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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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「執念深い蛇」

ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。

人物関係については、「登場人物一覧」もあわせてご参照ください。

「進学」「棚からぼた餅」「カナリヤ」


「呪われた子ども……ですか?」


「そうなの。ブラックウェル伯爵領の、ティモセウス谷にある村に、呪われた子どもがいるそうなの。村人による陰湿な嫌がらせが発生していて、迫害されているらしいわ。でも保護するのも地元の人は嫌がっていて……」


 仕事中に、セレスティーナから頼まれたジュリウスは、自分で行く事にした。


「俺が行こうか?」


 同僚のワイリーにそう声をかけられるが、差別による迫害なら、身分が高い方が行った方が確実だろう。それにブラックウェル伯爵領は、王都から馬で四日もあれば行ける。しかし話を聞いた家令たちが、どうせ領地に行くのならと様々な用事を言いつけ、なにやら大所帯で移動する事になった。



◇◇◇◇◇◇



 レナードの祖父タナシスが、どこから来たのか誰にもわからない。


 ある日、ふらりとティモセウス谷に現れて、居着いてしまったそうだ。その時にはもう、女の赤ん坊を連れていた。外国語なまりのあるタナシスは、まるで貴族のような美しい姿をしており、立派な体格と合わせて、人々を魅了し、村の女たちは夢中になった。


 普通なら嫌がられる流れ者が、憧れの的になり、女性たちは競って侍ったのだ。それはつまり村の男たちの憎しみを、一身に受けたということでもある。小さな共同体では致命的だった。


 だが年々それは改善されていく。なぜなら、赤子は父親そっくりに、美しく成長していったからだ。今度は村の男たちが夢中になり、時には多少暴力的になりながら、あらゆる手段を用いて手に入れようとした。しかし最悪な事に、村に測量の仕事で来ていた、線の細い流れ者の男とできてしまったのだ。


 その結果、村の男からも女からも憎まれる夫婦と、その子どもレナードができあがった。田舎で絶対にやってはいけない、目立つということをした。


 両親は、どこか浮世離れしていて、この境遇を改善しようとはしなかった。ただ憎しみを甘んじて受け止め、黙っている。ただ一人、この状況がおかしいと感じ、なにか工夫したいと考えるレナードが、様々なことを試し見るも、どうしても空回りしてしまうのだった。


 買い物に行くと、まわりからひそひそと噂され、笑われ、レナードは注文を無視されたり、おつりがもらえなかったりもする。相手が女性だとまだ当たりが柔らかいが、男性の場合は殴られる事もある。


 何倍も体の大きい村人を相手にして、怖いし、みじめだし、なにより……傷つく。そう思われていないようだが、レナードだって人間だ。


 その内、人をおだてるというやり方を覚えた。村人に媚びを売り、高圧的な態度をどうにかしてもらい、なんとか物を売ってもらうのだ。頭をへこへこ下げて、時には誰かにおもねって、男性から物を買うという、難しい用事をかわりにしてもらう。


 それでいいはずだった。生きる方法の一つであるし、別に恥ずかしくなんか……ない、はずだ。だってそれ以外に、方法がないのだから。


 だが市場に顔を出すと、村人たちに笑われるのだ。


「ああ、あいつ、また、尻尾振ってるよ」と。

「恥ずかしくないのか」と。


 初めてそれを聞いたときは、顔にへらへらとした笑いを浮かばせたまま、帰り道で涙が溢れて仕方がなかった。そこで自分の本心に気がついてしまった。


「恥ずかしい」と。


「やりたくない」し、

「悔しい」と。


 だがそんなことを考えてもなんの意味もない。心を殺して日々を過ごすしか方法はない。


 だから大きくなり、暴力をふるってくる大人がいない学校に、通えるようになったのが嬉しかった。ティモセウス谷では、村の中心地に人や家が集まり、その周囲の広大な地域に家が点在している。学校は平日にあり、村の子どもたちはそこに通っている。一方、通えない距離の子どもたちのために、日曜日の教会での礼拝が終わった後に、特別に授業を設けている。


 有り難い事に自由に参加できるため、例えノートやペンがなくても通っていた。一週間に二時間の授業だが、自分自身の生活をどうにかしたいレナードに取って、大事な時間だ。なにより、ここには年の近い子どもたちがいるのだ。一生懸命、自分が魅力的に見えるよう、利用価値がありそうに見えるよう、へりくだった。


