真実の愛の勝利
ご挨拶
「貧乏男爵家の調査官日誌」を読んで頂き、ありがとうございます。
話の種が尽きてきたので、更新を一時停止します。
再開は一週間後ぐらいを目指す所存です。
パッカー男爵家の三女イザベラは、家でも学院でも孤独だった。
子どもに愛情どころか関心すら持たない両親の元に生まれ、売られるようにマガート伯爵家の次男で、跡継ぎのリーベルトと婚約をさせられたのだ。伯爵家の跡継ぎだというのに、「リーベルトと婚約させられた」と同級生たちに報告すると、「それはお気の毒に」と口を揃えて言われたのだから、話の内容は推して知るべしだ。
リーベルトには、殊の外大事にしている、「病弱な幼馴染み」がいる。正直言ってそのこと自体は別にいい。誰にだって、特別に大事にしているものはあるだろう。問題は、その幼馴染みを大事にするためならば、婚約者を犠牲にしていいと思っている点だ。
リーベルトの幼馴染みは、彼の領地マガート伯爵領の隣の、ソーント子爵領の一人娘、リリーだ。二人はそれこそ歩けるようになる前から、一緒に遊んでいたようで、今でも兄妹のように仲が良い。つまりはべったりだ。
だが残念ながら、リリーは子どもの頃から体が弱く、特に厳しい冷え込みが始まる冬の入り口には、毎年寝込んでしまうと言う。医者には、妊娠はできるかもしれないが、出産は難しいだろうと言われている。なぜそんなことを、皆が知っているかって? リリーがべらべらと話し、自分がいかに可哀想な女性か触れ回るからだ。
そういったわけでリーベルトは、リリーと結婚して、子どもを作る事はできないが、彼女を大事に思い、恋人のようにいつも側にいる。それにもかかわらず、跡継ぎだから子作りのために、嫁をもらわないといけないということだ。
そうして婚約した相手を、リーベルトとリリーは、まるで二人の仲を裂く、お邪魔虫のように目の敵にした。婚約相手にとっては理不尽な事だ。婚約者との待ち合わせをすっぽかし、手紙のやりとりも行わず、最低限の連絡すら取らない。その癖、学院で通りすがりに嫌みを言ったり、悪い噂をばらまいたりする。
一人目の婚約者は三ヶ月で逃げ出し、因果を言い含められた二人目は、半年で逃げ出した。学院の中では、どういうわけか病弱でか弱い、幼馴染みを守るリーベルトは、英雄扱いされていて、彼の婚約者は、愛されているリリーに、嫉妬から嫌がらせをする、心醜き女性として憎まれるのだ。
頭が痛い事に、現当主そっくりの息子リーベルトは、その母親ヴィヴィアンに溺愛されていて、母親はなんでも言う事を聞いてやる。そして彼の兄と弟も、母親と同じように甘やかしてしまう。リーベルトは、マガート伯爵家の王様だった。そんな王様が、「僕は本当は婚約者なんか欲しくないんだ」と、ぷんぷんと怒れば、学院でまで思いどおりになってしまう。
おかげでイザベラは、リーベルトの兄ケイからまで、婚約を解消されたくなければ、這いつくばって尽くすようにと、「嫁としての心得」を説かれ、弟のマルコムからも、機嫌をとる方法を伝授される始末だった。だがさすがに二回も婚約を解消された事に、母親は危機感を覚えているらしく、三人の息子に、今度の婚約者には、あたりを柔らかくするよう戒めているようだ。
その日、イザベラがカフェテリアで昼食を食べていると、すぐ目の前にリーベルトとリリーが座ってきた。せっかくの休憩時間に、うんざりする。リーベルトは、マガート伯爵家の跡継ぎなのだ。高位貴族エリアを使えるのに、わざわざイザベラのような男爵家の人間が座る場所に、嫌がらせのためだけに来るとは。二人はさっそくいちゃいちゃとし始め、時折、ちろりと見せつけてくるように見てくる。うっとうしいことこの上ない。
「まったく、愛されない婚約者なんてみじめだな。リリー」
「やだあ、わたしの事にらんでいるわ。あなたに愛されているわたしに、嫉妬しているのね」
リーベルトとリリーの、自意識過剰な会話を聞き流すが、不快な事には変わりない。イザベラと一緒に座ってた同級生たちが、さりげなく座る位置を変え、二人が見えないようにしてくれる。
「それにしても、あの二人の嫌がらせはしつこいですわね。イザベラ」
「暇なのかしらね。イザベラ」
「わたくし、思ったのですけれども、学院でしたら、休み時間だけしかお目にかかりません。でもご結婚なさった後は、どうされるのですか。イザベラ」
