《Trip13ー⑨》
此度も御読み頂き有り難う御座います。
僅かでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
「てめぇっ!何しやがったぁっ!」
一夜が明け………
何時も通りの労働の後に、風呂に寄ってさっぱりすっきりしてから、至極の一杯………二杯三杯と楽しんどる何時もの『夜霧亭』。
そのホールに響き渡る怒声に、酔客が一斉に発生源に視線をやるが、あぁまたか………と呆れながら戻って行く。
少しだけ笑みを浮かべながら………
俺はと言えば、呑み込みかけた酒が喉に引っ掛かり、危うく噎せそうになるんを堪えながら、なんとか怒声の元を見るんが精一杯やったわ。
「人様の忠告も無視しやがってっ!!のこのこと乗り込んで行った中で、何をしでかしやがったか吐けっ!」
何時もと変わらん美丈夫は、一直線に俺ん所に向かって来ると、えらい剣幕で捲し立ててきはる。
慌ただしいやっちゃやぁ………
この一面しか見た事無いけど、他の………例えばにこやかな一面も有るんやろか?
こん若もんの将来を心配してまうわ。
「落ち着きぃや。藪からスティックにどないしてん?」
「しらばっくれんじゃねぇっ!てめぇが赤龍団の所に乗り込んだのは現認されてるんだよ!」
おぉ、話が早いなぁ………
見張られとるとは思とったけど、フェルナルドはんに話が行くまで、此処まで早いたぁ思わなんだわ。
「てめぇが関わるってんで、俺が急遽無理矢理呼び出されて、突入に強制的に参加させられて、いざ店内に突っ込んだら、どういう訳かノスフェラトスとの抗争になってやがった上に、肝心のてめぇが居やがらねぇ。説明してもらえるんだろうなぁ!あぁっ!?」
よっぽどフラストレーションが溜まっとっとたんか、長い文章を一気に捲し立てると、テーブルをばんばんと叩きはった。
お気の毒に………
そやけど………
「………あぁ!あの晩の事かいな。」
こっちも正直に話したるつもりは、これっぽっちもあらへん。
「ありゃ………用事の相手が居らんかったさかい、怖い人等に追い立てられてすぐに帰ってん。」
「嘘つけぇぇぇっ!」
絶叫の見本の様な声が轟くが、周囲は驚くよりもくすくすと小さな笑い声に包まれる。
「まぁ落ち着きぃな。一杯呑むかい?」
「勤務中だっ!」
「ほな水でも………ミア。頼むわぁ。」
俺の声よりも早く反応したしたミアは、奥に引っ込むと木製のジョッキに入った飲みもんを運んで来はった。
厨房からは、ルミルさんの聖母の様な微笑みが見える。
………最近、あの微笑みの裏に邪悪なもんが潜んでいる様な気がすんねんけど。
ミアからジョッキを受け取ったフェルナルドはんは、中身を一瞥するとミアを睨むが、笑みを返されて溜め息を付きはった。
「………この店も碌なもんじゃねぇな。」
「………?ええ店やで?」
「てめぇが巣食ってるだけある店だなって意味だよ!」
ほなええ店やがな。
立ったまま、ジョッキを喉を鳴らして飲み干しはった美丈夫は、そんまま熱い吐息を吐き出しはった。
まるで酒でも呑んどるかの様に………
「で?俺が帰った後、どないなったん?」
そん様子にゃ笑いが込み上げて来おるが、埒が明かんよって話しん先を促す。
こっちも聞きたい事があるさかいな。
「………クソ白々しい事言いやがって。」
頗る腹立たしそうやが、水を飲んで少しは落ち着いたんか、俺ん向えに腰掛けはって、その後のあらましを語ってくれた。
「てめぇが突っ込んだって情報が上がって来たってんで、周囲が慌てて突入するって話になったから、飯食ってる最中に無理矢理呼び出し喰らって………いざ突入してみたらてめぇは居やがらなくて、何故か赤龍団とノスフェラトスの連中が大乱闘してやがって………まぁ目的の薬物は見つかったらしいが………赤龍団の連中はズタボロで、牢屋よりも病室に放り込まなきゃならねぇ状況になってやがった………まぁ、勿論牢屋にぶち込むがな。」
そない一息で言いながら腕を組む美丈夫は、やっぱり絵になってもうてる。
やが………
無事に怪しい薬の摘発まで行けたんやったら、まぁ御の字やろう。
こん世界やとどん位の罪なんかは知らんけど、普通に考えたら厳しい処分が待っとる筈や。
これで、おそらく他の赤龍団のメンバーにも調べが入るやろうし、実質壊滅近くまで追い込めたんかも知れん。
やが、話は最後まで聞かな解らんけど。
「調べはこれからだが、薬物事件はかなり進むだろうよ。順調に行きゃぁな。」
これで話は終わりやと言わんばかりのフェルナルドはんの態度を見て、やっと少し安堵する。
ローザの話しが出てこんかったさかい。
「ほな、万事上手く行って良かったやん。」
「良かねぇよ!てめぇは何をしやがったんだよ!?」
