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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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112/115

親への幻想


「セブレラ男爵の愛人が、男爵家を操っている?」


「ああ、相当な専横ぶりだと、息子のルペルト殿が怒りをぶちまけていた」


「そうですか」


 リックの話を聞き、だからなんなのだろうとジュリウスは聞き流した。他家には関係のない話だ。


◇◇◇◇◇◇



「それで芸術科目の提出物が、なかなかまとまらなくて」


「手伝いましょうか」


 婚約が公表され、ジュリウスは時々、セレスティーナと学院で昼食を取るようになった。場所は以前、レイモンドたちと取っていた、カフェテリアの高位貴族用エリアだ。忙しい身にもかかわらず、セレスティーナは学院の課題をきちんとこなしていたが、それが本分である伯爵家の仕事に支障を来すようになっていた。


「もう少し頑張ってみるわ」


「下準備だけでも誰かに任せると、大分違うと思いますよ」


 本来、提出物は自分でやるものだが、できない学生が人に頼むのを教師たちは黙認してくれている。体裁を整えるのも、ここでは学びの一つだからだ。


 やる必要のない仕事を家で押しつけられ、そのせいで学業が疎かなことに、彼女は納得行かないようだ。育ちのせいで人を頼るのが苦手な彼女の業務が、つねに飽和気味という状況が、ジュリウスには気になった。なまじ出来てしまうので、なんでも自分でやってしまい、つねに過労気味だ。もっと優先することがあるだろうし、休むことだってできるはずだ。


(このままではいずれ行き詰まる……)


 学院の課題のように、わかりやすく人に頼めるものは、預ける習慣をつけておいたほうがいいのではないか。


 そう考えていると、昼食後、学院の廊下で後輩に話しかけられる。


「先輩。済みませんが、手を貸して下さい」


 必死な様子についていくと、一人の女子生徒が恫喝されていた。


「こんな婚約、あり得ない。どうせ、お前がアナ=イスラに取り入って変えさせたんだろう」


 セブレラ男爵令息ルペルトが、平民モニカの肩を抱き、ヴィア男爵令嬢ヴァレンティーナを怒鳴っていた。ルペルトの訴えを聞くと、幼馴染みのモニカと結婚する予定が、なぜかヴァレンティーナと婚約することになったという。


 約束が違うと父親に詰め寄ると、彼の愛人アナ=イスラが、ヴァレンティーナを気に入り、強引に婚約を結ばせたそうだ。アナ=イスラは、男爵家で絶対的な発言権があり、男爵は彼女の言いなりだった。


「この毒婦め」


 アナ=イスラへの憎しみを込めた非難がましい目で睨まれて、ヴァレンティーナは震えながら一生懸命否定している。だが男性に威圧され、怖くて声も出ないようだ。


 その場には人が集まっていたが、誰も手を出せないようだった。学院は貴族子弟のための学び舎だが、現実、その数は少なく、三分の二は関係者や平民だ。ここに集まっているのはほとんどが平民で、激怒している男爵令息を抑えられるものがいなかった。


「セブレラ卿。女性相手に大きな声を出すのはいかがなものか」


 ジュリウスが声をかけると、ヴァレンティーナやその友人たちがほっとした顔になった。


「ラムレイ卿。ですが……。この女は」


「違います。私はなにもしていません」


「嘘をつくな」


 やっと勇気を出して声を出したヴァレンティーナを、ルペルトは一喝した。


「来る途中で聞いたが、セブレラ卿は、そちらのモニカ嬢と婚姻の予定だったのだな」

「そうです。それをそこの女が」


「静かにするんだ。聞かれたことにのみ答えたまえ」

「……はい」


「ところがヴィア男爵令嬢と婚約することになった。その説明は誰から?」

「父です」


「理由は?」

「その女が、アナ=イスラに取り入って……」


「それは君の目で見たのかね?」

「違いますが、父がそう言って……」


「お父上はなんと言っていたか、正確に答えるのだ」

「……、『アナ=イスラが、ヴィア男爵令嬢を気に入り、強引に婚約を結ばせた』と」


「それならヴィア男爵令嬢にはなんの咎もないのではないか。責任があるとしたら許可したお父上だろう」

「父上はあの女に騙されているのです。あの女のせいで我が家は滅茶苦茶です」


 そんなことを言われるのは我慢ならないという顔で、ルペルトはジュリウスをにらみ付けた。感情表現がはっきりしているようだ。今度はヴァレンティーナにジュリウスは向いた。


