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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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仇討ち


 街中の雑貨屋を出て、近くにある馬留からブラック号を引き取ると、大通りを歩き出した。石畳に蹄が立てるこつこつという音が響き、日光に暖められたぬるい風を感じながら、帰り道を歩く。長く緩やかな坂を下りきると、下町に出て、そこを抜けると街道だ。


 ところが坂の前で突然ブラック号が歩を止めた。蹄鉄でも取れているのかと上から見下ろすが、どれもはみ出していない。せかしてもびくとも動かないが、こういう時は理由があることが多い。


 乗ったまま首をごりごりと撫でて、ブラック号の機嫌が戻るのを待っていると、左手に立っている立派な商館の扉が開き、中から人がどやどやと出てきた。中途半端な位置に止めてある馬車と、扉の間で挨拶を交わしている。


 顔なじみの商館主クンツと、その部下たち、そして見たことのある体格の良い男性、立派な髭を蓄えていて迫力がある。名前は確かフルバルドとか……、近隣の村の村長代理かなにかだったはずだ。彼の部下ヴェルンヘルと護衛たち。目つきが妙に鋭くて記憶に残っている。思い出そうと、ぼんやりと見ていると、左から少年が飛び出してきて、その手になにかがキラリと光るのが見えた。


 条件反射でブラック号から飛び降りると、走り出すと同時に自分の剣を抜いた。フルバルドを襲おうと軽い細剣で斬りかかった少年の、汚い襟元を左手で鷲づかみにすると、後ろに引きずるように遠心力で放り投げた。加減をしなかったため、痩せっぽちの少年は道路にごろごろと転がり、右手に持っていた細剣で左足を少し怪我してしまう。


 そのまま踏み込み、眼鏡をかけたヴェルンヘルが、少年を殺そうとして、なんの躊躇もなく振りかぶった剣を、正面から受けた。


 人を殺めることに慣れた手さばきを見て、強い警戒心が働き、渾身の力を込めたため、つばぜり合いが成ったが、ひょろっとした細身の外見に似合わず、大した力だ。


 しばらくお互いににらみ合っていたが、そろそろと力を抜き、ゆっくりと間合いを取った。好戦的らしいヴェルンヘルは残念そうな顔をしている。油断のならない人物だ。


 剣を鞘に収め振り向くと、こりない少年がまた構えて打ちかかってくる所だった。


 足でなぎ払って剣を取り上げると、荷物に入れてあった麻縄で両手を縛り上げる。その頃には、巡回の警らが駆けつけていて、事態の収拾に努めていた。



◇◇◇◇◇◇



「フルバルドは人殺しなんだ。俺の親父を殺した」


 物騒な話を始めた少年レネの真向かいに座り、深刻な内容に耳を傾けていた。


「親父はきちんと道の端によけていたはずだ。それなのに……、フルバルドが馬車でひき殺して。頼む。親父の仇を討たせてくれ」


 なんとも言えなかった。


 それを聞かされても心の中には、『仇討ちなんて生産性がない真似はよしたほうがいい』としか浮かばない。冷淡だと言われても良い。人の心がないと言われても良い。ただの農民であるレネとその亡くなった父親エーリクが、支配階級のフルバルドに復讐するなんて無茶も良い所だ。


 現に今日、レネはジュリウスがいなかったら殺されていたのだから。そう説得してやりたい所だが、父親を殺された少年に言って効果があるとも思えなかった。


「そんなに狭い道だったのか? それとも……」


「親父がぼんやりと道の真ん中に突っ立っていたのが悪いって言われた。そんなの絶対、嘘だ」


 フルバルドの話によると……正確にはヴェルンヘルの話によると、馬車道の真ん中に、エーリクがぼんやりと突っ立っていて、夕方で暗かったため気が付くのに遅れ、ひき殺してしまったという。フルバルドはそのことを覚えてもいないそうだ。


 だがレネの話によると、父親は慎重なたちで、例え馬車がいなくても、道の真ん中を歩いたりはしなかったという。


 気になったので関係者にきちんと話を聞いた。なにかわかることがあればと、現場に詳しい捜査員に話を聞いたりもした。だが結局の所、この件を調べた所でなんの意味もない。なぜなら支配者がたまたま虫けらをひいたことは、罪にならないからだ。




 外の屋台で買ってきた食べ物を持って帰ってきて、がりがりのレネに食べさせてやった。父親の復讐を果たすためにフルバルドをつけてまわり、ろくに食べていないそうだ。そこへ少しはしゃいだリックがやってくる。


