優しいウサギさん
数日後。
「お待たせしましたー!」
「いえ、時間ぴったりです」
真紘の耳がぴくりと動く。
今日はスーツではなく私服姿の千花だった。
(私服! かっこいい! 筋肉最高!)
いつも通り見るところが少しずれている。
「よし! じゃあ、行きましょう!」
「戦場へ!」
勢いよく拳を握る千花に、真紘は一瞬たじろぐ。
(戦場……?)
ただならぬ気合いだけは伝わってきた。
◇
二人がやって来たのは期間限定スイーツフェア。
「わー! どこから行きます? せっかくなら制覇しましょう!」
「あれも美味しそう!」
「でもこっちも期間限定ですよ!」
「どうしましょう!」
会場中をきょろきょろ見回しながら目を輝かせる千花。
(張り切ってるな……)
周囲の視線にはもう慣れた真紘は、好奇の目に晒されながらも、その楽しそうな様子をぼんやり眺めていた。
「あ! あれ数量限定だから急がないと!」
「兎田さん、早くー!」
腕をぐいっと引かれる。
耳がぴくりと動く。
「いや、俺は……」
「今回は私の奢りです!」
胸を張って笑う千花。
(こんな顔もするのか)
仕事帰りとは違う、年相応にはしゃぐ姿に、真紘は少しだけ目を見開いた。
◇
目当てのスイーツを無事に買えた千花は大満足。
気付けば荷物は自然と真紘が持っていた。
「よーし! 次は……」
「あれ?」
ふと泣いている子どもを見つける。
千花はすぐに駆け寄ってしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
「ママが……」
泣きながら答えた子どもは、追いついてきた真紘を見るなり千花の服をぎゅっと掴んだ。
「……あの人、怖い」
真紘は何もしていない。
ただ立っているだけだった。
「あの人?」
子どもの視線を追い、千花は「あぁ……」と納得する。
そして優しく笑った。
「大丈夫、怖くないよ」
「この人は優しいウサギさんだから」
真紘が固まる。
「……」
「ウサギさん?」
「うん。ほら、お耳があるでしょ?」
子どもの目線では耳が見えない。
「どこ?」
「……ここです」
真紘が少しかがむと、ぴんと立った耳が現れる。
「ほんとだ!」
子どもの目が一気に輝いた。
「すごーい!」
「ふわふわ!」
あっという間に耳を触って遊び始める。
「一気に懐かれましたね」
苦笑する千花。
「……そうですね」
そのとき。
「ねぇ!」
「肩車して!」
「え?」
真紘は顔を上げる。
期待に満ちた子どもの瞳。
「……」
少しだけ考えたあと、小さく頷いた。
「……まあ」
「高いところから探した方が見つかりやすいですから」
子どもへ背中を向けてしゃがみ込む。
「乗ってください」
「やったー!」
◇
「たかーい!」
肩車された子どもは大はしゃぎだった。
耳を掴んで遊びながら、きゃっきゃと笑っている。
その様子を見て千花も笑う。
「兎田さん」
「耳、すごいことになってますよ」
もみくちゃにされる耳。
「……子供は容赦ないですね」
さすがの真紘も少しだけ疲れた顔を見せた。
そこへ一人の女性が駆け寄ってくる。
「えりか!」
「ママ!」
娘を見つけて駆け寄る母親は、近くで見た真紘の大きさに思わず足を止めた。
「え……」
しかし娘は嬉しそうに報告する。
「ママー! ウサギさんね、肩車してくれたの!」
耳を握って笑う娘の姿を見て、母親の警戒はすぐに解けた。
「……娘を探してくれたんですか?」
「はい」
真紘は静かにしゃがみ、子どもを降ろす。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる母親。
「おねーちゃん、ウサギさん、またねー!」
「またねー」
二人で手を振り返し、親子の姿が見えなくなるまで見送った。
静かになったところで、真紘がぽつりと口を開く。
「……あの時の」
「?」
「優しいウサギさんってなんですか」
耳を少し下げ、言いにくそうに首を赤くしている。
その反応がおかしくて、千花は思わず笑った。
「本当のことじゃないですか」
「……」
耳がぴくりと揺れる。
さっきより赤くなる首元。
「……変わってますね」
「さ!」
「優しいウサギさん、次行きますよ!」
にやにや笑う千花。
「……まだ行くんですか?」
「制覇するって決めたんで!」
真紘は小さく笑った。
「荷物持ちくらいにはなりますよ」
◇
「ふー!」
「買った買った♪」
満足そうな千花の隣で、真紘はそこそこの量の荷物を抱えている。
「歩き疲れちゃいましたよね」
「休憩しましょう!」
カフェへ入り、席に着く。
その時だった。
「……ん?」
「千花?」
「あ!」
「愛由美!」
偶然入ってきた愛由美が近づいてくる。
もちろん片手にはスマホ。
「え、なになに。偶然じゃん」
真紘をちらりと見て、小さく頷く。
「あー」
「もしかして、兎田さん?」
「!」
真紘の耳と背筋がぴんと伸びた。
すぐさま鞄から名刺入れを取り出す。
「申し遅れました」
立ち上がり、丁寧に名刺を差し出す。
「私、兎丸商事株式会社の兎田 真紘と申します」
「どうもー」
片手で受け取り、裏表を眺める愛由美。
「へー、大企業じゃん」
(私と全く同じ感想!)
