大物釣り
話の在庫が少なくなってきたため、更新頻度が落ちます。再開は一週間後の目安です。
「ジュリウス君。山中にこもった犯人をおびき出すには、どんな方法を取る?」
「……」
リックに『突然なぜですか』と質問したい衝動にかられるが、相手は上司だ。質問に質問で返す無能と思われたくない。
「まずは食べ物で釣ってはいかがでしょう。肉や甘い物など」
「相手は警戒している。食べ物は口にしない」
「食べ物を……?」
なんだか妙に感じた。食べる物に不自由する場所で、食べ物の差し入れを受け付けない。被害妄想にでもかかっているのだろうか。それとも……。
「私がその犯人の立場なら、道具の差し入れがあると助かります」
「道具? 例えばどんな」
「矢じりや、釣り針、斧など……」
それまで書類を読んでいたリックが、初めて顔を上げた。
「今までに、食べ物、火打ち石や、ナイフなどを差し入れても反応がなかったんだ。だが確かに斧は持ち去られていた。どういった違いがあると考えている?」
「おそらく……。食べ物を受け付けないのは、毒殺などを警戒しているのでしょう。だから口に入るもの、身につけるもの、すべてを自分でまかないたい。山中にこもっているのなら、必要な道具を作るための時間が、いくらでもあるはずです。ですが、手作りするのが難しいものというのはあります。それが……」
「矢じりに、釣り針、斧か」
その時のリックの表情で、これ以上話さず、すぐに立ち去った方がいいと直感で感じた。そしてそれは当たっていて、直後に船に乗せられ、海峡に向かわせられていた。
そして船と厳選した荷物を与えられたジュリウスは、漂流した無人島ならぬ、島の一角で原始的な生活を送り始める。
「朝晩はかなり冷えるな。雨が来ないことを祈ろう」
季節はもう秋で、なんとか早めに決着をつけたいものだと祈った。
◇◇◇◇◇◇
帝国の船が沈没したとの一報が入ったのは、二週間ほど前のことだったという。問題はその場所が重要な軍事拠点で、四つの国の思惑が絡み合っている場所だということだ。おおっぴらに船を出せるのはジュリウスの国だけだが、入念に捜索するには、各国と連携を取らないといけない緊張する場所だ。
おまけに乗客に重要人物がいたとの連絡があり、普段は仲が悪い国同士が、それを聞いて焦って探しているところだった。帝国側からの捜索依頼には、十四歳の少年と、十歳の少女と。それだけだ。だがどの国も不審に思った。帝国では子どもを、良くも悪くも大事にし、特に少女は簡単に家から出さない。にもかかわらず、なんらかの事情で軍が護送していたほどの身分ときた。
上層部は、呼びかけに応じない不審な少年少女の目撃情報を聞いて、皇族の可能性も視野に入れていた。つねに死と隣り合わせの、帝国の皇子と皇女。鳥かごから外に逃げ出せた以上、自分たちからは出て来ないだろう。
「この辺りの魚はずいぶんと派手な模様だな。さばいてみれば魚だが」
釣り竿を大げさに振ると、ジュリウスは勢いよく針を放った。トリナクリア島の一角で生活を始めて、一週間ほどたつ。ここは帝国の船が沈没した場所から、二十キロほど離れた所にあるとても大きな島で、歴史ある大きな港町がある。
南側に強い海流があり、高い崖がそびえ立つ、人があまり住み着いていないその一角に、『ジョン』と『ジェーン』も隠れ潜んでいた。
魚が豊富な場所で、釣り糸を垂らすとすぐに丸々した魚がかかる。多めに釣って布袋に入れ、余りをため池に放置しておくと、遠くから見張っていたジェーンが、すぐに回収に来るのが遠くに見えた。
根城に戻ると、ジョンが持って行ったのだろう、乾燥させておいた薪が半分ほど消えている。代わりに森で取れる木の実が置いてあって、細かいことを気にしない帝国民とは思えない、律儀な性格のようだ。
二人はいまだ接触してこないが、堂々と姿を見せるようになってきていて、ジュリウスの存在に慣れてきたようだ。その内、話しかけてくれないだろうかと辛抱強く待っていた。