イザベラが黙っていると、次々に話しかけられる。
「結婚した後……。ある程度、なにをするか予定は決まっているの。でも確かに、二人には会いたくないわね」
夫に会いたくないという率直な感想に、全員の顔に苦笑いが浮かぶ。リーベルトとリリーは、イザベラが背を向けたのに気がつき、聞こえるようにわざと大声で話し始めた。自分たちがいかに愛し合っているのか、イザベラが空気の読めない、目障りな存在なのかを話している。九官鳥が二羽いるようなやかましさの中、同級生の一人が素朴な疑問を口にした。
「ねえ。こんなに仲が悪くて、子どもは出来るのかしら」
「できるわけないでしょう」
イザベラは間髪入れずに答えた。この時、その場にいた人々は、その発言の意味を真に理解したわけではなかったが、急に全員が声をあげて笑い出してしまった。
十代の少女によく見られる、一人が笑い出したら、その場にいた全員がつられて笑い出してしまうという、現象が起きたのだ。発言を冗談だと受け取った者もいれば、リーベルトに対する愚痴と捉えた者もいる。なんにせよ、誰も深く考えずに、笑うのが楽しいから笑っていた。
「なんて失礼な連中だ!」
突然、近くでリーベルトに怒鳴られ、イザベラと同級生たちは驚いて、身を固くして振り向いた。
泣き真似をしているリリーを、守るように立っているリーベルトが、ひどくにらみ付けていた。話し声で賑やかだったカフェテリアが、段々と静かになっていく。リーベルトは続けてなにかを言おうとしたが、自分が大勢から注目を集めているのに気がつくと、気まずそうにリリーを連れて出て行く。
その時に、イザベラに近づき、「人を馬鹿にして、絶対に許さないからな」と囁いた。残された人々は茫然としつつ、徐々に会話を再開しだした。イザベラたちも、緊張した体をほぐし、息を整える。
「今の、一体、なんだったのかしら」
「さあ」
「驚いたわ」
驚きで、まだ食事に手をつける気にならず、ゆっくりと飲み物を飲んでいると、一人が話し始めた。
「わたし、わかった」
一番、奥の席に座っていた、バーニーだ。彼女の席はリーベルトたちから、一番遠かったが、正面だったため二人の様子が、よく見えたのだ。
「リーベルト様は、イザベラが婚約者に立候補……していないけど、した理由は、自分のことを愛しているからだと思っているのよ。すべての女は、地位も財産も美貌もある自分に、夢中になるに決まっていると思い込んでいるのね」
「……婚約の話は、向こうから持ち込まれたものよ」
イザベラは慎重に、事実だけを答えた。
「だから、『僕はお前の事なんか嫌いだ。勘違いするな。つけあがるなよ』って、一々、嫌がらせをしてくるの」
「……そんな風に見えたのね」
「イザベラはつねにリーベルト様を、意識していると思い込んでいるのよ。イザベラがなにかをするのは、リーベルト様に見せるため。そう思い込んでいるから、さっきみんなが笑ったのを見て、自分が笑われたと思って怒ったのよ。つまりリーベルト様は、イザベラのことを強烈に意識しているのね」
「うーん……」
イザベラは、曖昧に返事をした。だが内心では、人に興味がなさそうなバーニーの、意外な観察眼に対して驚いていた。
リーベルトの心境はそのとおりだろう。なにもかも持っている上に、母親と兄弟に甘やかされ、世の中の全員が、自分に興味があると思っているのだ。またリリーも他人から嫉妬される事に、存在価値を置いている女性で、それはいつの間にか、世の中の全員が、自分に嫉妬していると思い込むまでになっていた。
二人をあまりよく知らない同級生が分析できるほど、リーベルトとリリーの価値観は世の中からずれていて、この時点でまともな結婚生活など、望めない事は誰もがわかっていた。
同級生たちに、はっきりとしない相づちをイザベラは打ちながら、無理に笑顔を浮かべた。
「そうなら怖いわね。ふふふ」
このように地獄のような学生生活を、イザベラはなんとかこなし、リーベルトと結婚すると、地獄そのものの生活を始めることになった。
◇◇◇◇◇◇
リーベルトの愛人リリー…………というと、周囲が激怒するので、「最愛の人」と呼ぶ事になっている。彼女の一家は、がっつりとリーベルトの、マガート伯爵家に入り込んでいる。