 だがそんな努力は無駄だった。最初は反応が良かった子どもたちも、妙におどおど距離を取るようになり、終いには馬鹿にしてくる。


 一人だけ良くしてくれた少し年上の少女には、はっきりと言われた。


「あなたと付き合うと、仲間はずれにされると、親に注意された」と。


「そうなんだ」


 これ以外になにが言えるだろうか。


 レナードは、もう学校に行きたくなかった。集団の中で浮いているのはわかっている。でも生き抜くために、無心に学び続けた。自分の人生を少しでも良くするために。だってこれ以上悪くなる事があるなんて、その時は考えもしなかったのだから。



◇◇◇◇◇◇



 十二歳になった頃、顔や体を洗うと、妙に固く感じるようになった。その内、親からもなにか変だと指摘されるようになり、ある日、レナードを見ると、いつもにやにやしていた雑貨屋の店主が、急に真剣な顔をして大声を出したのだ。


「おい、それ、ウロコじゃねえか!」


 後はもう、滅茶苦茶だった。レナードにはうろこが生えている、「呪われた子ども」だと、大騒ぎになった。


 村長と司祭が、病気だと説明して回ってくれなかったら、とっくの昔に殺されていただろう。特に司祭の、「すべては主がお決めになる事。我々の行動の一つ一つを見ているのです」という、厳しい説教がなかったら駄目だったろう。だが同時に、自分はどうしてここまで、神に嫌われているのだろうという、考えをどうしても頭から消す事ができなかった。


 少しでも人前に出ると、恐れられ、逃げられ、石を投げられる。日中は山に隠れ潜んで、山菜を採って糊口をしのぐ日々。


 こんなことがずっと続くのかと思うと、涙が止まらなかった。そして、こんなことで泣いてしまう弱い自分が嫌だった。散々迫害され慣れているのだから、もうなにも感じなくなってもいいはずだ。心なんてものがなければ、どれだけ楽だろうと何度も思う。


 そんな感覚も段々麻痺し、淡々と日々を過ごすようになった。その内、自分はこの世にいらない存在なのではないかと、静かな心で思うようになる。しかしこの世にレナードを、引き止める人々がいた。浮世離れしているとはいえ、やはり両親は心配らしく、まめに面倒を見てくれ、時々だが、村長や役場の人、司祭様が差し入れにきてくれる。


 そしてある時から話を聞いた、保安官が訪れるようになった。彼はこう言ったのだ。


「もう少し大きくなったら、都会に出てみないか」と。


 なんの希望もなかったレナードの人生に、光が差したのだ。



◇◇◇◇◇◇



 馬車に乗った研究者三名と一緒に、ジュリウスはティモセウス谷を訪れた。


 村長は今回のことで弱り切っていた。谷の住人は呪われた子どもなど、燃やしてしまえと、過激に考えるものがほとんどだ。いまだこの辺りでは、呪いや魔術、魔女の存在などが信じられており、人々の恐怖は本物だった。教育を受けている上層階級である村長は、呪いなど科学的根拠がないとあるていど理解できるが、同時に村人たちの恐怖心もよくわかるのだ。


 村長と役員、一帯の顔役、ティモセウス谷の保安官、研究者たちとジュリウスが、レナード宅をぞろぞろと訪れても、少年は現れなかった。人が大勢来たことで、身の危険を感じて隠れているのだ。


 じっと待つ事にし、ジュリウスたちはその地域の水質や土壌、植物などの調査を始めた。レナードの病気が、地質や水質に関係がある可能性も考えていたからだ。気長に作業するつもりでいた研究者たちと話していると、突然森の中から少年が現れた。


「もう帰ったほうがいいです。灰色オオカミの糞が近くにあったから」


 手や顔を泥で汚し、汚いフードを目深にかぶっている少年が、レナードなのだろう。ジュリウスは姿を現しては危険だと考えているにもかかわらず、オオカミの接近を教えてくれたレナードに好感を持った。さてどうしたものだろう。こちらから声をかけても逃げてしまうだろう。


