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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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113/115

帰宅


 ブラックウェル領から炭鉱夫募集の連絡が、ラムレイ領に回ってきたのは十日前のことだ。それはブラックウェル領の近隣。つまり王都の北方にばらまかれており、大規模だった。どれくらいの人間が集まるのかと思っていると、結構な人数が応募したようだ。


 ラムレイ領にはずいぶん昔にうち捨てられた炭鉱があり、その当時、働いていた老人たちが若者を誘ったこともあったし、なにより馬車で数日の距離という気安さもあった。今は12月で下手な出稼ぎに行くより、稼ぎが良く、ちょっとばかり汗をかくくらいの暖かい穴蔵で、過ごしたいと思う者も多かったらしい。


「あ、領主様。行って参りやす」


 朝、登校する途中で、荷馬車で運ばれていく領民たちに口々に挨拶され、無事を祈って見送る。


「…………領主ではないのだが」


◇◇◇◇◇◇



「わかるわ。私も領主って呼ばれる」


「何度も説明しているのですが……」


 炭鉱の地図を前に、セレスティーナと雑談が始まっていた。


「お父様のオルダス様は、なんと呼ばれているの?」


「時々森にこもって剣を振り回し、奇声を発している男と」


「お爺様は?」


「若様か、ご隠居です。父が危なっかしかったので、跡継ぎに悩んだ曾祖父がぎりぎりまで代を譲らなかったのです。その当時を覚えているご老体は祖父を若様と。祖父は継いだ後、責任を持たせたほうがしっかりするのではないかと思い、すぐに父に跡目を譲ったのです。それを知っているものはご隠居と」


「なるほど」


「ですが私は跡を継いでいませんし、予定もないし、シェリーが跡継ぎだと何度も言っているのですが」


「シェリーと……、婚約者のブルックスはなんと呼ばれているの?」


「跡目と、婿殿と呼ばれていますね」


「どうして説明を聞いてくれないのかしら」


 二人とも考え込んでいる。


 側で聞いている家令のハンプソンは、領民たちの気持ちがよくわかった。下々の者にだって選ぶ権利があるのだ。ふらふらした風来坊なんかより、領地を見回って、領民の声にきちんと耳を傾けてくれるお偉いさん。こんな人が領主ならいいと、敬愛の念を抱ける御仁。それがジュリウスなのだろう。


「ところで鉱山の稼働率がすごいですね。新しい事業が始まるのですか」


「ええ。ブラックウェル領に鉄道を敷こうと思って」


「……それはまた」


 ぴんとこなくてジュリウスは一瞬、目を彷徨わせた。それというのもブラックウェル領の輸送は主に河川が担っており、それが北から始まり南の王都に直結している。鉄道を敷く利点が思いつかなかった。


「隣のガビン領との共同計画なの。我が領とガビン領を東西につないで、流通を増やして南の王都まで輸送しようと」


 かなり大がかりな計画だ。


「鉄道会社はどこにするのですか」


「四つほど選定していて。どこにするか迷うわ」


「ガビン領と相談して決めればいいのではありませんか」


 そう言うとセレスティーナが、とても疲れた顔になったのがわかった。


「ガビン閣下は完璧主義なところがあって……。時間とか、人手とか、経費とか経費とか経費とかを顧みずに、自分のこだわりで決めてしまうところがあるの。とくに鉄道なんて乗り物はきっともう……。我が領はそんなに余裕がないから、一番、安い会社にするつもりよ」


「とするとドーンズ社ですか。ガビン閣下はどちらを?」


「アレクセイ鉄道会社ね」


「羽振りがいいですね」


 ガビン領の金満ぶりに、ジュリウスは思わず舌打ちしそうになるのを我慢した。それにしても……。鉄道会社の名前を聞いて、なにか連想するものがあった。


「どうしたの。ジュリウス」


「子どもの頃、この二社の鉄道に乗ったことがありまして、それをちょっと思い出していただけです」


「どんなだった?」


「たいしたことでは」


「乗った人から話を聞きたいわ」


「えーと。本当に大したことではありませんが。母親に拉致……連れられて、西のエール地方に鉄道で行ったときのことです。ドーンズ社の列車は時折、異音を立ててその度にメンテナンスしていました。だから時刻表が十何時間も遅れるのです。でもその分、安くて気軽に導入できたと、領地の方々が話していました。経路に、有名なアレクセイ鉄道会社を採用した領地がいくつかあるとかで、当時は立派な機関車が見られると楽しみにしていたのですが……」


