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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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トンネル

救いや成長がない話です


 貴族子女の保護の届け出があったのは、つい先日のことだった。


 家庭で虐待を受けているそうで、幼馴染みの男性二名、それと使用人の女性の、合わせて三名から申し出があった。話を聞くと確かに虐待は行われているようだが、本人の行動は制限されていない。そのため担当の男性はこう答えた。


「ご本人が申し立てるわけには参りませんか?」と。


 その場で友人たちから、罵詈雑言を浴びせかけられたという。曰く、実の両親にひどい虐待を受けている以上、本人にそんなことをする勇気はないに決まっている。曰く、そんなつらい体験を自分の口から話させる気かと。曰く、権力があるのにどうして助けてやらないのかと。


 そのため、男性は次にこう言った。


「とりあえず話を聞きたいので、一度いらして下さるようお声がけを」と。


 しかしこれも彼らは気に入らなかったようで、「なんて冷たい人たちだ」と声を張り上げ帰って行った。


「こういったことがあったんですよ。ジュリウスさん」


「三人か。それは手強そうだな……」


 話を聞いたジュリウスは、容易に解決しないように思われた。


 この手の問題は、被害者本人をどうやって窓口につなぐかが大事な点だ。結局の所、本人から話を聞いて内容を整理しないと、要点はわからないからだ。


 また本人が問題をどう考えているのかも重要で、どれほど深刻な内容でも、当事者が解決を望んでいなければ、どうにもできないこともある。そして有り難いが、難しい存在が善意の第三者だ。彼らがいたからこそ解決した問題は多いが、暴走すると厄介な存在にもなる。本人に窓口に来て欲しいと言っただけなのに、暴れられるとは困ったものだった。



◇◇◇◇◇◇



 ギビンズ男爵家には、聖女と呼ばれる令嬢オーロラがいた。

 両親と姉から虐待を受けている。


 子どもの頃から優秀で、それに目をつけた両親から家の手伝いをさせられていた。年少の身で領地の難しい仕事をさせられ、まとまった休みがあると領地に出向く日々。実家に戻ると男爵夫人の仕事までさせられ、いつもへとへとだった。


 家庭内での地位は低く、服も靴も食事もまともなものは与えられず、両親や姉からは暴言を浴びせられる日々だった。


 オーロラは慈愛に溢れ、身分の低いものにも優しく、彼らのためになんでもやってあげるため、領民には慕われていた。


 今、直接仕えてくれている使用人のリンジーも、領地に無私の心で尽くすオーロラの姿に心打たれ、田舎から一人で上京し側にいてくれている。冷酷な両親が雇うことを許さなかったため、無償で仕えてくれているが、オーロラはリンジーの美しい心にいつも感謝していた。


 早朝にたたき起こされ、なんとか仕事をこなし、貧相な身なりで、まるで下働きの使用人のような扱いをされていた。だがそんなオーロラには、リンジー以外にも味方がいた。二人の幼馴染みだ。


 ノイス男爵家の長男クロウフォードと、騎士を目指しているダルネルだ。二人はいつもオーロラがこぼす、両親から受けるひどい仕打ちを聞いて怒ってくれた。しかしある時、二人に言われた。この虐待を公的に申請し、保護してもらおうと。


 オーロラは必死になって、事態をまったく理解していない二人に訴えた。


 そんなことをしては、両親が困ってしまうと。それに保護なんてされたら、家の仕事が回らなくなってしまうと。領民に迷惑をかけてしまうと。


 優しくて慈愛に溢れるオーロラがいなくなったら、いかに大変なことになるのかを三十分近くに渡って、延々と二人に訴えたところ、渋々引き下がってくれた。


 だがしかしある時、迷惑な事に役人が訪れたのだ、


「なるほど、ご両親からそんな仕打ちを……それでご自身の保護を申請する気はありますか?」


 やってきたジュリウスという青年と、二時間近く、自分がどれだけひどい虐待に合ったか話したが、かといって保護される気はなかった。確かに一つ一つのことを思い出すと、胸が苦しくなる。なぜ自分がこんな目に合わなければいけないかと思う。


