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しかしその色も、次の瞬間には夢のように消え失せていた。
――見間違いだったかな……。
今では見えない膜に覆われたように、疲れに霞み、気怠げな印象に戻った目を見ながら、結紀は首を傾げた。
そんな様子にはまるで気づかず、道祖は仕切りなおすように一つ咳払いをすると、腕を組んで改めて三人と向き合った。
「さて、アイツが……堺昧弥が何者か、ってことだが…………正直なところ私たちにも詳しいことは分からん」
「………」
「………」
「………へっ? 終わり!?」
三人とも『分からん』の後に『……が』とか続いて、何か一つくらい情報が出てくるだろうと構えていたが……急激に広がっていく沈黙に結局我慢できず、三人の内心を代表するようにユクが声を上げた。
ココも結紀も同意を示すようにジトッとした視線を送る。
しかし、そんな反応は予想済みだとうでも言うように、道祖は三人の視線を払うように投げやりに手を振った。
「仕方ないだろう。学園こそ、その何者であるかを調べるための場所だ。業の特性、人工精霊の有無。この島に流れてくる前に把握できていることなんぞ、ほとんどない」
道祖の言い分は尤もだったが、それはそうとしても、被害にあった側からすれば分からないから気にするな、では到底納得できるはずもない。
結紀は眉間にしわを寄せて、なおも食い下がろうと問い詰める。
「それはそうなんでしょうけど……でも、ほら。ここに来る前はどこにいたとか、どんな環境で育ったのかとか……少しくらいは分かることもあるんじゃないですか?」
情報を貰えなければ引き下がれない。そう目で語る結紀を、道祖は面倒臭そうに見つめ返しながら小さく嘆息する。
本人のいないところで過去を掘り返すなど趣味が悪い。昧弥が耳にすれば、またどんな因縁をつけられるか分かったものじゃない。
しかし、ここで話さなければこの三人は何をしでかすか分からない。それは予感などというような生中なものではなく、火を見るより明らかな未来図だった。
仕方ないと、道祖は溜息を繰り返し、重そうに口を開いた。
「ここに流れてくる覚者の大半に、確かな身元を証明する書類なんぞない。そんなものは持ってる方が珍しい。……とても表沙汰にはできないような境遇の者すらいる。そこら辺はお前らも分かってるだろ?」
「それは、まぁ……はい」
「昧弥もその類だ。お前も、あの顔を近くから見たなら分かると思うが……アレは時間をかけて作られた、醜悪な芸術品だ。
……見た者が悍ましさに震えるよう、飴細工を作るような繊細さで組み立てられている。――悪辣極まりない」
暗く沈んだ声音に、結紀の脳裏にもあの壮絶な貌が浮かび、ぞくりと、腹の底から湧き上がってくる恐怖を押さえることができなかった。
「ユーキ……」
「結紀……」
敏感にその変化を察知した二人は、自分が傍にいることを伝えるように、少年の体に手を触れる。その感触と熱に、結紀は顔を青褪めさせながらも、二人に心配をかけないように、柔らかく微笑んでみせた。
「戸籍なし、出生不明、後見人不在。指紋にDNA、静脈、網膜。……あいつを示す個人データは、すべて学園に来てから作られたものしかない。それ以前のことで分かっていることといえば…………あいつが学園に来るきっかけぐらいだ」
「それって……?」
軽く身を乗りだして問いかけてくる結紀に、道祖はすっと視線を外し、苦虫を嚙み砕いたような渋面を顔中に広げ、呻くように返した。
「……襲撃したのさ。自ら、この島に乗り込んでくるために。国家安全保障会議、マナス究明推進委員会――その本部をな」
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