表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/88


 ブラビン子爵家の長男で跡取りのアルマンは、家族に愛され育った。


 そのためのんびりしているように見えるが、自分の思いどおりにならないと、機嫌が悪くなる面もある。そういった面は長い事目立たず、教師などから指摘されるだけだったが、学院の中等科に入って、急に目立つようになった。我慢しなければならないことが増えたからだ。特に数は少ない物の、家では王様のアルマンよりも、身分の高い生徒が存在する事が大きい。


 そしてなにより、その頃に縁組された婚約者の存在だ。相手に合わせて会話し、エスコートする。そんなことを、義務だし仕方がないと割り切る事が、どうも上手くなかった。


 避暑の時期なると母方のカレガリ伯爵の所有する、美しい湖沼地帯の別荘と、北の海の都と呼ばれる幻想的な街の別荘でアルマンは過ごす。毎週、利用している喫茶室は、高級ホテル・カリヤニの特別エリアで顔パスだ。貴族でも関係者しか立ち入れない、美術館や自然博物館の非公開エリア。


 何曜日はここに行くと決め、この季節はここに行くと決め、彼の人生をどう送るかまで決めていた。結婚式をあげる教会はどこそこで、新居はここ、どういった新婚生活をどんな風に送るかなど。


 だがそれにいちいち逆らう人間がいる。それが婚約者のアウレリアーナだ。彼女は母方のカレガリ伯爵の直系で、続柄は従姉妹にあたる。二人で会う時に気に入った場所、気に入ったメニューを頼むと、「たまには場所を変えませんか」などと言われた事まである。


 彼女も歩み寄ろうとしているようには見えるので、それは認めてやりたいとは思うものの、一緒にいると苦痛にしか感じられなく、徐々に距離を置いていった。


 そうすると周囲が気にするもので、遠ざけている理由を、気を遣って説明する。自分本位で独善的な所があると。学友全員から、「とてもそうは見えませんが」と否定され、一部からは「考え直した方が良い」とまで言われた。一体、なにを考え直せというのだろう。婚約をだろうか。


 アウレリアーナと離れて過ごすのが普通になった頃、美しい転入生が来た。


 彼女はラーナ伯爵家の次女ネヴァディアと言って、高等科の第二学年が始まった頃、いきなりやってきた。話の内容がぽんぽんと飛ぶ傾向があり、自分の意見をはっきりと言う割には、相手の意見を黙って聞く礼儀正しい女性だ。


 学友の言った、「驚くほど他人に興味のない性格」という発言は気になったものの、どこか浮世離れした華やかさに目が離せない。


 まるで以前から親しかったかのように気が合った。アルマンが話していると、ネヴァディアも思いついた話題を重ね、二人同時に賑やかにしゃべる。こんなに『会話』が弾む女性は初めてだ。


 最初の頃はさすがに婚約者に悪いように思ったが、どうしても心を抑えきれず、休みの日も会っている内にそれが普通になってしまった。アウレリアーナが別に怒っている風でもない所が、後ろめたさを感じなかった一因かもしれない。


 そうやって二人きりでいる事が多かったから、ネヴァディアに女性の友人……いや友人そのものが少ない事に気がつかなかった。なぜならアルマン自身も同じ欠点があり、その上で自分が普通だと思っていたからだ。


 二人は醜聞になりそうなお出かけを繰り返し、自分たちの評価を落とすと共に、アウレリアーナの評判も悪くしていった。しかし不思議な事に、彼女はそれを止めようともしなかった。



 だが伯爵令嬢が、婚約者のいる男性と会っているのはさすがに外聞が悪い。高等科二年の終わり頃に、三家で話し合いがもたれ、アウレリアーナとの婚約は解消され、ネヴァディアとの婚約が締結される。


 その席でカレガリ伯爵はこう発言した。


「率直に言って、アルマンを始めとしたブラビン子爵家の人々の、非常識な振る舞いにはうんざりしている。絶縁とまでは行かないが、今後は常識的な付き合いのみに限定したい」


 そう言われた子爵は、申し訳なさそうに頷き、額に浮かんでいる汗をハンカチでぬぐい、アルマンの母親ゲルトルーデが不満げに質問する。彼女は前カレガリ伯爵の後妻の娘で、現当主カッシオの腹違いの妹だ。


