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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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103/111

「初めて手に入れた安心」

作中の、ヴェルンヘルという人物の初出は「仇討ち」です

 

「ジュリウス。今週の夜会、セレスティーナのパートナーとして出てくれ」


 アリアノエルにそう言われたジュリウスは、疑問で頭が一杯になり、なにから質問したら良いのか、そもそも上司を質問攻めにして良いのか大分、迷った。


「あのう、まだ右腕の負傷が治ったわけでは……」

「そのままでいいぞ」


「ですがダンスなどは」

「その辺は適当で良い。社交が主だから」


「どの立場で出席すれば良いのですか。まだ婚約していませんし、第一、そのことは内密ですよね。一応は」

「護衛を兼ねた腹心として頼む。近衛の礼服も作らせてあるから」


「警備はどうなのでしょう。セレスティーナだけでなく、今回は私自身にも必要です」

「ボウエン伯爵家に頼んである」


「出席者との接触で気をつける点は」


「第一王子殿下派閥のカロー侯爵家が主催だから、あまり神経質にならなくてもいいが、ロレンス第二王子殿下や、ガビン伯爵家はそういうことにこだわらないからなあ。遭遇したらセレスティーナの対応に合わせてくれ」


「……出席者のリストを見せて頂けませんか?」


 ラムレイ男爵家では、夜会などへの出席は跡継ぎである妹のシェリーと、婚約者のブルックスが担当する予定だ。そうはいっても出席者のチェックや、会話内容の準備などは、ジュリウスと祖父のゲイアスが担当している。両親ともに風来坊で、頼りにならないからだ。


 だから慣れた手つきで作業をしたい所だったが、ずいぶんと出席者が多く、ブラックウェル伯爵家に関係があるものに目を通すだけでやっとだった。途中でセレスティーナの着付けが終わったとの連絡を受けて、見に行く。当日の衣装を身につけた彼女を見て、内心の動揺を表に出さないよう微笑を浮かべた。


「大変、よくお似合いです」


 本心では、「総額いくらだろう」と考えて怯えていた。これが赤の他人なら、「豪華だな」とは思っても、さすがに値段など計算しない。しかし自分が隣に立つのかと思うと……。


 普段は無表情で、見え透いたお世辞など言わないジュリウスが、愛想笑いを浮かべているのを見たセレスティーナは、めずらしいものを見たかのように興味深く見つめた。


「すみません。セレスティーナ。腕の怪我があるのでダンスが……」

「そんなの大丈夫よ。ゆっくりと踊れば」


 試しにジュリウスの肩につかまり、片手だけで踊ってみると、それほど問題はないようだ。その後、用意してあった自分用の礼服を見て、ジュリウスは真っ赤になった。黒系の地味な服ばかり好む今までの人生で、一度も着たことがないほど派手で煌びやかだったからだ。


(これも仕事だ)


 そう自分に言い聞かせた。



◇◇◇◇◇◇



 当日、カロー侯爵家主催の夜会に出席し、なんとかダンスをこなすと、そのまま侯爵夫妻の元へ連れて行かれた。


「頼りがいがありそうな、年若い男性を連れているね」


「私の懐刀ですわ。ラムレイ男爵家のジュリウスと申します」

「お初にお目にかかります」


「お噂はかねがね。ボウエン伯爵家、縁の者とか」


 この頃では、ボウエン伯爵に重用されるジュリウスが、ブラックウェル伯爵家に派遣されているのは周知の事実だった。微妙な立場のセレスティーナが、ロレンス殿下が怖くて、なかなか婚約を発表できないため、右腕として連れ回しているのだろう。そう予想する者が大半だった。


 身分の低いジュリウスにもまわりのものは親切で、わざわざ口にしないだけで、大方の者が将来の夫君になるのだろうと丁寧に扱っていた。侯爵夫妻のまわりは当然だが人が集まっていて、ひっきりなしに挨拶に来る人が訪れ、入れ替わっていく。そこにいる二人は、ずっと話しかけられっぱなしだ。