「買ってきてくれたかい?」


「はい。串焼きとパンとぶどうです」


 レネの正面に座ったリックは串焼きを持って不思議そうな顔をした。


「これって、このまま食べるのかい?」


「はい……。あ、召し上がり方をお教えしますか」


「レネの真似をするからいい」


 ジュリウスは一瞬、本当に食べ方を知らないのだろうかと思ったが、そんなわけない。ボウエン伯爵家では将来の管理職は子どものうちから集団で野外生活を経験させる。不自由な環境で、協力し合うことで、人柄を見るのだ。


 また軍閥のため、一定期間、軍に配属され、身分に関係なく野外演習なども行う。もちろん、リックはその中でも特別扱いを受けただろうが、だからといって串焼きを食べたことがないとも考えにくかった。ジュリウスは慣れた手つきで、串焼きを口にする。レネはもう食べ終わっている。


「ジュリウス君。このパン、なんだか味がしないね」


「それが庶民の味です」


「ジュリウス君。このぶどう、なんだか味がしないね」


「それも庶民の味です」


 ジュリウスももう食べ終わるのに、リックはまだ半分も食べていなかった。


「二人とも食べるの早いな。このままだと話が始まらないから。レネ、私のパン、あげるよ」


 レネは無言でパンを受け取ると、ろくに噛まずに飲み込んでしまった。


「ぶどうもあげる」


「……どうも」


 なんとなくわかってきた。つまり身分もなにもかも違うレネと、リックは親しくなろうとしているらしい。リックのように誰が見ても身分が高い人間は敬遠されるものだ。だが貧乏な人間にお金を、食に不自由しているレネに食べ物を分け与えると、自然と心の距離が縮まると考えたらしい。


「ところで、レネ。フルバルドのまわりでは、そんな風に人が亡くなる事故は、他にも起きていないかい」


「……」


 リックの質問に、それまで大声で糾弾していたレネが、急に黙ってしまった。


「どういうことですか。リック殿」


「ヴェルンヘルの話では、馬車道の真ん中にエーリクがぼんやりと突っ立っていて、ひき殺してしまったと。この証言が引っかかって」


「どのあたりが」


「諜報活動などで厳しい訓練を受けた専門家でも、真っ赤な嘘をつくのは案外、難しいんだ。本人がつかなくてもいいと思えば、例え犯行内容でも本当の話のほうをしゃべったりする。つまり……」


「エーリク殿が道の真ん中に立っていたのは本当だと?」


「それもぼんやりとね。レネ。君のご家族はお母様お一人なのだろう。証言してくれるのなら、移住を世話するよ。命の保証もしてあげてもいいよ」


 レネは何度も顔を上げては、下を向くのを繰り返した。悔しそうに下を向いて言った。


「……駄目です。証言したらさすがにあいつも逮捕されるかもしれない。でも親父が殺されたことを我慢するなんてできません。俺はあいつを殺したいんです」


「ジュリウス君。とりあえずレネとその母親を保護してくれ。手厚く世話してやりたまえ」


 つまりは安全で行き届いた生活を母子で送ることにより、仇討ちという捨て鉢な考えを諦めさせたいらしい。リックは冷血漢ではないが、世話焼きな性格でもない。彼の立場からすれば、フルバルドがエーリクを殺していたところで、関係がないのだ。なぜならもっと重要な仕事がたくさんあるからだ。ジュリウスはリックの気持ちのほうが理解できるが、レネを放っておく気にもなれなかった。




 帰宅するというフルバルドを見送りに行き、下の身分のものにも優しくするよう諭すと笑顔で受け流される。もう警ら隊から口頭注意を受けた後だろう。だがフルバルドは、ひき逃げが故意だったとしても、その罪は簡単にもみ消せる。


 ジュリウスが話しかけたのを聞こえないふりをして、フルバルドは馬車に乗ろうとする。重ねて声をかけようか迷っていると、彼の部下ヴェルンヘルが前に立ち塞がり、鯉口に軽く左手をかけて、微笑んだ。


 ジュリウスは無意識に後ずさろうとし、自分も剣に左手を置きたいのをぐっと我慢した。


「ジュリウス殿。流派はどちらですか」


「……我流です。そちらは」


「得手勝手流です。残念です。お時間があれば、お手合わせがしたかったのですが」


 剣呑な顔をするヴェルンヘルを前に気を張っていたため、背後ががら空きだった。


 右手にあった植木鉢の陰から馬車回しに飛び出したレネが、剣を振りかざしてフルバルドの乗っている馬車に突っ込もうとするのを、電光石火の早業で剣を抜いたヴェルンヘルが、その喉元を切り裂こうとした。ジュリウスが一瞬、遅れて抜いた剣で、ヴェルンヘルの剣を下から払いのけるのに、ぎりぎり間に合い、右側にいたレネに体当たりし、力任せに突き飛ばした。


