険悪な二人
サロンでお茶を飲んでいる、ボウエン伯爵家三男のグリフィンは、ハンコック侯爵令息ジェレッドと、その婚約者アレナス伯爵令嬢ルシータを始めとした、学友たちとおしゃべりを楽しんでいた。
ジェレッドとルシータの二人は有名だ。
ジェレッドは家柄もさることながら、エラース国出身の祖母の血を濃く引く異国風の外見で、幼い頃に婚約が成立したにもかかわらず、いまだに釣書が届くほど異性にもてる。ルシータは派手さはないが落ち着いた美人で、彼女は彼女で、密かに男性からの人気が高い。
しかし二人はその美しさではなく、仲が悪いことで有名だった。
別々に行動する事が多く、たまに一緒にいても会話をしているところを見せた事がない。今もジェレッドは、ルシータの隣で不機嫌そうにむすりと黙っており、それを彼女は気遣いもせず放置して、グリフィンと話していた。
「それでその教授の歴史の授業が、いまいちわかりにくくてな。私の解釈の仕方が悪いのだろうか」
不満そうにつぶやくグリフィンに、ルシータが明るく答えた。
「教授は北部のご出身で、説明にどうしても北部の要素や、歴史的背景が入りますの。ボウエン伯爵家は典型的な南部貴族ですから、文化もまるで違います。混乱されるのも無理ありませんわ」
その隣で会話にまるで興味がないらしいジェレッドは、機嫌が悪そうに横を向いている。
「そうだったのか。それで南北が対立する状況になると、やたらと北部びいきになるのだな」
「王都で活躍する歴史学者のほとんどが、南部出身ですから……。戸惑う気持ちはわかりますわ」
「ルシータ殿は混乱しないのか」
ゆるく首を振って、ルシータは否定した。
「教授の本を何冊か読んだことがあるので、慣れております」
「そういえば、歴史好きだったな」
「ええ。南部の視点で書かれた争いについて、北部の視点で書かれた別の本を読むと、まるで違っていて興味深いですわ」
その後も、二人が雑談する横で、ジェレッドはただ黙りこんで座っていた。
その日の午後、中庭の東屋で、一人でレポートに取りかかろうとする、ジェレッドの姿が見られた。そこを次から次へと女子生徒が「一緒にやりましょう」と訪れ、一瞬で華やかになる。彼のまわりは「お友達」を名乗る女子生徒たちで、いつもこんな風だった。
女性たちが集まると、婚約者には見せない、にこやかな愛想笑いを彼は浮かべる。それが女性たちの、自分たちは特別な存在になれるかもしれないという、ルシータへの優越感をくすぐるのだった。
中でも積極的なのが、エジャトン伯爵令嬢デライラだ。デライラは幼い頃、美しいジェレッドに一目惚れし、それ以来ずっと彼一筋の一途な女性だ。子どもの頃の初恋をそっと胸に抱き、控えめにジェレッドの横に座る姿は、多くの女性の胸をつかみ、親衛隊まで存在する。デライラの母親とジェレッドの母親は友人同士のため、家を行き来する間柄であり、いつ婚約が結び直されてもおかしくないと、周囲から思われていた。
しかし最近、新しく話題になり始めたのが、バーギン子爵令嬢ブランシュだ。彼女はジェレッドの友人ノワールの、双子の妹で、ジェレッドとは特別な関係があった。いつも兄と一緒のため、彼らが遊ぶ時には、まるで婚約者のように側にいるからだ。移動の馬車でも、侯爵家でも、どこへ行っても二人は一緒で、ブランシュの口から出る、ジェレッドと二人で過ごした思い出話は、まわりの女性たちの心を強くかきむしった。
そんな風にジェレッドは、いつも女性たちに囲まれ、ルシータには見せない笑顔を向けている。そしてそれを彼女が、遠くからじっと見ている事がよくあった。東屋が見える窓から、感情の読めない顔で、微笑んでいるジェレッドを見るのだ。
それは少し奇妙な光景で、二人の間には、なんらかの距離があるように勘ぐる人も中にはいた。学院内に吹き荒れるジェレッドの、女性にとって都合の良い噂が絶えないのは、そういった背景もあるからだ。