千花は心の中で勢いよくツッコんだ。
「あたし、千花の友達の愛由美でーす」
「……よろしくお願いします」
「つーかさ」
「そこ、座っていい?」
◇
三人でテーブルを囲む。
愛由美は相変わらずスマホをぽちぽち。
千花と真紘だけが、なんとなく落ち着かない。
そんな空気を気にも留めず、愛由美が口を開く。
「兎田さんってさー……」
「?」
「千花が好きそうなタイプだわ」
言うだけ言って、またスマホへ戻る。
「え!? やっぱり?」
千花は勢いよく身を乗り出した。
真紘は固まる。
「いや、分かる」
「真面目そうだし」
「ガタイいいし」
「男らしいし」
「顔もちょっと怖いし」
「耳ついてるし」
「最後関係ありますか?」
真顔のツッコミが飛ぶ。
「いや、でもそういう感じ好きじゃん」
「ウサギだとは思わなかったけどさ」
「!」
「そのギャップがいいんじゃん♡」
千花は嬉しそうに頬を緩める。
「あー、はいはい」
愛由美だけが終始マイペースだった。
(なんだこの二人……)
真紘は理解できないものを見るような目をしていた。
◇
「ちょっとお手洗い行ってきます!」
千花が席を立つ。
「はい」
「いってらー」
再び静かになる。
真紘はグラスの結露を指でなぞっていた。
「千花って」
顔を上げる。
愛由美は画面を見たままだ。
「自分がしっかりしてるの気にしてるんだよね」
「……はい」
何を話したいのか分からないまま相槌を打つ。
「でもさー」
一瞬だけ真紘を見る。
「兎田さんはそういうとこ好きそうだよね」
「……え?」
思わず動きが止まる。
「なんでそう思ったんですか」
「なんとなく?」
「顔的に」
さらっと返される。
「顔?」
真紘は自分の頬をぺたぺた触った。
(俺、そういう顔してるのか?)
そこへ千花が戻ってくる。
「お待たせー……」
自分の顔を触る真紘と、いつも通りスマホを見ている愛由美。
(どういう状況?)
首を傾げるしかなかった。
◇
会計では真紘が自然に伝票を手に取る。
「ここは俺が出します」
「え、でも、今日は私のお礼ですし……」
「さっきお礼はいただきましたから」
フェアで買ってもらったスイーツの袋を持ち上げる。
それを見せられると千花は何も言えない。
「……ありがとうございます」
一方、愛由美はあっさり。
「さすが大企業勤め」
「ゴチでーす」
(あ、間野谷さんの友達だ……)
以前の食事を思い出し、真紘は少しだけ納得した。
◇
愛由美と別れ、帰り道。
真紘はふと足を止めた。
「俺の顔って変ですか」
「え?」
「……すみません。忘れてください」
歩き出そうとする背中へ、千花は迷いなく答える。
「かっこいいですよ?」
耳がぴくりと動く。
真紘は足を止めた。
「あと」
千花は少しだけ考えて続ける。
「頼りになって」
「放っておけなくて」
「優しくて」
「可愛いウサギさんです」
真紘は静かに目を見開いた。
(まただ)
(俺が気にしていることを)
(簡単に肯定する)
胸の奥がじんわり熱くなる。
「やっぱり変わってますね」
耳がぺたりと下がり、首が赤く染まる。
「え?! そうですか?」
千花は本気で驚いていた。
真紘は小さく息を吐く。
「……あと俺に可愛いは無理があります」
「可愛いっていうのは」
「間野谷さんみたいな人に使う言葉で――」
そこまで言って、自分で止まった。
(あれ)
(俺は)
(この人を)
(可愛いと思ってるのか)
自分の言葉に、自分が一番驚いていた。
「……」
「兎田さん?」
不思議そうに首を傾げる千花。
「……すみません」
「少し、考え事をしていました」
真っ直ぐ千花を見る。
「……間野谷さん」
「はい?」
「また、連絡してもいいですか」
千花はぱっと目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
「……もちろんです!」
その笑顔を見て、真紘の耳が小さく動く。
(ちゃんと知りたい)
(間野谷さんのことも)
(この感覚も)




