第6話 後話
侯爵家の悪行の裁きが行われる日がやって来た。
ガラガラガラと豪奢な4頭立ての馬車が城の前に停車する。
中から降りて来たのは白髭の老人であった。
馬車に負けずとも劣らぬ豪奢な金刺繍が入った赤いローブはおとぎ話の魔法使いの様な出で立ちだ。
「やあ、良くお出でいただけました、ハイプリースト卿。」
「ふんっ出迎えが女子供だけとは嘆かわしい。王命でなければ来ることは無かったものを..」
どうやら高慢な人物の様である。
それでも、彼を待つために足止めを食らっていたルナーダ達は彼の到着に内心安堵していた。
大貴族の裁判は密室で極秘裏に行われる。
とはいえ、判決は既に降りているのである。
しかし何せ相手は侯爵だ、厳しい沙汰を言い渡せる人物は限られていた。それ故王都からハイプリースト卿が招聘されたのだ。
「それでは王命を読み上げるので謹んで聞く様に。」
(ねえ、あのお爺さん読むだけなの?)
(しぃ~、黙ってろ、相手は腐っても大貴族だから王命一つ言い渡すのにもそれ相応の官位がいるんだよっ、まあ官位だけで国政の何も分かっていない老人だがな...)
「ハルシオ侯爵及びその夫人は領民の拉致・監禁・及び拷問の罪で王都の牢にて10年間の幽閉を言い渡す。侯爵領はいとこのマンダリオン伯爵が代行し、伯爵領は伯爵の子息が代行する事とする。」
「10年も?貴様正気かっ!」
「いやよっ!磨き上げた美貌が朽ち果てるなんて、行かないわよっ!」
「ええい、ごちゃごちゃ煩い!王命に逆らうのであればその場で切り捨ててよいとここに書いてある、首切りも二人連れて行ておるが侯爵殿ここで幕引きをご希望か?」
逆らえば殺される。そう聞いて夫妻はしゅんと大人しくなった。
(いい気味だわ、今までさんざん悪い事してきたんだから)
(サエっ!とにかく終わるまで喋るな!)
「聞こえておるぞ、お前ら...今度喋ったら不敬罪で牢にぶち込むから覚悟しろ?」
白髭の老人は、弛んだ目元を怒りに怒らせながら睨みつけたが、騒がしい二人の後ろに控えていたファーマが不快な表情になったのを見て怯んだ。
「でっでは、これにて閉廷!」
「待ってください、老ハイプリースト様。」
呼び止めたのは、部屋の傍らで黙って傍聴させられていた侯爵家の子供達である。
長男のドワンは口髭を貯えたふとっちょ、長女のラランもドワンに負けず劣らす、次女のカランは母親を若くしたような容姿で美しかったが残忍な目をしていた。
その隣の青年が次男のドラン、最後に三男のドタンに至っては未だ10歳の子供だ。
「ああ、お前達に関しても情報は入ってきておる、なんでも使用人や領民を虐めて楽しむ悪癖があるそうじゃな?子供を除いて明日から冒険者協会に登録してビギナーからスタートじゃ、庶民の為に汗水垂らして働くが良い。」
「えっ僕はいいの?」
ドタンは兄姉そっくりな、ずる賢そうな微笑みを浮かべた。
「お前は大魔導士様の旅のお供をするようにとの事じゃ。くれぐれも怒らせて炭にされぬようにな?死んでも葬式代は出ないから心するよう、では!」
ガラガラと馬車が去って行っても侯爵家の子供たちは打ちひしがれた儘だった。
ルナーダはそんなドタンに近寄るとわざと挑発するような事を言う。
「ちっ何で役立たずなクソガキなんて連れて行かなきゃ行けないんだ。」
「おっお前だって子供じゃ無いかっ!」
「俺はすっげー役に立つし~」
「おっ俺だって本気を出せば役に立つんだ!」
ぎゃあぎゃあ言い合う子供達を前に、見かねたファーマが割って入る。
「はいはい..とにかく先を急ぎましょう。もう1週間もここで足止めされたのですから。」
一行は城下町を出る。
「おいサエ!この荷物なんとかしろ?誰かに火矢でも放たれたらどうするんだ?」
「いやよっ!王様に貰ったお金で買ったんだから、ぜぇーたいに王都まで持って帰るの!」
何故か城に居る王はサエが人質となり侯爵の悪を暴いた事まで知っていた。
その褒賞として金貨10枚を下賜し、使者に託したのである。
そして彼女が大量に買い込んだのは安物の子供服ばかり、自分の服など1枚も無かった。