「非常識ってなーに?」


 額に青筋の浮かんだカレガリ伯爵は、目を剥いた。


「毎年、我が家の別荘に押しかけたり。我が家がスポンサーのホテルを勝手に使ったり。カレガリ伯爵家の関係する所に、我が物顔で乗り込む事だ」


「どーして。今までは良かったじゃない。なんでそんな意地悪をするの」


 ゲルトルーデが、悲しそうに聞いた。


「今までだって駄目だったんだ。特に別荘は私の母親の遺産だしな。だが父上は末っ子のお前に甘いから許していた。しかし私が当主となった以上は許さない」


「そんなのずるい」


 駄々をこねようとしたゲルトルーデを、子爵が青い顔で止め退出させた。彼女に理屈は通じないからと、現カレガリ伯爵に結婚を止められたのに、「自分なら大丈夫」と盲信した若い頃を、子爵は今さら後悔している。


 その話を聞いて、焦ったアルマンが抗議した。


「ホテルも嫌ですが、別荘に行けなくなるなんて駄目です。どうして急にそんなことを」


 今度はアウレリアーナが、呆れた顔で答えた。


「先ほど父が言いましたが、何度も拒否していました。ゲルトルーデ叔母上が聞き入れなかっただけです」


「なんとかならないか」


「どうしてあなたの言う事を、聞き入れないといけないのですか」


 人と価値観がずれているアルマンにとっては、死活問題だった。奮える指で重大な決心を告げる。


「別荘が今まで通り使えるなら、金銭面で援助します。なにか新しい契約を結んでもいい。どうしてもと頼まれるなら、アウレリアーナと結婚してもいいです」


 その物言いに激怒したカレガリ伯爵が、真剣に告げたアルマンに視線で止めを刺す前に、父親のブラビン子爵が、机にあった文鎮で殴っていた。虫も殺さない子爵の耐えかねての凶行に、その場にいた全員が、目を見開いて固まっている。


「母子そろって、迷惑をかけるのもいい加減にしろ。カレガリ伯爵家がどれだけ大きいと思っているのだ。こちらはお願いする立場であって、交渉なんてできる関係じゃない。お前とアウレリアーナ嬢の婚約は、亡くなった前伯爵にゲルトルーデが、ねだって無理に実現したものだ。アウレリアーナ嬢を大切にしろと、あれだけ何度も言ったのに、どうしてわからないんだ。


 どうしてお前はそうやって、自分に都合の良い理屈ばかり並べ立てて、自分の要求だけ押し通そうとするんだ。なぜ人の言う事を、まったく聞き入れないんだ」



 驚いて口を開けたまま頭を押さえている息子に、今までの鬱憤を晴らすように、子爵は地団駄を踏んだ。


 理屈がまるで通じないアルマンだが、さすがに殴られたのは堪え、目に涙を浮かべる子爵の姿が鮮明に記憶に残った。そして初めて、詭弁を並べ立てるのをやめ、要求を引っ込めたのだ。それはまわりで見ていた人が、仰天するほど、めずらしいできごとだった。


 話し合いを見ていたネヴァディアの父親ラーナ伯爵は、ブラビン子爵と息子のアルマンに、軽い口調で「うちの娘も理屈が通じないのですが、大丈夫ですか」と告げた。


 深く愛し合っているからと、アルマンは「自分なら大丈夫」と答え受け流す。子爵は一瞬考え込んだものの、思考を中断させるように伯爵が話しかけてきたため、話題が次に移ってしまう。


 人格に問題のある娘を、安い持参金で片付ける事ができて、彼は気分が良かった。さすがに差し支えありそうな家に嫁がせるのは、父親として罪悪感があったからだ。だが恋愛結婚なら問題ないだろう。



◇◇◇◇◇◇



 アウレリアーナと婚約を解消したアルマンは、その日のうちにつまずいてしまう。


 ネヴァディアとホテル・カリヤニに行ったところ、お気に入りのエリアは、立入禁止と断られてしまったのだ。今までずっと使っていたことや、金ならいくらでも払うということ、自分の母親はカレガリ前伯爵の娘であることなどを並べたてた。ホテル側はただ「規則ですので」の一点張りだ。


 一向に譲歩しないことに腹を立て、対応があまりにも杓子定規すぎると、悪いところを叱責してやっていた所、その側を体格の良い軍人たちが通りかかった。うさんくさそうな目で、騒いでいるこちらをにらんでくる。その時、ふと父親に殴られた事を思いだしてしまい、嫌な気分になった。