特に大きな噂は、一途に慕うデライラに感激しているジェレッドが、婚約者を変更しようとしているもの。もう一つが、ブランシュと真実の愛を育み、婚約者を変更しようとしているもの。どちらの噂も流れ始めた時には、勘違いで済むような素朴なものだったが、時間が経つに膨れ上がり、今や、「悋気をおこしたルシータのせいで、婚約解消が進まない」、「仲を引き裂くルシータは悪女だ」とまで話が広がっていた。
◇◇◇◇◇◇
自宅に戻ったルシータは、手紙の返事を少しためてしまい、あわてて筆を走らせていた。家令が持ってきた手紙を、整理するのを手伝った新人の侍女は、憂いを含んだ表情をしている。
彼女の耳にも、主人とその婚約者ジェレッドの、不仲の噂が耳に入っている。もちろん噂なんて、露程も気にかけないつもりだ。だが、ジェレッドからの手紙があまりないことに、一抹の不安を感じる。まるで強がるように、平気なふりをするルシータを見て、自分の余計な考えを振り払った。
その日ルシータは、今日開かれる園遊会に、憧れている歴史学者が来る件で朝から浮かれていた。
兄と、パートナーのジェレッドの三人で会場に着くと、兄と歴史学者の元へ向かう。
一方、ジェレッドは今、大活躍中の騎手の話を聞いて胸を躍らせていた。彼のまわりには男性たちが集まっていて、まるで少年のように目をきらきらとさせている。中には兄と一緒に来たブランシュがいて、さりげなくジェレッドの隣を陣取った。
話が落ち着いた後は、自然と解散し、ジェレッドは煙草室に向かう。そこでカードゲームが始まったのだが、そこにもついてきたブランシュは、ジェレッドが腕を組むのを許し、エスコートしてくれた事に気を良くし、さらに一人勝ちしたことで、終始ご機嫌で、控えめに言っても調子に乗っていた。
お酒が少し入ったブランシュは彼にしなだれかかり、煙草室で唯一の女性として特別扱いされることに天狗になり、自分の方がルシータよりも魅力的だとあてこする。
そうやって二時間近くジェレッドと「二人」の時間を、過ごした事で得意げになり、翌週、登校した学院では、まるで勝ち組のように誇らしげにそのことを話して回った。そして大勢の前で、またジェレッドと腕を組もうとして、はっきりと拒否されたのだ。
「なぜ、なぜですか。ジェレッド様」
「……なぜもなにも。君はただの友人の妹だろう。節度を守りたまえ」
「でも園遊会の日は、腕を組んで下さったではないですか」
「そんなのは当たり前だ。あの場で君は唯一の女性。紳士なら誰かがエスコートするのは当然だろう。たまたま一番近くにいた私がやったに過ぎない」
そう言うとジェレッドは立ち去った。
他人からどう見られているのか、ブランシュは人一倍気になる。だから大勢の前で恥をかかされた事を、いつものとおり力技で塗りつぶそうとし、ジェレッドが人前で冷たかったのは、ルシータの嫉妬のせいだ、という噂を流した。そして怒りのあまり父親をたき付けて、兄ノワールに今後の協力を仰いだ。
「お兄様がもっと協力して下されば、私たちの距離は縮まるのです」
「相手はハンコック侯爵令息というではないか。どうにかしてブランシュが落とせるようにしろ」
目をらんらんとさせた父と妹に迫られたノワールは、それが現実的な提案に思えなかった。もしこれでジェレッドが、例え浮気程度にもブランシュに気があるなら、説得力がある話だが……。
「ジェレッドには婚約者が……」
「険悪じゃない!」
部屋の中に、ブランシュのわめき声が響いた。
「私の方が毎日一緒よ。お昼だって、休み時間だって過ごしているわ。休みの日だって、会っているわ。お宅にもお邪魔しているし。それに」
「だが、それは俺の妹としてだろう?」
本当の事を言われたブランシュは、今にも飛びかからんばかりな顔でにらんできた。殺気だった目をギラギラさせて、体を震わせている。それを見て、限界だと思ったノワールは、はっきりと告げた。
「理性を欠いたブランシュには、協力できない。言っている事に、なんの望みもないではないか。俺は次期バーギン子爵として、次期ハンコック侯爵の学友になれた幸運に、感謝している。それを潰すような計画には同意できない」
