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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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「心配と信頼」

ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。

「進学」「棚からぼた餅」「カナリヤ」「セレスティーナの日誌」


 教室移動のために、お昼前の学院の廊下にジュリウスは出ようとした。


 右腕を怪我して吊っているので、荷物は斜めがけかばんに入れている。愛用の剣も持てず、長めの警棒と、短剣を二本両脇に下げ、目立たないものを選んでいるが、普段よりも仰々しい。怪我のせいで手加減が出来なくなっている以上、暴れる場合は警棒を、命がかかる場合は二刀流で行こうと思っての装備だった。もちろん右手は使えないのだから、どれも力技になるが。


 廊下には、マックスが待っていた。


「今日は私が護衛につきます」


「グリフィン様の護衛は?」


「そのグリフィン様からのご命令です。ジュリウス殿もそろそろ警護対象になりますし、守られることに慣れないと」


 一年に入学したボウエン伯爵家の三男グリフィンが、気を利かせてくれたようだ。マックスがついてくれれば、これ以上心強いことはない。


 ちらりとジュリウスの装備を見て言った。


「なるほど。右手が使えないため二刀流に。そこまでしたら警棒は外してもいいと思いますが、やはり抵抗がありますか」


「殺さずに済むのならそうしたい」


「私なら荷物になるので外しますが、難しい所ですね。人によって戦いやすさというのは違いますし」


「警棒の気安さは捨てがたいな。手加減なく振り回せる」


「捕り物などには便利ですよね。二刀流は多数を相手にするのに便利ですが、変に強い者がいると防御がなかなか……」


「経験があるのか?」


「ずいぶん前ですが苦労したことが」


 今、十五歳のマックスが前と言うことは、いくつの時なのだろう。興味津々で話の続きを聞きながら廊下を歩いていると、一人の騎士が前を塞いだ。


「ラムレイ男爵令息だな。ついてくるように」


 物静かに話しかけてきたが、内容は厳しい。


「彼は警護対象者です。急な予定の変更は出来かねます」


「……第二王子殿下の要望だ。従ってもらおう」


 息を呑みそうになるのを、こらえた。マックスがばっさりと断る。


「ボウエン伯爵閣下の名においてお断りします」


「たかが伯爵の分際で反抗するというのか」


「軍閥の閣下を、たかがとは呼べないのは、そちらのほうがご存じのはずです」


「国にとってはそうかもしれん。だが殿下にとってはたかがではないか」


「例えそうだとしても貴族家は臣下であって、下僕ではありません」


 目の前で行われている、静かな、だが丁々発止のやりとりを、黙って見ていた。専門家のマックスに任せようと思ったからだが、ここまで辛辣なことを言って良いのかとハラハラする。


「ただの男爵令息に大層な警備だな」


「……」


 淡々と皮肉を言った騎士の言葉に、やり取りは中断される。


 警備がついている段階で、正体がばれているようなものだ。そういった印象を薄めるために、一生徒として入学したマックスが動いていたのに。ジュリウスが怪我をしている以上、マックスは角を立てても守らなければいけなかった。


「ふむ。ではこう言おう。君が来ないなら、ブラックウェル伯爵令嬢に誘いをかけると」


 それを聞いたジュリウスは怒りで、かっと頭に血が上ると同時に、「よく調べているな」と感心もした。マックスも同じことを感じたのだろう。反射的にジュリウスを見ようとして我慢したのか、立ち姿がぎこちなくなった。


 守らなければならない人間が危険な目に遭うくらいなら、自分が犠牲になろうとする性格だと、読まれているということだ。ロレンスによく知られていることがわかり、得体の知れない恐怖に襲われ、意味もなく喚きたくなった。落ち着こうと、リックやレイモンドのことを考える。彼らはつねに人から見られ、他家からもその人となりを把握されている。立身するとはそういうことだ。ロレンスに知られていると言うことは、自分の人となりを改めて証明する必要がないと考えれば良いではないか。そう便利に思うと少し落ち着いてきた。


