第5話 却下
不審な女はグラマラスかつ雪の様に白い肢体を血で染めて笑う。
その視界に、ふと映った見知らぬ少女の服装はこの地方独特の幅広の襟付きでは無く、王都風の物であった。
「お前、見かけぬ顔じゃな?だれぞ、この娘を連れて来たのは?」
居並ぶ女中達は皆互いに顔を合わせて首を捻る。
「その娘を捉えよ!
奥様と呼ばれた女が立ち上がり、狂った様に叫ぶと、飛びあがる様に女中たちはファーマへ襲い掛かった。
「人さらいには遠慮するなでしたっけ?」
律儀にも主人の言葉を反芻しながらファーマは腕をうねらせる様に動かす。
バタバタと女中達が倒れる様を、血塗れた裸の女は目を限界まで見開いて凝視する。
「なっなんじゃ、そちは?何をした?」
少女は鼻先でふっと笑うと独り言の様に静かに語った。
「みんな勘違いしているみたいだけど、魔法の呪文って言うのは今から魔法を使いますよって自分に言い聞かせる暗示みたいな物なの。だから私クラスになれば詠唱なんて必要ないのよね。」
「魔法?魔法なのかえ?!」
「そうよ、今のはちょっと心臓の動きを止めてあげたの。素敵でしょ?」
「だれぞ我を助けよ!この娘を殺せ!」
濡れた床に足を滑られながら不格好にも廊下へ這い出た女は、目を覚ましたばかりのルナーダとバッタリ目が合った。
「チップルプルンテー!」
「ぐへっ」
再び気絶したルナーダの隣で同様に倒れ込む白い四肢に湯上りのタオルを被せながら、ファーマは小さく呟いた。
「女の人の裸は目の毒です... 」
□◆
サエが気が付いたのは大部屋に置かれた白いペンキで塗られた木製ベットの上だった。
「あれ?私なんでここに?」
傍らで椅子に腰かけ読書していたルナーダがパタンと本を閉じると、本の角でコツンとサエの頭を小突く。
「まーた攫われやがって、お前は人質専門か?」
「えっ?そうだ、剣っ私の剣は?!」
「ほら、そこに立てかけてある、本丸に入る前に預けたやつを運んでおいてやったんだ、感謝しろ。」
「ありがとう...」
恥ずかしそうに下を向き顔を赤らめたサエを前にして、ルナーダは居心地が悪そうに立ち上がると、くるりと背を向ける。
「そうそう、侯爵の悪事は人さらいだけじゃ無かった。攫った若い娘の生き血を侯爵夫人が不老薬として使っていたんだ。」
「へっ?不老薬なんてあるの?」
「ねえよっ!だがあの年増め、お前たちの生き血を体中に塗り掻くってたんだぞ。
ファーマ曰く、多少肌の状態が良くなるかも知れないが年齢を遡る事は出来ないってさ。
年を取らないファーマが言うんだ、間違いないだろう?」
「えっファーマちゃんってそうなの?」
目を真ん丸にしたサエにルナーダは肩を落とした。
「当たり前だ、見たマンマの年で大魔導士と言われるような魔術を修得できるわけが無かろう。それにおとぎ話の大魔導士はいつ現れたか知らないのか?」
サエは孤児院時代に読み聞かされた童話を思い出す。
「お話だと、大魔導士って建国の王ダナール一世の恋人だったんだっけ?」
「そうだ、そして代々青髪の一族の守り神でもある。
遥か建国の時、ここより北にある山の洞窟に巣食っていた悪い魔術師共は侵入者に恐ろしい呪いを仕掛けた、一歩歩くたびに1年年を取る呪いだ、奴らを倒すために年を取らない魔法で対抗したんだ。」
サエはコメカミを指に抑えた。
「えーっと?」
そのコメカミをルナーダが指でゴリゴリ扱いた。
「言っただろう?呪いだよ、呪い、洞窟の入り口には古代の失われた呪いが掛けられていて、一歩で1年も年を取ってしまうんだぞ?」
「でも、ファーマちゃんも最初は普通の体だったんでしょ?凄くない?その年で不老の魔法とか使えちゃうなんて。」
「ばーか、使える訳が無かろう? ファーマが今の大魔導士の力を手に入れたのは、呪いの先に居た魔術師たちを倒してその知識を奪った後だ。不老の魔法はファーマの母親、当時の大魔導士が自らの命と引き換えに娘に施したんだよ。子供でも知ってるぞ?この話っておいっ!」
突然サエが涙を流し始めたのでルナーダは慌てて近くのタオルを差し出した。
「ごめんね、あのくらいの年でお母さんと死に別れるなんて、とても悲しかっただろうなって思ったら急にね...」
「同情か?まるで自分事のようだな。」
「えへっ、私はもっと小さい頃だったからよく覚えていないんだけど..お母さんとの記憶は大きなお庭のあるお屋敷で住んでいたってくらいかな。」
「意外と良いところの出なんじゃ無いのか?」
「あっ違う違う、多分住み込みの女中か何かだったんだと思う。だってお父さんの記憶が全くないから...」
「そうか..」
ルナーダは小さな手で優しくサエの頭を撫でた。
サエも嫌がる訳では無く大人しくタオルを握って目を瞑る。
「病室でイチャイチャは禁止です...」
「うわっ!びっくりした、急に出て来るんじゃない、ファーマ。」
「驚くのは後ろめたい事が有るからに違いません..」
「厭ですよファーマ様。」
いつの間にか「ちゃん」づけから「様」に変わった事に気づいたファーマは、先ほどのルナーダの様にサエの髪の毛を撫で始めた。
「サエ、私の事はファーマちゃんで良いのですよ?寧ろそれ以外は却下します。」
「却下って..」
「お義母さまでも良いですけど...次に他人行儀と言ったらこの髪の毛を全部燃やしますから。」
「怖っ絶対やめてよ、ファーマちゃん!」
「よろしい..よしよし。」
怯えた子ウサギの様に竦みながら、サエは暫くの間、二人の子供に頭を撫で続けられた。