「ヴィア男爵令嬢。婚約の話はお父上から聞かされたのだろう? なんと?」


「セブレラ卿から婚約のお申し込みがあったそうです。寄り合いでブドウ栽培の話で盛り上がったことがあったそうで、その関係だろうと」


「アナ=イスラ婦人とは知り合いなのか?」


「いいえ、お名前も初めて伺いました」


「嘘をつくな!」


 またルペルトが怒鳴り、その声にヴァレンティーナだけでなく、周りも体を震わせた。傍若無人な振る舞いに苛立ちを募らせたジュリウスは、ばんと音を立ててルペルトの肩を叩き強くつかんだ。最初はなにをされたかわからなかったルペルトは息が苦しくなり、声がかすれていることに気が付いた。恐怖から見たジュリウスの顔には、愛想笑いが浮かび、まわりはなにが起きているか気が付いていない。


「ヴィア男爵令嬢。あなたの話はわかりました。もう下がって頂いて結構です。この場にいた皆様は話題にすること自体は構いません。ただし必ず両方の意見を挙げるように」


 ヴァレンティーナを始めとした人々は、安心して解散した。


「あ、あの。お願いです。もうルペルトを離して上げて下さい」


 たった一人残ったモニカが、おそるおそる言った。


「セブレラ卿は、ヴィア男爵令嬢の話を、そんな風に聞いてさし上げましたか?」


「……」


「人の話は聞かないのに、自分の願いは聞いて欲しいのですね」


「あの、お願いです。謝りますから」


「セブレラ卿。ヴィア男爵令嬢に絡んだり、怒鳴ったりしないと誓えますか。モニカ嬢はそうならないように仲裁に入ると」


「はい」


 ルペルトがかすかに頷くと、ジュリウスは手を離した。


◇◇◇◇◇◇



「セブレラ男爵家、今度はお家騒動だって」


「はあ」


「なんでも昔から家令を務めているオルカド家が追いやられて、レタナ家に取って代わられたらしい。オルカド家は現男爵夫人の実家で名門なのに。レタナ家が愛人のアナ=イスラに賄賂を送っていたんだって。癒着しているらしいよ。いま、家中ではアナ=イスラ排斥運動が起きているらしい」


 またしてもアナ=イスラの登場に、きっと今回もルペルトは、青筋を立てているのだろうと遠い目になった。


「……そうですか」


「関心がなさそうだね」


「それはまあ……」


 セブレラ家の人々は、目が見えないのだろうか。そう思いながら出張に出かけた。




 帰り道、ブラック号でセブレラ領を通り過ぎるジュリウスは、用心していた。愛人アナ=イスラの散財がひどいせいで、セブレラ男爵が税金を上げたからだ。領民はアナ=イスラに対する憎悪を高め、今、領内の治安は悪化の一方だった。


「面倒だから早く抜けたいなあ」


 独り言を呟いていたが腹が減ってしまい、荷物からふかし芋を出そうとして、入れ忘れたことに気が付く。がっかりしつつ、川縁でなにかをこさえようと、石で簡単なかまどを作っていると、それを食い入るように見ている女性がいることに気が付いた。


 面倒ごとに巻き込まれたくなかったため、ぱっと目をそらし、昼餉を作る作業に取りかかる。だが図々しく不貞不貞しさも感じさせる砂利の音がしたと思うと、案の定、さっきの女性が近づいてきていた。


「ねえ、お兄さん。一口だけ。ちょいと一口だけ味見させてくんな」


「……食べたら離れてくれるのであれば」


「え、くれるの。ありがたいね。このコップ使っていいんだろう。いや、本当、助かる」


 ジュリウスの右腕をがっちりと抱えると、女性は豊満な胸を押しつけてきた。ものすごい力でつかんでくるのをなんとかほどき、離れたところに座り直そうとするが、濡れた落ち葉のようにくっついてくる。


「あたし、ララっていうんだ。お兄さん、貴族だろう? あたしそういうの鼻が利いてさあ。実は先週まで貴族のお相手してたんだよね。でも払いは渋いし、厄介ごとは押しつけられるしで散々でさあ。うん、甘っ。これ甘すぎない? ああ文句じゃないよ。感想。お兄さん、甘党なんだね」


