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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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「棚からぼた餅」

ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。

人物関係については、「登場人物一覧」もあわせてご参照ください。

「進学」


 ガビン伯爵家の次男モードレッドは、自宅で書類のチェックをしていた。と言ってもほとんど中を見ることはない。このあたりの書類は、作成される前から内容はもう決まっていて、今後どうなるかもわかっているからだ。


 特にブラックウェル伯爵家が関係する業務は、笑えるほど簡単だ。ブラックウェル伯爵家は、元々は巨大な伯爵家だったが、現当主夫妻の倫理観が低く、賄賂に弱いため、今ではすっかりガビン伯爵家の傀儡に成り下がっていた。


 一つの伯爵家が、ガビン伯爵家がちょっと声をかけるだけで、安易に言うことを聞いてしまうなんてお笑い種だ。


 だからブラックウェル伯爵領の輸送ルートを一部使用する、ドナルドソン伯爵領の鉱山から産出される、銅の輸送についての書類を、特に改めることもしなかった。



◇◇◇◇◇◇



 視界の中で、第三王子殿下のルークが、ボウエン伯爵三男グリフィンに、なにやらごにょごにょと囁いている。


「えー、それは本当なのですか? 殿下」


「本当だ」


 十中八九嘘だろう。


 ルーク殿下は性格が悪いことで有名で、簡単に嘘をつく。


 だが面倒見が良いことで、慕われてもいる。グリフィンは別に騙されやすそうな純朴なタイプでもないが、どういうわけか学院に入学後、殿下に気に入られ、昼食を一緒に取るようになっていた。


 王子殿下ともなると、親しくできる人間の数は限られてしまう。確かにグリフィンはその中では、妥当な身分だろう。


 グリフィンの側にはいつもマックスがついているが、殿下とご一緒の席で一人では心許ないと、時々ジュリウスも側につくようになった。他の方も含めて、皆、雲の上の人々だが、こそこそといたずらを企んでいるところを見ると、年相応なのだと微笑ましい。




 昼食が終わった後は、グリフィンは一人だけ個室のサロンに移動し、お茶を飲んでいる。

 これから大事な話し合いが行われる予定だ。


 部屋にレイモンドや、リックなど、ボウエン伯爵家の関係者がぞろぞろ入ってくる。そしてブラックウェル伯爵家のセレスティーナが、義兄のアリアノエルと、侍従のワイリーを連れて入ってくる。しばらく全員で待っていると、最後にドナルドソン伯爵家の長男クラレンスたちが入ってきた。



◇◇◇◇◇◇



 ブラックウェル伯爵家と、それと同じくらい大きな規模のドナルドソン伯爵家は、非常に仲が険悪なことで知られている。


 元々は二百年前の戦争で対立し、その後、続く小競り合いで、お互いに殺し合ってきたからだ。だから古い世代ではいまだに敵対しているが、セレスティーナと、クラレンスの世代では、手を組んだ方が合理的だろうという考えが台頭してきていた。


 それを阻む勢力が、ガビン伯爵家だ。ドナルドソン伯爵家で産出する銅を、ガビン伯爵家は長い間、輸送してきた。鉱山は辺鄙な場所にあり、領地の外に輸送するには、ブラックウェル伯爵家か、ガビン伯爵家を通る以外になかったからだ。


 それをこの度、ボウエン伯爵家の仲介により、ブラックウェル伯爵家に頼もうというのだ。話が成立すれば、事業として大きな成功である。


 ドナルドソン伯爵家の希望で、輸送経路は、ブラックウェル伯爵領の河川、つまり内陸を予定している。ガビン伯爵家は港を使うため、一度にたくさんの量を運ぶ事ができるが、運航は天候次第だ。だがブラックウェル伯爵家の場合は、川船での輸送になる。一度に運べる量は少ないが、天候にほぼ左右されずに運ぶ事ができる。


 まさに時間に追われる近代化に相応しい提携事業だった。


 だがそれをガビン伯爵家が許すはずもなく、あらゆる手段で邪魔をしてこようとしている。両家の重鎮など、比較的世代の高い層にお互いの憎しみを煽り、自領を通した方がなにかとお得だと騒ぎ立てた。


 ドナルドソン伯爵家はなにもすべての輸送を、ガビン伯爵家から引き上げようなどしていない。万が一のため複数経路を確保したいだけだ。だが今まで独占契約で、うまい汁を吸っていたガビン伯爵家が、じたばたと暴れているため、この提携は秘密裏に行われることとなったのだ。