「お父様。なんとか言ってやって」
「ノワール。妹に協力しろ」
今、手元にある幸運ではなく、もっといい幸運に目が行ってしまった父親と妹には、話が通じない。ノワールはそこで少し……かなりの口論になったが、現当主に逆らう事はできなかった。
翌週、ジェレッドの家で開かれた障害馬術競争に、ブランシュは得意満面で参加した。
高位貴族が集まる観客席に踏み込み、ジェレッドの隣であるルシータの席に勝手に座り、見かねた兄が止めるのを、「お父様の命令だから」と抵抗する。ジェレッドにしなだれかかるブランシュに、秩序を取り戻そうとした家令が張りのある声で、「飼い主はどちらに」と言い、ノワールの顔は絶望に染まった。
ブランシュは、前回の煙草室での一件でちやほやされ思い上がり、それなのにジェレッドに恥をかかされたと怒り、そして焦り、がむしゃらな反発心を抱いていた。
それが今までぎりぎりの所で止まっていた、冷静さを崩壊させたのだ。ルシータを見下す事で、自分は特別だと誇示する気満々だったし、ジェレッドには前回のお仕置きをする「権利」が、自分にあるとまで思っていた。
「特別な方へのご案内です」
そう家令に言われたブランシュは飛びつき、諦めきった顔をしたノワールとともに案内されたのは、表玄関だった。不思議そうな顔をした彼女に、家令はこう告げる。
「バーギン子爵家の方々におかれましては、今後一切、当家への出入りはお控え願います。あわせて、ハンコック侯爵家の若君にあらせられるジェレッド様へは、以後お近づきなさらぬよう、ご了承下さい」
侯爵家への出入り禁止を申し渡された事を、父親のバーギン子爵に伝えたところ、こんな馬鹿馬鹿しい返事が返ってきた。
「女に迫られて嬉しくない男はいないだろう。それなのになぜこんな結果になったのだ」
ノワールはもう返事すらする気もなく、黙って立っていた。学院でもし近づこうとしたら、今後は騎士や侍従たちが止めるだろう。恥をかくのが死んでも許せないブランシュは、今後近づかない。ブランシュは、常に自分がどう見られているかということで頭が一杯で、他人を見ていない。その目には、憧れのジェレッドすら映っていない。そんな人間が、誰かと心を通わせ、愛を育む事ができるとはノワールには思えなかった……。
◇◇◇◇◇◇
ハンコック侯爵家で行われた、その日のお茶会には、母親同士が友人のエジャトン伯爵令嬢のデライラと、その取り巻きが集まっていた。
ジェレッドへの一途な思いを持つデライラの、初恋を成就させてあげたいと彼女らは思っている。だからその日は、母親のために顔を出したジェレッドを取り囲み、デライラと親密な時間を持たせてあげようという親切を施していた。
デライラの巧みな印象操作により、取り巻きは二人が「想い合っているかもしれない」と希望を抱き、それは「想い合っているに違いない」という思い込みに昇華していた。
遅れてやってきたルシータは少し離れたところに座っていて、時々ジェレッドを無表情な顔で見ているが、近寄っては来ない。その日の主賓に介添えを頼まれ、ずっと横についていた。
勝ち誇ったような目でルシータを見た、取り巻きたちはまるで誇示するように大げさにジェレッドに話しかける。段々と調子に乗った彼女らは、ジェレッドにきわどい質問を始めた。
「ジェレッド様は、『本当』は、どなたとご結婚なさりたいのですか」
「ルシータだ」
即答したジェレッドを、まわりはなぜか回答を間違えてしまった人を見るかのように、くすくすと笑い出した。
「私が伺ったのは、『本当』は、どなたとご結婚なさりたいかですわ」
「ルシータだ」
なんのためらいもなくそう答えたジェレッドに、一部はがっかりし、一部はむっとした。
「そういうことにしておきましょう」
まるで自分たちは、なにもかも把握しているとでもいうように、悠然と告げる。このあたりまでは、半分くらいの少女たちは、ちょっと本格的な遊びの延長戦上だと思っていた。しかしそのうちの数人が、我慢できないとでも言うように、扇を握りしめ、その一人アルダが大声を出した。