「こんなホテル、こっちから願い下げだ」


 アルマンはそう言い捨てると、少し早いが紳士倶楽部に向かった。せっかくなので、サロンだけでも婚約者になったネヴァディアに、自慢ついでに見せてやろうと思ったからだ。


 最近、紳士倶楽部に行くことが、若い世代の間で密かに流行している。酒や煙草をたしなみ、政治の話で盛り上がり、一匹狼を気取るのが、少年心をくすぐるというか。もちろん紹介がいるが、アルマンはなぜかフリーパスだった。


「なぜ入れないんだ」


 支配人はにこやかな笑みを浮かべながら、表情の読めない顔をしている。


「ご存じと思いますが、こちらの紳士倶楽部は、五十年前に現在の王立学院の卒業生五名で、結成された集まりが始まりです。その内の一名が当時のカレガリ伯爵閣下です」


 「もうおわかりでしょう?」とでも言いたげな支配人が、アルマンを見やった。察しが悪く、なんでも自分に都合良く考えるアルマンはこう言った。


「だが私の母親は、前カレガリ伯爵の娘だ。融通を利かせてくれたっていいじゃないか」


「カレガリ伯爵の関係者ですから、融通しておりました。ですが……お引き取り願えますか」


 行間を読まないアルマンに、直球で告げる。


「でも…………今までは良かったじゃないか」


 ……彼にもなぜ駄目になったのかという、理由自体はわかる。

 カレガリ伯爵との縁が切れたからだ。


 だがアルマンのような人間は、自分は特別であり、恩恵を受ける権利があると思い込んでいる。だから、少しくらい見逃してくれるべきだし、親切にしてくれたっていいはずだと、不満を抱くのだ。


 しかしその時支配人の後ろで、クロークに軍用コートを預けに来た軍人がいた。それを見て、またしても父親の暴力を思いだしたアルマンは、挨拶もせずにネヴァディアを連れて倶楽部を立ち去った。




 アルマンは今でも、ネヴァディアのことが好きだ。だが彼女のせいで新しい場所で我慢しないといけなくなり、変化を嫌うアルマンには大きな負担だった。特に避暑のための別荘について、なんとかならないかと、アウレリアーナに謝意をつくした手紙を送ったが、失礼な事になしのつぶてだ。


 そんな中、秋の狩猟祭だけが楽しみだったのに、その準備を家令に尋ねると、呆れたように言われる。


「祭はカレガリ伯爵夫人の、ご実家が主催しております。坊ちゃまには参加する権利はございません」


 でも僕の母親は前カレガリ伯爵の……と言いかけ、さすがに関係のない事を認めた。自分の母親の腹違いの兄の妻の家だ。




 しかしその頃には結婚式の準備が始まった。最初にやる事は式場を押さえる事で、もちろん子どもの頃から夢見ていた、教会を使うつもりだった。


「どうして……ですか」


「セアブル大聖堂が、あなたのご両親の結婚式を許可したのは、現ブラビン子爵夫人がカレガリ伯爵令嬢だったからです」


「それなら……私はその息子です。なんとかなりませんか」


「確かに代々カレガリ伯爵家関係者の式を、許可してきました。しかしそれは身分やコネだけではなく、伯爵家の女性たちが、幼少の頃から聖堂で勤めに励み、節目の礼拝で特別な役割を担う伝統を維持してきたからです。なにもしていないあなたには許可できません」


 ぐうの音も出ない説明に、アルマンはわめいた。


「駄目だ。絶対にここで結婚式をするんだ。子どもの頃から決めていたのだから。ここでなきゃ駄目なんだ」


 アルマンは、規則を盾に取られれば、思いやりにかけると叱責し、伝統を盾に取られれば、柔軟さに欠けると説教をたれて、屁理屈を並べ、ごね得をしてきた。だが最近は、つけ込みようのない相手に立て続けに遭遇し、世の中が自分の思いどおりにならない苛立ちを爆発させ、司祭の前で喚いた。司祭はそれをただ黙って見ていた。軽蔑しきったまなざしで。