 忙しなく動き回っているボーイにジュリウスは合図し、ハッカ水を頼むと受け取る。一口味見してみるが、しばらく待っても問題はなさそうだ。グラスをセレスティーナに渡し、会話の手助けができないものかと、頭の中でここでの戦略を組み立てていると、そこにガビン伯爵家のモードレッドが現れ絶句した。気さくに近寄り、声をかけてくる。


「セレスティーナ。久しぶり。良かったら踊らないか」


 おざなりに『良かったら』とつけているが、確認する気もないし、断るとも思っていなさそうだ。場違いな人間の登場に、場が凍り付く。


「守り役がいるし、今、手が放せないから」


 断られると理由が分からないのか、不思議そうな顔をした。


「そんな見栄を張るなよ。どうせ一緒に来てくれる男もいないんだろう。俺が踊ってやるって言ってるのに」


 どうやら自分の親切が通じていないようだと思ったモードレッドは、率直に言ってやった。


 一方、社交辞令をまぶした断り方では通じないと判断したセレスティーナは、以前、教室で誤解を招くような言い方をされたことを、繰り返されたくなく、体面をかなぐり捨てて明確に意思表示した。


「はっきりと言うわね。ごめんなさい。あなたとは踊りたくないの」


 辛辣な表現に、周囲はぎょっとした。


「だから見栄を張るなって。それに踊らないと困るんだ。ロレンス殿下の命令だから。なあ、困らせないでくれよ」


 その場にいた人々は、なぜセレスティーナが常識を捨てて、直截な物言いを選んだのか理解した。仮にロレンスから命令を受けたとしても、普通ならそれを人前で話したりはしない。また女性をダンスに誘う任務なら、美辞麗句を並び立て、歓心を買おうとするだろう。


 それを本人に、命令されたからと面と向かって告げるなど……。しかもその理由が、『自分が困るから』ときた。


 ガビン伯爵家のモードレッドは悪い意味で有名だ。仕事をさせると優秀だという評判は得ている。だがどういうわけか、今のように、まったく人の心がないかのような発言が多いのだ。まるで世界のすべてが、自分のためにあるとでも思っているようだ。


「お断りします」


 きっぱりと言い、セレスティーナは一歩後ろに下がってすき間を作った。モードレッドが迫ろうとすると、そこにジュリウスが滑り込む。


「あれ、お前、教室で……」

「これ以上は、わたくしが対応いたします」


 モードレッドはジュリウスより十センチほど背が高く体格も良いが、特に体を鍛えているわけではない。例え右腕を怪我していても、何の心配もなかった。


「どけ。俺はセレスティーナと話があるんだ」

「誠に恐れ入りますが、本日の所はお引き取り願えますか」


 腰を低くして丁寧に頼むが、なにがしかの命令を受けているらしく一歩も引き下がらなかった。主催のカロー侯爵夫妻が対応に乗り出す。


「これ以上は騒ぎになりますので、お引き取りを」


 侯爵にそう言われて弱り切ったモードレッドは、場をわきまえず大きな声を出した。


「なあ、俺、本当に困っているんだ。助けてくれよ。セレスティーナ。俺のこと好きなんだろう。意地張らないでさ」


 会場の警備たちに囲まれ、モードレッドは引きずられるように出て行く。社交の場でとんだ醜聞に巻き込まれ、どうやって汚名を返上するかセレスティーナは必死に考えていた。


 次々に慰めの視線を投げてくれる高位貴族たちに、誤解をとこうとしていると、侯爵夫妻が代表して言葉をかけてくれる。


「災難だったね。セレスティーナ嬢。彼はすっかり、君が自分のことを好きだと思い込んでいて」


「ええ、私にはもう、心に決めた人がいるのに大迷惑ですわ」


 その相手が誰でも、こう答えれば嘘にはならない。


「皆様にもご迷惑をおかけして……。誤解を招いてしまわないか心配ですわ」


 そう言った途端、その場にいた大人たちが軽く吹き出した。そしてさざ波のように笑いが巻き起こり、まるで小さな子どもを見守るようにセレスティーナを見た。


「あの……」


 最初に見事な髭をはやした老齢の殿方が言った。


「『あいつは俺の事が好きなんだよ』と自慢する輩は、男女問わず、年齢問わず、いるものさ。まあつまりは自己紹介だよ。自分のほうが憎からず思っているという。いやいやそれを聞かされる方は、たまらないよ」


