《Trip14ー①》
此度も御読み頂き有り難う御座います。
僅かでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
「………相も変わらず、華やかな日々を過ごされておりますな。」
「いや、そないに褒められるもんやないんやけど………」
「………………褒めておりませんが?」
ここはガルストンさんの執務室。
毎度変わらぬ労働に勤しんだ後、さて風呂に行くべぇと思とったら、使いの人が待ち構えとったんで、素直に連行されて今に至るっちゅう訳。
さて何言われるんやろうと思とったら、先日のベルグんとこの娘ん話を今更ながらに説明させられた。
勿論ガルストンさんは忙しい御身やさかい、何時もの様に書類に目を落としながらやが………
「………それが何故、違法薬物の摘発に繋がるのでしょうか?」
知らんがな。
執務机の前にある応接セットのソファに座り、片眉だけを上げて応える俺。
こちとら家庭内の話でしか動いとらんのに、気ぃ付いたらややこしい話に巻き込まれとったって感じやわ。
俺からしたら違法薬物の話なんぞ、ほんまどぉでもええねん。
目に見える小さな範囲でええさかいに、見知った顔が笑てられたらええんや。
逆に言うたら、それ以外のもんは知らん。
冷たい言い方かも知れんけど、そこら辺に居る様なおっさんに出来る事は限られとんねん。
せやさかい、目に付いたもんだけはどないしても手助けしたい。
それが人情ってもんやと思う。
「………それが貴方の行動原理って事でしょうか?」
「そないな大層なもんやないけどね。」
「………………わかりました。では、その後のローザの話は御聞きになりたいですか?」
は?
そりゃ勿論。
「では、ローザという娘ですが………修道院に入りました。」
まじで?
俺の現世の知識やと、かなり厳格な世俗から隔離された場所やと思たけど………
『概ね、その認識で間違ってはおりません。厳格な教義に則って生活し、その殆どを祈りに捧げる生活です………考えうる限り、概ね女性としての一般的な幸福とは掛け離れています。』
せやんねぇ………
放蕩娘の行き着く先としては割と納得やけど、よぉあのベルグが許可したもんやなぁ………
「なんでも、本人のたっての希望だそうで………………ベルグ殿は最後まで反対なされたそうですが。」
あん娘も、それなりに思う処があったんやろう。
知らん所とは言え、がっつり犯罪に手ぇ貸しとった訳やし。
反発しとったんも、幼さ故の理解力の無さが原因みたいなもんやし。
それが元で大勢の人が泣く事になったんなら、なんぼ親でも止めきれんのやろう。
ベルグは寂しい思いをしとんねやろうな。
なんぼ解ったつもりで居っても、情が先走ってまうんが父親って生きもんやさかい。
また今度呑みに誘うかぁ。
俺で紛らわせれるかは自身はねぇが。
「………またですか…………」
思いの外からガルストンさんの呟きが聞こえ、我に返って意識をそっちに向けた。
「失礼………此方で少々問題があったものでして………」
「なんぞあったんでっか?」
首を突っ込むんもどやさたぁ思たけど、話の流れを止めるんもアレやし、気になんのはしゃぁないわな。
「いえ………………此方が紹介した方なのですが………とても優秀な女性なのですが、この度めでたく御懐妊なされたので、仕事を辞する決意をなされた様でして。」
僅かに話すかを悩みはった様やが、さして問題が無いと判断しはったんか、世間話的な感じで教えてくれはった。
「そりゃ………御目出度いこって。」
「それはそうなのですが………素直に喜べない事情もありまして。」
どないな面倒事かいなと思たら、拍子抜けする様な話やったさかい、思わずとぼけた返事を返してもうたら、ガルストンさんに微妙な顔をされてもうた。
「優秀な方が抜けられるとなると、御店が立ち行かなくなる所も少なからず出てくるので、その穴埋めに我々の様な業者が奔走するのですが、求められるものに適応される実力を御持ちの方が直ぐには見つからず、中々に難儀なのですよ。」
そりゃそうなるわな。
勿論引き継ぎなんかとかはしっかりやっとるやろうけど、引き継げる相手が必ず居るとは限らんさかい。
そないなると、ガルストンみたいな仲介業の人等が右往左往せなあかん様になりおる。
企業からしたら、よりエエ人材が欲しいやろうし、奪い合いでたいへんやろうねぇ。
「私と致しましては、優秀な方には男女の違いなど関係なく働いて頂きたいのですが………出産子育ての事を考えると………本当に悩ましい話なのです。」
「なるほどねぇ………………」
まっ、知らんけど。
ガルストンさんにゃ悪いけど、今後を含めて俺ん生活にゃ関係なさそ。
やけども、世話になっとるガルストンにとったら大事なんやろうさかい、なんかの機会があったら考えてみるかぁ………
ふと見れば、ガルストンさんの手元には紙が有った。
紙が有るんか………
見れば、未使用の紙が平たい木箱の中に綺麗に収まっとった。
綺麗に収まっとるとこら辺が、ガルストンさんの几帳面さが伺い知れるわ。
「………あぁ、この紙1枚もうてもええでっか?」
「………どうぞ。」
「………ちなみに高価なもんなんでっか?」
世界観的に革に書き込んどると思とったんやが、製紙技術があるんに驚いたんやけど、どっかの本好きさんが下剋上でもしはったんやろか?
