第二話 コメント欄は今日も平和です
配信者を始めてから、一つだけ増えた習慣がある。
配信開始三十分前。
私は必ず、お茶を淹れる。
コーヒーじゃない。
紅茶でもない。
緑茶。
湯呑みに注いで、一口。
熱い。
うん。
今日も美味しい。
それだけ確認してから、配信部屋へ向かう。
理由は特にない。
もう何年もそうしている。
――――――――――――――――――――
「こんばんは。」
『こんばんはー!』
『待機!』
『間に合った!』
『今日もきた!』
「みんな今日もありがとう。」
コメント欄がゆっくり流れる。
ゲームの話。
今日の天気。
夕飯の話。
誰かが猫の写真を貼って。
みんながかわいいと言って。
その話題だけで五分くらい過ぎる。
平和だった。
――――――――――――――――――――
『そういえば昨日、駅前混んでたね』
「あー、混んでたね。」
『事故あったらしい』
『ニュース見た』
『帰るの大変だった』
「私は大丈夫だったよ。」
『よかった!』
「うん。」
それだけだった。
――――――――――――――――――――
ゲームを始める。
今日は協力ゲーム。
『そこ右!』
『違う違うw』
『あー惜しい!』
「分かってる分かってる。」
『ほんとに?w』
「たぶん。」
笑いながら操作する。
少し失敗して。
少し笑って。
少し褒められる。
それくらいが一番楽しい。
――――――――――――――――――――
一時間ほど経った頃。
コメント欄が少しだけ速く流れ始めた。
『初見です!』
『おすすめに出てきた!』
『こんな平和な配信ある?』
『癒やされる』
「初めまして。」
『登録しました!』
「ありがとう。」
『質問いい?』
「どうぞ。」
『配信で一番大事にしてることって?』
私は少しだけ考える。
……考えるふりをした。
「明日も配信したいなって思えることかな。」
コメント欄が少し静かになった。
『いい言葉』
『それ大事』
『確かに』
『無理しないのが一番』
私は笑う。
「配信って、長く続ける方が難しいから。」
これは本心だった。
――――――――――――――――――――
配信終了。
時計を見る。
二十二時三分。
予定通り。
パソコンの電源を落として、
椅子から立ち上がる。
伸びを一つ。
スマホを見る。
通知が来ていた。
トレンド
『○○配信者 炎上』
私は画面を閉じる。
今日は見ない。
たぶん、見ない方が幸せだから。
――――――――――――――――――――
コンビニへ寄る。
アイス売り場を眺める。
チョコ。
バニラ。
抹茶。
少し迷って。
今日は抹茶にした。
レジへ向かう途中、
新商品のポテトチップスが目に入る。
「あ。」
手に取って。
少し見て。
棚へ戻した。
今日は、いいや。
――――――――――――――――――――
帰宅。
ソファへ座って、
買ってきた抹茶アイスを開ける。
一口。
「……美味しい。」
テレビではニュースが流れていた。
『本日発売の新商品に異物混入が確認され——』
私はアイスをもう一口食べた。
今日は、抹茶が美味しい日だった。




