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電話の向こうは、誰ですか~入電履歴は語らない~  作者: 凪砂 いる
第三章|いないはずのアカウント

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9/10

黒寄りのグレー

 管理者以上が参加する朝礼の席で、センター長の鳥海(とりうみ)が言葉を発する。

 鈴村は、会議通話で行われているそれを、画面越しにぼうっと見ていた。


 「最近一部の物件で不審な履歴があるとの声が上がっています——が、深追いをせずに粛々と処理するように、と本部長から話が上がっています」


 鳥海はオペレーターからの叩き上げでセンター長まで抜擢された過去がある。彼は少し苦い表情で言葉を続ける。


 「どの案件も寄り添った対応をお願いします——が、目標数値は意識するように。これは現場へも周知します」

 

 ——目標数値、会社としてはこれは正しい。しかし、電話の向こうの声は、拾えていたのだろうか。


 鈴村はそう心の中でひとりごちるも、「承知しました」と言わんばかりの軽い礼をする。

 システム内に社内引き継ぎ事項は残すが、大抵は『後の炎上は自分の責任ではない』と明確にするためのものとして残す。

 浅見のように、詳細に退職時に共有ファイルの中へ残していく人物はほぼいない。

 現に『電話の向こうの声を拾おうとした』彼女が残したメモは今まで活用されていなかった。


 画面に映る主任の眉が僅かに上がり、議事録か何かを残しているのか手元が動いているように見える。

 そして、彼——大峰(おおみね)が話し始めた。


 「一部の案件に時間がかかると、全体の効率が落ちてしまいます。通常フローに従い、進めてください——特に、()()()()()()()()


 ——何か、会社の上の方で動いたのか? さすがにそこまでは……。


 鈴村は考えを振り払うように軽く首を振る。朝礼の会議通話が終わり、キーボードを滑らせ、柊花に指示を出す。


 『深野さん、詳しいことはまだ話せませんが——フリーデハイムの件、急いだほうがよさそうです』


 柊花は眉をひそめ、首を傾げ、キーボードに指を走らせる。


 『何かあったんです? もしかして……上から止められたんですか?』


 彼女は時折鋭い。だからこそ、今回の件も違和感にいち早く気がついたのかもしれない。

 そう思い、鈴村は思わずふっと口角を上げてしまう。

 そして、チャットを返す。


『まだ断定できません。ただ、社内だけで追うのは危険かもしれません』


 柊花から返ってきた返答は、意外なものだった。


『浅見さんに、直接連絡を取ってみるのはどうですか?』


 普通、退職者へ連絡することは現場ではほとんどない。ただ、今回は——事情が事情だ。

 早めにことを進めるには、浅見に確認という(てい)で連絡するほうが早いだろう。


 鈴村は、退職者連絡先一覧の中から、浅見梓の名前を探した。

 半年前に閉じたはずの名前が、今になって画面の中で妙に重く見える。


 鈴村は退職者連絡先一覧から浅見の番号を確認し、社用スマートフォンの発信画面を開いた。


 昼休み、ロッカーの前でぼうっとしていた柊花に小声で声をかける。


 「終業後、話があります。駅ビルのコワーキングスペースの防音室を予約しました——ここでするのは、まずい話なので」


 柊花は静かに頷く。


 「オッケーです。そのあと、夕飯行きましょうか。ちょっと飲みたい気分で」

 「じゃあそれで」


 鈴村は、懐にしまった社用スマートフォンの電話帳へ、浅見の名前が登録されたことを確認し、ぎゅっと手を握る。


 ——黒寄りのグレー。しかし、鳥海さんと大峰さん……会社に知られず解決させるにはこの方法しかない。


 夕方、窓の外が茜色に染まる頃、静かにパソコンをログアウトする。

 退勤時のロッカー室は、糸がほどけたように開放感で包まれて、ざわめいていた。

 

 オフィスビルの外で鈴村は、柊花と落ち合い、駅ビルのコワーキングスペースへ向かう。

 置かれているコーヒーサーバーからコーヒーを2人分入れ、防音室へ入る。

 しんと封鎖された空間に、圧のある静けさが包む。

 鈴村は、沈黙を破った。


 「——実は、急いだほうがいいと言ったのは、今朝の管理者朝礼で……鳥海さんが「深追いをせずに粛々と処理するようにと本部長から話が上がっている」と話していました。会社の上層部が何かに気づいた可能性があります」

 「だから、会社に知られず会社の話をするために防音室、なんですね」


 柊花がぐるりと防音室の中を見渡し、コーヒーを口にする。

 ふたりは、間を置くためにふた口ほど、コーヒーを飲み、話を続けた。


 「ここで、現在時点の整理をしましょう」


 鈴村が声を落とすと、呼応するように柊花が話を続ける。


 「浅見さんの名前でフリーデハイム案件にだけ履歴が残っている」

 「でも、それは浅見さん本人のアカウントでは、ありません」

 「浅見さんの引き継ぎメモが読まれた直後に、浅見さん名義の履歴が作られている」


 鈴村と柊花は、声を揃える。

 

 「だからこそ——浅見さん本人に確認しないと、これは進まない」


 鈴村は頷き、社用スマートフォンを取り出す。

 柊花は納得したように頷く。


 「だから、執務室では話せないんですね」

 「ええ。本部へ上げる前に、本人確認だけはしておきたい」

 

 「浅見さん、突然すみません——」


 柊花は、浅見と電話で話し始めた鈴村を見て、コーヒーをまた口にする。


(浅見さんに聞いたほうが手っ取り早いもの——おそらく、メモ以外のことも知っている)


 「——それでは、明後日。すみませんがお願いします」


 浅見と話終わった鈴村が、柊花に向き直り、口を開く。


 「さて、浅見さん明後日直接来てくださるそうです……よかった」


 鈴村の表情は、僅かに糸がほどけたように緩んでいた。

 柊花が微笑んで頷く。


 「さて、鈴村さん、今後のことも決まりましたし、夕飯行きましょう!」

 「——そうですね」

 

 外に出ると、すっかり夜の帷がおりていた。

 駅の裏側の街灯が、ぽつり、ぽつり、と松明が灯るように見えた。

 まるで、行く先を示すように。

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