愛想笑いを浮かべながら、そない言うた俺に、殊更不機嫌そうに俺の動向を訪ねてきはった。
おそらくやが………此処まで来たらローザの話しは無いんやろう。
それに一安心しながら、こっから先は惚け倒す事に決めた。
「何もぉ?乱闘騒ぎなんぞ知らんし。」
「………連中の中には、てめぇと小柄な女が居たって証言してる奴も居るぞ。」
明らかに疑って掛かっとるそない言うてくるが、そないなカマに引っ掛かる程ウブやないわい。
「悪党の言う事なんぞ信用できるかいな。どうせ逆恨みで俺を巻き込もうとしとるだけやろ?………それに、みんなが口を揃えとんの?」
「………………ノスフェラトス側は居なかったと証言している。」
「ほら見てみぃ。」
助かった。
正直こん結構鋭い美丈夫を、どんだけ誤魔化しきるかがきもやったんやが、上手い事庇ってもうたみたいや。
ほんま、ノスフェラトス様々やわ。
「クソっ!尻尾を出しやがらねぇな。」
「無理くり犯罪者にせんといてぇな。」
罪状も無いのに捕まってたまるか。
こっちの世界やと、わりかし冤罪で投獄されて、そんまま謎の獄中死とか多そうやし。
まぁそれについちゃぁ、元の世界でも古い時代やと何処の国でも有った話やが。
いや………実は近代でも有るんかも知れん。
流石に獄中死は可能性は無いやろうけど、保釈中の不審死なんぞ怪しさ大爆発やんかいさ。
だいたい政治家絡みやし………
ちなみにやけど………
日本の警察や刑務所やとありえへんと思う。
理由は簡単。
要は割に合わんさかいや。
高卒からの公務員の生涯年収を考えると、人殺しなんぞの危ない橋を渡って、トカゲの尻尾切りに怯えるなんぞ、どない考えても一個も美味しあらへん。
精々後先考えられんアホが、目先の小銭稼ぐ為に闇で便宜を図る位やろ。
組織的に動いても、どっかでバレる可能性高いしな。
他所ん国は知らんで。
あくまで日本国内の話な。
まぁ閑話休題。
「まぁ色々と溜め込んどるなぁ………」
かなり同僚に引っ張り回されたんやろう。
精悍な作りの顔にも疲れが見える。
なまじ仕事ができて真面目やさかい、色々とストレス溜めとんねやろうなぁ。
そん大部が俺絡みやけど。
「そんなフェルナルドはんに頼みたい事があんねん。」
「何故俺がてめぇの頼みを聞かなきゃならねぇ。」
そりゃそーや。
今ん所、二人の間にゃ一応貸しも借りもあらへん事になっとる。
せやのに、こっちのお願いを聞いたらなあかん理由はあらへんわな。
「そこはまぁ………フェルナルドはんにしか頼めん話やねん。」
「………………何だよ?」
フェルナルドはんのストレス発散にも少しはなるかも知れんけど。
こっちの話を聞く態度を示してくれた美丈夫に対し、俺は自分の頬をぴしゃぴしゃと叩いた。
「こん頬、一発張り倒して欲しいねん。」
この俺の発言で、周囲から雑音が消える。
聞くともなしに此方の話に耳を傾けとった連中が、沈黙と共に一斉に視線を向けてきおる。
無論、眼の前の美丈夫も同じ様に固まっとる。
そん胡乱がる視線は、正直に理由を話せと言うてる様や。
「ちょっと色々有ってね………しゃぁ無い理由は有るんやけど、女子供に手を上げてもうたんや。」
そう………
俺はローザに手を上げた。
勿論、あん時は必要な事やったと思うし、それを後悔する事はあらへん。
やが………
俺が自身に課しとる『女子供に手を上げへん』ちゅう決まり事に反しとる事は間違いのない事実や。
それが俺には許されへん。
「戰場を生業としとる相手やったら別やけど、そうやないのに手を上げてもうたんが、どないしても自分中で許されへんのよ。どないな理由が有ってもね。」
ダリアみたいに、対等にどつき合う間柄やったらええんよ。
やが今回んは、あからさまに違いすぎる。
躾という一面は有ったとしても、圧倒的な暴力で説き伏せようとするんは、一歩間違えればとんでも無い事になりおる。
更に常態化してもうたら目も当てられへん。
せやさかい、俺は自分を罰せなあかんねん。
「………………どうして俺なんだ?」
「周りの連中は俺に甘いさかいな………頼んでも張ってくれへんやろう。」
どないに言葉を並べても、俺ん周りの連中は俺を罰してくれんやろう。
おれん事を好いてくれとるさかい。
やが、それやとあかんねん。
俺は罰せれたいんやから。
「………………解った。」
一言そう発すると、美丈夫はゆっくり立ち上がるさかい、それに合わせて俺も立ち上がる。
後ろから、旦那ぁ………とトマスの声が聞こえるが片手で制し、近くのも恐れ多い程の完成された健康体の前に立つ。
そん綺麗な瞳を見詰めて………
「ほな、遠慮のぉ頼むで。」
周囲が固唾を飲んで見守っとる中で、俺が腹を据えてそない告げると、小さくあぁと応えたフェルナルドはん。
ばぁぁぁぁんっっ!