「聞いている方が恥ずかしいとは、このことよね」


「自慢している時点で、好きなのは自分のほうですと、宣言しているような物よ」


「そうだな。普通は好きでもない人に好意を向けられたら、困るか、まあ、関心がないかだろう。それを自慢する時点で……」


 その場にいる人々が、聞いたことをそのまま信じる人たちではないとわかり、安心すると同時に、同じような分析が、セレスティーナにもされているのだろうと思うと、なんの油断もできなかった。


 おまけに第二王子派閥の登場で、会場が異様な空気に包まれ、やりにくいことこの上ない。


 モードレッドのせいで少し疲れてしまい、仕事も片付いたので、このまま長居して下手に失敗するよりかはと、多少早いが退出することにした。


 当然ながらまだ誰もいない高位貴族用の控え室に戻り、馬車の手配を待っていると、入り口から、ブラックウェル伯爵家でも、ボウエン伯爵家でもない、揃いの制服を着た護衛たちが、なにかから逃げるように駆け込んできた。


 反射的に部屋の奥の方へセレスティーナを連れて避難すると、近くの扉から抜き身の剣を下げた者が走り込んできた。すぐ側の執事が「こちらへ避難してください」と声をかけてきたので、そちらにある扉から誘導に従い、続き間に逃げ出す。


 元の室内は、両家に加えカロー侯爵家の護衛が、逃げ込んだ人々と、剣を持った人々に対応し、混乱していた。二人で続き間に移動すると、執事に入ってきた扉の鍵を閉められ、罠にはまったことを知った。


 がらんとした広い部屋には、目深にフードをかぶった背の高い眼鏡の男が、たった一人で立っていて、立ち居振る舞いから、かなりの腕がありそうだ。セレスティーナを左手に抱えたまま、正面の男と、左後ろの怯えている執事が視界に収まるよう、斜めに立っていたが、右腕の固定を外す前に、相手の男が顔をさらして気安く挨拶をしてきた。


「これはジュリウス殿。お久しぶりです。お怪我の方はいかがですか」


「ヴェルンヘル殿……」


 ジュリウスが右腕を負傷する、遠因になった男だった。


「怪我の方はまあ、それなりに」


「吊っている所を見ると、完治はまだでしたか。惜しい。私はこの部屋に逃げ込む男に、ちょっと重い怪我を負わせろと依頼を受けているのです。できれば…………傷が治ったあなたと戦いたかった」


「依頼主の名は」


「もちろん言えません。ところで武器は短剣ですか。二刀流とはそれはそれで楽しみです」


「ヴェルンヘル殿。ちょっと待って頂けますか」


 そう言うと逃げ道をふさいだ、顔を真っ青にしている執事に話しかけた。


「誰から、どのような指示を受けたのか、言いたまえ」


 執事は震えながら、拒否するように首を振っている。


「……言えないというなら、そうだな。どんな命令を受けたのか。それくらいは私と、この令嬢にも、聞く権利があるのではないか」


 そういって、セレスティーナをぐいと前に出した。阿吽の呼吸で、セレスティーナは恐怖から泣くのを必死に堪えている顔で執事を見上げた。


「…………この部屋に逃げ込むことになる貴人を誘導し、閉じ込めるようにと」


 彼女の様子にほだされたところを見ると、おそらく誰かを人質にされ、言うことを聞いているだけなのだろう。それぐらいはいいかと、諦めたように告白した。それを聞いてジュリウスだけでなく、ヴェルンヘルも考え込んだ。


