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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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闇の使い手


 学院から帰るために、敷地内にある厩舎からブラック号を引き取り、ジュリウスは今まさに乗ろうとしている所だった。敷地は広く、隣接している研究機関などもあるため、一部は林や森のようになっているところもある。風が暖かく気持ちよかったので、少し遠回りして門に向かうと、少年が襲われているところだった。


 ただちに馬を降りて剣を抜く。五人いた男たちは覆面をしており、横やりを入れたにもかかわらず、少年に確実な止めを刺そうとする。ためらっていては少年がやられると思い、一人目の武器を力任せになぎ払い、二人目に打ちかかって、深く踏み込むと体を入れ替え、少年と男たちの間に割って入った。


 男たちは、ジュリウスごと少年を斬ろうとしたが、剣戟の音を聞きつけた騎士たちが駆けつけると、あっという間に逃げていった。ここは公的施設で、重要人物が多くいるにもかかわらず、このような事件が発生し、あたりは騒然となる。


「正体がわからない?」

「あの少年がなにも話そうとしなくてな」


 すぐに騎士団長ダロンが駆けつけたが、証人の少年がなにも話そうとしないため、捜査が進まないのだという。


「名前はなんと言うのですか。どこの貴族家の……」

「わからない。だんまりだ」


「名前すら?」

「ああ」


 少年の面通しのために来ていた、リックが隣の部屋から出てくる。他にも有力他家の責任者が少年を確認していくが、皆、心当たりがないようだ。部下のマックスと同じくらいの年に見える。妙に色白で、話し方や、身だしなみから、あきらかに上流階級の子どもだった。


「どこかで見たような気はする」


 ずっと黙っていたリックの発言に、騎士団は色めき立った。矢継ぎ早に質問しようとするのを、ジュリウスがさえぎる。普段へらへらしているリックが静かにしている時は、頭の中の情報を処理していることが多いからだ。しかししばらくしてもなにもでなかったようで、首を横に振って、諦めたような顔をした。ダロンは慎重に話しかける。


「見て、どんな風に感じたんだ」


「『どこかで見たな』」


「……そうか。引き続き頼む。なにか思い出したら、なんでもいいから教えてくれ」


 ダロンは、次にジュリウスのほうを向いた。


「ちょっと来てくれないか」


 そう言われてリックと二人で部屋に入ると、怯えて警戒している少年が、ほっとした顔になった。


「この人がいい。この人の家に泊まる。駄目なら逃げ出すから」


 突然立ち上がって、ジュリウスにつかまり背中に隠れる。


「もう誰も信用できないみたいでな。騎士団で保護するって言ったんだが、絶対、嫌だと。どうにも話が通じなくてなあ。お前さんがいいと言うんだ」


 ジュリウスは驚いて少年に尋ねた。


「どうして私を」


「強いし、お人好しだから」


 即座に言い切られ、ジュリウスはぼうぜんと立ち尽くした。しばらくしてからリックは肩を震わして笑いをこらえだし、その空気は騎士団にも伝わった。


「待ってくれ。強い自信はあるが、どうして少し会っただけで、お人好しだと思われたのか教えてくれ」


「そんなこともわかんないの? だって知らない人が危ない目に合っているからといって、五人の刺客相手に斬り込んでくるなんて、お人好しに決まっているじゃない。その上、それを言われないとわからないんだから、超のつくお人好しだよ」


「……そうなのか?」


 まわりを見たが、全員愉快そうに目をそらす。ダロンは、もうこれが決定打だと言うようにジュリウスに言った。


「少なくともこの少年は、人を見る目があるようだ。だから君に警備を頼みたい。もちろん君の家のまわりは騎士団が警護する」


 そう言われてしぶしぶ納得した。


「馬には乗れるかい」


「乗ったことない」


「ではまず、乗ってみて」


 ブラック号の鞍に毛布をかぶせ、後ろに少年を乗せると自分も乗った。少年は用心深そうに、隣にいるリックを見ている。


「君、名前がないと不便だ。偽名でもいいから、なにか名乗らないか」


「偽名……、あ、じゃあ、ダークニスユーザーで」


「……闇の使い手かあ」


 ジュリウスは少し考えてから、少年に言った。


「かっこいいね。では君のことは、ダークニスって呼ぶよ」


「うん。そう呼んで。ジュリウス」


 二人はにこにこと会話していたが、リックやまわりの騎士たちは、ずっと肩を震わしている。午後になると気温も高く、日差しもあり、まるで春のようなぽかぽかした天気だった。緊張しているのか、ジュリウスの上着をしっかりと握っていた、ダークニスの手が緩んできたと思っていると、リックのめすらしく焦った声が聞こえた。


「おい、落ちるぞ。危ない」


 振り返り地面に落ちかかるダークニスが見えて、あわてて変な姿勢で受け止めると、手前に抱っこするように抱え込んだ。妙に色が白いと思っていたが、実は深刻な睡眠不足だったことに気がつく。眠れない逃亡生活を続けていたのだろう。敷いていた毛布でくるむと、馬の背に横にして乗せた。