 ブラックウェル伯爵家セレスティーナと、ドナルドソン伯爵家のクラレンスという代表が会うのだから、書類はほぼ完成している。対面で細則を詰め、完成させたら、後は署名して終了だ。さすがの二人も緊張したらしく、少し汗をかいている。


 握手する二人を、画家がすばやくスケッチし、記者がその場で原稿を完成させ、両家に了解をもらったようだ。明日には、両家の劇的な和解は、王都で瞬く間に話題になるだろう。


 そして多くの人々が、第一王子殿下が、あやしい動きをしている第二王子殿下の勢力を、削ぎにかかったのを知るだろう。なにを考えているのかわからない第二王子ロレンス。その基盤を固めているガビン伯爵家の力を弱めるための第一歩だ。ガビン伯爵家に取り込まれそうになっている、ブラックウェル伯爵家を、ボウエン伯爵家に取り戻し、ガビン伯爵家とドナルドソン伯爵家との繋がりを弱くする。




 ブラックウェル伯爵家のセレスティーナは、義兄のアリアノエル、侍従のワイリー、同じく侍従のジュリウスを連れて部屋を出た。今日のできごとに合わせて、早く仕事を進ませたいと思ったからだ。


「休まれないのですか?」


 ジュリウスがセレスティーナに話しかけると、アリアノエルもめずらしく、優しい声をかけてきた。


「そうだぜ。さすがに今日は、休んでもいいんじゃないか」


 それに対してセレスティーナは、こう答えた。


「なんだか。気が急いて」


「……警備態勢はどうしますか。今回の和解を、どうしても受け入れられない、お身内の方などは……」


 ジュリウスの発言に、セレスティーナと、アリアノエルが同時に笑い出した。


「どうされました?」


「親族会で事前に聞いたところ、手を組まない事に『いい加減うんざりしていた』んですって」


「爺さんたちも、若い頃は、そんな因縁は下らないって思っていたんだとさ」


「……それはまた」


 両家が戦争をしていたのは、大分昔。今、生きている人々は皆、「下らない」と思いながら、敵対していたということらしい。話し合いが上手く行くわけだ。


 朗らかな気分で、セレスティーナが廊下を歩いていると、ガビン伯爵家のモードレッドが、魅惑的な女性を連れて歩いているのに出くわした。向こうは少しあわてているのを見ると、偶然のようで、ご機嫌を取るかのように、顔に笑みを浮かべ近づいてくる。


 モードレッドには父親のガビン伯爵から、利用価値のあるセレスティーナの心を、絶対に離さないようにとの命令がでているはずだ。だから彼はその任務を幼少の頃から、それなりにこなしており、事実、セレスティーナは不本意だが、彼の虜ではある。それをモードレッドは、麗しい自分の外見のおかげであり、世の中の女どもなんて、ちょっと本気でかかれば、簡単に靡くものと高をくくっていた。


 だが女というものはどこまで行っても計算高く、例え恋心をつかまれていても、その下で蛇のようにとぐろをまいて、次の一手を考えているということを知らなかった。


「えーと、なんだ? 仕事でもしていたのか。ぞろぞろと部下を引き連れて。セレスティーナは働き者だものな」

「なあにぃ。この子。綺麗な子ねぇ」


 モードレッドの腕にぶら下がっていた美女が、身を乗り出してセレスティーナをのぞきこんだ。確かにセレスティーナは美人ではあるが、その声には例えそうでも、自分のほうが魅力的だとの、絶対的な自信に裏付けされた『蔑み』があった。


「おい、よせよ」

「もう、ちょっとくらい。いいじゃぁない」


「下がれって」

「乱暴ねぇ」


 美女を後ろに下がらせようと、モードレッドは腰をつかんで引き寄せたり、自分の体を盾にしたりした。それでも前に出ようと美女はモードレッドの腰にしがみついたり、抱きついたりしている。つまり、自分をセレスティーナから離そうとする、モードレッドの動きを利用して、存分に二人のいちゃいちゃをセレスティーナに見せつけたのだ。彼女の自尊心は、たっぷりと満たされた事であろう。