「全部、食べるな。私の分も残せ」


「ごめん、ごめん。ここ四五日ろくに食べてなくてさあ。水っぱらなんだよ。ああ、助かる。天の助けだよ」


 大半をララが食べた残りをかきこむと、ジュリウスは自分の運の悪さに途方に暮れた。ララは食べたら離れるという約束など、なかったように迫ってくる。


「お礼だから。これお礼。なんでもしてあげる。あたしこう見えていろいろ上手でさあ。ほら、なんかあるでしょう。してほしいこと。探せばさあ」


 ララは豊かな体型で、体重はそれほど変わりはない。のしかかるように迫られて、乱暴にはねのけるわけにもいかず、心底うんざりする。両肩をつかんで距離を保つが、かなりの力で熊のように迫ってくる。


「いやいや、結構だ」

「まあまあ」


「近づくな。離れろ」

「固く考えなくていいよ。お礼だから」


 相手の話を聞かず一方的に自己主張する姿に、どこかの誰かを思い出す。ラヴィニアの撃退方法はとにかく目をそらすこと……。


「わかった。たき火の下に芋を埋めてある。それをやるからもう迫らないでくれ」


 食べ物に困っているララは一瞬、芋に飛びつきそうになったが、寸前でやめた。


「でも、それじゃあ……」


 誘導が上手く行かず、頭をかきむしった。


「わかった。この領から逃げるのにも手を貸してやる。だからもう迫らないでくれ」


 もうどうとでもなれと匙を投げた。どうせ自分は誰かを見捨てようとしても、できっこないのだから。ララを自分の前に乗せ、領境の自警団を押し分けて通った。いくら彼らがアナ=イスラを殺したいほど憎んでいても、貴族を止めることも、声をかけることだってできやしない。


 ララは恐怖で今にも吐きそうなほどに怯え、しがみついてこようとするので、無理矢理、背嚢を抱えさせていた。


 しかし厄介な人物がいた。


「ラムレイ卿。アナ=イスラを引き渡して下さい。重罪人なんです」


「……この女はただの平民で、なんの力もない。この領地にどんな影響も及ぼしていない」


「なにを言っているのですか。そいつのせいで領地は滅茶苦茶なんです。税金も上がったし、私の母方の実家オルカド家は追いやられて、私の婚約だって……。全部、その女が父上をたぶらかしたせいだ」


 ルペルトの訴えに、周りを囲んでいた民衆たちは深く頷いていた。


「罪人を引き渡して下さい。ここは俺の領地です。俺の発言のほうが強いはずです」


 なんと言ったら失礼にならないか少し悩んだが、結局、はっきりと言った。


「決断するのも責任を負うのも領主の仕事だ。このおなごがなにを言おうと関係ない」


「かばうのですか」


「そうではなく税金を上げる判断をしたのは、貴殿の父御であるセブレラ卿だという話だ」


「どうしてわからないんですか。アナ=イスラは父上をたぶらかして、そそのかしたのです。父上は昔は立派な方だった……。全部こいつのせいなんです」


 ルペルトは感情を爆発させた。少し冷静になって欲しくて、ジュリウスは別の角度から聞いた。


「アナ=イスラはなんのために、そんなことをしたというのだ?」


「そんなの贅沢するために決まっているでしょう」


「私の目にはこのおなごが金を持っているように見えない。それなら貴殿の婚約を整えた理由は?」


「それは知りませんが、きっと賄賂でももらったのでしょう」


「その賄賂とやらはどこだ。どうしてアナ=イスラ殿はこんなに質素なのだ。貴殿の言う金や権力は誰が持っている?」


「そんなのどこかに隠しているに決まっている」


 今にも飛びかかってきそうだった。


「……税金を上げたら、それは上げた者、つまり領主の責任だ。仮に愛人がそそのかしたとしても、責任はない。それ以前に、領主なら権限に対する責任を負うべきだ。それを愛人に押しつけるなど……」


「なんだと」


 ルペルトの目が物騒な光を帯びた。


「セブレラ男爵令息ルペルト殿。ボウエン家調査官として宣言する。アナ=イスラことララ殿から身柄保護の訴えがあった。従って引き渡すことはできない。貴殿がセブレラ男爵家として、アナ=イスラ殿に賠償などを求めたいのなら、裁判を起こしてくれ。そこで争おう」


