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優しいウサギさん

数日後。


「お待たせしましたー!」


「いえ、時間ぴったりです」


真紘の耳がぴくりと動く。


今日はスーツではなく私服姿の千花だった。


(私服! かっこいい! 筋肉最高!)


いつも通り見るところが少しずれている。


「よし! じゃあ、行きましょう!」


「戦場へ!」


勢いよく拳を握る千花に、真紘は一瞬たじろぐ。


(戦場……?)


ただならぬ気合いだけは伝わってきた。



二人がやって来たのは期間限定スイーツフェア。


「わー! どこから行きます? せっかくなら制覇しましょう!」


「あれも美味しそう!」


「でもこっちも期間限定ですよ!」


「どうしましょう!」


会場中をきょろきょろ見回しながら目を輝かせる千花。


(張り切ってるな……)


周囲の視線にはもう慣れた真紘は、好奇の目に晒されながらも、その楽しそうな様子をぼんやり眺めていた。


「あ! あれ数量限定だから急がないと!」


「兎田さん、早くー!」


腕をぐいっと引かれる。


耳がぴくりと動く。


「いや、俺は……」


「今回は私の奢りです!」


胸を張って笑う千花。


(こんな顔もするのか)


仕事帰りとは違う、年相応にはしゃぐ姿に、真紘は少しだけ目を見開いた。



目当てのスイーツを無事に買えた千花は大満足。


気付けば荷物は自然と真紘が持っていた。


「よーし! 次は……」


「あれ?」


ふと泣いている子どもを見つける。


千花はすぐに駆け寄ってしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」


「ママが……」


泣きながら答えた子どもは、追いついてきた真紘を見るなり千花の服をぎゅっと掴んだ。


「……あの人、怖い」


真紘は何もしていない。


ただ立っているだけだった。


「あの人?」


子どもの視線を追い、千花は「あぁ……」と納得する。


そして優しく笑った。


「大丈夫、怖くないよ」


「この人は優しいウサギさんだから」


真紘が固まる。


「……」


「ウサギさん?」


「うん。ほら、お耳があるでしょ?」


子どもの目線では耳が見えない。


「どこ?」


「……ここです」


真紘が少しかがむと、ぴんと立った耳が現れる。


「ほんとだ!」


子どもの目が一気に輝いた。


「すごーい!」


「ふわふわ!」


あっという間に耳を触って遊び始める。


「一気に懐かれましたね」


苦笑する千花。


「……そうですね」


そのとき。


「ねぇ!」


「肩車して!」


「え?」


真紘は顔を上げる。


期待に満ちた子どもの瞳。


「……」


少しだけ考えたあと、小さく頷いた。


「……まあ」


「高いところから探した方が見つかりやすいですから」


子どもへ背中を向けてしゃがみ込む。


「乗ってください」


「やったー!」



「たかーい!」


肩車された子どもは大はしゃぎだった。


耳を掴んで遊びながら、きゃっきゃと笑っている。


その様子を見て千花も笑う。


「兎田さん」


「耳、すごいことになってますよ」


もみくちゃにされる耳。


「……子供は容赦ないですね」


さすがの真紘も少しだけ疲れた顔を見せた。


そこへ一人の女性が駆け寄ってくる。


「えりか!」


「ママ!」


娘を見つけて駆け寄る母親は、近くで見た真紘の大きさに思わず足を止めた。


「え……」


しかし娘は嬉しそうに報告する。


「ママー! ウサギさんね、肩車してくれたの!」


耳を握って笑う娘の姿を見て、母親の警戒はすぐに解けた。


「……娘を探してくれたんですか?」


「はい」


真紘は静かにしゃがみ、子どもを降ろす。


「ありがとうございます」


深く頭を下げる母親。


「おねーちゃん、ウサギさん、またねー!」


「またねー」


二人で手を振り返し、親子の姿が見えなくなるまで見送った。


静かになったところで、真紘がぽつりと口を開く。


「……あの時の」


「?」


「優しいウサギさんってなんですか」


耳を少し下げ、言いにくそうに首を赤くしている。


その反応がおかしくて、千花は思わず笑った。


「本当のことじゃないですか」


「……」


耳がぴくりと揺れる。


さっきより赤くなる首元。


「……変わってますね」


「さ!」


「優しいウサギさん、次行きますよ!」


にやにや笑う千花。


「……まだ行くんですか?」


「制覇するって決めたんで!」


真紘は小さく笑った。


「荷物持ちくらいにはなりますよ」



「ふー!」


「買った買った♪」


満足そうな千花の隣で、真紘はそこそこの量の荷物を抱えている。


「歩き疲れちゃいましたよね」


「休憩しましょう!」


カフェへ入り、席に着く。


その時だった。


「……ん?」


「千花?」


「あ!」


「愛由美!」


偶然入ってきた愛由美が近づいてくる。


もちろん片手にはスマホ。


「え、なになに。偶然じゃん」


真紘をちらりと見て、小さく頷く。


「あー」


「もしかして、兎田さん?」


「!」


真紘の耳と背筋がぴんと伸びた。


すぐさま鞄から名刺入れを取り出す。


「申し遅れました」


立ち上がり、丁寧に名刺を差し出す。


「私、兎丸商事株式会社の兎田 真紘と申します」


「どうもー」


片手で受け取り、裏表を眺める愛由美。


「へー、大企業じゃん」


(私と全く同じ感想!)