「ジェレッド様。本当の事を仰って下さい。本当はデライラ様と想い合っているのでしょう?」
「いいや。なんとも思っていない。母親の友人の娘としか」
思い詰めたアルダの発言を、よく言ったと思う者もいれば、やりすぎだと思う者もいた。特にデライラは、自分の思うとおりに事態を進めていたが、ジェレッド本人が答えてしまえば、真相がばれてしまうととても焦って、アルダを止めようとした。だが間髪入れずに、ジェレッドが答えてしまった。それも最悪の形で。
そして思い込みの激しい年齢の少女たちにより、事態は更に悪くなっていった。
「そんな言い方はひどいですわ。デライラ様のお気持ちを考えた事はおありですか」
「ただ事実を言っただけだ。それにこの場合、誤解を招かない言い方をするべきだろう」
「でもそんな言い方をしなくたって。ルシータ様の悋気を気にしてらっしゃるのですか」
それまで、淡々と答えていたジェレッドが、ルシータの名前を持ち出された途端、めずらしく怒りのこもったまなざしを、アルダに向けた。少々の苛立ちが声に混じる。
「それなら言わせてもらうが、婚約者のいる人間に、別の女性と関係があるかのような発言を繰り返し、何度訂正しても止めず、本人が否定しているのに決めつける。挙げ句の果てに包み隠さず本心を言ったら、今度は、相手の気持ちを考えろだの、言い方が悪いだのと責める。君たちは『私』の気持ちを少しでも考えた事はあるのか」
そして全員を厳しい目でねめつけたジェレッドは、こう続けた。
「それとルシータのことを悪く言うのは止めろ。そんなことは絶対に許さない」
淡々と、だが憤りのこもった声でジェレッドが言い、少女たちが驚いているところに、ルシータがやってきた。
「大丈夫? ジェレッド」
「ルシータ」
ジェレッドの様子が、「遠く」からわかったルシータは、心配してやってきてくれたようだ。軽く立ち上がり、ルシータを引き寄せようと、彼女と手を握りあった。だがジェレッドはソファの片隅に座っており、反対側にはデライラが、ぴったりと体を寄せ付けるように座っていて、すき間はない。どうするのかとまわりが見ていると、ルシータをなんのためらいもなく膝に乗せた。少女たちは一斉に非難する。
「デライラ様の前でどういうおつもり」
「デライラ様を傷つけることは許しません」
「人の心はないのですか」
まわりが騒ぐのを二人は平然としている。ジェレッドは決心したように口を開いた。
「今までは子どもの遊びだからと見逃していたけれど、もう限界だ。私はつねに訂正していたし、否定もしていたが、これ以上、デライラ嬢とのありもしない関係について話題にするのなら、この問題を公にするつもりだ。私とルシータの尊厳を貶め、嘘つきの気持ちを考えろと人を責める。自分たちのやった事の責任は取ってもらう」
不憫な令嬢のために正しい事をしていた、少女たちは急に責められ混乱し始める。
デライラに目をやると、青い顔で急に立ち上がると、驚くほどの早さで逃げてしまった。
「ハンコック侯爵家からの、この抗議文は本当か。ジェレッド様が浮気をしていると決めつけ、その噂をばらまき、尊厳を貶め、婚約者ルシータ殿の悪い噂を触れ回ったと。正気か?」
父親にそう聞かれた取り巻きの一人アルダは、なんとか訂正しようとした。デライラの一途な初恋のことや、気の毒な彼女のための親衛隊の存在など。だが第三者にわかりやすく説明すると、それがいかにはた迷惑な行動だったのか、よくわかってしまった。
「おまけに、ジェレッド様と特別な関係があると嘘をついた女のために、わざわざお茶会で場所を用意してやっただと。大勢の前で? なぜ公然と浮気の手助けなどしたのだ? どんな風に見られるかわからないのか?」
同じように父親から責められた少女たちは、「初恋が」と言い訳する度に、「浮気」と訂正され、勢いがしぼんでいった。
皮肉なことにデライラの行動は、恋に狂った乙女の暴走として、一部の人からは理解を得られた。若い頃は誰にでも過ちはあるのだと。