「そんな……」


 強気だったルペルトも、自警団も急に弱腰になった。訴え出ればセブレラ男爵に、責任能力がないと認めるようなものだ。ルペルトは、父親は被害者で、アナ=イスラは加害者と信じている。だがさすがに裁判という公の場所にでれば、自分たちの論理が通じないことはわかっていた。それでもアナ=イスラが悪いと憎んだ。父親は騙されているだけで、今は駄目でもきっと話せばわかってくれる、いつかは目を覚ましてくれるだろうと思っていた。


◇◇◇◇◇◇



 ブラックウェル領に、ララを連れて行った。下手に未婚の自分がかくまうと、さすがに世間体が悪いと思い、女のあしらいに慣れている摂政のホワイトフォードに預けた。


「それでさあ。旦那。こっちは月々のお手当てにだって不満があるのに、なんか家の中のごたごたはあたしのせいだって言われてさあ。口を出そうにもなんも知らないってえの」

「それは大変だったね。ララ」


「なんか、愛人のあたしが男爵を操ってるって言われたけど、そんなたまかい、あの狸親父が」

「体よく使われたというわけかい」


「そうなんだよ。ねえ、旦那。ちょっとの間、かくまっておくれでないかい」

「構わないが、君みたいな威勢の良いタイプは店に出た方がいいんじゃないかな。私は隠居の身で、息子夫婦と同居だし」


「でもお、あたし、王都の店なんて敷居が高いし、よく知らなくて」


 そう言ってララは、ちらりとホワイトフォードを見上げた。


「良かったら紹介しようか。馴染みの店がちょうど人手が足りないと言っていた」


「本当、口利いてくれるなんて助かる。旦那。いい男。今晩はたっぷりとお相手するから」


 二人がいちゃいちゃしながら去っていくのを、ジュリウスは指さした。


「いいですか、世の中にはあのように図々……自分の求めるところをはっきりと主張する者もいるのです。人になにかをやらせるためなら、手段を選びません。セレスティーナも見習って下さい。手始めに学院の課題はすべて私に預けて下さい。どうしてもやりたいものがあったら、代わりに仕事を私に預けるのです」


「でも……」


「でもではありません」


「困っていないし」


「いずれ困ります」


「その時、考えるわ。そんなに急がなくても」


 自分でやらないと気が済まないセレスティーナは、必死に目をそらし問題を先送りした。


「いいですか。セレスティーナ。そのいずれというのは一年後かもしれないのですよ」


「え、どうしてそんなにすぐなの?」


「私たちの結婚は早まる可能性が高いです。婚姻したら、すぐに妊娠、出産に備えます。つまり二年近く今の通りに仕事ができなくなるのですよ。それが何回も続きます」


 セレスティーナは結婚に夢見る乙女ではない。男のジュリウスに微妙な妊娠の話題を持ち出されて、引くほど繊細でもない。だが自分のキャリアが年単位で中断されると聞いて、ショックを受けるほど仕事人間ではあった。涙目になって訴える。


「耐えられない。そんなのどうすればいいの」


 予想はしていたが、そこが一番ゆずれないのかと思ったジュリウスは、言い方を変えた。


「一つだけ方法がありますよ」


「なに?」


「自分でやらなくてもいいような下準備は、まわりに任せるのです。セレスティーナでないとやれないような、高度な判断が必要な部分のみやればいい。それにこれにはとても良い面があります」


「なあに?」


「下準備を人に任せる分、いっぺんに処理できる仕事量が増えますよ」


 物事を言い換えただけだったが、セレスティーナは納得したようだった。予想していたよりも妙に簡単に説得されたと思いながらも、重大な仕事をやり遂げ、満足げな顔で帰途につく。家令のハンプソンは早速、仕事を割り振ってきたセレスティーナを、どう誉めようか迷っていた。