当たり前だ。子どもが望めないかもしれない病弱な女一匹で、伯爵家の跡継ぎが釣れたのだ。子爵家には帰っているのだろうかと不思議に思うほど、リリーの両親も兄のメイナードもずっといる。
メイナードは、リーベルトの兄貴分として、伯爵家で振る舞い、専用の部屋まで持っている。イザベラには悪い態度しか見せない使用人たちも、メイナードは下にも置かないほどの扱いだ。リーベルトとリリーの恋物語は、使用人たちの乙女心を打ち抜いたらしい。比較的身分の低い少女が、王子様と恋仲になり、結婚という常識を踏み越えて、一緒になれたという夢物語が良かったのだろう。お陰様でリリーとその一家は、ここではお姫様として扱われている。
そのメイナードの親友が、リーベルトの兄ケイだ。ケイは脳筋……生まれついての騎士で、子どもの頃から騎士を目指していたそうだ。見た目はいいのだが、頭の構造が素朴で、信じている人間のいうことはなんでも聞いてしまう、危ないところがある。つまり、仲の良い弟リーベルトと、親友メイナードが、イザベラは邪魔だと言うと、頭から信じてしまうということだった。
だがこれらの人々はそれほど問題でもない。問題はリーベルトの母親ヴィヴィアンだ。ヴィヴィアンは自分の夫に惚れ込んでいて、そっくりな次男リーベルトを溺愛している。当然、そこに嫁に来たイザベラはとことんいじめ抜く所存だ。スプーンの上げ下ろしからなにからなにまで。
理不尽ではあるものの、イザベラはそもそも嫁いびりなんて、理不尽なものと思っているので、受け流している。
「お義母様。これ、リーベルトが買ってくれた新しいドレスですぅ」
「まあ、可愛いわ。リリー。それに比べてあの嫁は……」
「あの女、子どもも生めないのにぃ、正妻の座に座って生意気だと思いません?」
「本当ですこと。実家に追返してやろうかしら」
目の前にいるイザベラが見えないかのように、リリーと義母ヴィヴィアンが会話している。典型的な嫁いびりの一つだ。嫁が二人いたら、片方を下げて、片方を可愛がれば良い。もう一人の内縁の嫁リリーを、義母は猫かわいがりしている。そして当てつけるように、イザベラを落とすのだ。それを部屋にいた使用人たちが、にやにやと嫌な笑いを浮かべ見ていた。義母とリリーにお世辞を言って、イザベラを落としてくる。
ヴィヴィアンはいろいろ言うが、さすがにリーベルトに嫁の来手がないのはわかっている。だから「実家に追返してやろう」は本気ではないとわかっていたが、それでも嫌だ、帰りたくないと顔に出てしまったようだ。
実家からついてきてくれた侍従のアンジェロが、そっと部屋の外に出してくれた。イザベラの部屋に戻ると、優しく抱きしめ、寝台のカーテンでくるんでくれる。
「少し、お疲れのようです。今日はもう、休みませんか」
「疲れてはいないけど、二人でこうしていたいから、もう休むわ」
イザベラがそう言うと、アンジェロは苦笑した。
「仕方がありませんね」
そういいながら、目が優しく笑っている。
イザベラは両親から、関心をもたれない子どもだった。
保護者である大人から、関心を持たれない放置された子ども。下手な虐待よりも、ひどい目に遭う事もある。四歳年上の侍従アンジェロは、イザベラを救い出し、食事を与え、生活を整えた。常識と世間を教えて、イザベラは貴族子女としての、仮面を身につけられるようになった。だがアンジェロ以外の人間を、側に置く事ができなかった。リーベルトのように、選んでそうしたわけではない。
それなのに両親によって婚約が結ばれてしまい、必死で逃げ道を探した。本当は、二人で逃げたかったが、もし捕まってしまったら、アンジェロは誘拐の罪で投獄されてしまう。
絶望に陥っていた時、リーベルトの弟マルコムと、その婚約者マリアに声をかけられたのだ。
「僕の兄リーベルトと、『結婚するという仕事』を依頼したいのです」
話を聞いたイザベラは、自分とアンジェロとの生活のために、その仕事を引き受けることにしたのだ。
◇◇◇◇◇◇
イザベラとリーベルトとの、白い結婚は十七年を過ぎた。
二人がお互いに寄りつかないのだから、子どもができないのは当然だ。姑のヴィヴィアンは、最初の数年は、それはもう意気揚々と、イザベラに子どもが出来ない事を指摘した。もちろんなぜそうなのか、ヴィヴィアンにだってわかっている。だが嫁いびりが楽しかったのだ。
しかし五年を過ぎた辺りで、急に焦りだした。