「見事なものね」


 そうつぶやいたセレスティーナと、黙っているアリアノエルを、ジュリウスは観察していた。跡継ぎのセレスティーナと、義兄のアリアノエルは、敵対していることになっている。少なくとも、伯爵家の中ではそうだ。だが今のように、二人はまったく同じ顔をする時がある。さすが兄弟だ。きっと頭の中でも、同じことを考えているのだろう。


 美女を離す事を諦めたモードレッドは、そのままでセレスティーナの顔をのぞきこんだ。


「今度、夜会にでも行かないか? ドレス贈るからさ」

「結構です」


「恥ずかしがるなって。そんなもの贈ってくれる相手もいないだろう」

「……」


 黙り込んだセレスティーナを、あまり感じの良くない笑みで見ながら、モードレッドは去って行った。セレスティーナは初恋の男を前にして、人生の命題である「なぜあんな男を、いまだに好きなのか」を頭の中で繰り返していた。自分で考えても答えは出ないし、どれだけ努力しても自分の気持ちが変る事はない。


「なんだ、あいつ。相変わらず感じ悪いな」


 ガビン伯爵家派閥のはずのアリアノエルが、腹立ちのあまり本音を口にしてしまい、ジュリウスは聞かなかったふりをする。


 そして自分とセレスティーナの婚約の話は、セレスティーナ本人には話は行っているのだろうかと不安になった。というのも、今のモードレッドの「ドレスを贈る」発言を聞いて、「自分には無理だなあ」と素直に思ったからだ。


 ラムレイ男爵家にはそんな金はない。もちろん贈るとなったら、ボウエン伯爵家が予算を組んでくれるだろうが、改めて伯爵令嬢との縁談が来ている事について、セレスティーナとモードレッド二人との、圧倒的な経済格差を見せつけられて、めずらしく怖じ気づいてしまったのである。


 つまりはびびったということだ。


(お金ばかりはどうにもならないからなあ)


 少ししょんぼりしたジュリウスは、ブラックウェル伯爵家の馬車に、セレスティーナとアリアノエルを先導すると、他の護衛と同じように馬車の外に乗り手足をかけかけた。同僚のワイリーも同じようにしようとしたところ、アリアノエルから二人とも中に乗るよう指示される。王都の道をゆっくり走り始めた馬車の中で、アリアノエルが話し始めた。


「あのさあ。ジュリウスとワイリーって、ボウエン伯爵家から寄越された人材だし、それなら派閥の一員なんだろう」


「私はそうです。ラムレイ男爵家のものです。ワイリーは……」

「私は派閥のダイアー伯爵家に雇用されているだけの使用人です。アリアノエル様」


 ジュリウスとワイリーが説明すると、アリアノエルはこう聞いてきた。


「それじゃあ、セレスティーナの婿候補はジュリウスなのか」


 口外していいかの判断がつかなかったが、後から告げるより、今言った方が印象はいいだろう。


「…………そう、です」


 セレスティーナもアリアノエルも、平然と頷いている。


「ボウエン伯爵家から、縁談の話がくるだろうと予想していたわ。でも中々、来ないから、もしかして新しく来た、侍従の三名ではないかしらって話になったのよ。私だったら、我が家を逃さないもの」


 セレスティーナが説明する横で、アリアノエルはなにやら考え込んでいる。


「こんな風に直接、聞いてごめんなさいね。我が家では大事な話ができなくて」


 そのほうが大問題なのではという発言を、セレスティーナはさらりと口にした。


「こちらこそこのような形で失礼します」


 ジュリウスとセレスティーナは、しばらくお互いにぺこぺこと会釈し、改めて自己紹介を重ねた。


 アリアノエルは腹違いの妹の目の前に座っている、ジュリウスという人物について考えていた。ブラックウェル伯爵家は規模が大きく、年間予算は国家予算に匹敵するほどだ。そこに婿に来るのに、出自が男爵家では身分が釣り合わない。


 しかしそれを上回る彼の良い点は、ボウエン伯爵閣下の覚えがめでたく、上層部に顔がきくことだ。特に次男のレイモンド卿や、三男のグリフィン卿とは親しいと言っても良い。この縁談を主導する以上、ジュリウスの後ろ盾はボウエン伯爵家になる。つまりは彼を婿にするのであれば、ガビン伯爵家派閥から距離を取り、不安定になるだろうブラックウェル伯爵家も支えてくれるだろう。