 問題はセレスティーナだ。彼女の名前を出されて脅迫を受けたとしても、護衛がついているのだから、心配しなくても良いはずだ。だが、万が一。そう思うと鼓動が早くなった。今まで一人で突っ走ってきたジュリウスは、この時初めて、誰かと手を組んだ結果、発生した不自由さを感じた。対等な仕事相手なのだから、信頼して彼女の判断に任せれば良いと理性では思う。それにもかかわらず危険な状況では、自分が犠牲になって彼女を守るべきだという考えを、どうしても捨てられなかった。


 つまり相手を信じることができず、それくらいなら自分が犠牲になった方がいいと感じたのだ。


 マックスをちらと見ると、ジュリウスを見て呆れつつも、覚悟を決めた顔をしている。


「私が行ったら、ブラックウェル伯爵令嬢には、手を出さないと約束できるか」


「無論。元々騎士として不本意な申し出だ」


「率直に言って、暗殺されるのは御免だ」


「殿下のお心までは約束できないが。そうなったら力の限り止めることを、名誉に賭けて誓おう」


 とんだ言いがかりだと激怒されるかと思いきや、力なく首を振る騎士の姿に彼の心労が伺える。心許ない保証を胸に、二人は同行した。



◇◇◇◇◇◇



「え……。学院の中で、ジュリウス君とマックスが行方不明?」


 報告を受けたリックは、どう反応したら良いかわからなかった。なぜならジュリウスは祖父と父親仕込みの剣の腕を持ち、怪我をしているとは言え、簡単に拉致されるとも思えなかったからだ。


 ましてや護衛のマックスは、子ども時代に「鬼の子」という二つ名を持つ、ボウエン伯爵家内きっての剣豪だ。後数年して身長が伸びきり、体重が増えたらと、重鎮たちが待ちわびている逸材だった。そんな二人が……。


「なんだか嫌な予感がするなあ」


「どうかされましたか」


「あの二人は、強さでいろいろなことを解決してきたからか、自分の腕を過信しているところがあるんだよね。しかも仲いいし。二人でなにか余計なことを、していないといいけど。あ、引き続き報告よろしく」


 上司なのに二人の心配を、まったくしていなかった。



◇◇◇◇◇◇



「よく来たね。ジュリウス」


 その辺にあるスツールに、ジャケットを脱いで軽く腰掛けていたロレンスは、見るものが無意識に警戒心を抱く、いつもの爽やかな笑顔を浮かべた。


「ご命令に従い、参じました」


「僕はお前とちょっと、話がしたかったんだ」


 机を指でとんとんと弾いている。そのまましばらく黙ってしまった。もちろんロレンスに、虫けらを待たせて悪いという感覚はない。


「お前は……邪魔なんだよね。消えて欲しいんだ」


 マックスや、その場にいた騎士たちに、緊張が走った。


 どのような攻撃があっても、即座に反応できるように、ジュリウスの体が臨戦態勢になる。それと同時に例えこの場を切り抜けたとしても、その後の自分の運命を考え、実家に悪影響を出さないためには、縁を切るしかないのかなどと考えていた。


 しばらくして、その空気に気が付いたロレンスは、訂正した。


「ああ……、消えて欲しいというのは、ただ単に邪魔だということで、それ以上の意味はない」


 涼しい風が吹く朝に、「今日は天気がいいな」と挨拶されただけで、なにか裏の意味があるのだろうかとつい深読みしてしまう、ロレンスの言葉が心底紛らわしい。


「僕はブラックウェル伯爵家が欲しいんだ。なにより巨大で資産も権力もあるし、それに……。だからセレスティーナを手駒にしたいんだよね。でもあの子は生真面目で、あんまり言うこと聞かないから、モードレッドとくっつけたいんだ。ガビン伯爵家も、僕にとっては都合が良いから。それなのにモードレッドが、いまいち歯車として機能しなくて」