「どうだったの?」


「レール幅が違うとかで、アレクセイ社の領地に入ったところで、人も荷物も全部降ろされて乗り換えしたのです。真夜中だったため、子どもだった私には起こされたのがかなりつらく、翌日は頭が重くて大変でした。でも数日経てば体調も元に戻るだろうと思っていたら、その前にまた別の鉄道会社に乗り換えたのです。その時、人の乗り換えは上手く行ったのですが、貨物列車の荷物の中身が合わないとかで、確認に何時間もかかって……。まあ、そんな乗り換えが何度もあったのがつらかったです」


「それが鉄道のつらいところですね」


 側で聞いていたハンプソンが感想をもらした。鉄道会社によって様々な規格が違うのは当たり前で、レール幅はその最たるものだ。違うものは仕方がない。


「そうね。そういうものだし。でも大変だったわね」


「便利なものですが、二度と乗りたくないとも思いました」


◇◇◇◇◇◇



 学院で授業を受けていると、三年の教室にシェリーが入ってきた。教師に目礼しながらアリアノエルに耳打ちする。アリアノエルは帰り支度を始め、次にシェリーはジュリウスに耳打ちした。


「炭鉱で崩落事故発生」と。


 身支度を調え高位貴族用の控え室に入ると、馬車の用意を待っているセレスティーナと侍女たちがいた。


「まだなの」


「車輪の調子が悪く、少しお時間が欲しいと。交換用の部品が見つからないそうです」


「それでは時間がかかってしまう。他の馬車の部品を融通できないかしら。こちらは今すぐに必要でと、頼めない?」


「もう試したそうですが、長さが合わないとか」


「馬車ごと借りるのも手続きに時間がかかるし……ジュリウス。馬に乗せて。そのほうが馬車より早いのよね」


「はい」


「じゃあ、俺も」


 ジュリウスは学院の馬房で、きれいな毛布を借りてくると鞍にかぶせた。


「乗るときはタテガミのここを、力を入れてつかんで下さい。いいというまで絶対に離さないで下さい」


「こんなにつかんで痛くないのかしら?」


「それくらいしないと馬には伝わりません」


 前に横座りさせると、間髪入れずにジュリウスも乗り、慣れないせいか、ずっとスカートを直しているセレスティーナの腰を支える。学院の女子の制服は基本、乗馬服のため、こんな事態にも対応可能だ。アリアノエルも護衛の一人に恐る恐る乗せてもらい、ちょっと馬が重そうにしている。


「では、行きましょうか」


 護衛たちと軽く歩き出したが、内心でははらはらしていた。


「怖くありませんか?」


 相手に不安を感じさせないように微笑んで話しかけると、その顔を見たセレスティーナは一瞬遅れて朗らかに言った。


「ええ、怖くないわ」


 愛想笑いを浮かべたままだったが、「私は怖いです」と口には出さず思っていた。自分はあぶみに足をかけているし、ブラック号の胴体を足で挟んでいる。だが彼女はただ馬の背に乗っているだけだ。しかも万が一、落馬した時に、どこかにつかまる力もなければ、衝撃に耐えられるよう体を鍛えているわけでもない。


 様子を見ながら段々と速度を増したが、早くブラックウェル邸に着いて欲しいとそればかり願い、屋敷が見えてきたときは心の底からほっとした。緊急事態に、出迎えは少ない。護衛たちが次々に馬から降り、馬屋番に手綱を渡す中、ジュリウスはセレスティーナを抱えて降ろすと、強く抱きしめた。