「お嬢様は大事なお体なのですから、このように人を頼っていいのですよ」


「ええ、だからジュリウスの言うとおりにするわ」


「説得が利いたのですね」


「いいえ。夫婦になるのだったら、あの場では『説得された』ほうがいいかと思って、従ったの」


「……つまりジュリウス殿は説得したつもりになっていらっしゃいましたが、お嬢様は説得されてあげたのですね」


「ジュリウスの言うとおりではあるもの」


 ハンプソンは、「でもそういうやり取りって、熟年夫婦がやることでは……」と思った。


◇◇◇◇◇◇



 ダイアー伯爵の手伝いで議会に顔を出していると、セブレラ卿と、ヴィア卿が上手く行かない婚約の調整をしていた。


「申し訳ありません。ルペルトのやつ、話が通じなくて」

「では婚約相手は、次男のラモン殿に変更するということでよろしいですね」


「結構です」

「こんなことはもうご勘弁願いたいものです」


「誠に申し訳ありません。ルペルトのやつ、愛人のアナ=イスラになにか吹き込まれて誤解を……。本当に仕方がない奴で」

「……それよりも取り決めしていたブドウの苗の代金ですが、いつ頃になりますか」


「これまた申し訳ない。アナ=イスラが散財してしまい、ちょっと手持ちが……」

「……まあ、いいですが」


 今度は別の男性がセブレラ卿に話しかけた。


「セブレラ卿。支払いの代金が……」

「おっと、これはすみませんでした。アナ=イスラが勝手に予算を使ってしまい……」


 セブレラ卿はその場から足早に逃げ出した。


「……まあ、いいですが」


 ジュリウスはなんとなく興味を持って、残された二人に話しかけた。


「お二方は、アナ=イスラ婦人をどう思っていますか?」


 すると二人は、なにを聞かれたのかわからないという顔で見返してきた。


「アナ=イスラ…………? ああ、思い出した。セブレラ卿がなにか言い訳をするときに使う名前だろう。時々変わるから、一々、覚えてないんだ」


「名前は問題ではないしね」


 それはそうだろうとジュリウスも頷いた。ルペルトは父親がなにを言ったかにこだわりすぎていて、なにを言っているのかに注意を払っていないようだ。


「へえ、今のがセブレラ卿か」


 リック・ダイアーが、一仕事終えてやってくる。


「そういえば、ジュリウス君。毒婦をかくまっているんだって?」


「私がかくまうと世間体が悪いので、ブラックウェル家の摂政にお願いしました。一目で気が合ったみたいで、楽しそうですよ」


「セブレラ家はどうなったんだい」


「セブレラ卿がまた新しい愛人を連れてきたそうで、今度はその女性が専横を振るっているそうです。ルペルト殿が激怒していて」


「……ジュリウス君はそんな彼に、思うところはないの」


「一言で言うと、父親に夢を見すぎですね」


 リックはしみじみと言った。


「自分が成長して、父親が思っていたほどの人物ではなかったとわかったときのショックは、大きいよね。しかもそれが相手に伝わってしまった時の気まずさと言ったら」


「そうですか? 私は子どもの頃からそうだったので」


「それでルペルト君はまだ父親に夢を見ていると」


「ええ、愛人にたらしこまれたなんて、ただの言い訳でしょう。文句を言われるのが面倒だから、言い訳にしているだけなのに、それを頭から信じてしまうなんて、無邪気すぎます」


「ジュリウス君って時々、辛辣だよね」


 心の中でリックはこう思った。『きっとルペルト君は、それぐらいお父上に大事にされて育ったんだよ』と。大好きな父親が自分に平気で嘘をつくなんて信じたくないし、面倒だからと愛人を言い訳に使うクズだとも認めたくないのだ。それを口に出しても良かったが、父親に幻想を持つ暇もなかった青年に言う気にはなれなかった。


 父親は偉大だと信じていた時の、誇らしさと安心感をリックは覚えている。成長し、小ささや、醜さ、ずるさに気が付き、それほどでもないと、つまり人間なのだと感じた時の心細さも。それを思うと、ルペルトがまだ幸せな世界で生きられるのであれば、そっとしておいてやりたいという気持ちもあった。


「ジュリウス君。お父上のことは好き……親として愛しているかい?」


「もちろんです。子どもですから」


 どんな意味で言っているのだろうと横目で見ると、ジュリウスはそのことが面倒で仕方がないとばかりに、ため息をつきながら言った。


「迷惑ばかりかけてくるし、まったく手がかかって仕方がない父親ですが、家族ですから」


 うんざりしながら言っているのに、なぜかその姿は幸せそうに見えた。


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