帝国の船から逃れたジョンとジェーンの二人は、トリナクリア島に流れ着いた。波に削られた大きな洞窟が何百もあり、小舟を盗んだジョンたちは、その一つに住み着いている。捜索のための大型船を出しやすい満潮時には、船ごと洞窟に潜り込み息を潜めている。捜索隊が洞窟に入れる干潮時には、満潮時にしか行き着けない洞窟の高台に潜んでいる。ちょこまかと移動し、体も小さい二人を捕まえるのに海軍は苦労していた。
そこで便利屋として派遣されたのが、ジュリウスだ。
野外生活の経験が豊富で、身を守る術に長け、争いごとに慣れている。仕事柄、ある程度の外国語に堪能で、外交の場で要求される交渉ごとを叩き込まれているからだ。
……もっともそれはあくまでも常識の範囲内であって、任務を聞かされたジュリウスは、荷が重すぎると、喉元まで出そうになった。よほど帝国との交渉経験がある、海軍の誰かがやったほうがいいと。だがそんなことが言えるはずもない。誰に適性があると判断するのも、誰に任務をやらせるか決定するのも、上層部の仕事だ。下っ端が口を出すことではない。黙って、装備を整えてもらい、現場海域への船に乗った。
上層部は粘り強く交渉するために、その場所に灯台守のように拠点を作り、個人と船を置く計画を考えていた。それを聞いて、いっそのこと二人のように住んでみると提案したのだ。
捜索隊が来ると姿を消してしまう二人は、ジュリウスが住み着き生活する様子を、最初は遠くから、その内、興味津々に観察を始めた。特に釣り針は、喉から手が出るほど欲しかったのだろう。初めて釣りをした時、強い視線と木陰ががさがさと音を立てるのを聞いた。そして生け簀に使っていた水たまりに、数匹泳がせたまま立ち去ると、ジョンが勢いよく走ってきて魚を手づかみにするのが見えた。
この時、初めてまともに姿を見たが、帝国軍の制服を模した礼服を着ていて、大分痩せていた。それなのに逃げ回っている所を見ると、相当に大変な思いをしてきたのだろうと気の毒になったものだ。
捜索隊が外から持ち込んだ食糧や、道具はなかなか信用できない。そう思っているらしいジョンたちは、なるべくなら全部手作りをしたいのだろう。だがどうしても限界がある。
そう感じたジュリウスは、彼らが見張っているのを感じながら、生活用品や道具を作っていった。彼らの見ている前で木を切り、薪にし、乾燥させる。同じように魚も釣り、釣ってそのまま生け簀に放置する。時には枝を削って、矢も作る。
ジュリウスが来る前は、木の実を取って食べ、自作した弓矢で鳥をとって生き延びていたようだ。矢はどうしたって消耗品だ。おまけに自作のナイフでは切れ味に欠ける。困っていたのだろう。最初に小刀で十本ほど作っておいたら、別の作業をしていたほんの少しの間に持ち去られていた。あんなに警戒心の強い彼らが、持って行くとは、気の毒に感じたものだ。
それ以降は、ジュリウスが二人のために作り、二人がこっそり持って行くという関係ができあがった。
◇◇◇◇◇◇
その日、ジュリウスは食器を作っていた。
時間があったため、すでにかまどが完成しており、そこにたまった灰を使って、自分用にお椀を作れば便利だろうと思ったのだ。無心に作っている最中に、そもそも自分は漂流したわけではないのだから、必要ならば担当に連絡をすれば、すぐに実物が手に入ることを思いだし、なにやら空しい気持ちになった。
そこにがさがさと音がし、木の陰からジョンが現れた。初めて自分から姿を現した彼に、椀を置いて、ひざまづいた。ジョンはおそるおそる、なにか話している。
「初めまして、ジョン……卿。ジュリウスと申します」
本名が分からない上に、相手も名乗る気はないだろう。仮の名前で挨拶をしたジュリウスの言葉を聞いて、ジョンはたどたどしく、この大陸の共通語である隣国の宮廷ガリア語で答えた。意思疎通に問題はないようだ。
