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電話の向こうは、誰ですか~入電履歴は語らない~  作者: 凪砂 いる
第三章|いないはずのアカウント

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いないはずのアカウント

 翌朝、鈴村の机には、いつもより一枚多くモニターが開かれていた。

 浅見名義の対応履歴がどのアカウントに紐づいているか、ひとつひとつ穴を埋めるように調べていく。


 ——浅見さんが在職時の履歴は〈a_azami〉できちんと紐づいている。では、退職後は?


 彼女のログイン記録も、退職日で止まっている。形跡はない。


 ——誰かが、なりすましている? あるいは……?


 霧の中から掴み取るような、果てしない作業。鈴村は終わりの見えない道に焦りの色を滲ませる。

 ふと、柊花の方を見る。彼女も首を何度も傾げながら眉を寄せていた。


 〈a_azami〉のアカウントは浅見の退職日付で確かに削除されている。しかも、業務用端末でしかログインはできないはずだ。

 それならなぜ、彼女の名義で今も履歴が増え続けているのか。


『鈴村さんが出してくれた夜勤担当者のログ、時刻だけ照合しました。怪しいアクセスは見当たりません』


 柊花からのチャットがモニターに浮かぶ。それを見た鈴村も、管理者権限で再度検索するも、それらしきアクセスはない。

 彼は首を振り、肩を落としたあと、ふらりと立ち上がり、外の自動販売機へ向かう。


 最初に彼は、栄養ドリンクを一瓶買い、飲み干す。そして、コーヒーを2本。

 後ろに人の気配がし振り向くと、柊花が疲れた顔をして立っていた。


「深野さん、お疲れ様。——はい、コーヒー」

「ちょうど飲みたかったんです。ありがとうございます」


 ふたりの間には、終わりの見えない迷い道の中にいるような空気が流れていた。


「探せば探すほど、霧の奥に入っていくみたいだ……」


 鈴村がふとつぶやく。柊花は苦笑いして、言葉を返す。


「——ほんと、そんな感じですね。霧の中」


 プシュっとコーヒーのボトル缶の蓋が開かれる音が、休憩室に響く。

 霧の中を歩くふたりは、休憩室という名のオアシスに腰をおろし、天井を仰ぐ。

 先の見えない中で、ひとつひとつ拾い、繋げていく。

 それがいつ終わるのかもわからない。

 だからこそ、柊花と鈴村には、その作業そのものが何か悍ましいもののように感じられた。


 執務室に戻り、鈴村は浅見名義の履歴について、さらに詳細なログを開いた。

 

【表示名:浅見 梓】

【操作アカウント:該当なし】

【通話ID:なし】

【端末ID:旧システム連携】


 ——旧システム……?


 鈴村は思わず画面に顔を近づけた。

 あれは何年も前に廃止されたはずだ。連携端末も、すべて回収・廃棄されたと記録に残っている。


「……これは、浅見さんのアカウントで入力された履歴じゃない、そもそも、現在では『ありえない』方法で作られている」


 隣で作業をしていた柊花が、顔を上げて眉をぴくりとさせる。


「……じゃあ、誰が……?」


 鈴村が首を振る。その表情は暗い。


「旧システムに連携されている端末は、もう会社には存在しないはず——システム自体も、ないはずなんだ」


 鈴村は共用ファイルを開き、旧システムについての記録を探す。


「旧システム移行作業報告書」

「連携端末廃棄一覧」

「未移行データ一覧」

「退職者アカウント整理表」


 それらのひとつひとつを開き、不審なものがないか、可能性を埋めていく。


 ——確かに、連携端末は廃棄されている。

 ——退職者アカウント、『a_azami』削除済。


 ふと、「旧システム移行作業報告書」の中に、ひとつの記載が目に留まる。


 【旧システム連携:保守用仮想端末/用途:夜間バッチ検証/状態:廃止予定】


 ——仮想端末。それなら昔は申請済みのオペレーターなら個人端末から仮想環境に入れた。主に感染症対策の在宅勤務用に。


 昔は会社貸与の端末ではなく、個人のパソコンから仮想端末にログインして勤務していた。仮想端末にまだログインできる権限があるのは、限られる。


 ——旧システム本体は廃止されている。けれど、夜間バッチ検証用の仮想端末だけが、現行システムとの連携口を持ったまま残っていたとしたら。


 鈴村は周囲を見渡す。

 この数年で、このコールセンターも人が入れ替わったものだ。残っているのは、センター長と……主任。


 異動で当時の管理者は散らばってしまった。ここに残っているメンバーは……まずありえない。


 感染症対策が取られた頃から残っているメンバーも半分はいるが、仮想端末アカウントは使えなくなったはずだ。


 心当たりを考えるほど、鈴村は暗闇の中を手探りで進んでいる感覚に陥っていた。


 ——保守用アカウントの、アクセス権限を持っていそうなのは……?


 考えられるのはセンター長、主任クラス。あとは異動済の当時の管理者。数人はシステム部へ行ったはずだ。


 鈴村の頭の中に、それぞれの顔がちらつく。誰かが、この件を忘れられずにいたとしても、おかしくない。それほどまでに昔から、フリーデハイムは今考えると変な問題が多かった。


 過去の履歴外の社内連携メモには数々の記載があった。特に、浅見が在職中に残したと思われる社内連携メモには、数々の記載があった。


「403:孤立傾向。話を聞いてあげてください」

「402:若い女性。おとなしそうで物腰も柔らかいが、突然温度感上がる。対応注意」

「303:高圧的。言質を取ろうとする若い男性。対応注意」

「物件担当、歯切れ悪い」

「騒音、共用部私的利用の相談多数あり」


 以前からの声にならない声が残されていた。しかし、藤村が言うように『管理会社も動けない』のだ。


「鈴村さん? もう夕方ですよ」


 後ろから柊花の声がする。

 僅かに視線を窓に移す。外はすっかり茜色に染まっている。だが、視線を戻し、鈴村は呟く。


 ——仮想端末は、今も動いている。


「旧システムは、もうないはずなんです。しかし、保守用アカウントがありました」

 

鈴村はそう言いながら、画面の端に残った一行から目を離せなかった。

 

【最終連携日時:2026/6/10 03:15】


 浅見名義の履歴と、それは一致していた。

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