中編
住宅街の片隅に立つコンビニに吸い込まれるように入って、陳列棚に並ぶカラフルなパッケージを横目にかごをぷらぷらとぶらさげながら、その行為のあまりの日常感に、また私は悲しくなった。
だから、少しでもいつもとは違う特別なことをしたくて、私は冷蔵ケースの中から、缶を数本まとめて、するりとかごに滑らせる。そのうちの一本の右下に書かれた「7%」の表記に、悪酔いしそうだな、と、ちょっとだけ怖くなった。
缶たちと、その後で適当に選んだスナックを、一緒にレジ袋に入れてもらって、私はそそくさとコンビニから立ち去る。思えば、この時間にアルコールを買うスーツ姿の人間は、店員の目には怪しく映っただろう。その時に咎めてくれればなお良かったのに、と、やけに破滅的な思考が私の頭の中にぽつんと浮かぶ。それは、私の中の罪悪感の表出のような気もして、あるいは単に、塵になりたいという欲求のような感触もあった。
彼女がいなければ、あるいは私が頭の中で自己憐憫を繰り返していたからかもしれないが、予定外の大荷物があったにも関わらず、帰り道は案外短いように感じられた。
キーチェーンから素早く部屋の鍵を選び出して、ドアを開けると、今日の朝、陽子と出てきた時のままの部屋が、少しの淀みをともなって私を出迎える。私はドアがおのずから閉まるのに任せて、適当に靴を脱ぎ捨てると、さっさとリビングのローテーブルに買い物を置いて、私の部屋に引っ込んだ。
思えば、スーツなんて私にしたら馬鹿げたコスチュームみたいなもので、私はさっさと脱ぎ捨ててしまいたかった。やっぱり部屋着が落ち着くな、と感じてしまうのは、私が彼女の隣で、居心地の悪い時間を過ごしていたからだろうか、と、そんなことを思ってしまった。
私は、そのままベッドに転がってしまいたい欲求を抑え込んでリビングに戻ると、その端に転がったクッションに身を投げ出した。それから、テーブルの上に投げ置かれた袋の中から、適当に缶と袋をまさぐって、側に置く。宴というにはあまりにも寂しく、虚しかった。
それでも、と、私はプルタブを精いっぱいに引き上げる。しゅわしゅわと泡が吹き上げて、慌てて口を付けると、まだ苦手な苦味が口に広がった。——それでも、飲むしかない。
勢いにまかせて慣れない一気飲みをしてしまったせいで、やけに身体が熱い。全身の血管が開ききったこの感じを、人はアルコールが回ったと言うのだろうと、まだ正常な部分を残している頭でそう思考した。
箸休めにスナックをばりぼりと噛んでいると、急に悲しくなった。——正確に言えば、朝から蓄積され続けた悲しみのかけらみたいなものが、ついに溢れてこぼれ落ちたのだと思う。
ふと、行けば良かったのかなあ、と、なんとなく考えてしまった。そんなことを思う自分があまりにも醜いように思えて、思考を振り切るためにまた一本、新しい缶に手を伸ばした。
ぶおんぶおんと、やけにうるさい音を立てて、エアコンが生ぬるい風を吐き出しているのがなぜか気に食わない。だるっとしてきたTシャツの首元をつまんで、ぱたぱたと扇ぐ。それでも暑さはマシになった気がしなくて、ゆらめく視界でリモコンを捉え、電源を落としてやると、適当にクッションの上へと放り投げた。
不意にまた、あの抗いがたい眠気を感じて、今度はもう抗う気も起きなかったから、そのまま、上半身が重力に従うのに任せる。身体はそのままクッションの——直前にリモコンを投げたその——上に着地して、プラスチックの、四角い角が首筋に突き刺さった。痛いなあ、とそれを払いのけて、私は目が閉じるのを感じる。眠ってしまえば、泣きたくなるような心も無くなるような気がした。
震えるような寒さと、——実際に震えているスマートフォンの音で、私は目を覚ました。アラームか、否、それならばもっとけたたましい音が鳴るはずだ。何か嫌な予感がして、緩慢な手つきで携帯を取り上げると、やはり、それは陽子からの着信であった。背中をつうと、場違いな汗が伝う。とりあえず、彼女からの着信は無視して、テーブルに携帯を伏せた。
ほどなく、バイブレーションは過ぎ去り、——それにほっとしている自分がいた。今まで忘れていたくらくらとした気分を、ようやく目覚めた頭で感じる。
……彼女に、何か送らなければいけない。適当な言い訳を。
私はのそりと身を起こすとメッセージアプリを開いて、景気付けに一口、開けたままでぬるくなったレモンサワーを飲んだ。
『どうしたの、電話』
しばらく悩んで、私はやっとそんなことを陽子に送信した。一息つく間もなく、彼女から返信が飛んできて、私は焦った。
『美冬、今どこ?』
……家帰った、なんて言えない。
『ゼミの方でちょっと』
私はそれだけ送って、アルコールの味がするサワーをまた一口啜った。ちょうど空になった缶は、机に置くと間の抜けた音を立てた。