 その時保安官が声をかけた。


「レナード。こちらへおいで」


 レナードは人の中に保安官がいるのに気がつくと、安堵したように近寄ってきた。保安官はこの谷の出身だが、学生時代を王都で過ごしており、理性的な人間だ。


「悪いけど、顔のうろこを、この方々に見せてくれないかな。この方たちは王都から君を見に来た学者先生なんだ」


 明らかに嫌そうだった。だが目上の人間の指示に従い、フードを取ると、中から十二三歳くらいの少年が現れた。実際は十五歳と聞いているが、栄養状態が悪いのだろう。泥で汚していてもくっきりとした、整った目鼻立ちをしていた。保安官が水で軽くレナードの顔の両脇を拭くと、皮膚がうろこ状になっているのがわかる。


「これは……」

「すごいですな」

「なんとまあ」


 研究者たちとジュリウスは、見事なうろこに衝撃を受け、しげしげと観察を始める。レナードは流れ者の子どもということで、つねに忌避されており、さらにはうろこのようなものが出たことで、距離を置かれてきた。まさか王都からきた人々が、こんなにも近くで、しかも時には触って確かめるなど、すさまじいカルチャーショックだ。挙げ句の果てに、服をぬがせて観察したいと言いだし、レナードは必死に首を横に振り、拒否の姿勢を貫いた。


「とりあえずこの少年は、すぐに王都に連れて帰って、研究……いや治療に当たりたいですな」


「そうですね。この状態をできれば保存、いえ、皮膚を剥が、いえ、皮膚のサンプルを取りましょう」


「どんな治療方法で、どんな変化が起こるのか実験……、ゴホゴホ、記録を取らないと」


 研究者たちの発言に不穏な空気を感じたレナードは、助けを求めるように保安官を見て、保安官も不安そうな目をしている。レナードの前に、ジュリウスは膝を突いて泥で汚した。


「初めまして。レナード。私はジュリウス・ラムレイ。ここの領主のブラックウェル伯爵家に仕えている者だ。主から領民である君と君の両親を、保護するように命令されている。だから安心してくれたまえ」


 保安官との交流から、相手を子ども扱いせず、自己紹介までしてくれるような人物は、信用していいと、レナードは学んでいた。


「それと先生方。レナードは私の保護下にあります。あまりはしゃがないで下さい」


 注意された研究者たちは、首をぴょこっと引っ込めた。


「ちょっとぐらい」

「貴重なのに」

「めずらしい症例が」


 ジュリウスはきっぱりと言った。


「駄目です」


「「「はーい」」」


 しぶしぶ諦めた研究者たちが、残りの調査をするのを護衛しながら、レナードと世間話をしていると、彼が勉強だけではなく、王都の事情にまで精通しているのに気がついた。


「誰に教わったんだい? レナード」


「保安官に」


 視線を送られた保安官は、少し照れたように笑った。


「レナードは頭の良い子だったので、都会に出る機会を作れたら、なんとかなると思いまして、いろいろと。それにしても各所に保護要請を出しましたが、まさか領主様自らが人を寄越して下さるとは、思いませんでした」


「様々な事を教えて下さったんです」


「ただしゃべっていただけです。レナードに学ぶ気がなければ、無駄に終わったでしょう」


 安心したようににこにこする保安官を見て、良い方に面倒を見てもらっていたのだなと、ジュリウスは心が温かくなった。


 早速、移送したほうがいいだろうと、村長宅に行くと、久しぶりに姿を現したレナードの姿に、村人が集まってきた。村長宅を驚くほどの人数が取り囲み、口々にレナードを出せと騒いでいる。


 騒ぎを静めるために外に出た村長は、今ここに保安官や、王都の偉い研究者たち、そしてラムレイ男爵家の若君が、領主の使いで来ていることを告げた。一触即発だった村人たちは、ぎょっとして後ろに下がった。一人が代表するように前に出る。


「蛇野郎が王都に出ると聞きやした。そんなのおかしくありませんか。都会に出られるのは、一年に一人。そう決まっているのに破るなんて。おまけに奴は試験を受けていません」


「静かにしろ。それは将来のある、優秀な子どもを選んでいるだけだ。今回は特殊な例で」


「ずるいです。奴は流れ者で、村になんの貢献もしていません。それなのに都会に出られるなんて」


 状況を見守っていたジュリウスたちの元へ、騒ぎを聞いて司祭が歩いてきた。


「困っている隣人に手を差し伸べるのが、おかしなことですか。それに……村になんの貢献もと言いますが、つまはじきにしているのはどちらなのでしょう」


 穏やかに正論を説かれ、村人たちは黙ったが、どうしても納得できないようだ。村長や司祭が、村人と対立するのは避けなければならない。ジュリウスは自分の横に、レナードを立たせた。