 問題は、結婚してブラックウェル伯爵家に入った後……いくら後ろ盾があっても苦労するだろう。そもそもボウエン伯爵家内なら、もっと相応しい人材はいたのではないか……。


 アリアノエルは考えていたが、答えは最初から予想していた。政治の世界に持ち込むのは馬鹿馬鹿しい用語だが、「誠実」だということではないだろうか。


 ボウエン伯爵家から、ブラックウェル伯爵家に送り出しても裏切らない人物。ガビン伯爵家の誘惑を、はねのけられる人物。そして……。ガビン伯爵家のモードレッドに、心を奪われてしまったセレスティーナに、人として真摯に向き合える人間。


 別に心を奪い返せなどという劇的な展開を、誰も期待していない。セレスティーナが自分を変える事ができなかったとしても、誠実な婚約者ジュリウスには、同じく「誠実さ」で向き合おうとするだろう。それが結果として、ブラックウェル伯爵家が離反する可能性を、限りなく低くする。上層部はそう判断したということだろう。


 まあ、ジュリウスという人身御供が失敗したらその時は、権力なり財力なり交渉力なりの総力戦だ。三匹の蛇が食い合って、誰が一番強いか誇示すればいい。


 とりあえず……ジュリウスを窓口にすれば、仕事の融通がきくということか。そう理解したアリアノエルは、ジュリウスをこき使う事にした。その結果、ボウエン伯爵家とのパイプが太くなるのは向こうも大歓迎だろう。



◇◇◇◇◇◇



 翌日、ブラックウェル伯爵家と、ドナルドソン伯爵家との話題が新聞に報じられ、王都は一気に騒がしくなった。人々は草案の段階だった計画を実現させたり、検討の段階だった事業を実行に移したりして、なんにせよ、風通しが良くなったという意見が、意外にも頑迷なはずの高齢者から多い。


 ジュリウスは婚約の話を先方にもらしてしまった件を、昨日の夕方、早馬でリックとレイモンドに伝えておいた。今日、学院に顔を出したところ、三男のグリフィンはもう知っていて、いつもより情報が伝わるのが早いと感じる。良くも、悪くも、空気がぴりぴりとしているのだ。グリフィンによると、婚約話の調整に半年はかかるらしく、先立つものがない事について、焦る事はなさそうだ。


 そのまま授業に出ようと三年の教室に向かったところ、マックスが走ってきて、一年のセレスティーナのところに、三年のモードレッドが押しかけてきていると教えられ、アリアノエルを連れ三人で慌てて駆けつけた。教室で怒ったモードレッドが、セレスティーナに迫っている。


「あの事業提携はなんだ。どうして教えてくれなかったんだ」


「重大な案件をみだりに口外したりしません」


「俺とお前の仲だろう」


 教室にいた人々がぎょっとした。


「誤解を招くような発言は止めて頂きたいですわ。私とあなたは、領地が隣同士のただの幼馴染みです。なんの関係もありません」


 世間体を気にしないモードレッドが、次にどんな言葉でセレスティーナの評判を落とすか分からず、アリアノエルは走るも同然の早さで、二人の間に体をすべりこませた。


「おい。そこまでにしろよ」


 遅れてジュリウスもすべりこみ、マックスも条件反射で加わったのを見て、まわりを取り巻いていた騎士が安堵するのがわかる。ここは一クラスで、第三王子殿下もいらっしゃるため、至急、騒ぎを収めたかったのだ。だが二人は高位貴族で、どのように割って入って良いのか、さじ加減がわからなかった。とつぜんの言いがかりで、カリカリしていたセレスティーナは落ち着きを取り戻した。


「ガビン伯爵令息。我が家はこのような行き違いが起きないよう、事前にガビン伯爵家にいくつかの書類を公式に送っております。一部は決済の署名が書かれて既に戻ってきています。きちんと読まなかったのですか?」


「は?」


 読んでいなかったらしい。その声は教室に大きく響き、動揺していた周囲は、次第に呆れた目つきになっていった。


「とにかく」


 これで話は終わりとばかりに、セレスティーナは言い捨てた。


「なにか文句があるなら、まずはご自宅に戻って、書類を確認してからにして下さい。こういうことは迷惑です」


 そういうとセレスティーナは、モードレッドから視線を外し、合わせようとはしなかった。驚きで少しふらふらしているモードレッドを、怒ったアリアノエルと、ジュリウスが廊下に無理矢理、誘導し、三年生のクラスに追返す。


