第十話 五匹
「私は撃たない」
ミアが弓を構えたまま、そう言った。
「え」
「あんたの依頼。あんたが倒す。私は、あんたが死にそうになったら撃つ。それだけ」
「……厳しくない?」
「昨日は狼相手に飛び込んだくせに、ゴブリン五匹で弱気になるな」
言い返せない。
剣を抜いた。
剣術Lv3の手が、柄を正しく握った。それだけで、昨日の朝の自分とは別人だ。
「一匹ずつ来るように、あんたが動く。固まって来られたら私が一匹落とす。いい?」
「いい」
「じゃ、行って」
草から出た。
五匹が、一斉にこっちを向いた。
「ギィッ」
昨日と同じ声。昨日と同じ黄色い目。
心臓が跳ねた。でも、足は止まらなかった。
(昨日、あいつは止まった)
剣の切っ先を、正面のゴブリンに向けた。
ゴブリンの足が、止まった。
やっぱりだ。刃物が怖い。
その一瞬に、俺は踏み込んだ。
腰が先に回った。肘が伸びた。切っ先が、ゴブリンの胸に入った。
狙って刺したのは、初めてだった。
「ギ――」
引き抜く。倒れる。
【ゴブリンを討伐しました】
【経験値 +12】
文字を見る余裕は、少しだけあった。
二匹目が横から棍棒を振ってきた。
受けた。腕がしびれる。でも昨日ほどじゃない。
押し返して、横に振った。
浅い。
ゴブリンが怒って、もう一発。
今度は避けきれなかった。左腕に当たった。
HP:52 → 40。
「っ、痛ぇな――」
踏み込んで、突いた。
二匹目が倒れた。
【ゴブリンを討伐しました】
【経験値 +12】
三匹目と四匹目が、同時に来た。
(固まった)
「ミア!」
「見えてる」
矢が、四匹目の首に刺さった。
三匹目は、俺だ。
振り下ろされる棍棒を、剣で払った。払った剣を、そのまま返した。
剣術Lv3の体は、返し方を知っていた。
刃が、ゴブリンの首筋に入った。
【ゴブリンを討伐しました】
【経験値 +12】
【レベルアップ】Lv3 → Lv4
【SP +1】(所持SP:1)
「……上がった」
「まだ一匹いる!」
五匹目は、仲間が四匹倒れたのを見て、逃げようとしていた。
逃がしたら、依頼は四匹。
走った。
身体強化Lv1の足は、昨日より確実に速かった。
背中に追いついて、剣を振った。
倒れた。
【ゴブリンを討伐しました】
【経験値 +12】
【ドロップ:ゴブリンの耳 ×4、小さな魔石 ×3】
膝に手をついて、息を整えた。
四匹。俺が四匹、ミアが一匹。
昨日、一匹に殺されかけた男が。
「……はぁ」
吐き気は、来なかった。
それが、少し怖かった。
「よくやった」
ミアが近づいてきて、四匹目の耳を切り取って、俺の袋に放り込んだ。
「これで五匹分。依頼達成」
「ありがとう」
「SP、もらったんでしょ。振らないの?」
「振る」
ステータスを開いた。
所持SP:1。
剣術か、身体強化か。
さっき、走って追いついた感覚が残っている。でも、刺さらなきゃ意味がないのは昨日と同じだ。
【スキル:剣術】
現在 Lv3 → Lv4
必要SP:1
効果:剣を扱う際の身体制御が向上する
押した。
【スキル『剣術』Lv3 → Lv4】(消費SP:1/残りSP:0)
肩から指先まで、また一段、剣が近くなった。
「……今、上げた?」
「うん。剣術Lv4」
「Lv4で剣術Lv4」
ミアは、そこで口を閉じた。
何かを言いかけて、やめて、首を振った。
「もういい。私は何も見てない」
「見てたじゃん」
「見てない」
ミアはそれきり、耳と魔石を拾い集める作業に戻った。
帰り道、街の門が見えたところで、ミアが言った。
「明日も来る?」
「来る」
「じゃ、明日も朝の鐘」
「遅れない」
「どうかな」
門をくぐろうとしたとき、後ろから蹄の音がした。
振り向くと、白い外套の男が馬を飛ばして、俺たちを追い越していった。
外套の背中に、階段を模した紋章。
「教会の早馬」
ミアが呟いた。
「トリムに来るの、珍しい。何かあったのかな」
男は、東の塔の方へ消えていった。
俺は、少しだけそれを目で追って、それから門をくぐった。
今日の稼ぎを数えるのに、忙しかった。