んな冗談を考えながら、新しい技術やったら高額なんとちゃうやろかと尋ねてみた。
「一昔前ならばそれなりに高価なものでしたが………今では書き損じても絶叫しなくても済む様にはなりましたかな。」
くすりと笑いながらガルストンさん。
おぉ………
大人なジョークも言いはるんや。
んな対応に少し驚きながら、真新しい紙を1枚拝借する。
勿論なんか書く訳やない。
こん世界の文字なんてよぉ書かんし。
何でか読めるんやけどねぇ………
当然やが絵も描かん。
絵心が壊滅的なんは重々承知しとる。
見るんは好きやねんけどね。
またソファに座り直して背もたれに身を預けっと、手慰みに紙を折りだした。
昔は菓子の包み紙で、鶴とかよぉ折ったもんや。
結構好きやったりする。
比叡山で折り鶴奉納したし。
広島の折り鶴タワーにも行ってみたかったなぁ………
千羽もよぉ折らんけど。
んな事をぼんやりと考えながらも、ガルストンさんの悩み事にも受け答えをする。
「やけども、男しか働き手として勘定せぇへんとなると、圧倒的に人手不足になりまっしゃろ?」
街の人口のざっと半分が大人やとして、そのまた半分の男しか労働者として計算でけへんのやったら、明らかに繁栄からは程遠いもんになるやろな。
それを解っとんのか、ガルストンさんも事務作業の手を止め、溜め息と共に視線を向けてきた。
「次代を担う子供たちが生まれなければ、この街は静かな衰退に向かうだけですし、子供が生まれればそれはそれで、この街は立ち行かなくなって行きます………なんとも手詰まり感がありますなぁ。」
「そぉでんなぁ………………」
重苦しい空気を振り払う様に、俺が投げた紙飛行機はふわりと飛んで、反対側の壁の隅にこつんとぶつかった。
ーーー《sideーB》ーーーーーーーーーー
「貴方らしくないわね。」
扉が開くと同時に、綺麗な低音の声が投げ掛けられる。
かの御仁が帰って直に、麗しき先生が訪ねて来られた。
どうやら話を聞かれていたらしい。
「関係のない仕事の話を、あそこまで話してしまうなんて。」
「………………些か疲れていたのでしょうか。」
「………貴方にも、話せる相手ができた事を喜ぶべきかしら?」
優雅にソファに座られ、おとがいに指を当てて小首を傾げる仕草は、まさしく傾城と呼ぶべき姿である。
………その実、ただ私を誂いたいだけではあるのだが。
「それで?その後の進捗はどうなのかしら?」
「………芳しくありません。」
事務作業の手を止めて、御茶を淹れるために立ち上がった私に、先生の遠慮の無い問いが投げ掛けられる。
勿論議題は件の薬物の事である。
それに私は茶葉を蒸らしながら、溜め息を交えて答えた。
不本意ながら………
「収監されていた『赤龍団』と称するグループのリーダーですが………不審死致しました。」
テーブルにカップを置きながら伝えた内容に、美しい左眉が跳ね上がる。
「突如衛兵団が自警団詰所に乗り込みまして、それはもう色々と大揉めした様ですが、強権を使われて強引に連れて行かれて収監された直後の事らしく、おそらく以前に先生が仰っておられた毒が使われたと思われます。」
そこまで伝えると、苛立ちを抑えるように両手指で蟀谷を揉むと、徐ろに紅茶を一口含み飲み込むと、諸々の感情と共に吐息を付かれた。
「………………『星』は?」
先生は何のとは聞かない。
此方が理解している前提で話される。
逆に言えば、理解できない者には言い方を変える。
子供にも解かる様に………
「如何せん機密事項の為、複数人での確認は取れておりませんが、信頼できる者からの報告によれば、間違いなく中指の爪に有ったとの事です。」
聞かれたのは、先生が作った毒が使われた事実の確認。
尋ねられた内容を理解して、聞きたい事実を正確に伝える。
「なので、直接的な全容解明には至っておりません。」
口封じをされてしまった。
重要な証人を殺されてしまっては、大元や搬入経路等が未解決のままだ。
これで捜査も振り出しに戻るのだろう。
「なるほどね………」
静かに答えると、先生はまた一口紅茶を飲まれると、不敵に微笑まれた。
「色々解ったわね。」