「この後、どうする? ジュリウス」


 アリアノエルに聞かれたジュリウスは、少し青い顔でこう答えた。


「トラブルにならないように、事前に送っておいた書類に目も通さず、大勢、人のいる教室で、あんな誤解を招くような詰問……。背筋がぞっとしました」


「すごかったよなー。モードレッドは昔から頭は良いんだが、人を思いやる心に欠けていてな。それと知恵が回るせいか、世の中を舐めているんだ」


「私はここに残って、セレスティーナ様の警護をします。今のような輩には言葉が通じません。腕力で対抗した方がいいでしょう」


「じゃあ、俺も」


 二人は騎士に加わり、一クラスの警護を始めた。大分経って、一人の騎士が報告に現れる。


「ガビン伯爵令息モードレッド様は、たった今ご自宅に戻られました」


 廊下にいた騎士たちに、ほっとした空気が流れる。アリアノエルが安心したように話しかけてきた。その後ろから、休み時間になった生徒たちが出てくる。


「どうする? 戻るか。ジュリウス」


「書類を読んだ後にまた現れて、世間体に障るような無礼を働くのではと怖くて」


「さっきのが相当堪えたな。先ほどのマックス殿のように、侍従もして護衛までしてくれとは言わないが、なにかあった時に連絡してきてくれる……セレスティーナ専用の侍女が一人いたらなあ。我が家は女性の部下がとにかく足りないんだよな」



 アリアノエルがそう話している前を、グリフィンについているマックスが通りがかり、意味深な顔でチラリと見てくる。後はもうなにが起きるか、決まったようなものだった。



 ブラックウェル伯爵夫妻は、まだ自我が幼い次男のスペンサーを、言う事を聞くからという理由で溺愛し、跡継ぎにするつもりでいる。そして伯爵は、外で作った長男アリアノエルを猫かわいがりしている。長女のセレスティーナは、真面目で言う事を聞かないからと見捨てられ、その癖、伯爵家の仕事や後継ぎの教育などは一身にやらされている。だからつねに多忙の身だが、部下を雇おうとすると、今度は跡継ぎではないのだからと難癖をつけて止められるのだ。


 ある時から、気がついたアリアノエルが手伝うようになったが、それも見つかると止められてしまうため、こっそり行っていた。この理不尽な状況でどうにかするには、外から人材を持ってくるしかないだろう。だがそうは言っても……。




 放課後呼び出されたジュリウスは、そこにレイモンドとリック、グリフィンとマックスに加え、妹のシェリーがいるのを見つけ、「とうとう来たか」と頭を抱えた。


「もう話はわかっ……」


「承知しかねます」


 気むずかし屋の上司レイモンドが、めずらしく下手に出るように話し始めたのを、ジュリウスはなんの遠慮もなくさえぎった。


「前にもお伝えしましたが、我が家の次期当主は、妹です。シェリーを危険な目に合わせるような真似は、絶対に許しません」


 ラムレイ男爵家では、ジュリウスが婿に出て、シェリーが商家の幼馴染みと結婚し跡を継ぐと、ずっと前から決まっている。だから自分は平気で危険な任務にもつくが、シェリーにはそんなことを許す気はなかった。


「では……危険な目に合わせない。これでどうだ?」


 レイモンドがそう言うと、隣のリックが意味ありげに視線を動かした。ジュリウスは黙っていた。下手な事を言うと、それを言質に取られてしまう。自分より頭が良い上司二人と、言葉で戦う気はなかった。


「ブラックウェル伯爵令嬢に、ボウエン伯爵家から女性騎士を一人つける予定だ。護衛は彼女にまかせる。シェリーにやってもらいたいのは、今の一学年三クラスから、一クラスに移り、令嬢の侍女をしてもらいたい。今日のような問題が発生したときに、アリアノエル殿や、ジュリウスを呼びに行ってもいいし……まあ、その場その場で判断してくれ。特に今日の一件は、護衛ではどうにもならないからな」


 黙っていると、隣のシェリーがちらりと覗き込んできた。


(そんなに危険な任務なの?)