 はじき飛ばされた剣でヴェルンヘルはジュリウスをよけるように、レネを切ろうとするが、ジュリウスはレネをかばい、そうはさせまいと剣を振るう。片方は殺そうとし、片方は守ろうとしている傍らで、レネ本人からはジュリウスの体が邪魔で、自分がヴェルンヘルのすさまじい攻撃を受けていることがよくわからなかった。


 レネは無謀な挑戦を続けようとまた立ち上がり、ヴェルンヘルが美しい線を描いて、レネの喉元に剣を突き立てようとし、ジュリウスが計算しつくした動きで、その剣を弾こうとした。その時、初めて間近に自分に迫るヴェルンヘルの鋭い剣先を見て、素人のレネは恐怖から、闇雲に剣を振り回した。


「あっ」


 普段は冷静そうに見えるヴェルンヘルの焦った間抜けな声と共に、ジュリウスの右腕に激痛が走った。ジュリウスとヴェルンヘル二人だけなら、誰も怪我をしなかっただろう。予想外の事態に、少しあわてた様子で、後ろに下がったヴェルンヘルの顔色は悪かった。


 意地でも剣を落とさなかったジュリウスは、右手の親指ががくがくと痙攣するのを感じながら、振り向くと剣をかざしたレネが真っ青な顔で立っていた。


「ヴェルンヘル殿。馬車に戻って扉を閉めて下さい。あなたはこの場にいなかった。それでいいですね」


「わかりました。失礼します」


 先ほどまで、蛇のようにしつこくレネを殺そうとしていたヴェルンヘルは、すぐさま馬車に戻って、出発するよう御者に合図した。


 痛みをこらえながら剣を鞘に戻そうとするが、右腕が震えて中々切っ先が鯉口に入らない。なんとか戻すと、その時のがしゃんという大きな音で、動揺していたレネはようやく我に返ったようだ。


「あ、俺、すいません。ジュリウス様」


 今さら謝ってきたレネに、怒りで頭に血が上ったジュリウスは、左の拳を握ると殴りつけた。


「少しはものを考えろ!」


 玄関先に騒ぎを聞いて同僚たちが集まってくる。


「ジュリウス。その怪我……おい、その平民がやったのか?」

「一体、なにがあったんだ」

「とにかく治療を」


 ジュリウスはレネの不祥事を隠すために、腹立たしさをおさえた。


「なんでもありません。転んだだけです」


「「「……」」」


 それまでの深刻な空気から、一転、同僚たちの呆れた視線を浴びながら、立っていると、リックがやってきた。


「ジュリウス君。すぐに手当したまえ」


「騒ぐほどの怪我ではありません。放っておいても治ります」


「……この頑固者が。わかった。レネは保護しておく。絶対に手は出さない。だからすぐに治療したまえ」


「……」


 しぶしぶ手当を受けに行ったジュリウスを見送りながら、リックと部下たちはレネを取り囲んだ。


「レネ……。君は仇討ちにこだわる余り、貴族令息に危害を加えたんだ。母子ともに殺されても文句は言えない。それはわかっているのかい」


「申し訳ありません」


 レネは急に自分の立場を思い出し、足元が真っ暗になった気分だった。


 ジュリウスもそうだが、リックも親が仮に暗殺されたら、それをいかに政治利用するかという目で物事を見る節があった。もちろん感情的に納得できない面はあるだろう。だがなにをおいても家のためを第一としていた。


 だからレネの気持ちがわからない。ジュリウスを傷つけた件も、無謀としか思えないし、なにより残される家族に対して無責任だと苛立ちを感じてしまうからだ。そして……。


「今回ジュリウス君が怪我をした件は、使えるかもしれないな。彼は隠蔽したいようだが。せっかくだから政治利用させてもらおうか」


 しばらくしてどたどたとやかましい足音がしたと思ったら、右腕を吊った状態で固定されたジュリウスが戻ってきた。レネが無事なのを見てほっとしている。リックの言った通り、ここではレネは吹けば飛ぶような身分で、ジュリウスが傷をつけられて腹が立ったからというだけの理由で、リックや同僚たちに殺されても、もみ消されてしまうほどだ。


 先ほどまで茫然としていたレネは、自分に一番、親身になってくれた人物を怪我させてしまったと、急にいたたまれなくなり、泣きながら謝り始めた。


「ご、ごめんなさい。すみません。も、申し訳ありません」



◇◇◇◇◇◇



 レネの村では不自然な事件・事故が続いていた。


 川で作業していたものが、水死体で上がったり、木こりが間違って斧で足を傷つけてしまい失血死したり。だがそれでも最初はただの事故だった。ただ少し家族から、「注意深い人間だったはず」「そんな失敗をする性格では」という疑問が上がるだけだった。