『うむ。そちの日頃よりの働きには感謝しておる。それで』
どう話しかければいいのか、少し困っているようだ。
『その。天気がしばらく悪くなりそうであるからして、魚を釣ってもらえないかと……。見返りとして、鳥を捕ってきた』
「かしこまりました。では早速、釣ってきましょう」
目の前にいるのに、果てしなく遠くにいるような隔たりがジョンからは感じられた。ジュリウスの言葉が届いていないようだ。
『……木の実を分け与えてもよい』
「光栄に存じます」
ジュリウスは今までの体験から、例え自分にはそんなものはいらなくても、相手が見返りを求める価値観なら、合わせた方がいいことを学んでいた。それでもジョンは信じられないのだろう。ジュリウスの態度を、なにかの条件交渉だと思ったようだ。
『……足りなければ、わらわの耳飾りを下賜しよう』
黙って従うつもりだったが、そんなことを言われては、たまらずに反論してしまった。
「それはなりません。そういったものは、これから卿が生き延びるための、よすがとなります。大事に備え、大切に取っておかねばなりません。釣り竿はお持ちしますので、少々お待ちください」
ジュリウスは釣り竿を、ジョンの目の前に持ってきて捧げた。
「どうぞ」
『……』
怪訝な顔をしたジョンに渡そうとすると、まるで毒でも塗ってあるかのように後ずさった。
『なにを企んでいる?』
ジュリウスは前にも似たようなことがあったことを思い出し、こう言い直した。
「率直に申し上げます。おわかりかと思いますが、私の任務はあなた方を保護することです。ですが無理に保護する気はありません。なぜなら我が国が、あなた方を保護して帝国に引き渡しても、それほど利益もないからです。むしろ人質にして我が国で温存させた方が、よほど利益になります。つまり我が国にとっては、あなた方は生きている方が役に立つのです。私がここにきてあなた方の食料を用意したり、生活用品を補充したりしているのには、そういった理由があります」
本当ではないが嘘でもない。それにジュリウスには彼らを助けるのに、そんな理由、必要ない。
『……だが、帝国に引き渡すのだろう?』
「卿らが我が国の、役に立たないのであれば」
そうはっきりと言われたジョンは、用心深く黙っていた。考える時間を与えようと、ジュリウスは釣り竿を木に立てかけ、食器を作る作業に戻る。気が付くといつのまにかそっと、釣り竿を持ってジョンはいなくなっていた。
そして釣り竿は二度と戻ってこなかったが、その代わり毎日魚が届けられるようになった。なにか作業をしていると、突然、背後からどさどさという音がして、びたんびたんと激しく暴れる魚が地面に落ちているのを目にすると同時に、走り去る子どもの足音がするのだ。
そういった交流は、あっという間にお互いの距離を縮めていった。
「そこで一目増やします。そうそう、それを繰り返すのです」
寒さには勝てず、釣り竿を貸してすぐ、彼らはジュリウスの根城にやって来て、夜を過ごすようになった。寒さを防ぐために編み物で衣類を作っているが、ジェーンはジュリウスが教えたやり方もすぐに覚え、様々な国のやり方で自由自在に衣類を作っていった。
「それではジョン卿もジェーン姫も、生まれてから一度も家を出たことがないのですか」
『ああ、そういう決まりだったから』
『みんなそうではないの? 気にしたことなくて』
「それなら……、このようなサバイバルの技術はどうやって……?」
『庭でいろいろ遊んで覚えたのだ』
ジュリウスは考え込んだ。確か帝国の建築様式は変っていて、広大な庭を含めて一軒の家とすると聞く。庭を家の外ではなく、家の中に作るとか。
『私たちの母親は軍人で、いろいろ教えてくれたから』
これはまずいことになったなと考えていた。