 だが自分がいなくなれば、「みんな」が困り、たいへんなことになる。だから自分がいないと、どれだけの人が困るかを、切々と訴えた。


 ジュリウスは聞いているのかいないのか、静かにしている。喋り続けるオーロラを、じっと見ていたが、ほんの一瞬、話が切れたところで、質問してきた。


『そんなひどいことをするなんて、ご両親は残酷ですね。きっとまともに子育てなんて、してこなかったに決まっています。そんなやつ、こっちから切り捨てても、いいのではありませんか?』と。


 それまで自分がどれだけひどい虐待を受けていて、みじめで可哀想かをアピールし、それを通して両親の悪逆非道さを宣伝していたオーロラは、他人に悪く言われた途端、顔を真っ赤にして反論した。


「な、な、なんですって。両親を侮辱するのは許しません。両親にはきっと考えがあるのです。昔は領地の経営も苦しくて、それほどお金がなかったし、努力している両親をとやかく言うなんて、あなたは何様なんですか」


 なんの驚きも見せずにジュリウスは頷いている。そしてこう言った。


『そうですね。ご両親はたいへんなのでしょう。ご苦労なさっておいでだ。だったらあなたも少しくらいの苦労は我慢なさるべきだ。なぜならどう見たって、ご両親のほうが苦労なさっておいでなのだから』と。



 そう言われたオーロラは、あまりの腹立ちのあまり、顔色が変わり、手の下にあった書類をくしゃくしゃにし、破り捨てた。聖女の面影をかなぐり捨てて立ち上がると、耐えかねたように机を手のひらで何度も叩いた。


「一番、苦労しているのは私です。一番、可哀想なのも私です。私が一番たいへんなんです。両親がなにを苦労していると言うのですか。私におんぶに抱っこで。そんなこともわからないのですか」



 ジュリウスはそれに返事をせず立ち上がると、部屋を出て行った。扉の所で頭を下げる。


「明日また来ます」


 自分が一番苦労していることを、否定されたオーロラはその日、腹が立ちすぎて眠れなかった。



◇◇◇◇◇◇



「おかえり。ジュリウス君。面倒な案件を担当したね」


「まあ……今は時間があるので」


 本部に戻ったジュリウスを、リックは物珍しそうな目で見てきた。


「君が苦手なタイプに思えるけど」


「少し、こういったのも勉強しようかと。結論から言うと解決できないと思います」


「ふうむ。このギビンズ男爵令嬢のオーロラ……と、その家族はどんな印象だい?」


 書類をぱらぱらとめくったリックは眉をひそめた。この手の問題は、驚くほど少ない情報で、あらかた予想できることもある。


「家庭内でオーロラ嬢に対する虐待は行われていますが、命にかかわるようなものではありません。ご両親と姉君は確かに問題がありますが、結婚かなにかで家を離れれば、自然消滅するでしょう。問題はそのオーロラ嬢で、あれはおそらく絶対に、自分から家族と離れないでしょう」


「絶対に」


「はい。少しでも家族と離れるよう勧めると、家を離れなくても済む、あらゆる理屈を並べ立てます」


「その理由を分析したまえ」


「ええと……。虐待も含め自分が苦労し、それに耐え抜いていることが存在価値になっている。そうやって生き延びてきたから、そこから離れないのでしょう。『一番苦労しているのは私だ』と絶叫されました」


「つまりは本人が、虐待の場から出ることを望んでいないと。そうだね。これは解決しようがない。だが努力はしよう。交代で定期的に訪問してくれ」



◇◇◇◇◇◇



 ノイス男爵家のクロウフォードは、かりかりしていた。


 幼馴染みのオーロラが虐待されており、ひどい目に合っているのに、なにもできないからだ。本人に保護を申請しようと誘っても、優しくて慈悲深いオーロラは、「家族に迷惑が」「領民に迷惑が」と頷かない。