そう………
普通ならば落胆する処なのだろう。
だが、我々は視点が違う。
通常の薬物の捜査だけが目的では無いのだ。
「えぇ。これで売国の徒の存在が確定しました。次は不貞貴族の洗い出しですね。」
「その辺りは、私の供述から範囲は絞れるのではなくって?」
先生を保護した際に得た情報から、ある程度の不貞貴族の存在が確認されており、それを元にした洗い出しが今後行われるだろう。
この国を………国民を守るために………………
「………久しぶりに『風』が吹くのかしら。」
一切此方を見る事もなく、カップを持つ手に視線をやりながら、先生がぽつりと言葉を落とす。
「そうですね………おそらく吹くのではないでしょうか。」
その意味を正しく理解して、私も何事もない様に答える。
「それは楽しみだわ。」
それを聞いて、先生はそれはそれは美しい大輪の笑みを浮かべられた。
「ねぇ………………あれば何かしら?」
少し温くなった御茶を楽しんでいると、不意に先生から問いを投げかけられた。
見れば部屋の隅に、形作られた紙がぽつりと落ちている。
先程帰られたあの御仁が、手慰みを投げたのを片付けるのを制して、後で纏めて掃除しようと思っていた物がそこに有った。
「あぁ、あの御仁が手慰みに飛ばしていた物ですね。すみません。直に片付けます。」
そう言って腰を上げかけた私を制した先生が、さっさと立ち上がってそれを拾うと、戻って座ると私にそれを渡してきた。
「彼と同じ様に投げて。」
「え?は、はい。」
どうしたというのだろう?
取り敢えず言われるがままに、見様見真似で投げてみる。
ゆっくりと………
すると、そのままの勢いのままで目視できる所の壁まで飛んで行き、こつりと壁に当たってぽとりと床に落ちた。
その様子を、先生は声も無く見ていた。
「如何なされました?」
そう問わずにはいられない。
だが、私の声も聞こえない様子で、先生はその紙を見詰めている。
暫くした後、また先生は立ち上がると、それを拾うと戻って座り直し、改めて私の事を見た。
「本当に疲れている様ね………これは何かしら?」
半ば呆れる様に言われると、改めて先生の講義が始まった。
「………………紙ですが?」
「そうね。比較的新しい技術だわ。だから、今は使用方法の全てが明らかになってはいない。ものが書ける事以外は。」
先生は少し苛立った様子で、だがそれでも努めて冷静に私に説明をしていただく。
出来の悪い生徒である私には、先生が何を仰っしゃりたいのか解らない。
思い当たる事といえば………
「………………まさか、また新しい概念を見出したと言うのですか?」
前のめり気味に尋ねた私を、先生は片手で制した。
「それも有るけど………………もっと笑えない事実に気付かない?」
そう言いながらも、先生は微笑んでいる。
経験則から、この様に微笑まれれている時には、この後に笑えない様な指摘をされる事が多い。
暑くもないのに冷たい汗が流れる。
「貴方はこれを投げて、『飛ぶ』と表現したのよ?まぁ私も同意見だけれども。」
そう仰っしゃられながら、先程私が投げた様子を真似をされ、そうして眼の前に紙で作られた物を上げて観察される。
「これは飛んだのよ………はためく翼も高度な魔術を使う事もなく、たとえ誰が投げたとしても、これは紛れもなく『飛ぶ』物なのよ………この世界で初めてね。」
そう言って投げられた紙はゆったりと舞い………先生が徐ろに構えた杖の先から放たれた火の魔術が当たり、地に着くまでに燃え尽きた。
「さて………これを元に、どれだけ技術革新が起こるのかしら………………良かったわね。その現場に立ち会えて………けれども、見なかった事にしましょう。まだ私達には危険過ぎる技術だわ。貴方も忘れなさい。」
私の顔を拭いきれない汗が流れる。
あの御仁はっ!
あの御仁は何気ない顔して、どれだけ恐ろしい物を撒き散らかして行くのかっ!
そして………
これからも変わらないのだろう………
まったく笑えない。
《See you next trip》
如何でしたでしょうか。
次作も粉骨砕身務めますれば、
感想等を頂けたら望外の喜びです。




