可愛いっていうのは、あなたみたいな人に使う言葉です
名刺を交換したあと、千花も自己紹介を済ませた。
そして別れ際、真紘は深々と頭を下げて言った。
「明日お詫びをさせてください」
その律儀さに押される形で、二人は仕事終わりに食事へ行く約束をした。
◇
翌日。
「昨日はご迷惑おかけしてすみません」
待ち合わせるなり、真紘は深く頭を下げる。
「いえいえ……」
(律儀な人だな)
素直に感心する千花。
その一方で、昨日は酔って垂れていた耳が今日はぴんと立っていることに気づき、思わず口元が緩んだ。
「お詫びと言ってはなんですが」
「この辺りでよく行く店があるので、そこに」
「奢ります」
「さすが大企業勤め!」
ありがとうございます♪と素直に喜ぶ千花に、真紘は少しだけ口元を緩める。
「……ちゃっかりしてますね」
店へ向かって歩き始める。
(め、目立っておる……)
一歩先を歩く真紘は、大柄で迫力のある体格と、頭の上のウサギ耳という強烈な組み合わせのせいで、道行く人の視線を集めていた。
自然と道を譲る人までいる。
「いつもこんな感じなんですか?」
「そうですね」
「意外と便利ですよ。避けてもらえるので」
本人は平然としているが、耳だけは周囲のひそひそ声を拾うようにぴくぴく動いている。
(気にしてる……)
そう思った矢先、歩きスマホの男性がこちらへ向かってきた。
「あ、危ない……っ!」
千花が声を上げるより早く、真紘の耳がぴくりと反応する。
千花を庇うように一歩前へ出ると、そのまま彼女側へ寄せる。
次の瞬間、男性が真紘へぶつかった。
しかし弾き飛ばされたのは相手の方だった。
尻もちをつく男性とは対照的に、真紘は一歩も動いていない。
(え?)
(動いてない?)
(岩……?)
衝撃を受ける千花をよそに、真紘はすぐしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
手を差し出して相手を起こす。
「あざす……」
男性は慌てて立ち去るが、振り返って漏らした一言は耳に届いていた。
「え? あの人、ウ、ウサギ?」
真紘の耳が小さく揺れる。
何も言わなかったが、その反応だけで十分だった。
◇
「ここです」
案内されたのは、落ち着いた雰囲気の隠れ家風和食店だった。
「◯◯時に予約していた兎田です」
「兎田様ですねー。こちらのお席へどうぞー」
席へ案内され、千花は目を輝かせながら店内を見回す。
「オシャレなところですねー! さすが大企業勤め……」
「関係ありますか?」
真顔のツッコミに思わず笑いそうになる。
真紘は気を取り直すようにメニューを開き、千花へ向けた。
「遠慮しないでください。お詫びなので」
料理を注文し、一息ついた頃。
真紘はグラスについた水滴を指でなぞりながら、静かに口を開く。
「昨日はその……」
「?」
「情けないところをお見せしました」
「初対面の方に愚痴をこぼして……泣いて」
思い返すだけで恥ずかしいのか、首がほんのり赤く染まり、耳が少しだけ後ろへ倒れる。
(え?! なにその反応?!)
(かわいい!♡♡♡)
千花は勢いよく首を振った。
「気にしないでください!」
「あのギャップ、すっごく可愛かったです!」
「……は?」
真紘は完全に思考が止まった。
"俺に可愛いって言った? この人?"
そんな疑問がそのまま表情に出たように耳がぴんと立ち、しばらく宇宙猫のような顔になる。
やがて肩を震わせた。
「やっぱり間野谷さんって変わってますね」
不器用に笑うその表情はすぐ消え、いつもの無表情へ戻る。
「でも俺が可愛いは無理があります」
(確かにあのときはかっこよかったしなぁ)
歩きスマホの男性を受け止めた姿を思い出す。
(筋肉万歳!)
そんなことを考えていると、真紘が静かに続けた。
「可愛いっていうのは」
「?」
「あなたみたいな人に使う言葉です」
「俺より小さくて」
「守ってあげたくなるような人」
まるで一般論を述べるような口調だった。
だからこそ破壊力があった。
「守ってあげたくなるとか初めて言われました……」
照れ隠しに頬をかく千花。
真紘も小さく言う。
「俺もギャップが良いって言われたの、初めてです。」
「……」
沈黙が流れる。
その絶妙な空気を壊したのは店員だった。
「お待たせいたしましたー。ご注文の○○です」
「わぁ、おいしそう!」
料理を見た瞬間、千花はいつもの明るい笑顔へ戻る。
その様子を見て、真紘の口元もわずかに緩んだ。
「冷める前にどうぞ」
「じゃあ、取り分けちゃいますね!」
いつもの癖でトングへ手を伸ばす。
だが、その手より先に真紘が自然とトングを取った。
「俺がやります」
「え?」
「服が汚れてしまうので」
ソースが跳ねるかもしれません。
そう言って白いブラウスへ視線を向ける。
千花も自分の服を見下ろした。
「あ」
「それに、今日は俺のお詫びです」
「確かに……」
言い返せず、素直に手を引っ込める。
「じゃあ……お願いします」
両手を膝に置き、おとなしく待つ。
(なんか落ち着かないかも)
(いつもは私が動いてたから……)
真紘は慣れた手つきで綺麗に取り分けていく。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
皿を受け取りながら、千花は思う。
(営業部ってこんなところまで気が回るの?)
(そんなわけないか)
(……かっこいいなぁ)
◇
食事を終え、店を出る。
「あー……美味しかったですー」
満足そうにお腹をさする千花。
「今日はありがとうございました!」
「いえ。こちらこそ、昨日の件のお詫びができてよかったです」
そう言って歩き出した真紘は、足音がついてこないことに気づいて振り返る。
千花はその場で立ち止まっていた。
「……あの」
「?」
「次は私がお礼します」
真紘が少しだけ目を瞬かせる。
「……お礼?」
「あ! 今日、奢ってもらったからじゃなくて」
「服のこと気にしてくれて料理取り分けてくれたり……」
「あと、人がぶつかりそうだったとき、助けてくれましたよね」
「そういうところ」
「ちゃんとお礼したいです」
まっすぐ笑う千花を見て、真紘は少し困ったように答えた。
「好きでやっただけなのでお構いなく」
どれも自分にとっては当たり前の行動だった。
だから感謝される理由が分からない。
けれど千花は首を振る。
「それが嬉しかったんです」
その言葉に、真紘は小さく息をついた。
「……律儀ですね」
「兎田さんが言いますか?」
思わず笑い合う。
少しだけ空気が柔らかくなった。
「……では」
「お言葉に甘えて」
真紘はスマホを取り出す。
「連絡先、知っていた方がいいですから」
「!」
「……はい!」
二人は連絡先を交換する。
「日時はまた相談させてください!」
「わかりました」
別れたあと、千花はスマホを開いた。
そこに表示された『兎田 真紘』という名前を見つめ、思わず嬉しそうに頬を緩めるのだった。