「ずいぶんあいまいな指定ね。本当に私たちで合っているのかしら。だって襲撃現場に私のように関係がなく、目撃者になる人間を同席させるとは思えないわ」


「私がやる仕事は変わりありませんが、確かにそうですね。今までそう言った経験はあまり……」


「ヴェルンヘル殿にこの依頼をした人物、または組織は…………ああ、名前は言えないのなら言わなくて良い。こんな適当な仕事ぶりをするのか?」


「まさか。こういう商いはなによりも信用が第一です」


「だろうな」


 三人で考え込んでいると、セレスティーナが独り言でも言うように告げた。


「依頼主は信用ある仕事ぶりをするのよね。とすると、確実に標的が狙われるように計画を練っていたはずよ。だけど私たちが、それを壊してしまったと言うことはないの?」


「なにかあったのですか? セレスティーナ様」


「実は今日はもっと長居する予定だったのだが、セレスティーナが少し疲れてしまって、早めに控え室に戻ったのだ。その時、部屋には誰もいなくて、私たちの後から誰かが……」


 ジュリウスの説明を聞いたヴェルンヘルは、標的よりも先に二人が入室してしまった可能性に気が付いた。


「認めたくありませんね。私はジュリウス殿と戦いたいのです。標的であったらこんなに嬉しいことは」


「標的がジュリウスなら、こんなことしなくても、襲撃する機会はいくらでもあるわ。家から出た瞬間を狙ってもいいし、自宅にいるところを暗殺してもいい。わざわざカロー侯爵家の夜会なんて、準備や手引きが大変なところ、不自然よ。そもそも今日は、私の随伴なのだから、来るかどうかすら、不確定なのよ」


 ジュリウスが標的であるのは無理があるというのは、プロの襲撃者であるヴェルンヘルが一番良くわかっていて、言葉に詰まる。


「人違いで襲撃されるのも馬鹿らしい」


「私にとっては馬鹿らしいどころか、千載一遇の機会です。止めを刺して差し上げます」


「依頼内容を違えてないか。ところで、ヴェルンヘル殿。貴殿なら今回の標的はどんな人物と予想する?」


「……高位貴族か、その周辺の関係者と予想していました。例えばセレスティーナ様のように堅牢な城に住んでいらして、容易に襲撃できない。そしてあまり外出しない。だから夜会などのように外に出てきた時が機会と」


 特に今日は、そういった人物が大勢集まっていた。


「そろそろ、元の部屋に戻りませんか。セレスティーナ。皆が心配しているでしょう」


「そうね」


「お待ちください。この私と戦って頂きます」


「ヴェルンヘル殿。取り引きをしないか。今日、あなたが負けたことにしてくれれば、報酬を払う。どうやら標的が間違っているようだから、あなたの評判にそれほどの傷はつかないはずだ。

 金でも女でも権力が必要なことでも。望むとおりの報酬を支払おう」


「魅力的ですが、お断りします。私は報酬よりも、あなたと戦う機会のほうがほしいのです」


「……それなら」



◇◇◇◇◇◇



 無駄な労力を節約した二人は、気の毒な執事から力尽くで鍵を奪い、元の部屋に戻った。


 少なくとも彼は依頼された仕事を遂行したわけだし、自分のせいで流血沙汰が起きたわけでもなくほっとしたようだ。


 急いで戻ると、警護対象を見失った護衛たちが半狂乱になっているところだった。あわてて事情を説明すると、責任者が首の皮一枚でつながったと汗びっしょりになっている。


「ところで、私たちが逃げるときに、後から部屋に逃げ込んできた集団がいたな。あれは……」


「ガビン伯爵家のモードレッド卿だ」


「「…………」」


 二人は顔を見合わせた。


「命をねらわれたということ? でもどんな理由で」


 誰も『誰に』とは聞かなかった。


「……まさか今日の任務に失敗したら、ヴェルンヘル殿に襲われる予定だったとでも言うのだろうか」


 口にした後で、無神経だったと口を閉じた。セレスティーナは実利的な性格で、事実は事実としてはっきりと口に出す。だがだからと言って、彼女が断った結果、好きな相手が殺されそうになったかもしれないという憶測を、聞かせることはないはずだ。そう気を遣ったが、予想以上に率直な物言いをされた。


