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顔を上げる間もなく、覆い被さってくる二つの柔らかな感触。
飛びかかってくるような勢いでぶつかってきたのに、衝撃がごく小さいのは体重が軽いせいか……それとも気を使ってくれたのか。
どちらにしても、その小さな温もりが今の結紀には何よりも嬉しかった。
「大丈夫ッ!? どっか痛いの!? やっぱアイツになんかされたのが残ってる!?」
「再検査必須。後悔先立たず、備えこそ健康への一歩」
触れ合った部分から彼女たちの体温が沁み込んでくるようで、冷え切っていた体に熱が戻ってくる。かじかんでいた手指に血が通い、頭痛が嘘のように引いていった。
その、あんまりな自分の単純さに心の内で息を吐いてみたが、口元は緩んだままだった。
心地よい、あそこ《・・・》じゃない、ここに自分がいる確かな感触。
それを二人が支えてくれているように感じられた。
ゆっくりと目蓋を開ける、そこにはもう黒も緋もない、白に埋め尽くされた視界が広がっていた。それにほっと小さく息を吐いて結紀は笑みを広げると、力の抜けた様子で顔を上げた。
「あ~……大丈夫だよ、二人共。心配かけてごめん」
どこか頼りなさそうに映る微笑。
しかし、他人に警戒心を抱かせない、野花のような笑み。
いつもと変わらない様子にユクもココも微笑み返しながらも、まだ心底から安心できていないようで、二人して眉根を下げながらペタペタと結紀の体に手を触れさせた。
「ほんと? ほんとに大丈夫? 無理してない? さっきの声、すっごい苦しそうだった」
「まさに阿鼻叫喚、廊下まで響いてた。……私まで痛かった」
ユクの口調は純粋な心配を通り越して、末期の患者に縋りつくようだったし、ココに至ってはどこか責めるような声音をしていた。
だが、なんにしても自分を気にかけてくれているのは間違いないことで、下から上目遣いに覗き込んでくる少女たちに、結紀は笑みを深めて答えた。
「本当に本当。もう全然なんともないから。……医務室の雰囲気のせいで、昔のことをちょっと思いだしちゃっただけで、体に異常はないよ」
なおも疑わしげな視線を送ってくる二人に、なんともないと示すように腕を曲げて力瘤を作る仕草をして見せる。その様子に渋々ながら頷き、二人は体を離した。
「ユーキがそう言うなら、いいけど……でも! なんかヤバいなって思ったらすぐに言ってよね! ユーキになんかあったら……アタシ、何するか分かんないかんね?」
「結紀……結紀は少し抱えすぎる。情報共有は大事、これはネットでも現実でも常識」
「ははは。うん、分かった。何かあったら真っ先に二人に知らせるよ」
「ならヨシ!」
「絶対、約束」
言質は取ったと、満足げに首肯した二人が改めて結紀に抱き着く。
と同時に、ふわりと香ってくる甘い匂い。
嗅ぎ慣れているわけではないが、いつも隣にいてくれる、ふとした拍子に鼻孔をくすぐられると胸の奥と頬に温かな熱を届けてくれる、自分の新しい日常の象徴。
健康な男子としては嬉しいやら気恥ずかしいやらで、いつもは落ち着きなく声を裏返らせているところだが、今は安心感が勝った。
――まるで子犬か何かみたいだ。
自分を好いてくれる二人にあんまりな形容だが、愛らしさも相まって二人の頭とかお尻に犬耳だったり尻尾を幻視してしまうことが間々ある。
それがまた似合っていると感じてしまうあたり、自分も男なんだなぁ、と感じてしまう結紀だった。
「……でも、さすがにちょっと、刺激が強いというか……。あの、二人ともそろそろ」
「ちょっと、ココ! 幅取りすぎ! こっちに寄ってこないでもっと離れてよ。アタシがくっつく場所がなくなるじゃん!」
「ユクこそ、接触過多。線はすでに引かれた。ここは私の領土」
結紀にしがみつきながら火花を散らし始めた二人に、今更主権を主張したところで取り合ってもらえるはずもないのは明らかだった。
とりあえず結紀は二人の邪魔をしないよう、降参とでも言うように両手を挙げた。
両側から腕を回して、腹の前で威嚇し合う二人に、早々に諦めて結紀は『そういえば、もうお昼だ。お腹減ったなぁ。今日は何しようかな……』なんて、世の青少年が目にしたらキレ散らかすこと間違いない贅沢な現実逃避をする。
少年の夢を煮詰めたみたいなシチュエーションに身を置きながら、夢の中に逃げ込む暴挙に走った結紀を余所に、二人はますますヒートアップしていった。
「ココはいっつもさ――ッ!」
「そういうユクこそ――ッ!」
売り言葉に買い言葉、すでに収集のつきようがない状況は――、
「――ああっと……お邪魔だったか?」
道祖夕里にあっさりと壊された。
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