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――痛ましい沈黙が流れる。
沈痛な面持ちで項垂れた道祖だったが、どれだけ足元に視線を彷徨わせてみても、昧弥を揺るがすような言葉が見つかるはずもなかった。
ただ、道を見失った幼子のように、今にも決壊しそうな感情を塞き止めながら、健気にも座り込むことを良しとはしていなかった。
まだ立つことを諦めないでいるカタブツに、さしもの昧弥もやや辟易とする。
何が彼女をそこまで頑なにさせるのか……興味が向かないわけではないが、今この場で求めているのは、教師としての矜持ではなく、学園上層部としての妥協だ。
いつまでも、この意固地につき合ってもいられない。
昧弥は鎖の感触を確かめるように左手を握りなおした。
そこに実物の鎖があるわけではない。しかし、その幻想の黒鉄は結紀と人工精霊の強固な、もしくは根深いとでも言えばいいか……、なんにしても容易に綻びはしない確乎たる繋がりを感じさせた。
――だがそれでも、昧弥にとってはあまりに儚い。
この悪逆の前では、三世を跨いでなお切れぬ縁も、天地に渡り比翼連理と約した契りも、すべては塵芥――後には影も残りはしない。
薄い膜のように広がった沈黙を振り払うように、昧弥の手が緩やかに持ち上げられた。
見せつけるように掲げられた手の内で、ジャラッと鎖の擦れる音が鳴る。そのあまりの弱弱しさに、道祖は弾かれたように顔を上げた。
視線は鎖越しに昧弥の黒玉の瞳に吸い込まれ、その口から生まれる呪詛は、容易く道祖を飲み込んだ。
「いいか。そこらに転がっている有象無象共は、まぁいい。そもそも私が焚きつけ、それを許したのだ。刹那的な戯れであり、状況的に流れたものとはいえ、確かに私の言葉だ。反故にする気もない……だが、こいつらは違う」
人工精霊の頭を踏み躙っていた足がその背に滑り、同時に鎖が引き絞られる。首輪を吊り上げられ、無理やり持ち上げられた顔は恐怖に歪み、喉から苦しげな呻きが漏れていた。
「こいつらはたまさか通りがかっただけにもかかわらず、しゃしゃり出て手を突っ込んできたのだ。自分たちのモノのデカさをひけらかすためだけに、河川敷に捨てられた猥本をその場で広げ、使用するのを見せつけるような下劣さでだ。――笑えんな……ああ、笑えんとも」
人工精霊は指を首輪の隙間に潜り込ませようと足掻き、何度も首を引っ掻く。しかし拘束が緩むことはなく、むしろ足掻けば足掻くほど、より強く食い込んでいった。
呼吸を必要としない人工精霊が、何に苦しんでいるのか……それは定かではない。ただ、彼女の目は縋るものを探すように、忙しなく動いていた。
その瞳が――何もできず、ただ呆けたように事態を見つめる道祖の目を捉えた。
針の穴のように絞られた瞳孔が、助けを求めて伸ばされた手のような切実さで、道祖に訴えかけてくる。
――死にたくない。
あまりに痛切な目の色に、道祖は身をつまされる思いがして、無意識に自分の肩を抱いて後退った。闇夜の底、吹雪の中、たった独りで打ち捨てられたような恐怖が、我が物のように思えて……その痛ましさに体が震えて仕方なかった。
……しかし、それでもなお、道祖はその求めに答えることはできない。
この島で……このどうしようもないゴミ溜めで、教師であることを自分に誓ったのだ。ここで業に頼り、力で事態の収束を計れば、自分は立つための寄る辺をなくしてしまう。
教師でなくなった自分は、昧弥の言うように欲に呑まれた獣に堕ちるだろう。それを自分自身で確信してしまっていた。
故に、昧弥の一挙一動を、結紀の――人工精霊の一苦一憂を、見つめるしかなかった……。
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