「痩せていますね。しかし睡眠不足のほうが深刻だ。本人が起きるまで、そっとしておいてください」


 医者にそう言われたジュリウスは、警備の采配を祖父のゲイアスにまかせると、手持ち無沙汰だったのでダークニスの枕元に座り、自分の武器の手入れを始めた。一度始めてしまうと、一心不乱に行っていたが、視線を感じて顔を上げる。目が覚めたダークニスは、なぜかそれを見て泣き出していた。戸惑いながら頭をなでてやると、はげしい嗚咽を上げる。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 わんわんと泣きながら何度も謝るのを、ずっと頭をなでてやりながら、ジュリウスは考えていた。どうしてこの少年は、こんなに幼いのだろう、と。ダークニスが、マックスと同じ十五歳くらいなら、武器も使えるし、馬にも乗れる年齢だ。もっと日焼けしていて当然だし、筋肉もついているはずなのに、まるで少女のような育てられ方をしている。もしそうなら、顔が知られていないのも無理はなく、文字通り、深窓の令嬢のようなものだ。


「なるほど。それが手がかりになると考えたんだね。ジュリウス君」


「ええ、同世代の少年の中で、顔が知られていないという条件で、探せば見つかるかもしれません」


「そうだな。普通の親なら、息子の顔は売って回るものだ」


「普通ではない家……」


 突然、リックの雰囲気が険しくなった。


「ジュリウス君。その話、そのまま続けてくれ」


「え」


 なにか意味があるのだろうと、ジュリウスは懸命に続けた。


「とにかく子どもっぽい反応をします。妹の小さい頃にそっくりで、甘えんぼうですし、泣き虫ですし、それから、えーと、頭をなでると安心するようで、あの年でどんな風に育てられたのか。父親の顔がみたいです。家の中にずっと、閉じ込めているのでしょうか。そのせいか本を読むのが好きだそうで、その話になると急に元気になって。亡くなった母親が、好きだったそうです。それから」


「わかった」


 急にリックがはっきりと言った。


「わかりましたか?」


「ああ、おそらく、フェクス子爵のご子息だ。亡くなった子爵夫人にうり二つだ。そうか、だから見覚えが」


「夫人をお見かけしたことが、あったのですね」


「ああ、だがあの家は取り決めにより、子爵の弟が継ぐはずだ。なぜダークニスがこんな事件に巻き込まれているんだ」


「ダークニスがいるのに、弟さんが継ぐのですか?」


「……いろいろあってね」



 フェクス子爵は、亡くなった子爵夫人と、その息子のダークニスを溺愛しており、片時も離さなかったという。夫人が亡くなった時には、動揺から一時的におかしくなったものだ。夫人にそっくりなダークニスの、望むものはなんでも与えたが、危険だからと外には出さず、まるで令嬢のように育てた。


 それを見かねて口を出したのが、子爵の弟のマイロだった。とても優秀な人物で、子爵家を支えている。ダークニスもマイロを慕っていた。父親は言うことがころころ変わり、その時の気分次第で、適当だ。機嫌が悪いと、平気で息子に当たる所があり、ダークニスはいつもびくびくして過ごした。一方、マイロは駄目なことは駄目と叱り、厳しい面が多かったが、ダークニスのことをきちんと見てくれ、褒めてくれた時にはとても誇らしかった。


 だがある時、子爵とその弟は激しい喧嘩をした。なんでも次は、マイロが継ぐ予定だったのに、子爵は息子可愛さから、ダークニスに跡を継がせると言いだしたからだ。子爵は昔からいい加減で、跡継ぎには向いていないと評価され、当初からマイロが継ぐ予定だった。それなのに、先代が亡くなった時、五年以内で譲るという約束を勝手に取り付けて、無理矢理爵位を継いだ。美しい子爵夫人の件もそうだ。もとはマイロの妻になる予定だったにもかかわらず、権力を使い無理矢理娶った。


 その癖、家の運営はマイロまかせ、子どもも放置してしまう。だからこれ以上の横暴は許さないとマイロは激怒した。子爵家は自分が継ぐと。その喧嘩を目撃した後、一人外に放り出され闇討ちされそうになった。そうなったら犯人は……。



 ジュリウスとリックに説明している途中で、ダークニスは耐えきれず泣き出した。ずっと信じたくなかった現実を認めなければならない。


「叔父さんだけが、僕を見てくれたのに。その叔父さんに殺されるのなら、黙って従おうと思った。でも怖くて。死ぬのが怖かったんだ。叔父さんは……、本当は父さんの血を引く僕のことは嫌いだったって。嫌いだって言ってたんだ」


 ダークニスの渾身の訴えをリックは、ずっと黙って聞いていた。


 この話を解決するのは簡単だ。決められたとおり、マイロに子爵家を継がせればいい。現子爵から権力を取り上げれば、横暴もできないだろう。だが、子爵とダークニスは引き離した方が良い。そうすると、ダークニスは行き場がなくなるが……。