痛みよりも先に首から下に向かって順に捻れが生まれ、抗い様のない衝撃に耐えきれずに身体が宙を舞い、椅子とかにぶつかって止まる頃になって、やっと凄まじい痛みが襲って来おった。
目の奥がチカチカしおる。
トマスを筆頭に、心配気に寄って来た周囲に両手で応えながら、なんとかめっさ取り繕って立ち上がる。
クラクラする頭を振ってみるが、一向に収まらへん。
「マジで遠慮のぉ来るとはねぇ………」
ほんまに思わず零れ出たボヤキに、美丈夫ははんと鼻を鳴らした。
「てめぇが、そんな温い事を望まねぇだろうが。」
………………まぁねぇ………
こっちが望んだ事なんやさかい、遠慮なんぞ要らんねんけど、此処までやられるたぁ想像にもしとらんかったわ。
やが。
これで俺ん中の罪悪感が薄れていった。
「貸し一つだからな。今度奢れよ。」
そない告げると立ち去ろうとするフェルナルドはん。
そん後ろ姿まで男前や。
「あれぇ?呑んでくれんの?」
そない揶揄する俺の声に、小さく死ねっと吐き捨てながら、振り返る事もなく出て行きはった。
扉が閉まる音を合図に、緊張状態が解けた周囲に音が戻っていく。
誰もが弛緩した空気の中で、トマスが心配そうに寄って来た。
「旦那ぁ。大丈夫かい?」
肩を貸してくれながら、元のテーブルまで連れてってくれる。
「無謀だねぇ。殺されるよ?」
「心配要らんよ。あれでも加減してくれとるし。」
安定せん視界を頭を振って戻し、よっこいせと椅子に座りながら、トマスにそない応える。
ただでさえ、何時叩かれたんか解らんのや。
「首から上が吹っ飛ばされたか思たわ。」
「………………笑えない冗談だね。」
いやまじで。
あんイケメンマッチョが本気やったら、ほんまにやりかねへんで。
程々に手ぇ抜いてくれたさかいに、多分まだ息ができるんやろう。
それを自然にやれるんが、あん男が男前な所やろう。
閑話休題。
「んな事より………ベルグに繋いでくれたん、トマスやろ?」
今まで聞けんかった事を聞いてみる。
あん時、あのタイミングで父親が現れるなんぞ、御都合主義過ぎて予想外やった。
「余計な事したかな?」
「いや、色々都合が良かったわ。」
危うくほんまにしばいてまう処やったし。
何度でも言うけど、しゃぁない事とは言うても、やっぱり女子供にゃ手ぇ上げとぉないねん。
それを踏み止まれたんは、やっぱり親子の絆の力やと思うし、それを仕組んでくれたトマスにゃ感謝しきれんわ。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
何はともあれ、こん話しはほんまにこれで終いや。
こないなややこしい話は二度と御免被りたい。
俺は気楽に呑んでたいんや。
喧騒が戻ったホールの中、誰かと合わせる意味でもなく、俺は呑みかけのグラスを静かに掲げた。
あん不器用な親子に幸多かれと祈りながら。
《See you next trip》
如何でしたでしょうか。
次作も粉骨砕身務めますれば、
感想等を頂けたら望外の喜びです。