 だからかわりに申請したのに、なんの助けにもならない。時々、木っ端役人が面会に来るだけだ。


 だがこの度、最も望ましい方法で、連れ出すことに成功しそうだった。


 オーロラと結婚したいと望んだクロウフォードに、父親が許可を出したのだ。だから婚約が成立したらすぐにオーロラを連れ出して、結婚前も結婚後もノイス男爵家で保護する予定だ。オーロラの優秀さは伝わっており、それがノイス男爵を動かしたのだ。


 婚約の話を伝えると、オーロラは顔を真っ赤にして喜んだ。警戒していた父親のギビンズ男爵だが、よい条件を提示したのと、家同士の距離が近いのに心が動いているようだ。だが、なにがあっても二度とオーロラは実家に戻さないと、クロウフォードは胸の内で高笑いを上げた。


 そして婚約が決まって、無理矢理、連れ出すようにオーロラをノイス男爵家に引き取った。荷物といってもないも同然だが、新しく揃えるのも悪くないと、期待に胸を高鳴らせた。だから翌日は、二人で買い物に行こうと約束して、幸せな生活を始めた。


 しかし翌日、ギビンズ男爵一家から「用事があるので、一人きりで戻るように」というとんでもない手紙が届いた。


 当然、クロウフォードは腹を立てたが、礼儀正しく育てられた彼は、きちんと手紙をオーロラに渡した。


「もうこんな手紙は無視していいんだ」と。


 しかし手紙を見て、オーロラは一瞬、まるで待っていたかのような笑みを浮かべた後、悲しそうな顔になりうつむいた。


「お父様が呼んでいらっしゃるから、帰らないと」

「もういいんだ。僕たちは婚約したんだし。言う事なんてきかなくても」


「そんなわけにはいかないでしょう?」

「オーロラ。昨日約束したよね。買い物に行こうと。僕との約束は?」


「ごめんなさい。でも私が行かないとみんなが困るのよ」

「それなら僕も行くよ」


「いいえ。一人で来いって書いてあるから」


 クロウフォードは馬車で送り、当然のごとく連れて帰ろうとしたが、頑なに一人で行くと言い張り、行ってしまった。その様子をノイス男爵夫妻が間近で観察していた。


「これは驚いたなあ。おい、クロウフォード。この婚約は難しいぞ」


「悪いのは彼女の両親なんです。彼女を言いなりにさせて。あいつらさえいなければ」


「そこじゃないわよ」


 男爵夫人が気の毒そうに、自分の息子を見た。


「ねえ。私たち、三十分くらいあなた方の会話を聞いていたけど、その中で一度だって、あなたの意見に耳を傾けなかったわ。ずっと自分の話、自分の意見ばかり。まるで一人で喋っているみたいだった。ああいうタイプと結婚するのは、無理があるのじゃないかしら」


 クロウフォードはひどく侮辱された気分になり黙った。オーロラがいかに領民に慕われる聖女か、両親の言う事を聞いてしまう、優しくて慈悲深い女性なのかを知らないくせにと。


 それからクロウフォードは、使命感をみなぎらせて、ギビンズ男爵家に通った。悪の巣窟にとらわれの聖女を迎えに行き、連れ出すものの、しばらくすると実家に呼び出されてしまうの繰り返しだった。


 クロウフォードはオーロラとたくさん話合った。夫婦になるなら優先順位を変えて欲しい事、少しは夫に合わせて欲しい事。優しいオーロラはその時は頷くが、結局、その慈悲深さから実家を優先してしまうのだ。