「無事で良かった」


「え、ええ……」


 そして安心から出た心からの笑顔で、彼女のかぶっている帽子ごと、ぽんぽんと叩く。


「さあ、行きましょう」


 そしてさっと左手を差し出し、エスコートした。


◇◇◇◇◇◇



 その場を取り仕切っていた摂政のホワイトフォードが、主の帰還を受けて説明を始めた。


「逃げ延びた炭鉱夫の話では、採掘中に突然、地鳴りがして水が染み出てきたそうです。あわてて仲間たちと逃げ出したら、暗闇の中、洪水のような音が背後から迫ってきたと」


「地下水の流入ね。逃げ遅れたものは」


「点呼では十四名が行方不明です。水の目撃情報がここと、ここ。この辺り一帯です。行方不明になったものの多くは、さらに奥で作業していました」


「絶望的ということ?」


「いいえ。ここを見て下さい。古い退避坑道があるんです。実は現場の者だけの秘密になっていたようなのですが、地上に戻るのを面倒がって、ここで休憩を取っていた者が、それなりの数いたようなのです。つまり……」


 給料は良い炭鉱夫たち。思いもかけず居心地良くしている可能性もあった。


「重大な規則違反だけど、不幸中の幸いだわ。少なくとも水や油は持ち込んでいるでしょうね。そこに逃げ込んでいたら、助かる可能性がある。まずは現地に手紙を」


 その間、ジュリウスは行方不明の炭鉱夫たちの出身を調べていた。ラムレイ領の者が二名いる。素早く現地にいるその家族にあてて手紙を書き、同時に書き上げたセレスティーナに托す。


「我が領の領民たちに渡して下さい」


「わかったわ」


 手紙を早馬に委ね現場に送ると、セレスティーナは現地に出発することとなった。その間の留守番をアリアノエルに任せる。


「私も現地に行っていいですか」


「もちろんよ」


 もう日が暮れる中、馬車を夜通し街道を走らせ現地に向かった。疲れでぐったりしているセレスティーナを、抱えて降ろす。真夜中の炭鉱事務所では、現場責任者たちが経験と手順書にそって対応していた。


「行方不明者とは連絡がついたの?」


「いいえ。ですが退避坑道は、その昔、避難所も兼ねていて、今はもう使っていない伝声管があるんです。それが使えないかと試していて……」


「結果は?」


「地下水の流入が続き音が拾えません。ですが残っている伝声管を使って手紙のやり取りができないか試しています」


 話していると知らせを受けて、駆けつけた市長が入ってきた。


「ご領主様。市民が不安がって集まっています。行方不明者の家族に声をかけて頂けませんか」


「わかりました」


 近くにいた護衛たちは、ジュリウスと厳しい目配せをし合った。一騎当千の猛者よりも、烏合の衆のほうが計算が通じなくておそろしいものだ。ましてや今は夜明け前。人間は暗くて人に見られていないと思うと、大胆な行動を取る。護衛がまわりにいないほうが親しみやすい印象を与えるのはわかっているが、本心では囲みたいくらいだ。


 当然、市長もわかっていて、広場に演台の代わりに箱を置いてくれていた。それだけで、ただの民衆と台の上に立つ者との間に心理的な距離ができる。ぴりぴりした市民たちの中には、苛立ちから敵意のこもった目を向ける者もいる。


 そんな中、セレスティーナが進み出ると、突然、安堵の涙を流しながら駆け寄ってきて、隣のジュリウスを囲む者たちがいた。


「領主様。来て下さったんですね」

「こんな遠い所まで」

「ありがとうございます。手紙読みました」


「……希望を捨てず待つように」


 ブラックウェル領に出稼ぎに来た、ラムレイ領の者とその家族だ。


「ああ、ありがてえ。これで安心だ」


 まだ本格的な救出活動も始まっていないのに、次々に礼を述べ、ジュリウスの手に、服にキスをし、中にはひざまずいて靴にキスをする者もいた。


「これからブラックウェルの領主が挨拶をするから、少し下がるように」


「承知いたしました」


 業務用の笑顔を張り付かせたジュリウスの言葉に従い、領民たちは少し横に離れた。セレスティーナの演説は成功だった。まず救出に力を尽くす熱意を述べ、次にわかっている技術的なことを説明し、最後にもう一度、力を注ぐと熱弁する。ブラックウェルの領民たちは、それを安心しきった笑顔を浮かべたラムレイの領民たちを横目に見ながら聞いたのだ。