「その可能性が高いわね。ねえ、ヴェルンヘルが言うには、『ちょっと重い怪我を負わせろ』と依頼されたのでしょう。彼の仕事ぶりは優秀で正確なのよね? 死ぬほどではなくても、軽くもない。そんな怪我を負わせることで、もしかして私が見舞いにでもいくかもしれないと、ロレンス殿下は思っているのかしら」


 ロレンスのことを考え、ちょっとため息をついてジュリウスは言った。


「おそらくセレスティーナはそういった理由では動かないだろうと、殿下の場合は当たりまでつけている気がします。ただ手段が限られているため、念のためやってみようと思ったのではないでしょうか」


「そんな理由で襲われるなんてやってられないわ。私たちまで巻き込まれたのよ」


「我々には関係ないとはいえ、そんな話を聞いたら寝覚めが悪いですね」


 一応、口ではそう言ったが、本心ではどうでも良かった。


 元々は剣一振りで、身を立てようとしていた身の上。男なら自分の身くらい、自分で守らねばどうするとしか思えない。好んでロレンスのような危険な人物の、お側近くに控える彼に同情はなかった。


 馬車の準備ができたとの連絡があり、用心に用心を重ねて乗り込む。ブラックウェル伯爵家に着いたときには、護衛のほうが精神的にヘトヘトになっていた。念のため彼女の部屋までぞろぞろと送る。セレスティーナは妙にふわふわとした態度で、話しかけてきた。


「あのね、ジュリウス。以前に、お互いを信じられるようにならなければ、いけないという話をしていたでしょう」


「はい」


「今日、それをまさに体験したわ。社交の時、いつでも手助けができるように、あなたが待機してくれていたのが伝わったわ。なんとなく考えていることが、わかるようになったの。そしてヴェルンヘルの部屋に追い込まれた時、ずっと守ってくれていたから、ちっとも怖くなかった。理屈ではなく心から信じられたの」


「恐れ入ります」


 セレスティーナの前で格好をつけられたようで、嬉しく感じるとともに、当たり前のことを言われて、それ以上の感動は特になかった。言われてみれば今日、あんなことがあったにもかかわらず、ちっとも怯えた様子がなく、ヴェルンヘルとも普通に話していた気がする。


 使用人たち、特に家令のハンプソンはそんな二人をにこにこと見ており、自分の部屋に戻るためにジュリウスが退出すると、セレスティーナに話しかけた。


「今日の夜会は上手く行ったようで、大変ようございましたね」



 ジュリウスは幼い頃から、自分で自分の身を守らねばならなかった。それは上手く行って、剣で身を立てることを目指すぐらいになった。だからセレスティーナの気持ちがわからない。


 両親に愛されず、自分で身を守るしかない、それでいてそんな力はない彼女は、つねに頭を駆使して、用意周到に逃げ回るしかなかった。ヴェルンヘルのような暴力的な存在の前に引きずり出されたら、なんの抵抗もできなかった。


 だからジュリウスが横にいて、なにも言っていないのに、守ってくれたという体験は、本人が思うよりも強く、心の奥底そのものに働きかけた。自覚がなかったが、誰かを頼りに思い、その存在に安心感を覚えたことで、ぴりぴりと張り詰めていた空気は鳴りを潜め、考え方が柔軟になり視野が広がる。


 そして実の両親にすら無視されていることで失っていた自信が、大事にされたと感じたことで、慰められ、取り戻すことができた。縮こまっていた背筋を、伸すことができたのだ。


 しかし残念なことに、それは人生で初めての体験で、なにを意味するのかよくわかっていなかった。傍目に見ていたハンプソンのほうが、よく見当がつき、少しぼんやりしているセレスティーナに、微笑みかける。


「お嬢様。きっと今日は良い夢をご覧になれますよ」


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