 そんな事故がどんどん増えていき、村人たちは村長に訴え出たり、警らに届けたりもしたが、すぐに無駄だとわかった。不審な事故が起きる時、必ず村長代理のフルバルドが居合わせるのだ。最初は隠す気があったらしいフルバルドも、その内、ばれても気にしなくなり、村は狩り場と化していった。


 フルバルドの父親である村長は長いこと患っており、表に出て来ない。保安官や警らに訴えると、一応捜査はしてくれる。だがどんな処分を下すかは、フルバルドの仕事だ。徹底的な上意下達の身分制度で管理している村では意味をなさなかった。


 それでもなんとかしようという村人たちも始めの頃はいた。一件一件の事故ではなく、村にそういったできごとが起きていると、保安官たちに相談するものが。だが行動を起こした村人たちから消されていった。


 いつしか村人たちは、自分や家族を守るために、なにも言わず、目立たぬよう生きるようになった。そして誰かが『事故』で死ぬと、間引きが行われたと噂するようになる。やがて村ではフルバルドが乗った馬車に村人がひかれる事故が起きるようになった。用心深くなり姿を見せなくなった獲物を引きずり出し、殴ってめまいを起こした状態で馬車の前に放り出すのだ。


「毎年、どれくらい殺されているんだ」


「五人から……多い時は八人ぐらいです」


 ジュリウスの質問に、今まで黙っていたレネはぺらぺらと話し始めた。頭の中で数字を弾いていたリックは、感心したようにつぶやく。


「狡猾だな。あの規模の村なら、少し多い死者数だが、かといって調査が入るほどでもない。おまけにわざわざ産婆を村に専門に雇い、子どもを増やしている。心の底から殺人が好きなのだな」


 ジュリウスはぞっとして、ひょうひょうとしているリックに訴えた。


「どうなさるおつもりですか。リック殿。事件はすべてもみ消され、村人も証言しない。立証できないのですよ」


「そんな面倒、あ、いや」


 リックは一応レネに気を遣って言い直す。


「手間暇かかることをする気は最初からない。どうもこうも、ただ単にフルバルドから権力を奪えば、もう事件……事故とやらは起きないのだろう?」


 レネがリックとジュリウスの会話を聞きながら、二人をきょろきょろ見ている。


「……ですが、フルバルドは代々あの村の大地主を務めている庄屋の長男です。村長の息子なのだから、例え村長代理から外されてももてる権力に変わりありません」


「悪いけど、我々にはもっと崇高な使命があり、村の中で起きたことにそこまでかかずらう時間はないんだ。そういうわけでちゃっちゃと済まそう」



◇◇◇◇◇◇



 後日、フルバルドは、ラムレイ男爵令息ジュリウスに傷を負わせたとして逮捕される。本人は罪を否定したが、ジュリウス本人とその場にいたとされる、同僚と上司、そしてフルバルドの顔をよく知っている同村のレネの証言があり、言い逃れできなかった。


 凶器は子どもが持つような軽い細剣で、フルバルドがレネと何度も言い争い、時には護衛が剣を交えている様子が目撃されていたため、それを止めようとした貴族令息を、誤って傷つけてしまったのだろうとされた。善意で止めようとしたにもかかわらず、傷を負わされた令息は憤慨しており、このような不祥事を起こした責任を取ってもらおうと息巻いている。


 フルバルドはそのようなことはしていないと誤解を解こうとしたが、そもそも警ら隊本部にいた理由が、レネとの衝突であり、令息の怪我も本物だ。令息は誠意を見せない限り、来年度の年貢が割り増しになるよう手を回すと圧力をかけた。


 貴族に敵うわけもなく、村の伝統ある大地主で、代々村長を務めるハイツ家は、子息フルバルドの不祥事で莫大な慰謝料を払うことになり、村全体からも批判されることとなった。それまでは形式上のものだった村長選出会議で敗れ、同時に金と権力を失う。それぐらい村全体の年貢の割り当てが上がるかもしれないというのは影響があった。


 村長選出会議の翌週、フルバルドは木を伐採していたところ、斧が足にあたるという気の毒な事故があり、すぐに手当てをすれば助かった可能性があったにもかかわらず、失血死で亡くなった。


 フルバルドは助けを求めようと人里に向かおうとしたが、運が悪く誰にも出会えず、まるでミミズが這ったような血の跡が、長く長く残っていた。


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― 新着の感想 ―
不幸な事故は、フルバルドで最後になりそうですね……。 斧が足に当たるなんて、そして助けてくれそうな人がたまたま誰もいなかったなんて、いやぁ運が悪い。(皮肉)
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