それというのも、リーベルトの同世代に出産ラッシュが続き、その時、生まれた子どもたちが外に出されるようになったからだ。お茶会などに出席しても、自分だけ孫がいない日々。
あわててイザベラに説教をしても、まるで頭がおかしい人を見る目つきで見てくるわ、リーベルトを叱責しても、激怒され、部屋から追い出される始末。それを周囲に相談すると、リーベルトとリリーの愛を邪魔するなど、最低だと罵られ、使用人にまで非難がましい目で見られる。
ずっと昔からそうだったように、この屋敷にいるもの全員が、リーベルトとリリーの愛の味方だった。その理由は簡単だ。無責任に応援しても、彼らにはなんの痛手もないからだ。
そんな生活を十何年もした後、なぜか別邸に住んでいた三男のマルコムと、その妻マリアが、ヴィヴィアンの夫でマガート伯爵家当主の指示で、本邸に引っ越してくる事になった。
二人の間には七人の子どもがいて、住み始めたその日から、まるで街中のように賑やかだ。
翌日、広間に関係者を集めると、当主は厳かに公言した。
「三男のマルコムに爵位を譲る。その跡継ぎはマルコムの長男オーガストだ。今年十四歳だったな。立派に努めを果たせよ」
「「はい」」
マルコムと、オーガストは元気よく返事をした。
「お待ちください。父上」
リーベルトと、その取り巻きたちが抗議の声を上げた。なぜこの事態に陥ったのかわからないという顔をしている。しかし抗議を受けたマガート伯爵もおろおろしている。
「なぜ皆、驚いているのだ? マルコム以外にいないではないか」
「父上、なぜ、このわたしリーベルトを、後継者から外したのですか?」
リーベルトの背中には、ショックを受けているリリーがしがみついている。利権を得ようとしていたリリーの一家もだ。
「子どもがいないからだ」
当主はしごく当然の事を言った。
「そんなつまらないことで。確かにリリーは体が弱いです。ですが二人の愛は確かなものなのですから、子どもなど養子をとればいいだけではありませんか」
「……そうだな。まあ、好きにすればいいと思うぞ」
誰もが羨む生活を送っている自分が、父親に選ばれなかった理由が、リーベルトにはわからなかった。リリーの話をすると、いつの頃からかまわりから羨ましがられ、尊敬され、当主に相応しいとおだてられたものだ。何度も繰り返され、洗脳めいた思考になっているが、とにかくリリーに入れ込む姿こそ、当主に相応しいとずっと聞かされてきたのだ。それが始まると、リリーの両親も、兄のメイナードも、ついでに自分の兄ケイも、まるでリリーを売り込みにかけているかのように、同意してくれた。
それにある時から、正妻を娶らないといけないこと。だがもし正妻との間に子どもができてしまったら、それは真実の愛の敗北であることが追加された。この伯爵家の英雄が、そんなことになっては、とんだ恥さらしだと囁かれた。だからリーベルトは無意識に崇高な運命に殉じた。
それなのに……。
「わかりました。養子を取ります。その子をリリーとの子とします」
「そうなのか。がんばれよ……」
リーベルトの宣言を、伯爵は不思議そうな顔をしながら聞いていた。隣の瞳をきらきらさせているマルコムに尋ねる。
「養子って……。どこから引き取るんだ?」
「兄上は欲しいと思ったら、なんでもすぐに手に入ると思っているんです。養子だって実子と同じように、育てる必要があることがわからないのでしょう」
マルコム夫妻は、別邸で子どもを産み育てた。子育てに苦労する姿を見せた事がないし、その苦労をリーベルトに聞かせた事がない。むしろ子育てなんて「簡単だ」と、日頃から言っていた。だからリーベルトは、子育てに関する大変さを、直に目にした事がないのだ。
「下手に養子を取るくらいなら、おそらく今からでも実子を生んだ方が早いぞ」
「兄上に子育て……無理でしょうね。自分のほうが、子どもに合わせないといけないんですよ。まあ、見つからなければ、僕の子どもを一人、送り込みましょう」
リーベルトは、自分のせいだと思わなくていいと、リリーを慰めていた。リリーの家族も同様だ。そして近くの使用人たちも同情するような目で見ている。弟のマルコムからすると、奇妙な光景だった。
目の前に正妻がいたのだから、いくらでも子どもは作れたはずだ。仮にリーベルトが嫌がっても、リリーも、その家族でも、誰でも良いから説得すれば良かった。そうすれば爵位が手に入った。だがなにもしなかった。
