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――じくり、じくり、と。
まるで体に開いた穴から血が滲み、溢れていくような寒気があった。
心臓が脈打つのに合わせて――じくり、じくり、と。
悪いことに、その穴は心臓の真上にあるようで、勢いが衰える気配はない。
ただ、淡々と体の内に溜まった膿を吐きだすように、何かを……結紀にとって大切な何かを、休みなく溢れさせ続けている。
――ぞくっと。体は指先一つ動かないにもかかわらず、背筋を走った悪寒に全身の毛が針みたいに逆立つのを感じた。
体の内側、そのさらに奥――。
肉体の裏側にある根源のような、己を己たらしめているモノにその穴は通じていて、そこから中身が零れていっているような、耐えがたい寒気――。
――これは、良くないモノだ。
結紀はその根拠を探す前に、ただ漠然と、それが自分にとって望ましくないことだと本能的に感じ取った。
もしこれが止まらなければ、いずれ自分は虚空に消えるだろう、と。
だが同時に、それをどこか懐かしく感じている自分がいることにも気づいた。
しかし、それがどういうことなのか……。
なぜ取り返しのつかない心細さに震えることが、思い出の中にだけ存在する公園で顔も影に覆われてはっきりしない幼馴染と再会するような、居た堪れない煩わしさに似ているというのか……分からない。
分からないが、まるで治ったはずの古傷が思い出したように膿み始めたみたいで。掻き毟り、抉りだしたくなる、耐えがたい痛痒さが肌の下で蠢いた――じくり、じくり、と。
生きたまま血を抜かれるような悍ましさに、文字通り血の気が失せていくのを感じる。
でも、それだけなら……恐怖は『死』に対してだけだ。
――なら、耐えられる。
――だって、“それ”は知ってるから。
……けれど、体はそれが結紀のものだと忘れてしまったように、どれだけ意志を込めようと微動しなかった。
そこで、はっと気がついた。
体を包むように這いずる、黒い何かに……。
恐怖は別のところから這い寄ってきていた――じくり、じくり、と。
まるで細胞を一つひとつ侵され、塗り替えられるような感触。体の表面を嘗められるように纏わりついてくるそれは、明らかに自分とは違う、外側のモノだった。
――やめろ……。
また一つ、心臓が波打った。
零れ落ちた何かが戻ることはなく、自分がどんどん欠けていく。まるで隙間風に晒されるような心細さに、声に出せないまま悲鳴を上げていた。
――やめろ。
しかし、その悲鳴は欠けてなくなっていく自分へのものではなかった。
欠けて、消えていく自分……その綻びに、黒い何かが滑り込み乗っ取ろうとしていた。
――やめてくれ!
闇よりなお暗い混沌から生まれたような悍ましいそれが、粘菌のようにざわざわと身を震わせながら結紀の体を隙間なく覆っていく。
まるで、自分が自分でない何かで作り変えられていく感触。
その何かは、結紀を黒く染めながら進んでくる……心臓に開いた穴へ――じくり、じくり、と。
どれだけ願っても、どれだけ訴えても。それが止まることはなく……まるでそうプログラミングされているだけのように、淡々と、容赦なく、結紀を蝕んでいき――穴の淵に触れた。
――じくり、じくり。
「やめろぉ!!!」
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