 シェリーの顔にそう書いてある。ジュリウスはそれを見て、ただ首を横にふった。


「危険な目には合わせないし、そうだな。こういうことを言うと、腹立たしいかもしれないが、手当はもちろんはずむぞ」


 二人は動かなかったが、ジュリウスにはシェリーの目が、輝いたのがわかる。


 闇雲に反対しているわけではない。だがブラックウェル伯爵家も、それにかかわる他の家も、国内では有数の貴族家で、規模がまるで違う。そこまで大きいと、起きる事件も派手でなにが起こるかわからない。だいいち半年前にローズが誘拐された時、爆発に巻き込まれ、何名もけが人が出ている。


 もし万が一、シェリーが……。そう思うと心臓を冷たい手で、握りつぶされるような恐怖を覚える。そんな危険なところに妹を放り込む気はなかった。


「欲しいのはブラックウェル伯爵令嬢に、学院内でつけられる侍女だ。だから……そうだな、シェリー専用の護衛をつけようか?」


(あ、まずい……)


 シェリーは、そう思ってジュリウスを見た。ジュリウスはただシェリーに首を横に振る。確かに彼らの申し出を受けない事はできるが、大きな傷跡が残るだろう。これだけ譲歩したのに、拒否した下っ端として。そして次に無理を言われたときに断れなくなる。


 それが見えるシェリーはジュリウスを見た。


(私はこの話。受けても良いよ)


(絶対、駄目)


 それに対してジュリウスは断固拒否の構えだ。


(でもまずいよ。このままだと)


(それでも駄目。とにかく駄目)


 二人は視線を送りながら、話し合い………を続けた。


 ジュリウスがここまでかたくななのには訳がある。父親のオルダスも、母親のラヴィニアも、風来坊で頼りにならないため、ずっと親代わりをしてきたからだ。そのためこういった場面で無意識に、並び立つ妹ではなく、守らなければならない娘として見てしまう。


(それなら……レイモンド様の言っていた、護衛をつけてもらおうよ)


 シェリーが手振りでそう伝えると、さすがのジュリウスもぐっと黙り込んだ。ジュリウスにもレイモンドのこの案が、用意していた譲歩案を、上回るものだと予想が付いている。


 命令を聞くのを逆手にとって、相手に無理を呑んでもらうようなものだ。交渉の手段としてはありかもしれないが、こういったやり方は、立場を笠に着ているようで、あまり好きではなかった。それにそれをしたら、こちらはシェリーを差し出さないといけないのだ。


(ねえ、お兄様。これはもう命令ではなく、交渉ごとよ。それならどこかで妥協しないと)


 シェリーにそう『言われた』ジュリウスは、観念したらしく、なにかを我慢するかのように歯を食いしばると、うなり声をあげながら、ゆっくりと頭を下げ、しばらく抱えていた。本心では許せなかった。


 だが、このままではどうやっても命令をきかないといけない。それならば、こちらの条件を呑んでもらえる今が、タイミングだ。そう思い、諦めた顔つきでのろのろと顔を上げ、レイモンドに告げた。


「シェリーにも護衛をつけること。仕事は学院内のみにすること。その約束を守って頂ければお引き受けいたします」


「助かる。ありがとう。ジュリウス」


 レイモンドとリックは、ほっとした様子だった。交渉が決裂することも、覚悟していたからだ。ジュリウスよりも冷静に見えるシェリーを、一緒に呼び出しておいて良かったと考えていた。





 そして話が終わり、ジュリウスとシェリーが出て行った後、しばらく黙っていたレイモンドが、つぶやくように言った。


「真面目な話の最中だから、我慢しなければと思っていたのだが、…………おもしろかったな」


「あれで会話できるとは驚きでしたね。兄上」


 グリフィンがほとほと感心したように、兄に相づちを打った。


「会話もそうですが、相手がなにを考えているかが、大体、見当がつくのでしょう」


 リックは興味深そうに、今、目の前で起きた事を思い返していた。


「…………ラムレイ家の兄妹は本当に器用ですね」


 そう言ったマックスは、またしても注目を浴びる能力を、仕事の鬼である上司三名の前で披露してしまったジュリウスの迂闊さに、同情を禁じ得なかった。


 どうしてジュリウスは、こんなにうっかりしているのだろうかというと、それは自分の様々な能力を、「普通」のことであり、「大したことがない」という、悲しい勘違いしているからだ。




 話はまとまり、明日からシェリーが、セレスティーナの護衛……、侍女につく。

 ジュリウス曰く「武術はまったく使えない。戦いに行くときに、いないよりはマシというていど」のシェリーなら、充分に護衛任務を果たせるであろう。


 同じクラスで学ぶ事になるマックスは、そのうち手合わせする機会が訪れるだろうと楽しみだった。


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