミアはやめた。

言わなくても分かった。

俺が一人で逃げたら、ミアはこの街に残る。娘だけでも消す。あの声が、まだ耳にある。

派遣で覚えたことが一つある。嫌な仕事は、断ると別のもっと嫌な仕事が来る。

なら、受ける方の仕事を、少しでもましにする。

「向こうは、俺たちが罠だと知らないと思ってる。なら、こっちは準備ができる」

「準備?」

「先に森に入って、戦う場所を選ぶ。ミアが隠れて撃てる場所がいい。回復薬も多めに買う。何も知らずに行くのと、知ってて行くのは全然違う」

ミアは俺の顔を、しばらく見ていた。

「あんた、Lv4よ」

「Lv4でも、いないよりはいい」

「……そうかもしれないわね」

ミアは封書を握った手を、ゆっくり開いた。

「帰ったら、またご飯。あんたのおごりでね」

「……分かった」

ミアがカウンターに封書を出した。

ラナが判を押すとき、目を合わせなかった。

回復薬を四本買った。銀貨二枚が消えた。


森の奥は、暗かった。

昼なのに、光が地面まで届かない。

依頼の場所より手前で、ミアが足を止めた。

「ここ」

倒木が一本、横たわった小さな開けた場所だった。奥に、少し高くなった茂み。

「私はあそこ。あんたは倒木の前。狼のときみたいに、後ろは取らせない」

「分かった」

ミアが茂みに消えた。

一人で倒木の前に立った。剣を抜いた。

剣術Lv4の手が、柄を握った。

待った。

長かった。

木の陰から、それは出てきた。

ゴブリンが三匹。

その後ろに、ゴブリンの倍の背丈。緑ではなく灰色の肌。手には、木ではなく鉄の棒。

ホブゴブリン。

ゴブリンが三匹、先に来た。

剣術Lv4の体は、もうゴブリンを怖がらなかった。

一匹。二匹。三匹目は茂みからの矢。

一匹目の棍棒が肩をかすめた。

HP:61 → 55。


【ゴブリンを討伐しました】

【ゴブリンを討伐しました】

【経験値 +24】

【レベルアップ】Lv4 → Lv5

【SP +1】(所持SP:1)


文字を見る暇はなかった。

ホブゴブリンが、来た。

走ってこない。歩いてくる。ゴブリンの死体を、踏んで来る。

鉄棒が上がった。

(訓練場と同じだ。流す)

そう思って、剣を合わせた。

流れなかった。

鉄の重さが、木剣の比じゃなかった。剣ごと、体ごと、横に吹き飛んだ。

HP:55 → 36。

倒木に背中を打った。息が止まった。

「ギャギャ」

ホブゴブリンが笑った。

茂みから矢が飛んだ。肩に刺さった。ホブゴブリンは矢を見もしなかった。

もう一本。腕に刺さった。同じだった。

(効いてない)

鉄棒が振り下ろされた。

転がった。倒木が砕けた。

立ち上がった。二撃目が来た。今度は横。

避けきれなかった。腕を裂かれた。

HP:36 → 28。

(次で、終わる)

Lv4の剣術では、この鉄棒は流せない。刺さらない。届かない。

視界の端に、窓が浮いていた。

所持SP:1。

(――上げる)

考える暇はなかった。剣術を押した。


【スキル『剣術』Lv4 → Lv5】(消費SP:1/残りSP:0)


体が変わった。

今までの噛み合う感覚じゃない。もっと大きな何かが、背中から腕に通った。

鉄棒が来た。

剣が、勝手に動いた。

一歩目で棒を受け流し、二歩目で懐に入り、三歩目で首を斬った。

三歩。

自分の体が何をしたのか、終わってから理解した。

ホブゴブリンが倒れた。


【ホブゴブリンを討伐しました】

【経験値 +80】

【レベルアップ】Lv5 → Lv6

【SP +1】(所持SP:1)

【ドロップ:ホブゴブリンの牙 ×1、魔石 ×1】


茂みからミアが飛び出してきた。

「腕!」

回復薬をかけられた。ひやりとした。

HP:28 → 48。

「……レン。今の、何」

答えられなかった。

答える前に、木の陰から拍手が聞こえた。

白い外套。

先に着いたつもりだった。

向こうは、もっと先に着いていた。

「見事だ」

ヴェルナーが、ゆっくりと出てきた。

剣を抜いていた。

「Lv5で剣術Lv5。今この場で上げたな」

「……そんなに珍しいことなんですか」

「珍しい?」

ヴェルナーが笑った。初めて見る表情だった。

「代価を払わず階段を登る者を、神は許さん」

「代価って」

言い終わる前に、剣が来た。

受けた。腕ごと持っていかれた。

ガイの倍だ。いや、比べる意味がない。

HP:48 → 24。

一撃で半分。

ミアの矢が飛んだ。ヴェルナーは、振り向きもせずに剣で払った。

二撃目。

避けきれなかった。脇腹を裂かれた。

HP:24 → 8。

「同じ剣術Lv5でも、器が違う。Lv6の器で、Lv52の剣は受けられん」

(死ぬ)

三度目のそれは、今までで一番はっきりしていた。

視界の端に、窓が浮いたままだった。

所持SP:1。

(――上げられる)

剣術Lv5→Lv6。必要SP:1。

ヴェルナーの剣が振り上がる。

押した。


【スキル『剣術』Lv5 → Lv6】(消費SP:1/残りSP:0)


来た。

背中から腕に通ったものが、今度は頭の先まで届いた。

振り下ろされる剣が、遅く見えた。

遅くない。俺が、速い。

剣を合わせた。合わせて、流して、流れた先に手首があった。

斬った。

ヴェルナーの剣が落ちた。

「……なっ」

ヴェルナーが手首を押さえて、下がった。

血が、白い外套に落ちた。

「Lv6……この場で……」

ミアの矢が、ヴェルナーの肩に刺さった。今度は払えなかった。

ヴェルナーは俺を見た。俺の窓を見た。ギフトの欄の横線を見た。

「――階梯の外」

そう呟いて、木の陰に消えた。


しばらく、二人とも動けなかった。

俺は膝をついていた。脇腹から血が流れて、HPが8で止まっている。

ミアが回復薬を振りかけた。二本目。三本目。

HP:8 → 46。

「……これで最後」

「ありがとう」

「ご飯、おごりだからね」

「分かってる」

息を整えて、ミアを見た。

「ミア」

「何」

「代価って何」

ミアは答えなかった。

俺の窓を見ていた。ギフトの横線。所持SP:0。剣術Lv6。

「あんた、本当に知らないのね」

「知らない」

「スキル上げるとき、必要SP、いくつだった」

「1」

「……全部?」

「全部」

ミアは目を閉じた。長いこと閉じていた。

それから、静かに言った。

「ねえ。私が弓術をLv4からLv5に上げるのに、いくついると思う」

「……2?」

「8」

森が、静かになった。

「……は?」


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