 そしてある日、沈んだ気分でギビンズ男爵家の廊下を歩いていると、オーロラが使用人のリンジーにこぼしているのを聞いた。


「どうしよう。そろそろクロウフォードが来てしまうわ。作業が全然終わっていないのに」


「大変ですね。オーロラお嬢様。少し待ってもらいましょうか」


「駄目よ。強引だし。話を聞いてくれないし。ああ、私はどうしたら良いの。これではみんなに迷惑をかけてしまう」


 クロウフォードは頭が真っ白になって、廊下に立ち尽くした。


 ずっとオーロラの境遇を気の毒に思い、そこから救い出してやりたいと思っていた。だから聖女を救う英雄気取りで、婚約を申し込んだのだ。だが新しい生活はまったく思いどおりにいかず、オーロラは地獄のような環境から、てこでも離れようとしなかった。そう、あらゆる手段、あらゆる言い訳を駆使して、実家に戻ってしまう。


 そしてたった今、聞かされた。オーロラはクロウフォードの英雄的行為を、迷惑に感じていると。


 その時、リンジーの相づちで、頭を殴られたような衝撃を受けた。


「お可哀想なオーロラ様」


 これはオーロラが、両親からひどい虐待を受けたと話すときに、リンジーがいつも入れる合いの手だった。自分がオーロラにとって、虐待する両親と変わりない扱いを受けている事に気がつき、衝撃でしばらく動けなくなった。


 そこでようやく、何事も自分の調子で進めないと気が済まず、他人の意見をまったく聞き入れないオーロラは、虐待してくる両親から救い出して欲しいとは、露ほども思っていないということを理解したのだ。


 もしクロウフォードがただの男だったら、このまま家に帰って酒を飲んで憂さを晴らしたかもしれない。だが男爵家の跡取りだった。だから重たい足を引きずって、オーロラと顔を合わせ交渉した。


「オーロラ。君は忙しいみたいだから、このまま帰るよ。それで二人の婚約についてきちんと話合いたい。だから『君から』時間を作ってくれないか」


 そう告げるとクロウフォードは自宅に戻り、じっと待った。二週間後にようやくオーロラが訪ねてきたが、運が悪く来て早々にギビンズ男爵家から呼び出しがあり、強く引き止めたが帰ってしまった。クロウフォードとノイス男爵家は、男爵夫人には不適格であるとの結論を出さざるを得ず、婚約は解消の運びとなった。



 数日後、泣いているオーロラを連れた、幼馴染みのダルネルと、使用人のリンジーが乗り込んできた。


「ひどすぎます。クロウフォード様。こんなに苦労されているオーロラ様との婚約を解消するなんて」


 リンジーは敬愛する聖女オーロラの、婚約解消に憤りを隠せなかった。


「オーロラを両親から守れるのは、お前だけだと思って譲ったのに……。相変わらずギビンズ男爵家で、働かされているそうではないか。助けてやろうと、思わないのか」


 こんなに怒ったダルネルを、クロウフォードは見た事がなかった。これだけ言われてもなにも言い返す気にならなかったし、言い訳する気にもならなかった。自分自身も婚約前は同じような事を思っていたからだ。ダルネルは、「自分がオーロラと結婚する」と言い捨てて帰って行った。喉から手が出るほど止めたかったが、無駄だと自分に言い聞かせた。


 クロウフォードはその後、父親の紹介した相手と結婚した。普通の女性で、オーロラのような魅力はなかったが、初顔合わせの時に、話や意見をきちんと聞いてくれ、たったそれだけのことで安心した自分がいた。


 そしてその時初めて、自分がオーロラから、ただの一度も大事にされた事がないことに、思い至ったのだ。


 オーロラは会う度に、何時間も自分の境遇について話した。それを大変なのだろう。苦労しているのだろう。そう思い黙って聞いていた。だがクロウフォードのことを考えたら、そんな辛気くさい話題ではなく、時には明るい話をすることだってできたはずだ。


 クロウフォードが、例え独り合点だったとしても、助けようとしたのを見て、それに応える事だってできたはずだ。だがいつも迷惑そうな顔をして感謝の言葉の一つですら、述べた事はなかった。そう、付き合った数年間、ただの一度も、ありがとうの言葉はなかった。


