そのギャップがいいんでしょうが!
居酒屋で大ジョッキを片手に机へ突っ伏し、千花は叫んだ。
「あ゛ー」
「……惨敗!!」
「愛嬌ってなんだ!?」
「悪かったわね可愛げがなくて!」
◇
原因は数日前まで遡る。
二年間付き合った恋人に別れを告げられたのだ。彼のことは本当に好きだった。
かっこよくて、ガタイが良くて、男らしい。そんなところに惹かれていた。
カフェでその話を聞いていた親友・愛由美が、スマホをいじりながら尋ねる。
「浮気された?」
「うん」
「俺が守らないといけない子が見つかったんだって……」
「お前は俺がいなくても生きていけそうって言われた」
机へ突っ伏す千花に、愛由美は画面から目も離さずため息をつく。
「はー……最悪だね」
傷心の千花は弱々しく呟く。
「一途な男がいい……」
その一言に反応した愛由美が、ふとスマホを見て声を上げた。
「あ」
「これ見てみ?」
にやりと笑って画面を差し出す。
「?」
「獣人男性は一人の番を大切にする種が多いらしいよ」
そこには『獣人男性は超一途!? 生涯一人だけに愛を誓う、ロマンチックな大恋愛♡』という記事。
「こ、こ……」
千花は勢いよく身を乗り出した。
(これだーーー!!)
◇
後日、獣人限定の合コン。
(オオカミ、ライオン、ヒョウ……)
(肉食系獣人最高♪)
目の前には筋肉でパツパツの肉食系獣人たち。まさに理想そのものだった。
(かっこよくて、大きくて、頼り甲斐があって、男らしい男で)
(そして何より一途!!)
期待に胸を膨らませながら率先してサラダを取り分ける。
「取り分けちゃいますねー!」
(絶対ものにしてやる!)
◇
「ぜんっぜんダメだった……」
現実は甘くなかった。
甘え上手で愛嬌たっぷりの女性陣に囲まれ、真面目で面倒見のいい千花は完全に埋もれてしまう。
話題にも入れず、愛嬌の「あ」の字すら出せないまま惨敗。
一人で居酒屋へ逃げ込み、ビールをあおる。
(もうこうなったらヤケだ! 浴びるほど飲んでやるー!!)
そう思っていた矢先、隣の席へ視線が止まった。
「……っ!?」
そこに座っていたのは、まさしく理想の男性だった。
広い肩幅、長身で引き締まった体格。
少し影のある強面の横顔は文句なしにかっこよく、黙ってグラスを傾ける姿だけで大人の色気が漂っている。
(超ストライク!♡♡♡)
酔いの勢いも借りて声をかける。
「あ、あのー……」
「おひとりですか? よければ一緒にお話しでも……」
「……ん?」
ゆっくりこちらを向いた彼を見て、千花は固まった。
(ウ、ウサギの耳!?)
頭には体格とまるで釣り合わない可愛らしいウサギ耳。
それも酔っているせいか、ぺたりと垂れ下がっている。
ぼんやりした瞳としおれた耳の組み合わせは、男らしい体格とのギャップがあまりにも大きかった。
(男らしい体格なのにかわいい……!)
その瞬間、千花の世話焼き気質が一気に刺激される。
ガタイのいい大男が耳を垂らして酔い潰れている。その姿は放っておけないほど愛らしかった。
(放っておけない! なにこの感情……!?)
戸惑う千花の前で、彼は突然ぽろりと涙をこぼした。
「な!!!???」
慌てて背中をさする。
「大丈夫ですか?! なんかありましたか?!」
酔った勢いもあって、彼は見ず知らずの千花へ胸の内を漏らした。
「俺だって好きでウサギになったわけじゃない」
「はい?」
予想外の言葉に目を丸くする。
「……俺、可愛くないんだ」
彼――真紘はグラスを見つめたまま、静かに続けた。
『兎田さんってウサギなのに大きくて怖いよね』
『肉食系獣人みたいで近寄りがたい』
『もっと可愛い感じかと思ってた』
社員たちの何気ない会話を偶然聞いてしまい、自分の容姿を気に病んでいたのだ。
「なんで肉食系じゃないんだろ」
無表情のまま涙だけを流す姿に、千花の中で何かが弾けた。
(は????)
勢いよく立ち上がり、机を叩く。
「ウサギなのに大きい?」
「肉食系獣人みたい?」
「そのギャップがいいんでしょうが!」
ビクッと耳を立てる真紘。涙もぴたりと止まる。
しかし千花は止まらない。
「ガタイも良い! 顔も良い!」
「なのに耳ペタンとさせて!」
ぷんすか怒りながら座り直し、小さく本音を漏らした。
「私は男らしい人が好きだったはずなのに……」
「放っておけない」
その言葉に、真紘の耳がぴくりと動く。
「……変わってますね」
グラスを傾ける横顔は少しだけ照れていて、首元には酔いとは違う赤みが差していた。
「初対面の方に変なこと言ってすみません」
「いえ、こちらこそ……」
騒いでしまった恥ずかしさを覚えながらも、千花は改めて彼を横目で眺める。
(にしても、やっぱりよく見れば見るほどタイプだなぁ)
そしてあることに気付いた。
(これはチャンスだ)
「そうだ、お名前! お名前教えてください!」
その一言で真紘の空気が一変する。
「あ、申し遅れました」
姿勢を正し、スーツの内ポケットから名刺を取り出す所作は、先ほどまで泣いていた人物とは思えないほど丁寧だった。
「私、兎丸商事株式会社の兎田 真紘と申します」
その真面目すぎる自己紹介に圧倒され、千花は思わず両手で名刺を受け取る。
「頂戴いたします……」
視線を落とした名刺には、大企業の社名がしっかりと印字されていた。
(大企業じゃん)