 どのような弁舌も、領民たちの表情には敵わない。少なくとも領民にあそこまで信用されている領主が、救出活動に参加しているというのは、領民たちの心の支えになった。


 救出が困難な大きな事故の場合、一番の敵は不安だ。それを防ぐために、領主本人が現場に乗り出し、真剣に考えていると宣言して回った。


 ジュリウスは愛想笑いを張り付かせたまま、暗い気持ちになることから逃れられなかった。今回、生存している可能性が高いのは、存在が公になっていない退避坑道に逃げ込めた者だけだ。出稼ぎで来たばかりの、ラムレイの領民が知っている可能性は低いだろう。それを黙って、その仲間や家族たちの笑顔を、ブラックウェルの士気を維持するために利用している。やりきれない思いで一杯だった。


◇◇◇◇◇◇



 伝声管を利用した文通で、退避坑道に逃げ込んだ十名の身元がわかった。全員が坑道で昔から働いていた、ブラックウェルの領民だ。それと同時に彼らの聞き取りから、残りの四名の生存は絶望視された。


「トムが最後に目撃されたのは、A3坑道のD17区画。水に飲まれたのなら、こっちに逃げるはずです。でもこれだけの水量だと……」


「テッドは?」


「『流された』と」


 状況から見てラムレイ領の二名は駄目だったと、ジュリウスは判断したが、それを口に出すわけにはいかない。ただでさえぴりぴりしている現場で、それを聞いた遺族たちが取り乱したら目も当てられないことになる。


「ねえ、地図で見ると試験用の坑道が近く見えるけど」


「その通りです。鉄道建設に関連して、石炭の試掘を進めていた区画があります。いま、準備を進めていて、結構、深くまで堀ましたから、そこを退避坑道とつなげれば、救出は現実的になります。ただ……」


「ただ?」


「水の脅威はもちろんありますが、それ以前にあくまでも試験用だったので、かなり細いんです。救出のための掘削用の道具を運び入れるのも、作業員が出入りするのも厳しいです」


「でも……やるしかないわ」


「もちろんです。ですが金も人手もかかります」


「かまわないわ」




 十名の救出が現実的になった今、ジュリウスにはその次の作業が気にかかった。


「十名の救出作業が終わったらどうする」


 答えがわかっていても聞かずにはいられない、だが責任者はジュリウスと視線を合わさなかった。


「密閉処理し坑道を封鎖します」


「………………どうにかならないのか」


「……」


「どうにか……」


「……」


「生きたまま救出しろと言っているわけではない。せめて残りの四名の遺体だけでも……」


 散々話し合って、無理なことはわかっていた。そもそも現場責任者は、後からやってきて口だけ出しているジュリウスと違って、その四名と実際に仕事をしていたのだ。彼のほうがつらそうに黙り込んでしまう。


「無理を言ってすまない」


 気まずくなって窓の外を見ると、救出を待ち望んで祈りを捧げている人の中に、自分の領民たちがいる。頭ではわかっている。仕方がないことだと。だが割り切れるものではなかった。




 その日の深夜、外に出るとジュリウスの元に領民たちがやってきた。


「領主様。生存者の名前がわかったって、みんなが口々」


「すまない」


 質問をさえぎるように謝る。彼らのほとんどは本心では覚悟していたのだろう。へらへらと愛想笑いを浮かべたまま視線をそらした。


「そんな。どうして。どうにかならないんですか」


 テッドの妻マリアが、礼儀を捨ててすがりついてくる。


「すまない」


「でも」


「やめろ、マリア」


 まわりが止めるのを、ただ「でも」と言い続ける。その内、泣き崩れてしまう。マリアをかばうように一人の老人が前に出た。


「領主様。こんな所まで来て下さって、ありがとうございました。マリアが無礼を働いて申し訳ありません。何分、若いもんで……。よく言って聞かせますので許してやって下せえまし。後のことはやっておきますんで、どうか、ここはもう……」


 家族や仲間を亡くしたとわかったばかりの領民たちが、静かな笑みを浮かべ礼儀を尽くすのが、マリアの慟哭より堪えた。




 そこから少し離れた、坑道入り口近くまで足を伸す。深夜にもかかわらず明かりが煌々とつき、大勢の人間が出入りしているのをぼんやりと眺めていると、手が、小さな手のひらに包まれるのがわかった。


