第十二話 監察官
階梯教会、トリム支部。
夕暮れの塔に、白い外套の男が馬から降りた。
外套の背に階段の紋章。腰に細身の剣。年は三十過ぎ。顔に表情がない。
「監察官ヴェルナーだ。司祭オルデンに取り次げ」
若い司祭が転がるように階段を駆け上がった。
「早かったな」
オルデンは書斎の椅子から立ち上がらなかった。立てなかった、と言った方が正しい。
「巡回で隣町にいた。鳩の便りは今朝、隣の支部で受け取った」
ヴェルナーは椅子を勧められる前に座った。
「報告を聞こう」
「昨日の夕刻、ギルドから届いた登録者の一覧に、空欄が一人。氏名レン。Lv3」
「今日は」
「ギルドの受付に、水晶の記録を毎日送らせている。今日の夕刻の記録では、Lv4」
「一日で一つ」
「まだ新人だ。ゴブリンを狩ったのだろう」
ヴェルナーは何も言わなかった。
「本人は何も知らん。『祝福』の話を受付が伝えたそうだが、ありがたい、と笑ったそうだ」
「都合がいい」
「三日後に祝福の儀式へ呼ぶ。塔に入れてしまえば、あとは」
「秤にかける」
「そうだ」
オルデンは、机の引き出しから小さな箱を出した。
中には、銀の天秤。皿は二つ。片方に小さな黒い石が一つ。
「これが『秤』か」
「王都から預かって三十年、一度も使っていない。使い方は知っている」
「使い方は」
「本人の手を、こちらの皿に置かせる。石が沈めば普通の人間。石が浮けば――」
「階梯の外」
ヴェルナーが立ち上がって、窓の外を見た。
街の灯りが、点々とついていく。
「確保できねば処分。それは王都の判断か、それとも貴殿の判断か」
「王都だ。三百年前の判断がそのまま残っている。それを書き写しただけだ」
「なるほど」
ヴェルナーは、窓から目を離さなかった。
「ところでオルデン殿。街で妙な噂を聞いた」
「噂?」
「Fランクの新人が、明日の朝、Dランクと訓練場で打ち合うと。ギフトなしの新人が」
オルデンの顔から血の気が引いた。
「まさか、それが」
「名前は聞いていない。だが、この街にギフトなしは何人いる」
「……一人だ」
「では明日の朝、私は訓練場にいる」
ヴェルナーは外套を翻した。
「儀式の案内はそのまま出せ。ただし三日後ではなく明後日だ。早い方がいい」
「相手はLv4だぞ。何を急ぐ」
ヴェルナーは扉に手をかけて、初めてオルデンの方を振り向いた。
「Lv3で登録した男が、一日でLv4になった。それは普通だ」
「ああ」
「だがその男が明日、Lv15と打ち合って骨が折れなかったら。それは普通ではない」
扉が閉まった。
オルデンは秤の箱を閉じて、震える手で鍵をかけた。
窓の外では、灰猫亭の食堂の灯りが、まだついていた。