どれほどの貴人でも、家から一歩も出ないというのは、まず聞かない。おまけに母親が軍人。話を総合すると、おそらくジョンは継承権を持つ皇子だろう。そしてジェーンはその同母妹、つまり皇女だ。こうなると保護したら、引き渡さないわけにはいかない。だが返したら幽閉の挙げ句、いずれは殺される可能性が高い。
帝国では皇位継承の際に、邪魔になる兄弟を殺すことが、制度として認められている。継承権を持つ子どもは幽閉されて育ち、用がなくなれば……。だから二人は、必死に逃げているのだ。
しかしジュリウスの気持ちはどうあれ、国としては帝国を敵に回すようなことはしたくない。むしろ皇子皇女の首二つで、恩を売れるのなら喜んで売るだろう。
『なにを考えている。私たちを売ろうというのか』
「それはまあ、そうできれば、どれだけ楽か。ですが、こんな年若い少年少女を、そんな目に合わせる気にもなれません」
『……』
つい本音を漏らすと、二人はなんだかしょんぼりしてしまった。だが死が待っている二人に、お世辞を言って誤魔化す気にはなれなかった。
ジュリウスも妹のシェリーと二人で、サバイバル生活をしたことがある。例のごとく、父オルダスに、山に置き去りにされたからだ。あの時は、小さかったシェリーを巻き込んだということで、祖父のゲイアスがかんかんになって怒り、オルダスと殴り合いの喧嘩をしたそうだ。
一方、ジュリウスとシェリーのほうは、父親のせいで山の生活に慣れていたし、必要な道具は持ち歩くようにしていたので、生活自体には不安はなかった。だが小さな妹を連れていると思うと、とにかく責任を感じ、気が重かったものだ。二人は、なんだかんだ言って、祖父が迎えに来てくれるだろうという絶対的な安心感があった。だがジョンとジェーンは、たった二人きりで生きていかないといけないのだ。
それを思うと、祖父のようにとまではできないが、少なくとも目上の人間として、なにか助けになれたらと考えていた。
「お二人は……今後、どうされるおつもりですか。ここに住むのは無理です。冬を越せません」
ジェーンが何度もちらちらと、ジュリウスを見る。
『亡命……したいの』
それはそうだろうと、大きなため息が出た。問題は、ジュリウスは帝国の友好国の国民だということだ。
「亡命したとして、行き先はどこになさいます。それと財産はありますか」
『できれば、我が国と敵対している大公国に行きたい。当面の生活費はなんとかなるが、後は母方の伯父たちに、生活費を工面してもらうつもりだ』
皇子皇女は働いたりなんかしない。一生、なにもせず暮らすが、まあ、伯父だけで何十人もいる世界だ。なんとかなるだろう。だがこの二人を連れて、亡命を成功させるにはどうしたらいいのだろう。
男爵家の人間である以上、その意向にジュリウスは従わなければならない。そして主従関係にあるボウエン伯爵家の、利益になるように動かなければならない。ましてや国が帝国に協力するために、皇子皇女を引き渡せと命令するならば、黙ってその通りにするしかない。例え殺されることが、わかっていても。
だが、そうはいっても人間だ。人道的行為に反するとわかっている判断には、抵抗がある。それはおそらくこの件に関わっている軍人たちも、大なり小なりそうだろう。とくに海軍は陸軍に比べると、リベラル派が多い。山狩りをして強制的に捕まえれば早いにもかかわらず、こんなまどろっこしい手段を取っているのもそのためだ。未来ある少年少女たちに、せめて猶予と機会を与えたいのだ。
「……」
なにか方法はないだろうか。国が引き渡すと判断したとしても、それを防ぐ方法は……。
最悪な人物が頭に思い浮かんだ。第一王子と敵対している、第二王子ロレンス。思想も対立し、権力を持ち、資金もある。彼なら国の決定と、渡り合うことができる。だが人間的に信用できない。二人の希望を聞いたジュリウスは、報告のために一度、母船に戻ることにした。
◇◇◇◇◇◇
「まあ、妥当な希望だな」