「どうかしたのですか。セレスティーナ」


「ジュリウス。あなたはよくやったわ。領民を励まし、支えた」


「どうでしょう」


 素直に返事できなかった。これから彼らを領地まで送って、遺体のない葬式を出さないといけない。遺族への補償はなるべく手厚くしたかった。だが元々、危険な仕事だ。彼らだけを贔屓にするわけにも行かない。彼らの家族構成を考えて、金を弾むのではなく、なんとか今後の暮らしの助けになるやり方を考えていた。それに出稼ぎが始まったばかりのできごとに、事故に遭わなかった人々にも動揺が広がるだろう。どんな手を打てばいいか……。


「すみませんが、補償の件で、自領に顔を出す機会が増えると思います」


「構わないわ。でもちゃんと帰ってきてね」


「帰る……とは」


 別に万人を救う神になったつもりはない。そんなおごり高ぶったつもりはないが、それでも今は自分が役立たずになった気がした。顔を覗き込んだセレスティーナにはそれがわかったのだろう。強く抱きしめてきた。


「帰ってきたらこう言うわ。『無事で良かった』って」


「え?」


「あなたが私に言ったのよ。馬での移動でなにもなかった。ただそれだけで、喜ばれたのは初めてだったわ」


「ああ。心配だったもので」


「私も今のあなたが心配。早く元気になって欲しいと願っている。だから無事に戻ってきて」


「わかりました」


 その時のジュリウスには、彼女がどんな気持ちで話しているのかよくわからなかった。


「すみません。少し自信をなくしてしまって」


「例え、あなたが自分のことをどう思っても、領民はあなたを領主と思っているわ」


「私は領主ではありません」


「領主ではないあなたを領主と呼び、敬意を表しているのがその証拠ではなくて」


「……そうかもしれませんね」


 その後の、ラムレイ領への道行きは、自領なのにしんどいものだった。だが自分には帰る場所があるのだと思えば、乗り越えられそうだとも感じた。


◇◇◇◇◇◇



「え、アレクセイ鉄道会社にしたのですか」


「ええ。あの頑固親父……。どうしてもアレクセイ鉄道会社がいいって言い張って。とんでもない出費よ」


 救出用の坑道を掘ったり、トロッコで土を外に出す作業は手間のかかるものだった。既存のレール幅の違いで、トロッコの中身をいちいち移し替えたり、坑道の幅を作業しやすいように調整したり。そんなことは当たり前だし、文句を言っても仕方がないと思っていた。だが人命がかかっているとなると神経をすり減らすものだ。


 同じように、ブラックウェル領から隣のガビン領に鉄道が移動するとき、人も荷物も、ただ移し替えればいいと考えていた。だって人件費なんて安いものだし、時間も人もいくらでもあるのだから。でも近代化が始まったら、これからは時間との競争になる。そうなったら乗り換えが必要ない、同じ規格の鉄道会社を使った方がいいのではないか。そう思ったセレスティーナは、ガビン領と足並みを揃えようと思ったのだ。


「それでせめて安い会社で揃えようと、頑張ったのよ。がんばったのに」


『せっかく新しいおもちゃを買うのだから一番、高いところがいい』


「ガビン閣下がそう言い張ってどうしようもなく、アレクセイ鉄道会社にしたわ。あ、もちろんただでは負けないわ。足並みを揃える代わりに、我が領の建設費用を一部負担させたわ。線路が長く引けますよって釣ったら簡単だったわ。閣下は冷徹な方だけど、鉄道みたいなおもちゃに弱いのよね。コレクター気質というか。それに合同の鉄道管理会社を設立したの。これで資材や部品の注文を一括で、アレクセイ鉄道会社にするから、かなりの値引きが期待できるわ」


 ジュリウスはうんうんと頷きながら、効率的でいたいと考えるセレスティーナや、ガビン閣下が揃うと、誰もなにもしなくても、ロレンス殿下の期待通りの結果になるのだなと考えていた。足並みを揃えようと言ったわけでもないのに、自ら揃えている。


「ロレンス殿下。変に手を打たなくても良かったのでは……」


 戻ってきたジュリウスの前に、セレスティーナは進み出て微笑んだ。


「『無事で良かった』」

「ただいま戻りました」


 そして笑顔で抱きしめ合ったのだった。


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