「先ほど、私が『試験』したが、彼はたいへん優秀で、王都に連れて行くに値すると判断した。小等科卒業程度の知識がある」


 そう告げると、村長も司祭も驚きそうになり、表情を変えないように、ぐっとこらえるのが、ジュリウスの角度からわかった。


 大勢の前で、司祭による簡単な質問にレナードはよどみなく答える。計算や、身近な現象、常識などを、自分の頭で考え、自分の言葉で答えている事が伝わり、皆、それ以上の文句は言えなかった。文句どころか、なぜそんな知識を知っているのかと、声を失っている。


 彼らにとってレナードはつねに見下し、鬱憤を晴らすネズミであり、自分たちより高みを行く存在ではなかったからだ。


 肩におかれたジュリウスの手の力強さを感じながら、初めて村と村人たち、そしてその後ろのティモセウス谷を、レナードは真っ直ぐに見た。景色がこんなにまぶしくて綺麗だと感じた事はなかったし、村人たちの小ささに内心驚く。自分が大きくなったように思え、同時に小さくも感じた。これだけの村人の前で、胸を張って立つなんて、隣のジュリウスがいなければできないことだったろう。


 レナードは何度も無駄だと思い諦めようと思った勉強が、これから村を出ようとする自分を守ってくれたことを思うと、投げやりにならなくて良かったと心の底から思えた。


 そして村を出るこの時になって、どうして自分が諦めずに勉強を続けていたのかがわかった。


 ここを出たかったのだ。


 呪いを信じる人が少ないという都会に行きたかった。でもそんな願いが簡単に叶うなんて思わなかったから、ずっとそんなのは無理だ。どうせ失敗する。叶わない夢だと。勉強だって惰性でやっていると、自分で自分に言い聞かせていた。けれども本心ではどうしても出たかったのだ。夢が叶い、自分の心の中に、こんなにも強い思いが眠っていたことがわかる。


「ここを出られる」


 そう思った瞬間、レナードの目から涙が溢れ、落ちた大粒のしずくが地面に落ちて、ぱたんと響く音を立てた。涙は次々に伝い、顎も、胸元も、膝も靴も濡らしていく。


 それを見て村人たちは、裏目に出たという顔になった。調子に乗って迫害するあまり、必ず一匹は必要な生け贄に逃げられてしまったのだ。勘の良い者はもう次の準備を始めている。レナードに逃げられる以上、新しいはみ出し者が必要だ。今まさに、ここでそれが選ばれるのだ。そんなことが彼らの顔に書いてあった。


 だがレナードはそんなもの、もう見ていなかった。別れを告げるために、ティモセウス谷の美しい景色を、自分の胸に納めていたのだ。




 王都の病院に連れて行くと注目を浴び、医師たちが入れ替わり立ち替わり観察に来た。


 うろこは背中側がひどく、まるで背後から蛇に巻き付かれたような痕が、左右対称にある。他は服を着ていればわからないが、首の後ろと、顔の頬の両脇に目立つうろこがあり、そのままでは社会生活は難しそうだ。


 王都でも、こういった症例を呪いだと恐れ、忌避する者はそれなりにいる。だが呪いを信じていない人間の割合が、田舎に比べると圧倒的に多く、医師の助言で布製のマスクをして生活することになった。


 病院では、すきあらば服を脱がそうとする医師や、鋭利なメスと採取用瓶を持って迫ってくる医師に怯え、レナードは、ジュリウスにしがみついている。終いにはきれいに採取できたうろこに高値が付き、自分の呪いが、王都という場所では、まったく違う意味を持つのだと驚くばかりであった。



◇◇◇◇◇◇



「主の前では行儀良くするように」

「はい」


 古い城を再利用し、その上にさらに木造の館を、ブラックウェル伯爵家では建てていた。これが城というものなのかと、レナードは衝撃を受け、セレスティーナに引き合わされる。


 症例そのものには、セレスティーナはあまり関心がなく、代わって義兄のアリアノエルが興味津々に観察を始めた。引っ込み思案な、侍従のアルフもめずらしく近寄ってくる。


「医者の話では皮膚疾患と思われるそうなんですが、遺伝性か、風土病かまではわからないと」


 そんな会話をしていると、伯爵家の家令ハンプソンと、摂政ホワイトフォードが、せかせかした足取りで部屋に入ってきた。いつも落ち着いた二人が、めずらしく興奮している。


「この少年が噂の……」

「この少年が例の子どもかい」


 二人は早速、かじりついて観察を始め、家令のハンプソンはなにかを早口で話している。目がギラギラしており、レナードは既に及び腰になっていた。セレスティーナがため息交じりにつぶやく。