その理由は、リーベルトの心の中における、リリーの絶対的優位を誰も崩したくなかったからだ。リリー一人で、跡継ぎリーベルトを操っていたリリーの家族は、同時にそれが不安定な状態であることも自覚していた。だから将来のために子どもを作って、バランスが崩れてしまうことを恐れた。将来の不安から目をそらしたのだ。
もし子どもが生まれたら、さすがのリーベルトも可愛がるかもしれない。二人目を欲しがるかもしれない。そんな様々な可能性を考えてなにもしなかった。
マルコムは彼らのそんな不安を、後ろからちょっとつついてやっただけだ。
……三人兄弟の末っ子のマルコムは、家庭内で難しい立場だった。
体も声も大きく暴力的な長男と、母親に溺愛され、なんでも叶えてもらっている美貌の次男。そんな中で体も声も小さく、誰からも注目されない三男が生き延びるには、小細工を弄するしかなかったからだ。
長男を持ち上げ、見返りに学校のいじめっ子から守ってもらい、次男をおだてて、文房具を分けてもらう。自然と、実母にお得な情報を流し、欲しいものを手に入れ、使用人を操って、快適な生活を手に入れるようになっていった。
この手段が効かないのは父親だけだったが、父は良くも悪くも自然体のマルコムを見ていてくれた。
まわりの人を操る事で、生活を成り立たせていたマルコムの元へ、ある日、お見合い話が飛び込んで来た。モット伯爵家の長女マリアだ。マルコムも伯爵令息だが三男で、こんないい話がくるはずない。しかしマリアはこんな風に話を切り出した。
「ご長男の騎士ケイ様にはご結婚の予定はない。次男のリーベルト様は真実の愛に殉じ、そうなるとお子様は…………。順調に次世代を望めるのは、マルコム様だけでいらっしゃいますわね」
そのことは大分前から、マルコムも考えていた。だからマリアとその実家ともよく話し合い、『準備』した。そう、準備をしただけだ。ただし不確定要素を減らすために、リーベルトの正妻になる女性とは、お互いにとって利益になる契約を結ばせてもらった。
当主になる以上、リリー可愛さにリーベルトが無尽蔵に注いでいた金銭の流れを、マルコムはたつつもりだ。当方にとって、なんの利益にもならない支援。
リリーのソーント子爵家を一気に切り離し、リーベルトの資産も常識的なものにしていく。文句を言われても、それが実行できるだけの権限を手に入れた。もし感情的に訴えられ、母親のヴィヴィアンをけしかけられても心配ない。ここのところヴィヴィアンは、マルコムの子どもである孫たちに夢中なのだから。
◇◇◇◇◇◇
ヴィヴィアンは次期当主を決めた大事な場に、イザベラがいないことに気がついた。
「イザベラさんは、どこに行かれたのかしら」
マルコムの妻マリアが代わりに答える。
「跡継ぎの正妻として、本邸でお務めするのは大変だったでしょうから、私たちと入れ替えに別邸にご夫婦で……あ、いえ、お一人で住めるように手配いたしました。最初はもっと小さい家でいいと、ご遠慮なさっておいででしたが、それだけの仕事……ご苦労だったと、夫と二人で『何度か』『繰り返し』たところ、その気になって頂けたようで。今は別邸で羽を伸ばしておいでですわ」
家庭という密室で、寵児の正妻でありながら、つねに敵でいなければならない。それでいて排除されてもいけない。そのために時にはまわりを刺激し、時には沈黙する。その絶妙なバランスを取るのが、イザベラとアンジェロ夫妻は抜群に上手かった。期待以上の働きを見せてくれたお二人には、充分な報酬をはずんだし、今後も協力を仰ぐ予定だ。
「ですから、しばらくお休みして頂きましょう」
マリアはいつものように、その美しい瞳をきらめかせた。
慈愛の聖母のような温かい笑みを浮かべているが、どうしてだかこの微笑みを見ると、ヴィヴィアンは不安を感じてしまう。ヴィヴィアンはいつもなんでも、自分の思いどおりにしてきたし、そうなってきた。だがマリアがこの家に嫁いできてからは、なんでもマリアの思いどおりになってしまうのだ。
マリアは別になにかを主張したりしない。要求することもしない。ただにこにこしているだけだ。それなのに……。
微笑んでいるマリアを見て、背筋が寒くなった。だがそれがなぜなのか、どうしてもわからなかった。