 まるでゲームでもしているかのように、ロレンスは淡々と話した。


「ところでお前に聞きたいことがあるんだ。モードレッドと結婚しないなら、役に立たない彼を殺すってセレスティーナに言ったら、どんな反応をすると思う」


 回答次第によっては、モードレッドが本当に殺されてしまうと思うと気が重かった。だがここでロレンスの気に入る回答をしないと、自分の身が危ういと思うと答えるしかない。


「セレスティーナ……様は脅迫に屈しません」


「そうなんだよねえ。結構、邪魔したのに、なんであんなにしっかり育ってしまったのかなあ」


「……」


「それならお前を殺したら、どう動くかなあ。さすがにボウエン伯爵家でも、後釜を用意するのは無理だろう。次も暗殺されるのがわかっていて、誰か候補を出すなんて。そうなったらセレスティーナには、モードレッドしか残っていない」


「恐れながらその案も難しいかと。セレスティーナ様が危険要素のある、婚姻をするとは思えません。そうなったらおそらく自分は中継ぎに甘んじ、弟のスペンサー殿に爵位を譲り、後見人になるでしょう」


「つまり邪魔者はお前ではなく、セレスティーナということだね」


 よっぽどロレンスの言葉を否定しようとしたが、セレスティーナが派閥問題を抑えているのは事実だった。


「それじゃあ、お前だったらどうする?」


「……」


 黙っていて役に立たないと思わせるか、発言で状況を調整するか迷うが、相手のほうが何段も上だろう。なにを言っても、言わなくても、あまり変らないと思い、普通に答えた。


「私でしたら、セレスティーナ様と話し合い……条件を交渉して、折り合いをつけます。柔軟な方ですから、内容次第では殿下のご希望通りに動くでしょう」


「驚くほど、つまらない答えだ」


 きちんと答えたのに、無能と判断されたようだ。ロレンスはそのまま黙ってしまう。


 なにやら考え込んでいる最中に、まだジュリウスがいたことに気が付き、手を軽く振って退出するよう合図してきた。これ幸いと逃げ出す。


「今のは何だったのだろう。肝が冷えたな」


「全く話が通じないわけではないのですね。むしろ今日見た限りでは普通に会話が成立して……いや、ですが、内容に問題ありですか」


「私が見た所、自分の思いどおりにするためには手段を選ばないが、それ以外の面では割と融通を利かせてくれるようだ」


「殿下の目的が我々に見えないため、不安を覚えて物騒に感じるのでしょうか」


 廊下を歩きながらジュリウスは腹を押さえた。


「マックス。腹減らないか」


「いいですね」


 学生用に用意されているカフェテリアではなく、騎士の詰め所の近くにある職員用の食堂に向かった。量が違うからだ。ロレンスと一緒にいた時間は、二人の頭も体も疲れさせ、栄養補給が必要だった。今日ばかりは行儀悪くがつがつと食べていると、背後で休憩中の騎士の声が上がる。


「お前たち、どこに行っていたんだ。みんなで探してたんだぞ」


「ちょっと野暮用で」

「後で報告します」


「今すぐ報告に行け」


「甘味がまだ」

「いやいや、もう一膳」


 顔見知りの騎士に急かされ、飲むようにかっこみ、報告しに行くと、話を聞いたリックは明らかに機嫌が悪くなった。


「二人とも減給と言いたいところだけど、我慢しよう。ジュリウス君には、それだけの裁量を任せてあるから」


 こんな風に怒らせたのは、初めてかもしれないと内心、冷や汗をかいていた。


「だが、わかっているはずだ。セレスティーナ嬢には護衛がつけてあるのだから、心配をする必要はない。それにもかかわらず、殿下の呼び出しを受けたと言うことは、なにか考えがあるのだろう。だがそれは危険な行為だ。考えなしと言われても仕方がない。言い訳があるのなら聞こうか」