 そう思うと胸が切なくて苦しくなった。自分が悲しいからではない。自分がオーロラのことをまったく理解せず、その姿を見ていなかった事に気がついたからだ。目の前にいたのに、その本質を捉えていなかった。


 オーロラが自分以外の誰も大事にしたことがないのは、彼女自身が大事にされたことがないまま、育ってしまったからだ。大事にされる事も、大事にする事も知らないまま、大きくなってしまった。


 そしておそらくどこかで学んだのだ。「自分は人一倍苦労している」「可哀想な女なんだ」と言えば、話を聞いてもらえると。オーロラにとって唯一の救いであり、たった一つの武器は、「両親から虐待されているという立場」であり、それを手放さない事が強みになると学んだ。それさえあれば、人々は自分の話を親身に聞いてくれる。


 それがわかったクロウフォードは、普通の方法で救いを手に入れる事ができない歪んだ世界に育ってしまい、そこからもう引き離せないという残酷な現実に、胸がむかついて仕方がなかった。



◇◇◇◇◇◇



 オーロラはその後すぐにダルネルと結婚し、子どもも生んだ。ダルネルは最初こそは息巻いていたが、すぐにクロウフォードと同じ問題にぶち当たり、愚痴をこぼしに来るようになった。子どもを生んだ後もオーロラは相変わらずで、実家に入り浸りだったため、ほとんどの子育てはダルネルと、使用人のリンジーが行った。


 そうは言っても放置気味で育った五人の子どもは、まあ、だいたいはしっかり者で、それなりに自立した子どもに育った。



◇◇◇◇◇◇




 ジュリウスが提出した報告書を、読んでいたリックはつぶやいた。


「オーロラのような女性は、確かに気の毒ではあるな」

「そうですね」


「子どもの頃に誰の助けも得られなかった。だから大人になってから、人に助けを求める事ができない」

「そうですね」


「自分が一番可哀想と思っていないと不安だなんてね」

「そうですね」


 返事はするものの、ジュリウスはこの問題にあまり関心がなさそうだ。


「…………その様子だと、ジュリウス君は、あまり可哀想だと思っていないのかな?」


「私の亡くなった曾祖母がこういったタイプで」


「曾祖母様が」


 意外な話の展開にリックが顔を上げると、ジュリウスはめずらしく嫌悪感という、否定的な感情を表面に出した顔をしていた。


「それはもう強烈な方でした。朝から晩まで苦労話。絶対に人を褒めない。ほんの少しでも自分以外の人間が苦労していると思うと発狂する。一度、父が大怪我をして命にかかわるかもと、皆が青くなっている時に、『そんなの大したことない。私のほうがずっと』と言い始めて……。孫の命よりプライドのほうが大事なのかと、唖然としました。だから正直言いますと、似たようなタイプのオーロラに同情する気になれないのです」


「ふうむ。そうやって聞くと、可哀想な女性というより、体力が有り余っている迷惑な親類といったところだ。印象が変わるね。なんというか、たくましさを感じる」


「見たところオーロラも、曾祖母のように体力が有り余っているようでした。私が彼女に同情しないのは、その将来を心配していないからでもあります。虐待している両親も、いずれ年を取り、弱って亡くなります。だからこういった問題は、今、無理に解決できないのなら、先送りしてもいいと思います。その人の人生の、いずれかの時点で、問題から抜け出せたら、『勝ち』だと思っていいのではないでしょうか」


 ジュリウスにはまったく悲壮感がなく、あっさりとしている。

 彼の頭の中では、オーロラが年を取り、将来、自由気ままに人生を送る姿が見えており、『虐待されている不憫な少女』に同情する気持ちは微塵もないのだ。


 オーロラは生まれたときから今までずっと、真っ暗なトンネルの中を歩いている。そのこと自体は気の毒だ。彼女にはなんの落ち度もないのに。だがそのトンネルもいずれ終わる。今、つらい人生が続いているということは、いつかはそこから抜け出せるということでもあるのだから。


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