だが馬車に詰め込まれた子供服達は安くても新品である。
さぞ孤児院の子供たちは喜ぶだろう。
「おいっ!何で俺がこんな窮屈な所なんだ!暑いから代われ!」
ぎゅうぎゅう詰めの服の合間から不平の声が上がるがルナーダは手厳しかった。
「よし、じゃあお前は走れ!」
そう言って逃げないように胴をロープで縛りつけると馬車の外に放り出してしまった
「ひいひい」
馬車は気を使ってゆっくりと進む、だが歩きなれないのかドタンは直ぐに汗まみれになって息を切らした。
「ちょっと、いくら何でも子供に酷すぎる、止めて!」
見かねたサエの鶴の一言でドタンは馬車に戻されたが、暑い暑いと煩いので居場所は屋根上の荷台という事に落ち着いた。
「ちっ、折角根性を鍛えてやっているのに甘やかしやがって。」
「駄目よ、あんなの拷問だわ、奴隷じゃ無いんだから。」
「煩い!俺達は皆運命の奴隷なんだ、多少奴隷扱いされてもつべこべ言うな!」
「何それ?気持ち悪ぅ~。運命の神様は神様だから良いけど人が人の優劣を決めちゃだめよ?」
「ほほう~それは王政及びこの国の貴族政治を根本から否定するという事でファイナルアンサー?」
「あらやだ、私今までそんな事考えた事もなかったのに..酷い貴族を見ちゃったせいかしらね?忘れて!」
(うふふふ、血は争えないわね...)
サエはファーマがそう呟いたのを不思議そうな顔で見つめていた。
一方、ファーマは目を閉じると昔を思い出していた。
それは現国王の祖父が幼少期の事である。
□◆
後にダナール11世となる王子は青髪の可愛らしい男の子だった。
当時は王国軍の総司令を務めていたファーマは謁見の際に王の隣に控える王妃と王を見て、思わずため息を付く。
それは数百年前に夢見ていた自分の姿であったからである。
不老不死となったファーマは建国の王であるダナール1世との恋を諦め、王は隣国の王女を娶った。
その時代よりファーマはダナール王国の守護神であったが、彼女はただ自分が愛した男の末裔を守りたかっただけに過ぎない。
ダナール11世の母は聖王国の王女であり美しい女性だった。
王子は髪の毛の色以外は母親の血を色濃く受け継いでいる。
「ファーマ、どうしたのですか?」
王妃は浮かぬ顔をした軍の最高責任者を気遣った。
「大丈夫です王妃様。お二人のお姿につい、初代王妃様と二世殿下が小さかった頃の姿を重ねてしまっていました。」
「まあ、確かに肖像画を見ると似ていると言われます。」
「もしかすると、王子様も将来王妃様似の方を選ばれるかもしれませんね?」
「あら、まあ、ファーマったら」
だが、二人が談笑している間に王子の姿が消えた。
攫われたのだ。
大胆にも王国軍が行進する謁見の場で事件は起こったのである。
面目丸つぶれのファーマであったが、彼女の怒りはそこでは無かった。
「私の王子様を...許さない!」
犯人の目星はついていた。
事件現場に魔力の残渣が残っていたのをファーマ程の魔導士が見落とす筈も無かったからだ。
恐らく犯人は手練れの魔術師を雇った。
王子を眠らせ、袋か何かに居れて運び去ったに違いない。
王都中を兵士が駆け巡り、怪しい荷物を持った人物を虱潰しに探しているがまだ朗報は無かった。
「王都からは出られない筈...しかし、どうやって逃げる積りなのだ?」
考えた末にファーマは、敵が実行犯の元へ王子を受け取りに来るのでは?という推測に至る。
「ならば、空から王都周辺を監視しましょう」
◆
昼間は兵士達が王都周辺を警邏し、夜は1時間於きにファーマが空を舞う。
彼女は魔法で闇夜でも昼間同様に辺りを見回す事が出来た。
既に大胆不敵な王子誘拐から1週間が経とうとしており、心労からファーマの体調が著しく悪化していたその夜、彼女は王都に侵入する怪しい男達を見つけた。
空から監視されているとは夢にも思わぬ男達は王都に入ると、とあるパン屋に忍び込む。
そこで監禁された王子を受け取ると、実行犯の魔術師と共に王都脱出を試みるが突然空から舞い降りたファーマが叫ぶ。
「貴方達は一番惨たらしい殺し方で殺して差し上げます!」
そう言った少女が杖を振るうと男達の足元はアッと今に氷り漬けになり身動きが取れなくなった。