千花は心の中で勢いよくツッコんだ。


「あたし、千花の友達の愛由美でーす」


「……よろしくお願いします」


「つーかさ」


「そこ、座っていい?」



三人でテーブルを囲む。


愛由美は相変わらずスマホをぽちぽち。


千花と真紘だけが、なんとなく落ち着かない。


そんな空気を気にも留めず、愛由美が口を開く。


「兎田さんってさー……」


「?」


「千花が好きそうなタイプだわ」


言うだけ言って、またスマホへ戻る。


「え!? やっぱり?」


千花は勢いよく身を乗り出した。


真紘は固まる。


「いや、分かる」


「真面目そうだし」


「ガタイいいし」


「男らしいし」


「顔もちょっと怖いし」


「耳ついてるし」


「最後関係ありますか?」


真顔のツッコミが飛ぶ。


「いや、でもそういう感じ好きじゃん」


「ウサギだとは思わなかったけどさ」


「!」


「そのギャップがいいんじゃん♡」


千花は嬉しそうに頬を緩める。


「あー、はいはい」


愛由美だけが終始マイペースだった。


(なんだこの二人……)


真紘は理解できないものを見るような目をしていた。



「ちょっとお手洗い行ってきます!」


千花が席を立つ。


「はい」


「いってらー」


再び静かになる。


真紘はグラスの結露を指でなぞっていた。


「千花って」


顔を上げる。


愛由美は画面を見たままだ。


「自分がしっかりしてるの気にしてるんだよね」


「……はい」


何を話したいのか分からないまま相槌を打つ。


「でもさー」


一瞬だけ真紘を見る。


「兎田さんはそういうとこ好きそうだよね」


「……え?」


思わず動きが止まる。


「なんでそう思ったんですか」


「なんとなく?」


「顔的に」


さらっと返される。


「顔?」


真紘は自分の頬をぺたぺた触った。


(俺、そういう顔してるのか?)


そこへ千花が戻ってくる。


「お待たせー……」


自分の顔を触る真紘と、いつも通りスマホを見ている愛由美。


(どういう状況?)


首を傾げるしかなかった。



会計では真紘が自然に伝票を手に取る。


「ここは俺が出します」


「え、でも、今日は私のお礼ですし……」


「さっきお礼はいただきましたから」


フェアで買ってもらったスイーツの袋を持ち上げる。


それを見せられると千花は何も言えない。


「……ありがとうございます」


一方、愛由美はあっさり。


「さすが大企業勤め」


「ゴチでーす」


(あ、間野谷さんの友達だ……)


以前の食事を思い出し、真紘は少しだけ納得した。



愛由美と別れ、帰り道。


真紘はふと足を止めた。


「俺の顔って変ですか」


「え?」


「……すみません。忘れてください」


歩き出そうとする背中へ、千花は迷いなく答える。


「かっこいいですよ?」


耳がぴくりと動く。


真紘は足を止めた。


「あと」


千花は少しだけ考えて続ける。


「頼りになって」


「放っておけなくて」


「優しくて」


「可愛いウサギさんです」


真紘は静かに目を見開いた。


(まただ)


(俺が気にしていることを)


(簡単に肯定する)


胸の奥がじんわり熱くなる。


「やっぱり変わってますね」


耳がぺたりと下がり、首が赤く染まる。


「え?! そうですか?」


千花は本気で驚いていた。


真紘は小さく息を吐く。


「……あと俺に可愛いは無理があります」


「可愛いっていうのは」


「間野谷さんみたいな人に使う言葉で――」


そこまで言って、自分で止まった。


(あれ)


(俺は)


(この人を)


(可愛いと思ってるのか)


自分の言葉に、自分が一番驚いていた。


「……」


「兎田さん?」


不思議そうに首を傾げる千花。


「……すみません」


「少し、考え事をしていました」


真っ直ぐ千花を見る。


「……間野谷さん」


「はい?」


「また、連絡してもいいですか」


千花はぱっと目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。


「……もちろんです!」


その笑顔を見て、真紘の耳が小さく動く。


(ちゃんと知りたい)


(間野谷さんのことも)


(この感覚も)

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