「アルマン。あなたは……なにかに感謝するという心をお持ちですか」


 少し静かになったところで、司祭は言った。


「感謝」


「あなたの母親ゲルトルーデも、あなたも、カレガリ伯爵の別荘にこだわりますが、使わせてもらっていたことに、一度でも感謝したことはありますか」


「……」


 そう言うと、司祭はすたすたと去っていった。




 どうして上手く行かなくなってしまったのかを考えながら、アルマンは家に戻った。理由はわかっている。だがやはり、カレガリ伯爵家が譲歩してくれたらいいだけなのにとしか、考えられないのだ。そこへネヴァディアがやってきた。


「結婚式の教会を予約するから、来週行きましょう」

「僕はセアブル大聖堂が……諦めきれなくて」


「式はイスカ大聖堂で挙げるわ。他の事も昔から決まっていて」

「でも、僕は」


「もう、我が儘言わないで。時間もないのだから」


 アルマンの身勝手な所を、ネヴァディアはうんざりした顔でたしなめる。


「だが式はセアブル大聖堂で……」


 何度か言い続けると、ネヴァディアはその厚顔無恥さを親切心から指摘した。


「恥ずかしくないの?」

「は?」


 糾弾するようになじったネヴァディアの態度に、アルマンは言葉を失う。


「突然なにを」


「花嫁がイスカ大聖堂で式を挙げたいと言ったら、それを叶えるのが花婿の使命ではないの。それを自分のやりたいことにこだわって、さっきからああだこうだ。男として人として恥ずかしくないの?」


 アルマンはまるで誰かと話しているような気になった。自分の要求を通すために大義名分をでっち上げ、相手の急所をつく。馴染みの光景だ。


「それに花嫁の夢見ていた聖堂で、式を挙げたなんて言ったら、世間体にもいいわ」


 今度は相手を持ち上げ、利益になる提案をした。


「とにかく私は絶対に、イスカ大聖堂で式を挙げる予定よ」


 断固たる決意をにじませる。つまりはここからアルマンの要求を通すには、相当の労力が必要だとわからせ、彼女のごね得を通したほうが楽だと印象づけている。ここでさっと引いて、今後の予定を話し始めた。頭を冷やさせ、自分の立場をわからせてやろうという優しさだ。


「新婚旅行は花の都に行きましょう。とても大きな宮殿があるんですって。楽しみだわ。帰った後の新居はまず最初に、都心のマンションに住みましょう。そういうのが今の流行なんですって。この子爵家に戻るのは、子どもができてからで良いわ。子どもは五人ぐらい産む予定だけど……」


 アルマンは茫然としていた。先ほどから一言も発していない。相づちも打っていない。ただ黙っているのに、ネヴァディアは次から次へと話題を広げていく。


 一人で喋っている彼女の、決められた人生の予定をひたすら聞かされ、目の前にいるのにその目には自分が映っていない事に気がつく。


 そして二時間近く楽しそうに話し、帰っていった。「わかってくれればいいの」という一言を笑顔で残して。


 自分にまったく興味のない女性と、彼女の決まっている予定を消化するためだけに、結婚する事になったアルマンは、恐怖におののいていた。


「自分に都合の良い理屈ばかり並べ立てて、自分の要求だけ押し通そうとする。人の言う事を、まったく聞き入れない人間と、どうやって暮らせばいいのだ」


 そう言ったアルマンは、それが父親が自分に言った言葉そのままであることに気が付き、衝撃からしばらく立ち上がることができなかった。



◇◇◇◇◇◇



「アウレリアーナ。待って」

「どうしたの。イーブナ。そんなにあわてて」


 明るい日差しがさんさんと緑に舞い降り、その光景が窓越しに見える学院で、アウレリアーナは、同級生のイーブナに声をかけられていた。


「婚約を解消したって本当?」

「本当よ」


「…………だったら私が申し込んでも……いいかな」


 赤くなって言ったイーブナに、アウレリアーナはいたずらっぽい笑みを浮かべて了承した。


「もちろんよ」


 そして二人でさらに赤くなった。焦ったイーブナはなんとか話題を変えようと、アルマンの名を持ちだした。


「アルマンのやつは、なんてもったいないことをしたんだろう」


「仕方がないわ。きっとあの二人は運命だったのよ」


「運命」


「だってアルマンとネヴァディアは、まるで双子のようにそっくりだったから。人の話を聞かない所も。こだわりが強い所も。他人に興味がない所も。だから惹かれ合うのは当然だと思っていたわ」


 アウレリアーナは軽く肩をすくめると、もう済んだ事だと忘れ、別の話題に移った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