動けない男達を尻目にファーマは運ばれようとしていた荷物袋を開けると、中から王子を救い出す。
そして誘拐騒ぎは静かに幕を閉じ...無かった。
翌日、両足を切断された数人の男達が兵舎の奥深くに運び込まれる。
何れも舌を噛み切れない様に鉄の猿轡をされていた。
脚の切断面は膝関節のすぐ下で焼かれ、乱暴に血止めされている。
「さあ、誰の命令でやったのか白状なさい」
猿轡の所為で呻き声にしか成らない男達を拷問しながらファーマがそう迫った。
最初に一人の男が白状した、犯人は東の小国で貿易上のトラブルから仕返しを図ったのだと。
ファーマはその男の首を跳ねると残りの者達を尚も拷問を続けた。
次に吐いた男が言うには犯人は南の国で国境のいざこざから王子を誘拐したのだという。
その男の首も最初の男の物の横に並んだ。
三番目の男は北の貴族の差し金だと白状した。
そして最後に残った男の前でファーマは残忍に口角を上げる。
「やはり、最近勢力を伸ばしてる西の小国の差し金でしたか。」
西の小国とは現在の聖王国とダナール王国の国境に位置した国で現在は聖王国領土に吸収されている。
男は驚きを隠せなかった、目の前の少女は最初から分かってやっていたのだ。
翌日、ファーマは王に謁見し軍総司令の責務を辞任するとその足で西の小国へ赴き拡声魔法を使い、大声で怒鳴った。
「私はダナール王国の魔女、ファーマである!お前達の国が我が国の王子を誘拐した罪により今からこの国を消滅させる!命惜しくば即刻逃げ出すが良い!」
人々は驚き動揺したが実際に逃げだす者は皆無だった。
ファーマは徐に杖を振ると魔法を唱えた。
魔法は小国の城に降り注ぎ城に居た王も大臣も焼け死んでしまった。
城から立ち上る業火を見て、やっと一部の者達は荷物をまとめ始めた。
次にファーマは城周辺の家屋に魔法を使う。
城の周りは徐々に白く氷始めた。
凍結の侵攻スピードは緩やかだったため、人々は凍り付く前に走って逃げだす事が出来た。
そして王城から同心円状に逃げる国民の波が小国全体に広がると、ファーマの復讐は終わりを告げる。
こうして小さいながらも一国を滅ぼしたファーマは王国に戻った。
そして数日後、西の小国にて虐殺をした罪で訴えられる。
王国内にいた小国の関係者達の差し金であった。
国王はファーマに弁解の場を与えたが、彼女は「魔法で調べたので彼らが犯人である事は間違いありません、」というのみで積極的に虐殺の正当性を明かそうとしなかった。
宮廷内にはファーマの暴走を恐れる声が蔓延しつつあったので、王はやむなく彼女を幽閉した。
それから数十年後、11世が老人となった頃、ファーマは以前と寸分たがわぬ若々しい姿で老王の前に現れる。
老王は驚ろいた。いや、そもそも最初から彼女を閉じ込めて於ける牢など無かったので彼女が出て来た事に驚いたのでは無い、連れて来た子供達を見て驚いたのだ。
「久しぶりですね11世殿下、この度はお悔やみ申し上げます。」
「おお、ファーマ、ファーマか?頼む、どうかお前の力で我が息子と妃の仇を討ってくれ」
「殿下、偶然の事故に仇は御座いません。私がここに参ったのは幼き両殿下のお世話をさせて頂きたいと思ったからです。」
仇は居ないと宣言された王は酷くがっかりした様であった。
「よい、お前の好きにするがよい、城には触れを出しておく。誰か!孫達を呼んで来てくれ」
幼い王子と王女が連れて来られた。
彼らが衛兵の影に隠れる様にして警戒しているのを見て、ファーマが連れて来た子供の一人が無礼にもづかづかと近寄ると、突然王子の手を引っ張った。
「おい!何オドオドしてるんだ?お前この国の王子だろ?そのうち王になるんだろうが?俺が偉そうな口の利き方を伝授してやるからこっちに来い!」
老王が慌てて止めようとしたのをファーマが静かに制止した。
「11世殿下、この子達は私が弟子に取ろうと思う見どころのある子供達です。殿下達は一緒に逞しく育っていただこうと思います。」
こうしてファーマは一度に、王子、王女、幼い弟子たちの育て親となった。