「我が家の男性たちは、妙に子どもっぽいところがあって、魔法やロマンみたいなものに憧れるの。謎のウロコなんて聞かされたら、もう……」


 年配の男性二人が興奮しているのを見て、またため息をついた。


 ジュリウスは無表情だったが、同じく子どもの頃にそういった小説にはまっていたから、気持ちはわかる。ロマンはロマンなのだ。


「レナード。医者に話した事を説明してくれないかな」


「はい。三年前にさわると皮膚が固く感じるようになって、気がついたら……。それと、隠していましたが、亡くなった祖父にもあったと思います」


「「左様で」」


 真横にいたハンプソンと、ホワイトフォードが食い気味に相づちを打った。レナードの話では特に、その前後に食事や、風土が変った事はないという。


 少し早口でハンプソンが、レナードに指示する。


「それなら、まずは食事だ。栄養の良いものをたくさん食べて、様子をみること。口に入れるものは水に至るまで日誌に記録するんだ。レナード。あと好き嫌いも記録したまえ。体からの情報は重要だ」


「それとレナード。その祖父君はなにか残さなかったかい?」


 ホワイトフォードの質問に、引き気味のレナードが答える。


「特になにも」


 その場にいた全員が少し考え込んだ。


「他の村人から見て、君のお爺様が違うと言われたことはないかい? なんでもいい」


「……祈り方が、違うと言われたことがあります。熱心だなと」


 ジュリウスの問いに、心当たりを答える。


「どんな風に?」


「一日に何度も祈るんです。その度に十字を切ったり、時には床に膝をついたり」


 レナードの話や外見から、実は亡くなったその祖父とやらは、外国の名のある士族である可能性はないだろうかと、ジュリウスは考えていた。どうやって調べるかと考えていて、ふと思いつく。


「レナード。君のお爺様の話し方を、真似してみてくれないか」


 たどたどしい真似を聞いて、その場にいる人々がはっとする。


「この特徴的な訛り……」


「「エラース……ヘラス語ではないですか?」」


 ハンプソンと、ホワイトフォードが同時に発言した。


 訛りというのは特徴があるものだが、エラースのは特にはっきりしていて母音の発音が独特だ。その上、熱心な礼拝と来ては、まず間違いないだろう。


「当時の入国記録などからあたってみましょう」



◇◇◇◇◇◇



 三ヶ月後、またレナードをセレスティーナの元へ連れていくと、ハンプソンと、ホワイトフォードが喜び勇んで駆けつけてきた。そしてレナードを見て、にこにこし出す。


「たった三ヶ月で、こんなにひょろひょろと背が伸びるとは」


「若いですなあ」


「本当ね、すごいわ」


「うろこのほうは……、このようにきれいな状態になってきました」


 ジュリウスがレナードのマスクの下を見せると、栄養が行き届いてつやのあるうろこが出てきた。


「美しいわ。まるで細工物みたい」


「なにやら、蛇の精が宿っているような」

「いいな。それ。ちょっとかっこいい」

 ハンプソンが嬉しそうに言った言葉に、ホワイトフォードが少しわくわくしながら答える。


 その後の調査結果を、ジュリウスはレナードに報告する。


「レナード。調べてみたところ、君はエラースの没落した男爵家の血筋を引いている。君のお爺様はなんらかの理由で出奔したようなんだ。なにか理由があったのか、もしかしたらその皮膚病が原因なのかはわからない。詳しく調べるかい」


「…………わかるのなら調べてほしいです。でも…………わからなくてもいいです。俺、過去より、早く、未来に進みたいです」


 気になるだろうと思っていたジュリウスは少し驚いて、言葉に詰まった。しかし迷いのないレナードを見て、なにか考えがあるのだろうと、うんうんと頷いた。セレスティーナが続きを話し出す。


「あなたは優秀だから、このまま勉強を続けてくれるのなら、ここで雇おうと思っているの。お給料や待遇は保証するけど、そのかわりずっと勉強を続けていかないといけないわ。ついてこられる?」


 その問いかけに、レナードはにっこりと微笑んだ。そして自信を持って答える。


「はい。俺、勉強好きですから」


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