しかしアルダを始めとした、取り巻きに対する風当たりは強かった。嘘を信じ、ジェレッドとルシータの名誉を、毀損したことも響いたが、なにより浮気に協力しようとした、品性の持ち主と評価されてしまったからだ。困っている人のために善意で戦い、拳を上げていた自分たちが、そう評価されるのは、頭ではわかっていても、とてもつらいものだった。
今は誰もアルダたちの話を聞いてくれない。ジェレッドがなにを訂正しても、彼女たちが耳を傾けなかったように。
こうして、デライラたちとブランシュは立場をなくし、それを見て似たような事をしていた、他の人々も心を入れ替える事となった。
◇◇◇◇◇◇
東屋で友人のエルベと話していたルシータのところへ、ジェレッドがやってきた。
彼はルシータの隣に座ると、黙ってレポートを書き始める。二人はお互いになんの反応もせず、そうしていたが、その内、エルベが懐からお菓子の袋を取り出した。机の上に広げた布ナプキンの上に、色とりどりの美しい小粒のキャンディを広げる。
「ジェレッド卿にも上げるわ」
エルベから分けてもらったジェレッドは、わざわざ少しかがむと、上目遣いでちらりとルシータを見た。それを見てルシータがくすりと笑う。
「仕方がないわねえ」
そう言って、キャンディを一つつまむと、ジェレッドはさっとルシータの手をつかんで、指ごと自分の口に入れた。そうやって誰にも見られないうちに、すべて食べてしまうと、また無表情でレポートに取り組み始めた。それを見て微笑んだルシータはこう言う。
「あらあら、すっかりご機嫌になって。良かったわね。ジェレッド」
「いつも不思議だわ。ルシータ。その無表情のどこを見てご機嫌と思うのか」
エルベは首を振り、ため息をついた。
◇◇◇◇◇◇
エルベの親友ルシータには、幼い頃からの無愛想な婚約者がいる。
名門ハンコック侯爵家の長男ジェレッドだ。
彼はもともと感情表現が少なかったらしく、侯爵夫妻には不安が絶えなかった。おまけに座っているだけで、まわりがすべてお膳立てしてくれる環境で、社会性を育てるのも難しい。そこに現れた救世主がルシータだ。
どういうわけか、一目惚れをした幼いジェレッドは、出会ったその日から、ぴったりとあとをついて回った。感情表現の少ない彼が、無表情のまま花を摘んでルシータに渡し、無口のまま自分のお菓子を分け与え、黙って手を握っている光景を見た侯爵夫妻は、「問題はなにも解決していないけれども、とりあえずなにかが解決した」と感じ、感涙にむせんだ。
ジェレッドはルシータに、相応しくなりたいからという理由で、その後、外面だけは急速に発達し、世の中とコミュニケーションが取れるようになっていく。
一方、ルシータは度量の大きい子どもで、上手く感情表現できないジェレッドを、「そういう子」としてそのまま受け止め、面倒を見る……婚約者として交流するようになっていった。そしてずっと一緒にいる内にまるで夫婦のように、お互いが考えている事がわかり、目を見れば会話もできるようになってしまったのだ。
◇◇◇◇◇◇
美しいジェレッドとルシータが、次の教室に移動するために歩いているのを、多くの人が見ていた。それを見て、グリフィンは付き添いのジュリウスに声をかけた。
「……なあ、ジュリウス。ジェレッド卿とルシータ殿の仲をどう見る?」
素朴な疑問として、聞いているようだ。
「仲がよろしいのだなあと。私にはそう見えます」
グリフィンだけでなく、隣のマックスも声を上げた。
「へー、そう思うのか」
「そう見えるんですか。ジュリウス殿。ちなみにどの点が」
「時々目配せしあっているし。ルシータ殿が遠くから、なにか手真似をしている時もあります。ジェレッド卿がルシータ殿に対して無口なのは、仲が悪いからではなく、良すぎて話す必要がないからではありませんか」
「良すぎて話す必要が無い」
グリフィンの脳内に、以前、目と目で会話をしていた、ジュリウスとその妹のシェリーの姿が浮かんだ。