「大変申し訳ありませんでした」


「…………言い訳は?」


「ありません」


 言い切ると、リックの顔に「この頑固者が」と浮かんだ。さすがにぶっきらぼうだったと反省し、恐る恐る付け足す。


「あのう、今回の一件は、私の不徳のいたす所です。至急、改善に努め、再発はしません。誠に申し訳ありませんでした」


 リックがマックスの方を見ると、ジュリウスに同意するように頷いている。納得できなかったが、しぶしぶ謝罪を受け入れ、レイモンドに報告した。


「ジュリウス君は保護者状態になると、話が通じなくなります。妹やレネの例を見ても明らかで、今後、セレスティーナ嬢が絡むとわかりやすく、頑固になるでしょうね……」


 今日の一件の詳細な報告書を読んでいたレイモンドは、どこかぼんやりとしていた。


「レイモンド様?」


「……殿下は、ブラックウェル伯爵家と、ガビン伯爵家に、なぜあそこまでこだわるんだろう」



◇◇◇◇◇◇



「戻りました」


 ジュリウスがセレスティーナの執務室に顔を出すと、セレスティーナとアリアノエルだけでなく、家令や摂政まで取り囲んできた。


「大丈夫だったの。ロレンス殿下に呼び出しを受けたと聞いたわ」

「なにか脅迫でも」

「命の危険は」

「よくぞご無事で」


「すべて報告したので、皆様がお聞きになった以上のことは、特になにもありませんでした」


 全員がほっと胸をなで下ろす。


「それで、一つお願いが。セレスティーナ」

「なあに。ジュリウス」


「この間のようなお茶会を、定期的にしたいのです。できれば週一で」

「構わないけど、頻度が高くない? 私たち、お互いのことはよく知っているし」


「いいえ、よく知らないと、今日思いました。ですから」


「はい、そこまで」


 割って入ったアリアノエルが、てきぱきとお茶会の準備を始め、二人を送り出す。ソファに腰を下ろしたセレスティーナは、早速、今日のことを聞き始めた。リックと同じように、少し機嫌が悪い。


「無事で良かったわ。ジュリウス。でも、どうして、殿下の呼び出しを受けるなんて無茶なことを……。なにか考えがあるのだと思うようにしたけど、どうしても心配が先に立ってしまって。もしただの無茶だったら、一言、言いたい所なのだけど」


「そこです。セレスティーナ」


「……」


「有り体に言わせて頂きますが、セレスティーナは今日の私の判断が、頭では理解できるけど、感情では受け入れられなくて、心配してしまったということではありませんか。つまり私を信じられなかったとも言えますね」


「言い方が悪いけど、でもそういうことかしら。ただの無茶だったら、きつく問い詰めようとまで思っていたわ」


「実は私も、今日、そうだったのです。私が行かなければ、セレスティーナを呼び出すと言われた時に、心配でたまりませんでした。護衛がついているのも、判断力があるのも知っています。それなのに万が一のことを考えると、任せておけないと感じました」


「つまりあなた流に言うと、『私を信じ切れなくて』、無茶をしたの?」


「そうです。あなたになにかあるくらいなら、自分が痛い目に遭った方がましだと思ったのです」


「なんとなくジュリウスの言いたいことが、わかってきたわ。それでその解決方法が」


「このお茶会です。方法は別になんでもいいのです。お互いのことをもっとよく知ることで、緊急事態の時にも相手がどんな行動をとるか、予想がつくぐらいの親しい関係になったほうが安全かと」


「確かに、私たちの前途は多難だものね。絆は強いほうがいいわ」


 急に仕事をするときの口調になった二人を見て、控えていた家令のハンプソンは「チガウ、ソウジャナイ」というように首を振った。それを後ろからこっそり見ていた摂政のホワイトフォードは「それなりに艶のある会話なのに、……何故」と首を傾げていた。


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