「まあ、そういった子弟を、引き受ける部門もあるけれどね」


 リックはなるべく、心配しているように見える表情を作った。別に心配していないわけではないが、かといって親身になるほどでもないからだ。逆にこういった問題で親身になるジュリウスは、めずらしく黙っている。


 泣いているダークニスを見ていたリックは、ちらりとジュリウスに視線をやった。なにかを考えているように見え、黙っていたジュリウスが、疑問を呈した。


「私にはその話、少しおかしいように思う。そう思いませんか。リック殿」


「子爵の変人ぶりは有名だよ。おかしいとはどのへんが」


「そうですね……。なあ、ダークニス。君は枕元にいた私を見て泣き出したが、どうしてかな?」


「…………僕が熱を出すと、いつも叔父さんが看病してくれたの。でも叔父さんは忙しいから、あの時のジュリウスみたいに、仕事しながらだった。そのことが嬉しかったけど、本当は迷惑だったんだとわかって。僕、そんなこと気づかなくて、ずっと……」


 だんだん声が小さくなり、ダークニスは下を向いてしまう。


「ところで君の言った、ダークニスユーザーという名前。由来を教えてくれないか」


「冒険小説だよ。大好きなシリーズで全巻持ってる。特別な力を持った主人公が、闇の力で、魔法使いと戦うんだ。一番好きなの」


「それは誰が手に入れた?」


「……叔父さん」


「ほら」


 ジュリウスが肩をすくめた。


「君の話を聞くと、なにかをしてくれるのは、いつも叔父上ではないか。そんな方が君を襲うとはとてもではないが考えられない。この件は、ただの話し合いで解決する気がします。子爵の横暴を封じた上で、三者を会わせてみてはいかがでしょう」



◇◇◇◇◇◇



「えーと。ダークニスに亡き者になってもらおうとした犯人は、父親でした。理由は、言うことを聞かないから、もういらないのだそうです」


 ジュリウスはリックにまとめて報告した。


「滅茶苦茶だな。叔父は?」


「本心では、夫人と子爵の子であるダークニスを見るのは、つらいそうです。ただ、日々おかしくなる子爵の側に置くのは危険と考え、逃がしたが手違いがあったと」


「ただの誤解という訳か」


「それ自体は。ですが……」


「国と親族会が間に入って、マイロ殿に爵位を継承させよう。落ち着いた後、元子爵を、跡継ぎの暗殺未遂で逮捕だ。どのように処分するかはマイロ殿にきめてもらおう。ダークニスは……」


「マイロ殿にはもう一緒に住めないと言われました。ひどいことを言ってしまいそうで怖いと」


「それはつまり、傷つけたくないと思っているということではないか」


「それで彼からの提案で、警ら隊か軍隊の新参部隊に入れたいそうです」


「軍は教育機関ではないのだが。まあ、妥当か。ジュリウス君はどう思うんだい」


「……」


 しばらく考え込む。


「ダークニスのように、なにも教えられずに育った子どもは、適性がある場所に置くと、とんでもない能力を発揮することがあります。それに彼はあのような環境でも、洞察力を持ち、論理的思考力を養い、人を見る目を持っていました」


「つまり元々持っている能力が高く、教育次第ではもっと伸びる可能性がある訳か」


 しばらく考えていたリックが、小さくつぶやくのが聞こえた。


「じゃあ、手元に置いておこうかな。そのほうがマイロ殿も本心では安心するだろう。優秀なマイロ殿の手綱を手に入れられて、こちらとしても願ったり叶ったりだ」



◇◇◇◇◇◇



 二ヶ月も経った頃、ジュリウスがボウエン伯爵家の演習場の横を、客人の案内で通ると、ばっさりと髪を短くしたダークニスが剣の訓練を受けていた。日焼けし、手の血豆が痛々しかったが、背筋をぴんと伸し、素振りをする姿がすでに様になっている。ふと隣の同期に笑いかけた笑顔が、人が変ったのかと思うほど逞しくなっていて、一安心だった。


「声をかけて行かれますか?」


「いいえ。その、お手数ですが、これを渡して頂けませんか。贈り主は……ジュリウス殿のお名前で」


「お預かりします」


 書籍を預かったが、察しの良いダークニスにはすぐにわかるだろうと思った。拒絶した上での中途半端な関わりは、悪影響があるようにも思い心配だ。聡明な彼には、様々な感情の中から、自分を気にかけてくれる人がいる。ただそれだけをつかみ取って欲しい。


 武官になるにせよ、文官になるにせよ、ボウエン伯爵家ではまずは武術を教え込む。そうやって習ったことは、確実に自分の物になる。そんなことの積み重ねが、たった一人気にかけてくれた叔父と、距離を置かねばならないダークニスの心を癒やし、自信につながるようにと願った。



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