「叶えてはやりたいのだが」
「国の判断がどうなるかは」
上層部が話し合っているのを、黙って聞いていた。久しぶりに会うリックに話しかける。
「国はなにか判断を下しましたか」
「迷っているようだな。そのせいか公式に、お二人と会うのを避けている」
その時、扉が開いて第二王子のロレンスが入ってきた。
部屋の中にいた全員が条件反射で立ち上がると共に、静かになる。物騒な人物が、なぜこんな本国から離れた場所に現れたのか。全員が驚愕していたが、立場ある者たちは、歯を食いしばって動揺を隠した。
「帝国の皇子が、保護下にあると聞いてね。私の名において、彼らの亡命を受け入れよう。そして我が国が国益より、人道を優先することを諸外国に宣伝せねば」
柔らかな笑みで頼もしいことを宣言するが、問題なのは人柄だ。ロレンスの思想はいつも高潔だが、理想のためにはどれだけ犠牲が出てもいいと、思っている節がある。犠牲。つまりその宣伝のためには、他国の皇子皇女の希望など、取るに足りないと思っている可能性があるのだ。
ロレンスの目に止まらないよう、ジュリウスはさりげなく、じりじりとリックの後ろに下がった。リックはまだいい。将来のダイアー伯爵だ。だが吹けば飛ぶようなジュリウスは。
「この件の交渉担当は誰だね」
「彼です。ラムレイ男爵家のジュリウスです」
駄目だった。ジュリウスのことなど、興味がないのだろう。そう聞いたロレンスは、社交辞令の笑みを浮かべ、明らかに顔だけこちらに向けた後、責任者の方を向こうとして、ジュリウスに向き直った。
「お前の顔は……どこかで見たことがあるね」
「……」
「ああ。弟のルークとよく一緒にいる護衛か。…………ふうん。器用なんだね」
その後、打ち合わせを終えたロレンスが部屋を出る頃には、その場にいた全員が、冷や汗をびっしょりとかいていた。
「すまない」
隣にいたリックが、突然、謝ってきた。
「まさかこの仕事に、殿下が絡んでくるなんて思わなかった。ジュリウス君。目をつけられたかもしれない」
「……」
自分の不運を嘆き、ジュリウスは頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。とにかく目立たないようにと、自分に言い聞かせる。なにも言っては駄目だし、目に止まらないよう大人しくしていないといけない。なんとしても殿下の印象に残らないよう、影の薄い存在になるのだ。
◇◇◇◇◇◇
蒸気船で、ロレンスと、ジョンたちの所に向かいながら、ジュリウスはミミズクになったつもりで手すりに擬態していた。幸いロレンスは、虫けらには興味がないようだ。
入り江に降り立つと、ロレンスの周りを一時、護衛が取り囲んだが、それでは皇子たちが出てこないだろうと、予め決められた護衛一人と、計三人で根城に向かった。高台から見ていたジョンは、手旗信号で最後の護衛を下がらせると、潮が満ち始めた岩場で、ジョンとジェーン、少し離れてロレンス、その間にジュリウスが立って、会談を始めた。
「この度のこと誠に心を痛めております。殿下方に心を寄せるものは、少なくありません。どうぞ我が国にいらして下さい。そのお立場を一生涯保証いたします」
ロレンスの二人への言葉を聞いて、ジュリウスは暗い気持ちになった。なにを企んでいるのかは知らないが、自分の都合の良いように利用するだけだろう。おまけにそれを高潔な使命のためだから、仕方がないことだと、なんの憐憫も示さないに違いない。
ジョンたちがついてきてしまったら、故国と同じように鳥かごに監禁され、宣伝に使われる。そして万が一政変でも起きれば、あっさりと切り捨てられ、殺されるだろう。なにせその方が帝国の怒りを買えて、国王と対立しているロレンスにとっては、絶好の機会…………。
そう考え、まるで貧血になったように頭がくらくらし、視界が狭くなった。
(まさか……それが狙いなのか?)
国と帝国の蜜月関係を簡単に壊せる、手駒が手に入ったのだ。月よりも高いプライドを持つ帝国は、皇子の殺害など絶対に許さないだろう。血で血を洗う戦が起き、大陸が火の海になる。
目の前で条件交渉をしている二人の会話を聞きながら、どうやったらこの事態をおさめられるか必死に考えた。だがロレンスの目には止まってはいけない。そんな方法……。
「これ以上ない条件だと思います。どうなさいますか。皇子殿下、皇女殿下」
立ったまま、視線を誰とも合わさないまま、ジュリウスは考えを巡らせていた。なによりも保身を考えなければならない。ロレンスは敵に回してはならない相手だ。そうやってしばらくすると、黙って考えていたジョンが声をかけてきた。
「ジュリウス…………」
反射的にジョンを見てしまい、なにかを言おうと口が開いてしまった。歯を食いしばってこらえる。自分はなにを言うつもりだったのだろう。あの男は危険だと。そんなことを口にしてしまったら、家が、家族が、どんな目に合うかわからないというのに。
だが黙って二人をロレンスに引き渡せば、彼らの命の保証がない。自分を頼ってくれた、こんな幼い少年少女を見殺しにするのか。ジュリウスの頭の中を様々な考えが、ほんの一瞬で駆け巡った。
それを見たジョンが、ふっと笑ったのだ。
皇子皇女として教育されてきたジョンとジェーンは、たくさんの使用人にかしずかれ、人を動かすことに長けていた。そしてそんな環境で育ち、どんな人物が信頼できるのかを…………知っていた。
再会した瞬間、ジュリウスが自分の主人を警戒しているのが、伝わってきた。そして目が合った瞬間、なにか言いたいことがあることも。残念ながら、なにが言いたいのかまでは、わからなかった。だがそれは問題ではない。
なぜならジュリウスが、二人のことを心配しているのが、簡単に見て取れたからだ。
「ロレンス殿下。私たちは大公国に亡命します。連絡をつけて頂けませんか」
「…………我が国の大使館に、いえ、直接、私の友人に連絡を取りましょう」
計画が自分の思いどおりにいかなくて、少しいらついたのだろう。なんとも言いがたい不気味な笑みを浮かべたが、噂通り有能と評価されるだけあり、すぐに気分を切り替えて、てきぱきと手配を進める。
さすが王族なだけあり、大公国の知り合いに連絡を取ると、寄港していた大公国海軍に、その日のうちに身柄の保護を依頼することができた。
おかげで保護された皇族を、それとは気づかずに、第二王子が現場の独断で亡命させてしまったという建前をとることができ、国はほっと一安心だ。ロレンスは確かに問題が多い人物だが、仕事面に関しては頼りになるようだ。ただカミソリのような切れ味鋭い人物で、近寄ればなにに巻き込まれるかわからないだけなのだ。
ジュリウスは上司リックの手配で、ロレンスから逃れるように現場を離れることになった。保身第一とは言え、二人に挨拶もできず、後ろ髪引かれる思いで島を後にするしかない。
◇◇◇◇◇◇
数年後、新聞に「鳥かごから逃げた月」という記事が掲載された。
国が保護し、大公国に亡命させた、帝国の皇子皇女の記事だった。
監禁はされていたが、同時に華やかな宮廷生活から逃げだし、一転して、亡命という日陰の身。
一通り話を聞いた記者に、亡命生活の支えとなっているものはと聞かれた皇子と皇女は、どう見ても安そうな釣り竿と、粗末な編み棒を自慢した。
「これは我々を案じてくれた、友からの贈り物だ」
「値段などつけられないほど、貴重なものなの」
どんな友人なのかと記者が尋ねると、こう答えた。
「とても手先が器用で、料理と釣りが得意だ。面倒見が良く、無欲で、我らのことを打算ではなく、心配してくれた。今でも感謝している」
「本当ね。お兄様」
「しかしあんなに優しいと、誰かにひどい目に合わされているのではないかと、心配で仕方がない」
「そうなのよね」
「いつか会いたいものだ」
「ええ」
そんな会話が掲載されていた。
「……そんなに優しいつもりは、ないのだが。まあ、確かにお人好しではあるかもしれない……」
二人が生きていることに安心したジュリウスは、自分を心配してくれるほど、成長した姿に感慨深かった。子どもが大きくなるのは、あっという間だ。記事の内容に、面はゆいし、ちょっと照れを感じる。
いつか会えるようにとの願いを、ジュリウスもかけ、そっと新聞を閉じた。




